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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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作家、オウジキロクはやさぐれている

5件もブクマいただいてうれしいので、二話目投稿します!

 さくっと書き終えた猪野は、改めてノートとペンを構えてオウジに向き直る。

 

 ──ここにテーブルと椅子があれば、もっと完璧なシチュエーションなのに。

 

 気分は売れっ子作家と対談をする敏腕編集者だ。企画を起こせるようになったら、オウジキロクとの対談はぜひ実現したい、猪野の夢のひとつであるを

 現実は、まだ見習いで、編集者にすらなれていないけれど。


「質問なんですが、オウジ先生。ここが『花紋』の世界だとして。他の執筆作品も全部、先生の体験談ってことなんですか?」


 気持ちだけは一人前のつもりで、猪野がたずねる。

 対するオウジは髪の毛を乱雑にかき混ぜ、ため息をついた。特徴的な白髪に、オウジのやさぐれたしぐさがよく似合う。


「この状態で今さら隠す必要もねえ、か。ああ、そうだよ。オウジキロクの書いたものはどれも、俺の体験談だ。あんたの言う全部がどれを指すのかは知らんが」

「どれって、全部ですが! 花紋こと『花紋咲く君たちとその先へ』はもちろん、デビュー作の『竜の空域』も読みました。気象指揮官は書店特典の小話が欲しくて各巻五冊買いましたし、魔女の托卵は読む用の他に飾る用も買って、つながる表紙を堪能しておりますっ」

「お、おお。そりゃあどうも」


 当然の義務、と胸を張る猪野の勢いに、オウジは押され気味。褒め言葉には弱いのかもしれない。猪野より十ほども年上だけれど、なんとなくかわいく思えてしまう。

 勢いづいて猪野は続ける。


「あのあの、それでですねオウジ先生! これは俗に言う異世界転移というものですよね?」

「ああ、まあそうなるんだろうな」

「と、いうことは。ですよ」


 猪野は、声をひそめた。


「この世界における魔法、紋様による奇跡の発動ができるようになっちゃってる、ってことなのでは!?」


 異世界で、猪野の知られざる才能が開花してしまうかもしれない。


 ──今までどの作品のどの呪文を唱えても、一回も成功したことなかったけど。ここは異世界だし、異世界に行ったら特典であれこれできるようになるのは異世界ものに付き物だし。もしかして、もしかするのでは!

 

 憧れの登場人物達のように奇跡を起こせたりして、と期待をたっぷり込めて見つめたのだけれど。

 オウジは視線を落とす。心なしか肩も落ちているかもしれない。


「いや、使えないんだよ。どの世界でも、俺は地球にいるのと何の違いもないただの人でしかない。特別な力も使えなければ、知識チートを発揮できるような立場も何もない」

「わあ、それは難易度マックスでは!」

「ああ。どこに行ったって自分自身が生き残るので精一杯で、何もできやしなかった。ほんとうに、情けねえ」


 噛み締めるように言ったオウジは自嘲するけれど、猪野は「すごいです!」と拳を握る。


「ああ? 何ひとつ凄かねえだろ。本に書いたことを俺がやったわけじゃない。俺はただ見ていただけで」

「おわかりにならない!? まさに、それですよ!」


 猪野はずびしとオウジを指差す。


「ただ見ていただけと、先生はおっしゃいますが。私は知ってます。デビュー作である竜の空域は凶暴な竜が跋扈する世界。花紋の世界では龍の姿をした『魔王』が暴れ回り、恐ろしい魔物が彷徨ってるんです。他の作品だって、平和な世界なんてなかったじゃないですか」

 

 猪野は本当にその世界を見てきたわけではない。けれどもファンなのだ。ずっと、初めて読んだ時からオウジキロク作品のファンなのだ。

 

 だから、文字で記された世界を何度も思い描いた。世界を包む空気を、気温を、魔力という未知の存在をああでもない、こうでもないと考えて。

 登場人物の表情を想像した。書き記されているその奥にあるだろう、抱いた想いを知ろうと思い巡らせた。

 甘くはない世界に生きて、時に涙し、時に笑いあう生き生きとした彼らの姿を文字のなかから読み取り、想像してきた猪野だからこそ、真剣な瞳でオウジの手を取る。

 硬い手だった。

 よく見ればあちこちに古い傷が刻まれている。そのうちのどれかは、異世界でついた傷なのかもしれない。

 猪野たち読者が心躍らせ文字を追ったその裏側で、オウジはたくさん傷ついたのかもしれない。


「よく、生き伸びてくれました。先生が生きて帰って書いてくれたからこそ私は、いいえ。私たち読者は、この世界を知ることができた。ありがとうございます」

「……っ」


 オウジが唇をかみしめる。

 一瞬、彼の瞳が潤んで揺れたように見えたけれど、猪野がしっかりと目にする前にオウジは視線をそらしてしまう。


「……俺は、何も……」


 ぼそぼそと言い訳するようにつぶやく姿を見て、猪野は「これ以上踏み込む時じゃない」と悟った。


 ──今は、まだその時じゃない。でもいつか先生との本物の対談を実現した暁には、きっと……!


 密やかに決意をした猪野は、あらためてがっくりと肩を落とす。


「奇跡は起こせないんですね。残念でなりませんが。『オウジキロクノート』に呪文を書いてあるから、私にも大技かませるのかもって思ったんですけど」

「オウジキロクノート……? さあな、俺は紋様も無ければよその世界で魔法を使えたこともねえ。あんたも同じかは、なんとも言えないが」

「それもそうですねっ!」


 猪野はしょんぼりをかなぐり捨てた。ノートに記した呪文たちが役立つ時が来たと、嬉々として自身の両手から両腕を眺め、両脚に視線を這わす。

 花紋の世界では、特別な力を持つ者の体には紋様があった。

 花に似た美しい紋様は、花びらの枚数が多いほど力が強いとされていて。猪野は一枚でも良いから、花弁の紋様が刻まれていないかと、探すけれど。


「ううーん? ありませんねえ。お腹にもないし、胸にもないとは」


 手足にないならここだろうと、服をめくって見た腹は白くつるりとしたまま。ならばとえり首を伸ばして覗き込んだ胸元にも、特別な変化は見当たらない。

 首を傾げた猪野は、背中側の服をめくりあげて振り向いた。


「オウジ先生、背中のほうにありません?」

「……あんたなあ」


 そこにあったのは呆れ顔。


「服をめくりあげて見せるやつがあるか。恥じらいはないのか、恥じらいは」

「この程度で恥じらいなど不要ですが。というか、先生に隠すことなどありはしません! しかし、先生は恥じらってくれてますね。視線をそらして対応してくださって、非常に紳士的です」


 さすが我が推し作家、と猪野はうれしくなった。

 猪野はオウジへの尊敬を高めているというのに、オウジはいよいよ呆れを隠しもしない。


「まあ、恐らく花紋は無いだろうよ。俺と同じならな」

「同じとは? それはつまり?」

「推測でしかねえが……」


 話しかけた言葉をきって、オウジが空を見上げる。

 宙空から水のこぼれる空。太陽はないけれど空は明るい。この世界に太陽がないことは、小説にも書いてあった。

 オウジの視線を追った猪野は、彼の考えるところに思い至る。


「あ、もしや今って午後だったり? 太陽はないけど時間経過で明るい空から明かりが消えて、夜が来る?」

「ああ。説明が楽で良いな。空の青みが深くなってきてる。朝か昼間ならもう少しうすい色をしてるんだ」

「はは〜、なるほどなるほど! 勉強になりますっ」


 猪野は急いでノートに今の話を書きつけていく。『花紋』が発売されてから十数年。もたらされる新たな情報に猪野のテンションは上がりっぱなし。


「いや、だから移動しながら話をしたいんだが」

「まだなんですが! ちょっとだけ! あとちょっとだけ待ってください!」


 急かしながらも置いては行かないオウジは、本当に優しい。

 嫌々ながらも待ってくれる彼に甘えて、猪野はせっせとノートの情報を更新した。

 推しを待たせていることはわかっていたが、なにせ大変重要な用事なので。

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