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小雨がぱらつき始めた王都の空。
私の中では既に次の手を描き始めていた。
(狩猟小屋に避難……。殿下が報告してくださるということは、最低限の安全は確保されている。でも――)
刺客が出た以上、状況は既に盤上の一手ではなく、複数の勢力が動いている可能性が高い。
むしろ今この王宮でサクラ様に仕掛けられた牽制も、同じ流れの一部かもしれない。
私はそっとアクセサリーに触れると、低く命じた。
「ルネに連絡を。至急、こちらへ」
わずか数分後。
控え室の隅へルネが音もなく現れた。
「お呼びにより参上いたしました」
「ルネ、状況はすでにご存じね?」
「はい。殿下から伝令は受けております」
私は頷き、迷いなく命じた。
「救援に向かいます。準備を整えなさい」
「……承知いたしました」
ルネは即座に動き始める。
だが、それだけでは盤上は整わない。
(私が離れる間、王宮の守りが手薄になる――まさか、そこまで読まれていないとは限らない)
「ルネ。聖女様は王宮に残しますが、教会の聖騎士に名目を作り、護衛に回らせて。表向きは――そうね」
私は少し思案し、微笑んだ。
「『悪天候下でのお茶会は神の試練と受け止め、聖騎士が祝福の守りを』……これで充分でしょう」
ルネは苦笑しつつ、頭を下げる。
「さすがでございます。すぐに教会側に打診を入れます」
こうして王宮の安全も確保しつつ、私は自身の武装へと着手した。
公爵家の娘として、そして王宮の盤上整理を担う者として、幼少の頃より――
剣術・弓術・護身術・馬術、どれも一通り叩き込まれている。
本来、貴族令嬢が習得する範囲は遥かに超えていた。
だが盤上に身を置き続けるには、必要な技量だった。
「では、行きましょう」
雨脚が徐々に強まる中、私は武装を整え、馬へと跨った。
ルネも横で軽く感嘆を漏らす。
(……このお方も本当に優秀だなあ。殿下が惹かれるのも当然かもしれません)
ルネの内心など知らぬまま、私は雨粒の中、王宮の門を駆け出していく。
盤上は――まだ続いている。




