姪の旅立ち、叔父の開店16
冷蔵庫に向かった俺は、丁寧に紙で包んである『それ』を取り出した。
皿に載せてから紙をそっと開くと、中からはよい焼色に焼けた肉の塊が姿を現す。
晩のために仕込んでいたものは、ローストビーフだ。
ちなみに。ただの牛肉ではなく、椛音が狩ってきた『大暴れ牛』とかいう魔物の肉で作ったものである。味見をしたところ脂が少なく柔らかな肉質だったので、ローストビーフに向いていると思ったんだよな。
……俺は脂が少ない肉のローストビーフが好きだ。
霜降り肉で作るローストビーフの方が美味い。口の中で肉が蕩けていくのが堪らないじゃないか。
そんな意見も理解はできる。
しかし、理解はできても中年の胃がスムーズな消化を許さないのだ。
若い胃袋の持ち主の皆には申し訳ないが、料理を作る者の特権ということで……。
俺の好みを優先させてもらおう、うん。俺もそろそろ小腹が減ってきたしな。
ローストビーフ丼……は残念ながら米がないから作れない。
サンドイッチはさっき食べたばかりだから、ローストビーフサンドにするのは芸がない。
となれば、今回はローストビーフサラダにするかな。
主食がないのは物足りないから、パンを添えるか? いや、じゃがバターでもいいな。いっそ、パンとじゃがバターを添えよう。
そんなふうに献立を頭の中で組み立て、じゃがいもを茹でつつローストビーフを薄切りにする。
……ひとりで作るのも疲れてきたし、ちょっとお手伝いしてもらおうかな。
「パルメダさん、ちょっといいですか」
「はい、なんでしょう。味見ですか?」
パルメダさんを呼べば、自身の分のガレットを完食した様子のパルメダさんがこちらにやって来る。
……本当に食べるのが早いなぁ。
そして、味見ではないです。相変わらずの、食いしん坊騎士である。
「味見じゃないです。お手伝いをお願いしても?」
「……味見じゃないんですか」
パルメダさんは残念そうに言うと、思い切り眉尻を下げた。
そんな悲しそうな顔をされると、罪悪感が募るんだよなぁ。
「……手伝いをしてくれたら、少しだけ味見させてあげます」
「手伝います!」
罪悪感に駆られて味見の提案をすれば、パルメダの表情がぱっと明るくなる。
彼は腕まくりをしてから、丁寧に自身の手を洗った。
「……パルメダ卿が調理の手伝い?」
「ええー! パルメダ卿が調理を手伝ったものを食べられるなんて、感激!」
「な、なんて恐れ多い……!」
『紫紺の牙』の面々がそれぞれ驚いた様子で言う。
……そうか、ふつうはアリリオ殿下直属の騎士に手伝いなんて頼まないか。
お手伝いがほしいので、頼みますけどね。
「じゃあ、これを一枚ずつ剥がしながら洗ってもらえますか?」
パルメダさんに差し出したのは、王宮の庭で栽培されている『レトス』である。
見目はまんま『レタス』なのだが、見目はふた回りほど大きい。
「承知いたしました!」
パルメダさんは元気に返事をすると、丁寧にレトスを洗いはじめた。
「さて。じゃあ俺はドレッシングを作るかな」
この世界には、醤油がない。
なのでドレッシングはすりおろし玉ねぎとオリーブオイル、レモン汁、塩、胡椒で作ることにする。
……醤油って本当に便利な調味料だったんだなぁ。そんなことを、しみじみと思う。
「ショウ殿、私もお手伝いしましょうか?」
肩にピートを乗せたルティーナさんがこちらに来ると、そんなふうに申し出てくれた。
しかし、手は足りてるんだよな。それに調理場に三人立つと狭っ苦しいことになってしまう。
「いえいえ、さすがに三人で立つと狭いので……」
「じゃあ、今度手伝いますね! 私も味見をしたいので!」
ルティーナさんはそう言うと、拳をぐっと握りしめた。
「はは、わかりました」
会話をしながら、ドレッシングの材料を整えさっと混ぜる。味変用にマスタードも添えてしまおうかな。
パルメダさんから洗ったレトスを受け取り、人数分の皿にレトスとローストビーフを盛りつける。
さらに薄切りにしたパンと、十字にカットして真ん中にバターを落としたじゃがいもを添えた。じゃがいもには、さっと塩と胡椒も振っている。
パルメダさんに味見用のローストビーフを一枚渡すのも忘れていない。忘れたら、たぶんまた悲しそうな顔をされてしまうからな……。
「よし、できた」
皿に盛られたローストビーフサラダを眺めながら、俺は満足げな息を吐いた。




