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姪の旅立ち、叔父の開店15

「皆様、好き嫌いはありますか?」

「俺は特にない!」

「あたしもない!」

「な、ないです!」


 訊ねてみれば、『紫紺の牙』の皆さんは元気に答えてくれる。

 好き嫌いに気を使わなくていいのは、本当にありがたいな。


「ショウ殿、私も好き嫌いがありません」

「ええ、私もありません」


 パルメダさんとルティーナさんまで、流れに便乗してくる。

 ……まぁ、そうくると思ってたからいいのだけど。

 ピートは皆のやり取りを尻目に我関せずという感じで、口いっぱいに林檎のフリットを詰め込んでいる。

 気に入ってくれたようでよかったな。


「まずはパルメダさんとルティーナさんの分のガレットを仕上げてから、皆様の食事に取り掛かりますね。少し時間がかかりますが、ご了承いただけますと……」

「ああ、待つ! いくらでも待つぞ!」

「メイラ~! あたしいくらでもは待てないよぉ」

「ネンナさん、大人しく待ちましょう!」

 

『紫紺の牙』の面々は口々に言いながら期待の目をこちらに向ける。その目は爛々としており、まるで飢えた肉食獣のようだ。


「さて、なにを作ろうかな」


 ガレット作りを再開しつつ、皆に提供する料理に想いを馳せる。

 提供までの時間を早めるためにできる限りシンプルな調理法で、へとへとに見える彼らの胃を満たしてくれるもの……。


「あ……」


 そうだ。仕込んでいた『あれ』があったな。

 本当なら今夜出すつもりだったのだけれど、晩ごはんは別のものを作ろう。


「うん、あれを使うか」


 思考を巡らせながら二皿目、三皿目のガレットを完成させ、パルメダさんとルティーナさんに提供する。

 パルメダさんたちは「ありがとうございます!」と声を揃えてお礼を言った次の瞬間には、もう料理に食らいついていた。


「うん、これは美味ですね。とろりとした卵の黄身とチーズとハムのハーモニーが堪りません……!」

「ふふ、そうですね。パルメダ卿。ああ、林檎の方もとても美味しい……! 香ばしいキャラメリゼのお味が素晴らしいです……!」


 ガレットを堪能しながら、パルメダさんとルティーナさんはうっとりとした表情になる。


『ピッ! ピッ!』


 ピートはルティーナさんからガレットのお裾分けをもらい、ご機嫌な様子だ。嬉しそうに鳴き声を上げるピートの頭を、ルティーナさんがくすりと笑いながら優しく撫でた。


「くそっ、美味そうだなぁ。というかあの赤竜はペットか……?」

「いいなぁ。あたいもご飯食べたい」

「我慢です、我慢ですっ……」


『紫紺の牙』のメンバーがすごい顔をしてガレットを食べるパルメダさんたちを凝視しており、少しばかり気の毒な気持ちになる。


 ……まぁ、空腹ってつらいもんなぁ。


 椛音がまだ小さく、勤続年数が短いため俺の稼ぎもかなり少なかった頃。

 やりくりをして椛音の空腹は満たせていたものの、自身は結構腹を空かせてたっけ。

 椛音のための我慢だからつらくはなかったが……いや、正直に言えばちょっとだけきつかったな。


 四皿目のジャムのガレットに関してはセルフでジャムを塗ってもらう仕様で手間がかからないので、多めに焼いて彼らにも食べてもらおう。そんなことを考えながら、こんもりとガレットの生地を焼く。

 ガレット生地を二皿に分けて盛ってから、まずはパルメダさんとルティーナさんのテーブルに、次に『紫紺の牙』のテーブルに置く。続けて数種類のジャム、バター、蜂蜜を小皿に移して各テーブルに持っていった。


「メインを待っている間に、皆様もどうぞ。ジャムなどをご自由に塗って食べてください。甘いものが苦手じゃなければ……ですが」

「「「大好きです!」」」


 カトラリーと取り皿を渡しつつ声をかければ、『紫紺の牙』の皆様は勢いよく礼を言う。

 そして、各々ガレットを食べはじめた。


 さて、次は『あれ』を用意するか。

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