6 幕間 side雛
「……ちょっと雛、なによその気味の悪い顔」
体育の授業を終えて、更衣室での着替え中。
あたしはユウくんを思い浮かべながら、にまにまと頬を緩ませていた。
「変なもの食べてないよね、ヒナ?」
「どこかに頭ぶつけたんじゃない?」
幸せそうなあたしを目にして、サエと心奈がおかしなことを口走る。
ふふん。
失礼な。どこにもなんにもぶつけてないし、拾い食いだってしてないし!
「違うの。あたしは今、幸せをかみしめているだけなの」
顔を見合わせた2人の目の前で、あたしは体操服の上を勢いよく脱いだ。白い布地の下から現れたシルバーのチェーンに、これみよがしに指を絡ませる。
蛍光灯の光が銀色に触れて、苺がきらりと輝いた。
「じゃーん! 見て見てっ。これ、ユウくんからのプレゼントなの♪」
「えーそれモチーフ苺なんだ。カワイイね~」
「でしょでしょっ」
心奈があたしのネックレスに目を留めた。
得意気になってあたしは胸を張る。そう、このネックレスは可愛い。でもそれだけじゃない、これは特別なネックレスなのだ。
だって、彼があたしにくれたものだから……
ユウくんだ。このネックレスはもう、あたしにとってユウくんなのだ。
だからあたしは、これを受け取ってからずっと、つけっぱなしで過ごしている。お風呂に入る時も、寝る時も、こうして学校に行く時も、お守りのように肌身離さず着けている。
「それでね、2人に相談があるんだけど……」
「なに?」
「あたしもユウくんに何かプレゼントしたくって、何がいいと思う?」
着替えを終えて教室の前まで戻ってきた。体育の時は女子は更衣室で着替えるけれど、男子は教室内で着替える事になっている。だから男子が全員着替え終わるまで、あたしたちはお喋りをしながら廊下でひたすら待っているのだ。
周囲には同じような女子の塊が、ざわざわと廊下を賑わせていた。
ユウくんに、プレゼントがしたい。
このネックレスのお返しという意味も、もちろんある。でもあたしは、今の今になってようやく気が付いたのだ。
今年の春。あたしは彼に、高校の入学祝をして貰った、けど……
そういえばあたしは。ユウくんの大学の入学祝、なんにもしてないや……
あああっ。
今更だけど、なにかお返しがしたい。
「そんな事聞かれても答えらんないよ。だってわたし彼氏とかいたことないし、男兄弟だっていないしさぁ」
「でも心奈って、恋愛ものの漫画とか小説とか、詳しいよね?」
「物語のヒーローは、ヒロインからなら例え空き缶を貰ったとしても喜ぶように出来てるの。あんなの参考にしちゃダメよ」
「空き缶を真似しようとは、さすがのあたしも思わない……」
がっくりきて、今度はサエに向き直る。
そういえばサエは、中学の時に付き合っている彼がいた。今はもう別れているけれど、プレゼントの1つや2つ、過去に贈ったことくらいあるんじゃないかな。
年の近い弟だっているんだし、きっと素敵なアドバイスが貰えるはず……
瞳を輝かせたあたしに、気まずそうにサエが目を逸らした。
「悪いけど、私もアドバイスなんて出来そうにないわ」
「え、でもサエって中学の時彼氏いたよね? てか、弟が2人もいるなら、男の子の欲しがりそうなもの分かるんじゃないの?」
「それはそうだけど……中学生と同じものを、大学生が欲しがるとは思えないんだけど」
「で、でもさ、ほんのちょっとくらいは参考になるんじゃない? ほら、大学生だって、昔はみんな中学生だったんだから……」
「ちなみにうちの弟達が今年の誕生日にねだったものだけど、上はバスケットゴールで下は犬だったのよ」
あ、だめだ。かすりもしない。ユウくんはスポーツなんてするタイプじゃないし、犬は好きだろうけど今はアパートに住んでいる。
「てかさ、雛って彼と幼馴染なんでしょ? 付き合い長いんだから、私らに聞かなくても好きなものとか欲しいものとか知ってるでしょ」
「う~~ん……」
ユウくんの好きなものとか欲しいもの……か。
ユウくんは、本を読むのが好きだ。
でも、あたしは本なんてさっぱり分かんないし、ユウくんいつも図書館で借りてるしなぁ……
それ以外だと……基本的に、ユウくんてあんまり物欲のない人なんだよね。
服にも頓着してないし。アクセサリーにも興味はない。小物類にしたって、なんでも基本的に壊れるまで使い続ける人だから、新しいものを欲しがることがない。まだ使えるから別にいいよ、って言葉を何度も聞いたことがある。
ゲームとかも、やらないことはないけれど、そこまで熱中しているわけでもないし。2年くらい前だったか、誕生日プレゼントに買って貰ったんだ、と言ってあたしに誘いかけてきたゲームは、あたしが数ヶ月前にやりたがっていたものだった。
美味しいものも、そりゃ好きは好きだろうけど、あたしほど執着している様子もない。だっていつも簡単に、自分の分を「食べる?」ってあたしに聞いてくるんだもん。
欲まみれのあたしとは大違いだ。
「そんなに気にしなくても、贈りたいもの贈ればいいと思うよ」
腕を組んでむむむとうなっていると、サエでも心奈でもない声が聞こえてきた。
あ、サエの幼馴染くんだ。
「好きな子から貰えるものなら、なんでも嬉しいと思うし」
「なんでもって、空き缶でも……?」
「それはちょっと極端だけど」
苦笑してから、彼がちらりとサエに視線を向けた。
「でも、ジュース1本でも飛び上がるほど嬉しいよ」
ふーん。そういうものなのか。
ああ、でも、そうかもしれない。
好きな人から貰えるものは、きっとなんでも宝物になれちゃうんだ。
ネックレスがこんなにも嬉しいのは、ユウくんからのプレゼントって部分がやっぱり大きくて。
もしも自分で買っていたら、たぶんあたしはここまではしゃいでいなかった。お気に入りのアクセサリーの1つとして、ジュエリーボックスの片隅に仕舞われていた。
「ところで教室の中はどうなってんのよ。もうみんな着替えは終わったの? さっきから騒がしいけど……ちゃんと真面目に着替えてんでしょーね。私達、さっきからずっと寒い廊下で待ってるんだけど」
サエが幼馴染くんをきつく睨んだ。
言葉の端々に棘をかんじる。といっても、特別2人が喧嘩をしているわけじゃない。なにが気に入らないのか、サエは普段からこんな風に幼馴染くんには当たりがきついのだ。
なんでだろ。サエが愚痴るほど、悪い人じゃないと思うんだけど。
サエの態度には慣れ切っているのか、幼馴染くんは意に介さない様子でさらりと返事をした。
「ああごめん。もうみんな済んだから、入っていいよって言いに来たんだ」
「それを早く言ってよね。みんな待ってんだから」
むすっとした顔のまま、サエが彼の顔も見ずに教室の中に入っていった。あたしと心奈もすぐその後を追いかける。
「ねえねえ、ちょっと言いすぎじゃない?」
「なにが。私なにもおかしなこと言ってないと思うけど」
「そうだけど……ねえ、なんでそんなに苛々しているの?」
「嫌なやつと口きいて、にこやかでいられるほど私も大人じゃないの」
サエから冷ややかな空気を感じる。
触らぬ神に祟りなし。あたしはささっと話題を変えた。
「プレゼントほんとどうしようかな……。空き缶よりましとはいえ、ジュース一本じゃプレゼントとは呼べないよね」
「いっそのこと本人に聞けば? 欲しいもの」
「う~ん、ユウくんに聞く、かぁ………」
いいよいいよ、って優しく微笑まれるだけに、一票!
結局結論が出ないまま、次の授業が始まるのだった。






