高華天音のその後 ②標的
今日もまた私は孤独で惨めな学校生活を過ごしている。
朝の通学路を1人でトボトボと登校し、クラスに到着しても席で黙り込み、授業と授業の合間の小休憩では自分の机や窓の外の景色と睨めっこ、そして昼食は人気の無い場所に移動して涙を零しながら手早く済まし、下校時まで誰とも会話せず無言のままクラスを出て帰路につく。それが今の高華天音の学園生活ルーティーンとなっていた。
いや、正確に言えば少しずつこの生活に変化は悪い方に生じている。どうやら自分の停学処分とその内容を理由に最近では嫌がらせを働かれる頻度が増えて行っているのだ。
例えば朝の下駄箱には罵詈雑言の書かれた手紙が入れられる頻度が増えて行った。それに昨日は靴の中に画鋲が入れられていた事があり危うく怪我をするところだった。それに廊下を歩いていると見知らぬ複数人の女子グループからわざと聴こえるような声量で悪口を言われる事もある。不幸中の幸いなのはそのような行為を働いているのは他クラスの生徒だけと言う点だろう。とは言え自分の犯した罪を考えればこれもまた自業自得の末路だと受け入れていた。
そして今もまた彼女に暗雲が立ち込めようとしていた。
「うわっ、本当にボッチ飯してるよコイツ」
「きゃははっ、教室や食堂でご飯食べる勇気がないんでしょ?」
「………」
いつもの様に校舎裏まで移動して昼食を手早く済ませようと天音は考えていたが目的の場所には既に複数人の生徒がたむろっていたのだ。
どうやら相手は別クラスの1年男女の4人組らしく、彼等はこの場所に天音がやって来る事を分かっていて待ち構えていたらしい。
「ねえねえアンタって窃盗行為働いて停学喰らった噂の問題児っしょ?」
4人の纏め上げ役と思われる女子学生が嫌らしい笑みと共に話しかけて来た。その笑みはねちっこく不快感から視線を逸らし無言を貫いているとその態度が癪に障ったのだろう。その女子のニヤケ面が一気に不機嫌に染まり容赦なく突き飛ばして来たのだ。
「何シカトぶっこいてんだよこのクズがッ!」
「ぐっ…!」
一切遠慮を感じない押し出しが腹部に突き刺さり天音の体は勢いよく地面に倒れてしまう。その際に手に持っていた弁当箱を落としてしまった。
その弁当箱を拾おうとすると男子学生の1人がその中身をボールの様に蹴っ飛ばして地面に撒き散らしてしまった。
「おいおいこっちが優しく話し掛けているのに何おべんとーの中身なんて気にしてんの?」
「そんなに腹ペコだったの? 食い意地張ってるんだね~」
いつの間にか4人は円を描くかのような形で自分を取り囲んでいた。
そして逃げ道を塞いだ4人は途切れることなく天音に対して暴言の雨を降らせ続けた。
ああ……いつかはこうなると覚悟していたけどキッツいなぁ……。
この4人組と天音には何一つとして接点など無い。正真正銘今この瞬間に顔を合わせた他クラスの生徒と言う希薄な関係性だ。だがそんな接点の無い自分だからこそこの4人は自分を〝イジメ〟の標的に選んだのだろう……。
天音の推測通りこの4人グループは中学時代からの付き合いがあり、前の学校でもこのように手を出しても自分達に火の粉が降りかからない相手を見つけてはいじめを働いていた。
幼馴染に盗難行為を働き停学を受けた噂はもう同じクラスだけでなく他クラスにまで広がっているのだからこの手の輩が自分の前に現れてもおかしくはないだろうと天音も覚悟はしていた。
そんな事を考えていると4人組は天音に無茶苦茶な要求をしてきた。
「ねえねえ実は今日は私達ってあなたに用があって来たんだよ。あなたさ、ヤバい噂のせいで友達の1人も居ないボッチっしょ?」
「同じ学校の生徒がそんな孤独を味わっていると知って見て見ぬふりは出来なくてさぁ。そこでこれからは私達があなたの〝お友達〟になってあげる」
「同じクラスの中で居場所はないだろうが俺達のような別クラスの人間ならお前に対してまだ寛容な部分があるぜ。そこで俺達が可哀想な女子の為に一肌脱いでやろうと思ったって訳さ」
「まあでもお前も無償で友達として扱われると居心地悪いだろ? だからこの場に居る俺達4人にまず友達料金を払え。それならお前の中の罪悪感も紛れて気兼ねなくお友達が作れるだろ? な、その方がお前も気楽だろ?」
この発言からこの連中が何を目的で自分に近づいてきたのか理解できた。要するに財布代わりに自分に声掛けをしてきたのだろう。断れば断ったでそれを理由にいじめを正当化する気なのだろう。
「ねえねえ黙ってないで返事してよ。ほらあなただって折角の高校生活をボッチで過ごすのは寂しいっしょ? ちょっ~と私達に援助金払うだけで仲良くしてあげるって言ってるんだよ?」
もしここで頷いて一度でも金を渡せばこれから先もこの寄生虫共に金をむしられ続けられるだろう。そして拒否をすればこの連中の事だ、本格的なイジメに発展するのだろう。所詮この連中にとって自分はストレス発散の都合の良い道具に過ぎないのだから。
どうせいじめを受けるのならば金を出さない方がマシだろう。
「……私にもう関わらないで」
そう言って彼女は散乱している弁当箱を拾うとその場を離れて行く。
「ふ~ん……そう言う態度取るんだぁ~。これから楽しみだねぇ~」
4人の纏め役の女子は小走りで逃げて行く天音を見て口元に弧を描く。だがその瞳は一切の温度が感じられない程に冷たいものだった。




