母は息子の優しさをバッサリ否定しました
今の自分はまるで漫画のキャラクターの様に目が点になっているかもしれない。それほどまでに母の口から出て来た汚い口調に衝撃を受けてしまった。
え…今の言葉って本当に母さんから出て来た言葉なの?
目を凝らして隣で座っている母を改めて見てみるといつものように穏やかに笑っている。しかしよくよく観察してみると母の目の奥に一切の光が宿っていない。
「えっと母さん…今何て言ったのかな? もしかして僕の耳がおかしくなっ……」
「おかしいのは耳じゃなくてあなたの常識の方でしょうがこの頓馬」
「と、とんま…」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
衝撃的過ぎて未だに開いた口が塞がらない龍太に向けて陽抱は普段では絶対に愛する息子に対して言わないような罵倒を連発していく。
「まったくもう高校生にもなってこんな子供みたいに幼稚な精神なんてお母さん情けないわよ。あなたはこんな相談を母親にしている自分が恥ずかしくないの?」
「えっと……その……」
初めて見せる母の静かな激怒姿に未だ困惑していると頭部に衝撃が走る。なんと母は笑顔で龍太の脳天へと手刀を落としたのだ。
脳天にチョップを落とされ苦痛に呻いているが母はそのまま立て続けに連続で脳天にチョップを落とし続ける。
「いがっ! か、母さんちょっと待って!?」
「あらごめんなさいねぇ。あまりにも龍太ちゃんがボンクラすぎて少しヒートアップしてしまったわぁ」
「ボ、ボンクラ…」
「だってそうでしょう? この期に及んで『えっと』だの『その』だのなんて考えが纏まっていない返答を出すんだもの。自分が優柔不断だと理解しながらも未だにその場で足踏みしているだけで進まない。そんなしょうもない息子に腹が立つとは思わないかしらぁ?」
言い訳など一切できないほどに言い負かされた龍太は自分の情けなさと惨めさからさらに縮こまってしまう。そんな姿勢を未だに見せ続ける息子に追加のチョップを入れながら陽抱は息子の説教を続けた。
「話を聞いていて思ったけど龍太ちゃんは少し優しさを履き違えている節があるわね~」
「僕が……優しさを履き違えている……?」
母にそう言われて龍太はジンジンと痛む頭を押さえながら疑問形になる。
「龍太ちゃんは反省した天音ちゃんとまた幼馴染の関係に戻っても構わない。相手が心から反省したのならその想いを汲むべきと思っているみたいだけど私は賛成できないわぁ。それは〝優しさ〟と言うよりも〝甘さ〟だと私は思うわぁ」
「それって同じ意味なんじゃ……」
「まるで違うわよぉ。本当の意味で〝優しい人〟は相手の気持ちをしっかりと考えられる人よ。何でもかんでも許したりしない。でも〝甘い人〟はどんな罪を犯した相手でも反省さえすれば許しても構わないと相手を甘やかしてしまう傾向があるのよね~。そう、まさに今の龍太ちゃんがその〝甘い人〟になりかけているのよぉ」
その言葉を突きつけられ龍太は言い返す言葉が見当たらなかった。
「そして〝甘い人〟は自分の甘さを自覚できなければ〝際限なく甘やかす人〟へとなり、最終的には〝甘やかして依存させる人〟に成り下がってしまうわぁ。私の見た感じでは龍太ちゃんは今〝際限なく甘やかす人〟になりつつある段階、このままだと末期になりかねないわよぉ」
「その……甘やかす人って母さんは言ったけど……」
「何も間違ってないはずよぉ。だって龍太ちゃんは今でも天音ちゃんを甘やかしているじゃない」
この瞬間に龍太は遅すぎた自覚をする。そう、自分が天音を許したのは決して優しさなどではない。それどころか更に天音を腐らせる行為なのだ。そして同時に本当に大事な人の心も腐らせかねない。
もしかして……天音があんな歪んだ性格になったのは僕のせい……?
今まで龍太は幼馴染が突如として豹変したと感じていた。だが冷静になって振り返ってみれば天音は最初はまともな人格者だったはずだ。それが時間が経つにつれて少しずつ歪んだ。無論根本的な原因は天音なのかもしれないが自分の優しさと勘違いした甘さがそれを助長させたのではないか?
そこまで思考が進むと吐き気が込み上げて来る。もしこの予測が正解だとしたら自分の立ち位置は幼馴染に裏切られた悲劇の少年などではない。幼馴染を甘やかし、そして愛で続けてモンスターになってしまい手が付けられなくなった間抜けな飼い主ではないか。
堪え切れずにほんの僅か口にした夕食の中身をその場で吐いてしまう。
「僕は……僕は一体何なんだ……」
これまで自分が被害者だと思っていた仮初の事実が母の言葉で修正された。
天音が歪んでしまったのも、愛美を傷つけたのも全て僕の歪んだ優しさが原因だった? そんな……そんなそんなそんなそんな………。
気が付けば龍太は『ごめんなさい』と繰り返しながらその場で頭を抱えて震えていた。そんな脆く崩れそうな息子を本来なら抱きしめてあげたい陽抱だが心を鬼にしてなおも厳しい言葉を投げ掛け責め続ける。
「そうやって震えているだけじゃなにも解決しないわぁ。あなたはもう親に何でも決めてもらう年齢じゃないの。私はいつまでも息子だからと言ってあなたを『甘やかし続ける』つもりはないわぁ」
そう言うと陽抱はその場から立ち上がり部屋を出て行った。そして最後に一言だけ母親として忠告しておいた。
「自分が間違っていると自覚したなら今度こそ正しいと思える行動を取りなさい」
それだけ言って母は息子を放置し部屋を後にする。
ここで自分が道を示せば息子は何も学ばず成長しない。だからどんなに今の彼が苦しくても今後どうするかは自分だけで考えさせなければいけないから……。母親の自分がさらに息子を腐らせるわけにはいかないからこその冷たい判断だった。
その日、龍太は翌日の朝まで一睡もせず自分が本当にとるべき行動を考え続けたのだった。




