妹が帰宅したら元幼馴染が待っていました
自分の兄の恋人である月夜愛美の弟がまさかの正体である事を知った涼美はその翌日に隣の席の月夜徹へと一応真偽を確かめる。
「ねえ月夜、いきなりだけどあんたにお姉さんっているの?」
「はあ? マジでいきなりなんだよ……まぁ高1の姉が居るけど……」
欠伸交じりに徹は突然の質問に怪訝そうな顔を向けた。
どちらかと言えば口喧嘩ばかりする仲である相手から珍しく喧嘩腰でない素の状態で声を掛けられたかと思えば……何故自分の姉弟関係を訊いてきたのだろうか?
「何でそんな質問すんだよ?」
「その様子だと何も知らないみたいね。まぁ私も昨日知って驚いたんだけど……」
「いやだからなんの話だよ?」
どうにも涼美が自分に何を伝えたいのか理解に及ばず首を捻ると彼女は信じがたい事実を告げる。
「あんたのお姉さんの愛美さんだけどね、実はその彼氏が私のお兄ちゃん…なんだ……」
「……ん? ……マジっ!?」
しばらく伝達された情報が上手く処理できず呆然としていた徹であったがすぐに我に返ると思わず大きな声でリアクションを取ってしまう。その過剰な反応には教室の中でそれぞれ談笑していたクラスメイト達も会話を中断して思わず徹の方へと目を引いた。
「ちょっ、無駄にでかいリアクション取ってんじゃないわよ!」
皆の目が徹だけでなくすぐ傍にいる自分にまで集中してしまい恥ずかしさのあまり目の前の騒ぐバカの頭にチョップを入れる。
耳を澄ませてみれば教室のあちこちからこんな感じの会話が聴こえてきた。
「まーたあの二人が騒いでるね~」
「相変わらずイチャイチャしちゃってぇ~」
そう言いながら女子連中はクスクスと笑い、男子連中はどこか面白くなさそうな妬みの色が強い顔をしている。
「ちょっと勝手な事言わないでよ! 私とコイツは別のそんなんじゃ……」
クラスメイトの冷やかしに頬を染めながら否定しようとする涼美だが、そんな彼女よりも大きな声で徹が否定し始める。
「おい勝手な事を言うなよお前等!! 誰がこんなすぐに噛みつくガサツ女を好きになるかってんだ。俺だって選ぶ権利あるんだからな」
「はああああ!? あんたにガサツとか言われたくないんですけど!!」
自分が否定する分にはいいのだがこの男に言われるのは無性に腹が立った。その怒りを乗せて思いっきり彼女は机の下にある徹の足を踏みつける。
「いだッ! 何すんだこのガサツ女!!」
「うるさいこのデリカシーなし男!!」
一気にヒートアップした二人は今にも掴みかからんばかりの形相をしながら激しい口喧嘩を始める。だがそんな二人を見ても特に教室内の者達は止めに入ろうとしない。なにせこのクラス内でこの二人の言い争う光景など日常化しているほどに頻繁に発生するからだ。
「ほんと、仲いいよね~」
「だよね。本人達は否定してるけどあの表情を見てるとね~」
今もなお噛みつき合っている二人だがクラスメイト達は二人の顔を見てむしろほのぼのとすらしてしまう。だって言い争う二人の顔は怒りに混じりどこか楽しそうに口元が微かに笑っているのだから。
結局この二人は学校が終わるまでいつものように口喧嘩をし続けた。ただ周囲からはまるでじゃれ合っているようにしか見えなかったのだった。
龍太の高校と同じく涼美の学校も期末テストが近いと言う事で学校が終われば皆は真っ直ぐ自宅へと帰宅してテスト勉強に勤しんでいる。そして涼美もまた面倒だと思いつつ今日も兄とその恋人と一緒になって勉強に取り組む予定が立てられている。
「ああ~テスト勉強イヤだよ~。でも1人じゃ集中できないからな~」
愚痴を零しながら帰路へと付いていた涼美。その顔はこの後に控えて居る勉強会のせいで憂鬱そうだった。
「あーお家に到着しましたよっと~……え……あれってまさか」
重い足取りで自宅に到着した涼美だが玄関前に立っていた人物を見て悪寒が走る。
何故なら自宅の玄関前にはあの裏切り者である兄の元幼馴染である高華天音が立っていたのだ。
な…何でアイツが私の家の前でウロウロしてんのよ?
聞いた話によればあの裏切り幼馴染はあろうことか嫌がらせ目的で兄のノートまで盗んでいたそうだ。それが理由で停学処分が下されたと知ったときは思わず『いい気味だ』と口に出してしまったほど爽快だった。
もう直接あの女と関わる機会などないと思っていた涼美は予想外の事態に戸惑いを隠せなかった。
確かアイツってまだ停学が明けてないはずよね? それなのにこんな場所に居るだなんて常識なさすぎでしょ!?
停学中に迷惑をかけた相手の家に訪れるなど涼美からすれば軽くホラーであった。たとえ迷惑をかけた事を謝罪に来たのだとしても兄のような被害者からすれば恐怖を感じてもおかしくはないだろう。
いやあれだけお兄ちゃんを裏切り続けたアイツが謝りに来たなんて考えにくい。もしかして……筋違いに復讐とか来たわけじゃないでしょうね……。
その時であった、振り返った天音と目が合ってしまったのだ。しかも天音はこちらへとずんずんと近付いてくる。
「じょ、上等じゃん。追い返してやるわ」
間違いなくあの裏切り幼馴染は自分が停学に追いやられた事で逆恨みしているに違いない。だが怒りの度合いならば自分だって負けていない。あの女は兄だけでなく自分の事だって裏切ったのだ。
「鬱憤が溜まっているのはお互い様よ。いくらでも付き合ってあげる」
そう覚悟を固めると涼美は気丈に睨みながら自分から歩み寄り天音へと向かって行くのだった。




