元幼馴染は反省しませんでした
「そもそもさ、龍太がもっと私に早く『好き』だって言ってくれたらお互いこんな展開にならずにすんだのよ!!」
いきなり責められて反応できないでいる龍太に対して天音は自分勝手な怒りをマシンガンの様にぶつけていく。
「小学生時代からの幼馴染のくせに肝心な部分でうじうじとしてさ、それで高校までの付き合いがありながらアンタはただの一度も『好き』だと言ってくれた? 言ってくれてないわよね? 言っておくけど私は最初はアンタが好きだったのよ!! でもいつまでも煮え切らないから私の心が安藤の様な男に向いたんじゃないの!? 毎年手作りプレゼントまで贈ってくれながら肝心なところで手を引く情けない男だったアンタが何よりも悪いんじゃないの!?」
こんな事を言ってしまえば間違いなく龍太の反感を買ってしまうと理解はしていた。しかし一度火が付いた彼女の怒りは収まらず謝罪よりも自分の言いたい事を次々とぶつけていく。
激情に駆られていた彼女は気付いていなかった。この時の龍太や背中越しに話を聞いていた愛美と涼美の3人の顔から感情が消え能面の様になっていた事に。その顔は怒りすら通り越しもはや目の前の人間に関心がない証拠だった。
それからしばし聞くに堪えない元幼馴染の妄言まがいの怒り事を聞き終えると龍太は静かに呟いた。
「……やっと分かったよ」
「はあっ、何が分かったって? 自分の不甲斐なさが?」
「君は今のセリフの中で『最初は好き』だったと言っていたね。でもそれは違う、君は僕に対してこう思っていたんじゃないのかな。私の幼馴染は本当に『便利』だと、つまり君にとって僕は幼馴染と言う名の〝所有物〟だったんだよ。その〝道具〟とみなした僕に依存していたんだ」
その言葉は何故だか天音の胸を深々と貫いた。
「思えば僕は君と幼馴染になってから君をもう悲しませまいと振る舞い続けていたからね。君を護りたいと思って家でトレーニングして体を鍛え、君を喜ばせたいと毎年手作りプレゼントを渡して、君が勉学に困っている時は僕が勉強を教えて、そうやって君の困りごとを自分から率先して取り組んでいた。だから……君は少しずつ僕を〝幼馴染〟でなく自分の便利な〝所有物〟と勘違いし始めたんじゃないのかな?」
その言葉は確信を突いていた。天音自身にも今の彼の言った通りの節があったようで何も言い返せないでいる。
「正直残念だよ。小学生時代の君は純粋で人を思いやる気持ちが間違いなくあった。でも今の君はもう……」
「だ、だから反省してるわよ。お願いだからもう一度昔見たくやり直しましょうよ……」
今の天音にとって龍太との関係修復は自分の学校内でのマイナスイメージを払拭する為にも必ずしなければならない事項であった。
必死の形相でなんとか自分を許してもらおうと足掻く幼馴染に対して龍太は最後のチャンスを与える。
もしこの質問にちゃんと答えられたらまだやり直せる可能性はある。でも答えられなければもう……。
散々傷つけられた彼だがやはり小学生からの付き合いだ。もしも可能なら元通りとまでいかなくともある程度の関係の修復はしたいと言う思いが彼の中にまだ存在していた。
「ねえ天音、僕が毎年君に手作りプレゼントを渡していたよね。どうして君に渡すプレゼントを〝手作り〟にしていたか……その理由を憶えている?」
「えっと……あの……」
龍太が彼女の誕生日プレゼントで毎年必ず手作りの品を渡していたのはある理由があった。もしその理由をまだ憶えているならば龍太も彼女を許そうと思っていた。
だが彼女はこの問いに対して口ごもり答えを一向に言おうとしない。いや、憶えていないから言えないのだろう。つまり何故自分が手作りプレゼントを渡していたか、その理由などもう完全に忘れてしまっているのだ。
こんな事すらも記憶から消えているなんて……天音……残念だよ……。
「憶えていないんだね……」
「べ、別にそんな昔の事なんてどうでもいいじゃない……」
どうでもいい、そう軽々と言い切る彼女の姿に龍太は目を伏せて小さな声で呟いた。
「………サヨウナラ。もう謝罪はいいよ。だから……これっきりにしよう……」
そう言って龍太は目の前の天音から視線を外して外の景色を眺める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。謝るわ、謝るから私を助けてよ! アンタは入院中だから知らないだろうけど今の私ってクラスや学校内でかなり心象悪いのよ! また小学生の時と同じように私を助けてよ!!」
「………」
このままでは本当に見捨てられる危機感から天音は必死の形相で救いを求める。だがこの期に及んでも自分の罪も自覚できない彼女にもう龍太はどうでも良くなっていた。謝るなどと言っても何が悪いのか理解できない謝罪に意味など無い。それなら何も言われない方がマシだ。
「な、何とか言ってよ龍太!!」
もはや会話すらしてくれない龍太をどうにか説得しようと近づこうとするが二人の人物が行く手を阻む。
「私の大事な龍太にこれ以上迷惑をかけないでちょうだい」
「お兄ちゃんに近づくな最低女。お兄ちゃんが毎年手作りプレゼントを渡していた理由すら頭から抜け落ちている時点でもう救いようがないわ」
完全に敵を見る目で盾のように立ちはだかる二人にたじろいでしまう。
ここで無理に二人を押しのけてもかえって龍太に悪印象を植え付けてしまう。そう理解した天音は納得がいかないと言った顔をしたまま諦めて背を向ける。
3人の前から姿を消す去り際に天音はこちらから目を逸らしている龍太に恨みがましく罵声を飛ばす。
「さいってい。小学生からの幼馴染を見捨てるなんて。どこまでも心が狭いわね……」
全て自業自得でありながらもお門違いにも龍太を非難して彼女は病室を出て行く。
こうして結局彼女は自分の罪すら理解できず反省の1つもしなかったのであった。




