クズ男がツンデレ美少女に襲い掛かりました
「があああああああッ!!」
まるで獣の如き呻き声を発しながら襲い掛かる安藤の目を見て龍太は冷や汗が流れる。
これかなり不味いぞ……もう完全に見境がなくなっている!?
人間の頭部目掛けて石を振り下ろすなど打ち所が悪ければ相手の命すら奪いかねない凶行だ。普通の人間ならば理性が邪魔して動きが抑制されるだろう。だが安藤は完全に正気を失っている。目は血走り奇声を漏らしながら握りしめた石を手加減なしで頭頂部に叩きつけようとしている。
「ぐっ、馬鹿な真似はやめろ!!」
咄嗟に頭の上に腕をかざして石を使った殴打を防ぐ。
「ぐっ…いつ……」
振り下ろされた石の衝撃は拳よりも重く打ち付けられた箇所の肉が痛む。しかも凶器の石は僅かに所々が尖っており肌を削って出血までしていた。だがそれでも頭部への攻撃はぎりぎりで防げたので大事には至らずに済んだ。
「くそ…いい加減に落ち着けぇ!!」
「ぶげぇッ!?」
本当ならば手荒な真似は避けたかったが今の安藤の精神は完全に異常状態だ。興奮のあまり自分が一歩間違ったら取り返しのつかない事をしている自覚があるかすらも疑わしい。
このままでは何をされるか分からず身の危険もある以上はもう龍太としても武力行使をするしかなく渾身の力で安藤の頬に拳を捻じ込んだ。
情けない悲鳴と共に安藤はそのままゴロゴロと後ろに転がっていく。
「ぐぎぎぎっ、テメェに……テメェみたいなチビなんかにぃ……」
反撃された怒りからか安藤はまるでゾンビのように立ち上がると再度別の石を拾った。どうやらまだ凶行をやめる気配はないみたいだ。だがもうこれは学生の軽い喧嘩で済む問題ではない。どうにかして彼の頭に上っている血を下げようと考えていると――予想外の人物がこの空間に割り込んで来たのだ。
「何をやってるのよこのバカ安藤!?」
「えっ、愛美!?」
校舎の陰から突如現れた恋人の存在に龍太は驚きのあまり安藤から一瞬だけ視線を切ってしまった。だがそれがいけなかった。
「愛美ぃ……どうして……どうして俺じゃなくこんな冴えないヤツを選んだんだぁ……」
「なっ、何よアンタ…」
自分の大事な人を傷つけた安藤に対して怒りを滲ませて飛び出た愛美であったがその怒りは一瞬で引っ込み恐怖心が湧き出て来る。何故なら安藤が自分に向ける目が普通じゃないのだ。真っ赤に充血して焦点もブレているその目には〝正常〟とは対極の〝狂気〟が宿っていた。
震える愛美の姿を見て安藤は口元に歪な弧を描きながら怒りの矛先の方向を彼女へと変更したのだ。
「そうだ、このチビも許せねぇがお前が元々俺様を蔑ろにしたから悪いんだ。全部…全部お前が元凶だったんだぁぁぁ!!!」
「ひいっ!?」
もはや思考回路が全てショートしている安藤はついに手にしたいと思っていた女性にまで牙をむいた。
まるで野犬の様に龍太の時と同じく石を握りしめて愛美へと駆け出す。その動きには一切の躊躇いもなく石を握りしめた拳を頭上高く持ち上げてそのまま容赦せず愛美の頭部へと狙いを付ける。
「ばっ、やめろぉ!!」
この場にまさかの愛美の登場に一瞬だけ龍太の動きが出遅れてしまう。それでもすぐに奇声を上げながら恋人を襲おうとする安藤を止めようと彼は強く踏み込み狂気に満ちた男の背中を追いかける。そして愛美の頭上に安藤の鈍器を握った拳を振り下ろすよりも先に彼の襟首を掴んで動きを止める事に成功した。
よ、良かった。愛美に怪我をさせないですんだぞ……。
間一髪のところで愛美に怪我をさせないで守る事ができたと安堵してしまい龍太の気が緩んでしまう。だがその一方でまたしても自分の邪魔をされた安藤は怒りを通り超えて殺意をその瞳に宿らせた。
「そんなにこの女が大事か!? ならお前が代わりに頭カチ割れてろぉ!!」
そう言うと狙いを急転換した安藤は振り上げていた拳の落下地点をすぐ近くの龍太の頭頂部へと変更した。
先程と同様に咄嗟に腕を傘の様にして防ごうとする。だが安藤の襟首と片腕を掴んで今の龍太は両手が塞がっている。もちろんすぐに両手を安藤の体から離して防御に回そうとするが……今度は間に合わなかった……。
次の瞬間に龍太は頭部からガツンッと言う骨が軋むかのような音と激痛に混じった灼熱感が走るのを実感した。
「いやああああああああああ!?」
意識が薄れていく中で愛美の悲鳴が聞こえる。このままでは次は彼女が襲われる。そう本能的に察知した龍太は残っている力を全て籠めて安藤の顔面の真ん中をぶん殴った。
「あぐっ…がっ……!?」
大量の鼻血と共に完全に白目をむいて安藤は倒れ込む。
暴走状態の男を無力化できた事で龍太は全身の緊張が一気に抜ける。そして頭部から発生する激しい痛みは何故か鈍くなりそのまま背中からその場に倒れてしまう。
「うそっ、いや! 龍太、しっかりして龍太ぁぁぁ!!!」
瞼が閉じて意識が消える直前に龍太が見たのは守り切った愛する人が大粒の涙を落とす姿だった。だがその姿は頭部から目元に垂れ落ちた自らの血のせいで赤く染まっていた。




