マルグレートとアルベリヒ
「本当になにがあったのかしら」
メイドが淹れた紅茶を味わうようにゆっくりと飲みながら、マルグレートはしみじみとした表情で愛娘のユーファネートについて考えていた。多少わがままであっても元気ならばそれでいい。そしてあわよくば王族との結婚をしてくれれば。そう夫であるアルベリヒと話し合っていた。
そんなユーファネートだったが、10歳の誕生日を迎える頃には、彼女のわがままは周囲が制御できないレベルにまでなっていた。ある日届けられた報告書を見て、マルグレートはめまいを起こしそうになる。
最初はユーファネートのわがままに応えていた使用人達であったが、暴力だけでなく、権力をちらつかせ始めたとの事であった。それが続く事で使用人達も遠巻きに見守る事で、少しでも接点を減らして被害を受けないようにしているとあった。
そう書かれた報告書に、マルグレートは夫であるアルベリヒが末娘の愛し方を分からずに、物を与える事でしか愛情表現が出来ないのが原因であると思っていた。
娘が欲しいと言えばなんでも買い与え、薔薇が好きだと言えば主要産業の小麦畑を潰してまで薔薇を育てるように命じる。そんな領主は古今東西探してもいなかった。
そんなあり得ない初の領主となったアルベリヒの行動に、ユーファネートが「私なら、なにを言っても叶えてもらえ、そしてなにをしても許して貰える」と勘違いしても無理はなかった。なにせ自分が好きだと言えば土地すら思いのままになるのだから。
「それにしても高熱で倒れたお陰で助かったなんてね」
「奥様? どうされましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
目の前にある紅茶を見ながら考え込んでいるマルグレートに、メイドの一人が心配そうに声を掛ける。どうやら思った以上に深刻な顔をしていたようだった。マルグレートは軽くかぶりを振ると、考え込む原因となったユーファネートがどこにいるのか確認をする。
「そう言えばユーファネートは何をしているのかしら?」
わがままが全くなくなり、精力的な領地改革とレオンハルトに相応しい仲になれるように頑張っているユーファネートは、屋敷の者だけでなく領民からも「お嬢様が変わった」と思われるようになっていた。
ただ、変わったのは言動だけでなく、行動も大きく変わっており、屋敷から無断で飛び出しては警備の者を困らせ、中庭を畑に開拓しては庭師を激怒させたりしていた。
行動は令嬢として褒められたものではないが、ユーファネートが生み出していく考え方や、発見する物は侯爵領にとって有益な事が多く、制限する事は出来なかった。
散々悩んだマルグレートが出した結論は専属部隊を作り、ユーファネートを陰から監視と護衛をさせる事にした。先ほど声を掛けたメイドも監視部隊の一人であり、ユーファネートのスケジュールを当然ながら把握していた。
「ユーファネート様のスケジュールは、今ならダンスレッスン中です。その後は魔法を習う為に魔術師ギルドに行かれる予定となっております。ギュンター様のご予定もお伝えしましょうか?」
「そっちはいいわ。それとお茶のお代わりと、ユーファネートが考えたお菓子を持ってきてくれるかしら?」
新しい紅茶とお菓子を用意するために、マルグレートの部屋から出ていくメイドを見ながら、机に置かれたお菓子に視線を移す。
そこには小さなクッキーが乗っており、今までのように砂糖を大量に使用した単なる甘さの塊ではなく、素材の味を引き立てたクッキーになっていた。
「このクッキーも男性向けのお菓子で売るつもりだったけど、まさか冒険者相手にも販売を開始するとはね。売れ行き好調だけど、ユーファネートはどこでこんなレシピを手に入れたのかしら? これからの事を考えると、しばらくはユーファネートの好きにさせておきましょう」
わがままっぷりが書かれた報告書を見た時は、侯爵家の名誉の為にも娘を修道院に放り込もうとまで考えていたマルグレートだった。
だが今は『令嬢の行動としては問題があるが、素晴らしい発見も数多くされている』と報告書には書かれており、好きにさせるのが侯爵領の為になる為に行動はそのままとしたが、問題は侯爵令嬢として、またレオンハルトと約束した王妃になる為の教育をどうしようかと、マルグレートは悩むのだった。
◇□◇□◇□
「ユーファネートはどこに行ったのかを知らないかい?」
昼食になっても現れないユーファネートを不審に思ったアルベリヒが、食堂にやってきた息子のギュンターに尋ねる。なんとか仕事に一区切りを入れ、久しぶりに取れた休暇に娘との昼食が出来ると心待ちにしていたアルベリヒからすれば当然の質問であった。
「さあ? 今日は昼から魔術師ギルドへ行くと聞いたくらいですね」
息子の返事を聞いて何しに行ったのかと確認すると、魔力上げと魔法操作の勉強に行ったと聞いて感心したような顔になる。
「ほうほう。得意属性が判明していないのに勉強熱心だな。素晴らしいね」
「ユーファは『私なら全属性使えますわ』と豪語してましたけどね」
「それはそれは。全てを使いこなせたら聖女様と同じじゃないか。そこまで自信が持てているのは、流石は私の娘だね。そうは思わないかい?」
ギュンターの言葉を聞いて、アルベリヒはパンを口に運びながら感心したように聞いていた。そして次の瞬間、なにか閃いたのか、勢いよく立ち上がると近くに控えていた執事に命じようとする。
「ユーファネートが全属性を使えた場合に備えて、今から特注の魔道具を――」
「止めて下さい。なんとか持ち直しつつある財務状況が傾いてしまいます」
「ぐっ! だが、ユーファネートの最近の行動を見れば……」
満面の笑みを浮かべている父親の行動に、眉をひそめて苦言を伝えるギュンター。まっとうな正論に思わず詰まったアルベリヒがギュンターに反論しようとしたが、伝家の宝刀を抜かれてしまう。
「ユーファが『無駄遣いするお父様は嫌い』と言ってましたよ」
「な……んだ……と?」
ギュンターから会心の一撃を受けたアルベリヒは、崩れ落ちるように項垂れるのだった。




