恐怖のカウントダウン
寝起きは頭がスッキリしていた。
昨日の出来事は夢のように感じている。
夢で無い事はわかっている。
でも気持ちの整理はついたようだ。
アイヴィーが大人の姿のままで寝ている。
その姿は正に神だ。
この人が望む事は何でもやろう。
たとえそれが世界中を敵に回すとしても。
アイヴィーが起きた。
すぐに13歳の姿に戻る。
「おはよう、エルシー。今日は普通に戻っているね」
「おはよう、アイヴィー。心配かけさせてごめんなさい。世界征服に対して、私は想像不足だったわ。もう大丈夫よ」
私はアイヴィーに笑顔を見せる。
「よし、それなら今日は借金の取り立てだな。鷲の翼の本部に行ってみるか」
それを聞いて私は少しビックリした。
鷲の翼は王都最大のクランだ。
実力者が多く在籍している。
またクランの人数も多いため荒くれ者もたくさんいる。
そんなところに12億バルトの取り立てに行こうとするなんて。
伯爵家の人間でも尻込みする事だ。
きっとアイヴィーは恐怖心を母親のお腹の中に忘れてきてしまったのだろう。
鷲の翼のクランハウスは王都ダンジョンの近くに建っている。煉瓦造りで三階建ての立派な建物だ。
アイヴィーは散歩をするような気軽さで鷲の翼のクランハウスに入っていく。
クランハウスの一階には10人ほどの冒険者がいた。
私たちを怪訝そうな顔でみる。
「ここは子供の遊び場じゃないんだ。悪い事は言わないから帰ったほうが身のためだぞ」
アイヴィーが微笑みを浮かべて返答する。
「悪いけど鷲の翼のクランリーダーに用事があるんだ。カイドルの借金の取り立てでね」
一瞬で剣呑な雰囲気に包まれる。
「お前たちがカイドルを殺した奴らか。無事に帰れると思うなよ」
「そんな言葉じゃ話にならないな。早くクランリーダーに取り継いでくれ。カイドルと同じようになりたくないだろ」
アイヴィーは右手に10㎝ほどの魔力球を出現させた。
動揺する冒険者たち。
「ちょっと待ってくれ!今、リーダーを呼んでくるから!」
一人の男性が慌てて奥の階段を登っていく。
アイヴィーはまだ魔力球を右手に出したままだ。
冒険者の生唾を飲み込む音が聞こえた。
先程奥の階段を登って行った男性が戻ってきた。
「リーダーが会うそうだ。今のところはお前たちと敵対するつもりは無い。その物騒な魔法を止めてくれないか?」
「悪いな。俺は人を簡単に信用しないんだよ。お前らみたいな屑虫はとくにな。早くリーダーのところに案内しな」
諦めた顔で私たちをリーダーのところに案内する男性。
リーダーはクランハウスの二階に部屋を持っているようだ。
男性の案内で部屋に入る。
部屋には30歳ほどの男性と25歳くらいの女性がいた。
男性のほうは筋骨隆々って感じだ。目が鋭く、頬に大きな傷がある。無精髭を生やしている。
女性は細身で長い黒髪が特徴的だ。結構、派手な化粧をしている。
私たちが部屋に入ると男性が自己紹介してきた。
「俺が鷲の翼のクランリーダーのジンラだ。こっちが幹部のカフィだ」
「俺はアイヴィー・ブランバル、こっちがエルシー・ブランバルだ。要件は分かっているな」
「まぁソファに座ってくれ。お茶でも出す。それでお貴族様が何の用だ?」
「とぼけるのは止めておけ。死期を早めるぞ。昨日、冒険者ギルドから俺とカイドルが交わした決闘の誓約書が届いているはずだ。早く12億バルトを払ってもらおうか」
「ちょっと待ってくれ。こっちは幹部で中堅のエースであるカイドルを殺されたんだ。見舞金をもらうなら分かるが、なんで12億バルトも払わなければならない」
「あんまりふざけた事言ってるとカイドルと会う事になるぞ。お前らが冒険者ギルドのギルド長からいくらで依頼を受けたかは知らん。その依頼を失敗したなら潔く金を払いな」
「そう言われても無い金は払えんよ」
「なら俺が選択肢を与えるから選びな。まずは鷲の翼のメンバーを奴隷落ちにさせてその金で支払う。まぁ大した額にはならんがしょうがない。次が俺の部下になることだな。絶対服従だけどな。最後が俺たちに戦闘を挑む事だ。これは全くお勧めしない選択肢だけどな。早く選びな」
「それは本気で言っているのか?俺達、鷲の翼を相手に戦争するってのかい?」
「その選択肢を選んだか。やっぱり馬鹿の集まりだったな。良いのか?もう後戻りはできないぞ」
アイヴィーが喋り終わる瞬間にジンラはお茶の入った茶碗を投げてきた。
あっさり躱すアイヴィー。左腰の剣を抜きジンラの右足を切断する。
血が噴き出すジンラ。
カフィの悲鳴が上がる。
「カフィだったか?お前はやるのか?やらないのなら大人しくしとけ」
震えながら部屋の隅に移動するカフィ。
アイヴィーは転がっているジンラの髪を掴み頭を上げさせる。
「どうする?まだやるか?」
ジンラが怒声を上げる。
「誰か!早くコイツらを始末しろ!」
階段を登ってくる音が聞こえる。
アイヴィーはジンラの髪を持って扉から遠い窓際まで移動する。
部屋に数人の男性が入ってきた。
ジンラが叫ぶ。
「早くコイツらを何とかしろ!」
私も剣を抜いて臨戦態勢に入る。
アイヴィーが軽い調子で口を開く。
「あと10秒待ってやる。大人しく一階で待ってな。一階に行かないやつは叩き斬るからな」
「皆んなでボコボコにしてやれ!」
ジンラがまだ叫んでいる。
「お前は活きが良くて楽しいな。いじめがいがあるわ。それでは数を数えるぞ。10、9、8…」
その時、一人の男性がアイヴィーに斬りかかってきた。
アイヴィーはあっさり躱し、剣で男性の右足を切断した。
転がる男性。
「次は7からだな。7、6、5、4…」
そこまで数えた時、部屋に入ってきていた男性達は一階に駆け出した。
「腰抜けが多いな。どれ、お前はどうする?」
足を切断された男性は痛みで転がっている。
「すいません!もう逆らいません!許してください!」
「おぉ!素直だね。気に入ったよ。そんなお前には回復魔法を使ってやろう」
アイヴィーはそう言って男性の切断された足を拾って切断面に繋げる。
アイヴィーは聞いた事の無い言語で魔法を紡ぐ。
淡い光が切断面を包む。切断された足は繋がったようだ。
「2〜3日は安静にしとけな。それで治るはずだ」
呆然とする男性。
アイヴィーはジンラに顔を向ける。
「ジンラ、お前はどうするんだ?まだ俺たちとヤル気か?今なら足も繋がるかもな」
冷酷な笑いを見せるアイヴィー。
心が折れたようでジンラは許しを乞うた。
アイヴィーはジンラの切断された足に回復魔法を使った。
何とか足は繋がったようだ。
「さてジンラ、2度目の選択肢だ。奴隷になるか?俺の部下になるか?死ぬか?選べ」
憔悴したジンラには一つの選択肢しかなかった。
「鷲の翼はアイヴィー様の部下になります」
「初めからそうしてれば痛い目も見ないのにな。ジンラ、取り敢えずお前も2〜3日安静だ。ギルド長から依頼を受けたんだろ?依頼内容を話せ」
「アイヴィーとか言うガキを痛めつけろと言われました。決闘を申し込んで遅滞金の12億バルトをチャラにするようにって」
「いくらで受けたんだ?」
「100万バルトです」
「そんな小金で馬鹿だな。まぁ良い。時期が来たら指示を出す。それまでは普通に活動してろ。分かったな」
アイヴィーと私は鷲の翼のクランハウスをあとにした。
アイヴィー:あと10秒待ってやる。星を入れるかどうかを判断しろ。
エルシー:何でそんな上からなのよ。
アイヴィー:それでは数を数えるぞ。10、9、8……。
エルシー:そんな言い方じゃ誰も星を付けてくれないわよ。
アイヴィー:……。





