科学者が20世紀初頭に憧れた結果。
結論から言うと、多分、可哀想な人なんだって思った。
骨野郎、と道中ビーストがのたまっていたがあながち間違いではなかった。
アフリカの恵まれない子供達の写真を見たことがある。
子供の頃は純粋に世の中にはこんな可哀想な子が居るんだと素直に思い、大人になると『この写真撮った奴や団体って善意をかき集めた金で腹一杯飯喰ってんだろう』と斜に構えて見るようになった。
募金でアフリカの恵まれない子供達を助けることはいいことだと思うけど、そういった善意を乞食のようにかき集め、懐を潤していい生活を送っているのは生きていくのに苦しくて泥棒する泥棒以下の人間に思えて嫌になった。
とまあ、そんなことを思い出したがそんな俺の苦い思いを彷彿とさせてくれるアフリカの恵まれない子供達以上に何か色々と恵まれてなかった。
部屋の中に、オウムが居たんですよ。
アレだぞ?宗教団体じゃねえぞ。鳥だ。人の声を真似するアレ。
それが多分、ビーストが運んできた飯と思われる食料を食べており、その横で指を囓って半べそをかいていたんだ。
そして俺たちの姿を見るや警戒するとか、何者か尋ねるとかそういうのすっ飛ばしてオウムを指さして「あれは悪魔の手先だ。頼む、あれを倒してくれ!あれを倒してくれないと主に私の髪の毛やこれ以上減ると危険な体重がさらに減ってしまう!」と必死に頼み込んだんだ。
そして、オウムは俺たちに丁寧に挨拶をして半狂乱になって騒ぎ立てる男を蹴り倒して黙らせると事情を説明し、もしゃもしゃと男の髪を食べ始めた。
「――自己紹介をさせて貰おう、私は今世紀最大の天才科学者、丸眼鏡緑太郎だ」
最初、偽名かと思ったんですよ。
自分にも経験があるからわかるんですがゲームキャラクターってある程度どうでもよくなると『いかに笑いを取るか』って方向で決めるじゃないですか。
一瞬、その類だと思ったんですよね。
本名でした。
「私のクラスはマジシャンだ。だが、ファンタジーでかつゲームの世界に入っても全く魔法というものがわからない。本当に死ねばいいのに」
もうね、どこから突っ込めばいいのか本当に困るんですよこういうの。
俺たちが唖然としている横でオウムが状況を説明してくれる。
「まぁ、この可哀想な人類の産業廃棄物は放っておいて、状況を打開できるチャンスが来たのよ?あんたが『永遠の引きオタニートをしてネトゲ三昧になろうとしても衰弱して死にそうになることがわかった。そこで閃いた訳ですよゲーム世界に入れば万事解決』ってのたまって変なものを開発した結果がこの様なんだから。私もこんな姿のままじゃこの世界に干渉できない。手伝って貰いましょうよ」
オウムの方は割とまともなんだろうかと思いました。
「で?どっちが受け?どっちが攻め?リバースとかでも私はイケるわよ。ブフフフw」
何だろう。
無職童貞といいこいつらといい現実世界からのチョイスって偏りがありすぎるんじゃないかと思うわけですよ。
「イレミ。貴様は鳥になって少しは頭が良くなるかと思ったが相変わらず物の考え方がおかしいままだ。貴様は少しそのあたりを飛んで芋虫でも食べて知能を分けてもらえ。その間に私が残った残飯を処理しておいてやろう。ありがたく思え」
鳥の名前がイレミだということとこの男が鳥の残飯を食べるのに必死な本当に可哀想な人だということが理解できた。
竜ちゃんがしばらくして、ぼそりと呟いてこのキチガイ共の嬌声が止む。
「で?俺はどっち叩けばいいん?」
◇◆◇◆◇◆
俺達は粗末な家の粗末な椅子に腰掛け、丸眼鏡緑太郎と相まみえる。
「ふむ。私がこのゲームの開発者、というのは間違ってはいないが正しいとは言えない。私が作ったのはIRIAだからな」
俺はその凄さがよくわからんがシステム管理関係の仕事に携わっていた赤い竜は感動していた。
「IRIAの開発者?マジで?あの独立思考演算システムを作った人?すげー!マジでー!?スゲー!」
「……そんな凄いモンなん?」
「ああ。Interpretation and Recognition Interface Artificial――IRIAは人間と同じように物事を覚えて物事を繋げて考えていくシステムがあるんだ。IRIA積載型NPCがリアルな反応を返すだろ?あれはIRIA単体がこっちの与えた刺激に対して反応を返すからなんだけど、本来それを電算処理するには元となる反応データを大量に用意しなくちゃならないんだ」
「そこらへんは俺も聞いたことがあるな。人間の脳の長期記憶にあるデータまで再現しようとするとなるとそれに匹敵する大量のデータを保存しなくちゃならないから再現は不可能だって」
だが、丸眼鏡緑太郎は得意げに笑う。
「再現自体は難しくない。大量のデータを保存するには誰しもがやっているデータの圧縮を行えばいい。我々の脳というのも普段は使わないデータを圧縮して長期記憶領域に保存し、必要が在る場合のみ意識というパソコンで言うメモリ上に展開して使っているだけだからな。事実、私のパソコンの中のエロ同人のデータもオカズとして使わない物は完全に凍結してしまっている」
「だけど、それらを再構築して反応を返すとなると膨大な過程を必要とするから技術的には無理だって」
「それは圧縮を一段階のみで考えるからそうなる。意識上に置いておくものは実際、我々人間もそう複雑な物は置いていない。長期記憶領域も使われない物程、優先順位を低くしてより圧縮率を高めて無駄なデータを無くしてしまえばいいだけの話だ。イレミが勝手に保存したやおい本のデータは削除しているしな」
「それでも与えたデータを全部覚えさせるのは保管できる要領や処理の複雑さからハードが技術的に追いつかないって言われてたじゃんか!」
「データを選別する『意識付け』をしてやればいいだけだ。普通の人間では全てのデーターを覚えておける人間は私のような天才を除いてごく一部の限られた人間だけだ。その人間もより多くを覚えることができるだけであって、正確に全てのデータを把握している訳ではない。妹本を中心に選別するように私のパソコンではきちんとマクロが組まれているし、決して妹本でなくてもロリは確実に攫うように方向性を組んでいる」
よくわからないが、ダメな人間だというのがよくわかった。
「まあ、私がIRIAを開発した経緯もネットゲームでよりリアルな反応を示すNPCを作りたいからという理由であって、どこでお漏らししたかはわからんがインフラにまで使われるようになったのは少々、想定外ではあった」
俺にとっちゃそっちの方が想定外だよ。
俺たちの生活が便利になったのはそのIRIAのおかげなんだが、当の開発者はゲームの使用目的のために作ったとかのたまいやがったぞ?
「MMORPGというジャンルが抱えるゲームとしての問題点を君たちは理解しているか?」
ここではじめて緑太郎が俺達に質問をしてきた。
「コンテンツがすぐなくなる」
赤い竜がさらりと返したが俺はそれをさらに深く突っ込んで返した。
「……コンテンツを消費する労力とコンテンツを開発する労力が拮抗しないことだ」
「君は核心を得ているな。私が色んなゲームに手を出して常々思ってきたことはそこなのだよ」
緑太郎は俺の言いたいことを理解しているようだった。
「……百を超えない。いや、超えたとしても千を超えない人間相手に何千、何万と集まるプレイヤー達が集中してゲームを攻略するんだ。人海戦術という最も確実で効果的な手法を取られればどんなパスワードだって攻略されてしまう。パスワードをゲームに置き換えた場合、それだけ多くのプレイヤーを前にどんなゲームもコンテンツを消費され喰いつくされてしまう」
「そして、最終的に残るのは最適解を延々と繰り返す『作業』になる」
「そうしてできあがった『作業』に安心感を覚えたプレイヤー達がその『作業』を破壊されたことによる不安や、引き延ばしコンテンツで不利益を被ると『不満』が溜まってしまうということだろう?」
「そう、本来『不満』を解消するための『ゲーム』というコンテンツにおいてカタルシスを提供する以上の『ストレス』を与えてしまうというのは本末転倒だからだ。だが、その効率を最重視した作業を延々と繰り返す面白みの無い行為もやがて得られるカタルシスが少なくなってくると『飽き』られてしまう」
――その飽きを超越するのが廃人なんだがな。
「結果、多くのMMORPGはプレイヤーが飽きないようにコンテンツを提供し続けることになるのだが、ここで現実に目を移すと消費される量に対し供給が追いつかない現象が起こる。これが何故だかは先ほど君が……ええと?」
「ロクロータだ」
「ロクロータが述べた通りなのだが、単純明快な話をしよう。これを解決するのには開発の人員をプレイヤーと同じかそれ以上に増やし、延々とコンテンツを作り続ければ解消できるとは思わないか?」
確かに、その通りではある。
だが、それはどのゲームでも『課題』として解決できなかった問題だ。
「――『採算』が取れねえよ。開発する人間だって仕事でやってんだ。それだとプレイヤーが開発を養っていけるだけの課金をしなくちゃなんねえ」
「そうだ。開発が人間である以上、生存活動からは逃れられない。それらを賄うだけの経済活動をしなくてはならない」
俺はそこまで来てなんとはなしにこいつの発想を理解した。
「――それでIRIAに開発を任せたのか」
「ご名答。腹も空かないし、お金のかからない人間を作ってしまえばいいジャマイカと考えて作ってみたわけですよ!」
俺はこの時、無邪気に笑うこの男に底知れぬ恐怖を覚えた。
――人間を作る?どうかしている。
あまりにも発想が大きするし、それを簡単に実行できるとは思えないからだ。
だが、俺が予想したとおり、この男は俺に告げる。
「これは割と簡単だった。人間と同じ思考パターンを持つプログラムは組むことができたし、後は自我を持たせ複数の自我が個性を持つまでに発展させてやればよく、それぞれ別の環境で自我を調教すればよかった。それぞれの自我同士が互いを補完しあうように個性付けをしてやり、発想にもそれぞれ別の方向性を持たせてやればゲームのコンテンツを無限に生み出すことは可能だと証明された」
俺はここまでの話で一つ重大なことに気がつく。
「――じゃあ、もともとIRIAってのはゲームの開発ツールだったのか?」
「助手が結婚して子供にべったりでな。その子供も昔は可愛かったのだが最近では私を相手にしてくれなくなった。ちなみにその子供が最初に発した言葉が『このロリコン野郎』だ。3歳児に罵倒されるのはショックだったが新しい感動があった。もっと罵倒を求めたところ、相手にされなくなってしまった。現実に誰も相手をしてくれる人が居なくなってしまってな。コンビニにいってもまともに会話ができなくなってしまった。それで、私は考えた訳ですよ。二次元に友達を作ればいいと。まあ、つまり、簡単に言ってしまうと会話ができる友達が欲しくて」
何だろう。
究極のぼっちに天才的な頭脳を与えて失敗してみました的なニュアンスを感じてなんだか悲しくなってくる。
「まあ、IRIAを使ってコンテンツを無限に生み出すという発想に至ってくれたのはファミルラの終盤までやってくれず、プレイヤーキャラクターに使用するとかNPCキャラクターに使用するというだけにとどまっていたのは流石に『アクシオン社』の連中も発想が乏しいと言わざるを得ない。まずは幼女を増やすべきだった」
丸眼鏡緑太郎はそこまで言って大きく溜息をつく。
「まあ、しかし実際ゲームの世界に入ってみても体は強くならないし、魔法も使えない。生活もできないというのはおかしすぎる。このゲームクソゲーなんじゃないだろうかと常々思うわけですよ」
「――あんたは現実でも似たようなモンだったじゃない」
「お前には言われたくないわ。お前と出会う前まではそれなりに生活もできていたのだがお前のような生活力皆無のダメ女が居候するようになってからただでさえ生活力が無いのに生活力の無さが二乗されてしまったのだぞ?」
「それくらいはわかるわよ。ゼロにゼロをかけてもゼロ以下にはならない」
頭が可哀想なことこの上ない。
俺は軽い頭痛を覚えながらこの男とオウムとの付き合い方を考えていると男の方はまるですがるように俺に頭を下げた。
「そういうわけで面倒を見て欲しい。ぶっちゃけゲームの中なら人生イージーモードだと思ったら、どこまで行ってもアルティメットモードでした。とりあえず三食昼寝つきだったら文句は言わないから助けて欲しい」
これはキチガイ人助け主義者のチュートリアちゃんでもがっとーざへぅしちゃいそう。
「……あんたが可哀想な人だっていうのはよくわかったよ。だけどな?あんた達のせいで俺達えらい迷惑してるってことを理解してもらいたいモンだぜ。なんせ、こんな訳のわからねえゲームの中にぶち込まれて記憶を奪われるデスゲームに絶賛参加中だぜ?ゲームの開発者だったらログアウトボタンくらいどこにあるかわかんだろう?」
俺が悪態をつくと丸眼鏡緑太郎はふんむと頷く。
「残念だが私が開発したのはIRIAだけだ。ゲームの開発は『アクシオン』が行っている。私も『ファミルラ』で遊んだクチで少しハッキングかまして調べてみたんだが、どうもこの会社の開発陣に実態が無いようなのだよ」
「はぁ?」
「『アクシオン』はきちんと実態も本社ビルも存在する会社なのだが、ここの開発陣の人間については実在しない人物だらけなのですよ。スーパーファミコンの時代にゲームの開発者をヘッドハンティングされるということでエンディングのスタッフロールを全部偽名にするという風習があったが、そんなレベルじゃないくらいに開発に実態が無いんだ」
「どういうことだ?」
「会社の人事記録には人の名前や住所、電話番号や身上把握内容は記録されているのだがそれを辿って調べてみても住所には別の人間が住んでいるし、電話番号は現在使われていませんか、別の人間の電話になっている。身上把握上の家族構成も市役所の戸籍データーベースにハッキングかけても存在しないし、もう何がなにやらですよ」
こいつ、今、とんでもないことをさらりと言いやがった。
「市役所のデータベースとか簡単にハッキングできるモンじゃないだろう」
「そこが天才と言われる理由ですよ。私のような天才相手に凡人の作ったセキュリティなんてあってないようなもの。アップデート情報を先取りして私が優位に立とうと思っていたのだが、『アクシオン』本社には開発部門のデータベースが無いから個人のデータにアクセスして情報を拾ってこようと思ったのですよ。でも、その個人すら居ないことが判明して『何このクソゲー』状態だった訳ですよ」
何か嫌なことを思い出したのか丸眼鏡緑太郎は顔を歪めて激しく貧乏揺すりをはじめる。
「ゲームの中でも言うことを聞いてくれないキャラクターに苛立ちながらも直接操作すれば面白いから続けていたら狩り場で可愛い女の子が私の魅力に取りつかれてやってきたと思ったら殺された訳ですよ。生き返ったと思ったら殺されて、街を出たら殺されて、街から出ずに居たら広場を歩いてるところを粘着されて罵倒されるわけですよ。現実世界でも引きこもりなのに、ゲームの中でも家の中で鍵を閉めて引きこもりですよ。本当に『肉便器ちゃん6歳』をなんとかしてやろうとアップデート情報だけでも知ろうと思ったけどマジで何もわからんかった。マジクソゲー」
俺はどこかほくほくとした顔で丸眼鏡さんを見つめていた。
肉便器ちゃん6歳は本当に頑張る子だったというか頑張った子だったから。
「まあ、そこで私は結論を得た訳なんですよ。『ファミルラ』の開発に人が居ないのはIRIAが全て管理しているからということに。そこで私も何度かアタックしてアップデート情報を盗んできた訳ですがその頃になると盗んだアップデート情報に先回りして別のアップデート内容を入れたりして私ですらゲームの対策を立てられなくなってしまった訳です。内容を知られたからといってバランス破壊覚悟の上での糞パッチを入れるとかマジで信じられん」
「つか、ゲーム後半のクソアプデって全部原因お前だったりすんじゃねえのか?」
「ああ!そうだね!スキルの修正情報を晒してアプデを別方向に誘導しつつ、情報操作してみんなの動きをクソゲーがさらに加速するように――ぷじょろぉ!」
竜ちゃんが緑太郎さんに槍を投げつけていました。
いや、気持ちはわかるんだけどね?
かなりの時間と値段をぶっ込んだゲームのバランスをとことんまでぶっ壊した原因が目の前に居たら殴り倒したくなる気持ちってのは。
だけど、俺はこれまでの話の内容の整理を頭ン中でやっていた訳でいきなり竜ちゃんみたく手が出るところまでいかなかった訳で。
「ちょっとー!マジむかつくんだけどー!何でそんなことしたしー!俺の金返せー!返せー!」
肉便器ちゃん6歳のせいだから多分、俺のせい。
いきり立って丸眼鏡さんに暴行を加えはじめる竜ちゃんを止めようかと思ったけど直接の原因が俺にあるから、なんだろう。
俺はそっと視線を逸らして何も見なかったことにしようと決めましたのですよ。
「ちょ!そこの痛い痛い痛い!あ、赤い竜さんマジで辞めて下さい!土下座します。土下座しますからほっぺたつねらないで!HP少ないんです。二桁無いんです、死んじゃう。死んじゃう。持ってるお金あげますからどうか許して下さい」
俺はなんか悲しくなってちょっぴり泣いた。




