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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第2部『二つの太陽編』
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ファイト一発のCMって最近見ねえな?

 山間に伸びる道を歩けば、吹く風にどこか心地よさを感じる。

 デッテイウすらおいてきて久しぶりに徒歩で歩けば、土の感触が足の裏を押し、澄んだ空気がどこか現実離れしている。

 現実から離れてこんなところまで来ているのだから夢のようだがこの悪夢、困ったことに醒めやがらない。

 重装備の赤い竜はえっちらおっちらと山を登り、時折、小さく休憩を挟みながら登る。


 「本当に戦闘以外じゃナイト系ってお荷物なのな」

 「本来はそのための騎乗ペットだからねえ」


 ナイトさんがペットに乗れば重さも相まって最強に見える。

 だが、フィールド踏破だけで見ればアーチャー系が最強に見える。

 ペット侵入不可エリアなどではこうして辛くなるのだ。

 だが、別に俺達が今えっちらおっちら歩いているのはペット侵入禁止エリアでもないので乗って行こうと思えば乗っていける。


 ――だが、IRIAの影響を受けたものを少しでも側に置いて置きたく無いのが心情だ。


 「開発者か。あのチート野郎も行っていたけど『ゲームを外側から破壊する』ことができるってんなら、当然、ゲーム側も脅威に思っているはずだ。だから、閉じこめて記憶を無くそうとするんだろ?」

 「なら、その居場所をむざむざゲームに教えてやる必要はないからねえ……とはいえ、しんどいわー」

 「運動不足やで竜ちゃん」


 ぶっちゃけ俺より狩り込んでる赤い竜に、それもゲームの中での行動で運動不足もへったくれもない。

 実際、24時間中18時間以上ゲームしている連中が運動不足だのとかほざく時点でお察し下さいなのですが。

 ただ、まぁ、底の底を割ってみるとネトゲで廃人プレイ仕掛けるのに俺が一番最初にやったのはランニングだったりするんだがね。


 「どれ、もうちょっとだ。あまり遊んでるとキクさんも五月蠅いだろうから今日中にカタつけるぜ」

 「だぬぅ」


 赤い竜のスタミナも回復したのだろう。

 立ち上がりゆるゆると歩き始め、俺達は幾度かの遭遇戦を経て目的地に到着した。


 ――ザビアスタ森林地区とエクスブロ火山の境界にある崖に。


 「こんなところに家を構えるなんざ、相当ゲームとの関わり合いを嫌ってるよな」

 「食べ物とかどうしてるんだろうなぁ……ん?」


 赤い竜の前をとことこと一匹のビーストが棍棒を方に担いで歩いていく。

 ひょっこひょっこと左右に揺れて歩く様は後ろから見ていても可愛い。

 そのビーストは崖の前に来るや棍棒を放り投げるとぱっぱと崖を登ってゆき、やがて見えなくなった。

 そして、しばらくして軽やかに崖を降りてくると棍棒を持たずに立ち去ろうとする。


 「おい、忘れてんぞ」


 俺が親切にビーストに棍棒を忘れていることを教えてやるとビーストは俺を怪訝そうな顔で見る。


 「わすれてないよ?きちんとほねやろうにめしはとどけた」


 うん、やっぱりビーストはバカだ。


 「棍棒だ棍棒。あれ、置き忘れてるぞ」

 「おお!ほんとうだ!おまえ、すげーな!あらてのろりこんか!?」


 口が悪いのは多分、無職童貞に関わり合いのあるビーストだからだろうか。

 骨野郎ってのが多分、開発者のあだ名か何かでこいつはそいつに飯を届けるお使いか何かをしてたのだろうか。


 「ロリコンはちなみにこっちのお兄さんだ」

 「ちょ!あっちゃんひどっ!」

 「ろりこんっぽいつらしてるもんなー。いーちにー、さんーしー……ゆびのかずくらいのとしまつのがよろしい。はんざいじゃなくなるからな。ところでろりこんってはんざいはねばねばしてたりするのか?」

 「ねっばねばやで。ところで飴ちゃんやるから上で何してきたか教えろよ」

 「がけのうえにめしをおいてきた。すこしたべようとおもったけど、ほねやろうがかわいそうだからやめたった。かえったらむしょくどうていがめしくわしてくれるからかえってからいっぱいくう。やさしさにぜんべいがないた」


 やはり、俺の想定は正しかったようだ。

 だが、IRIAを近づけるのは何故だろうか?

 ビーストが立ち去るのを見て赤い竜が呟く。


 「……アレだね。IRIAを近づけるのはなんでなんだろうね。開発者っていうくらいだから管理権を持っているIRIAが他のIRIAに干渉していることくらいはわかるはずだと思うんだけど」

 「末端のIRIAまでは目が行き届かないのか?」

 「それは無いと思うな。サーバーを構築した場合、下位IRIAは上位IRIAに管轄されてその状態を常にモニターされるんだ。相互IRIA構造って言って、柔軟な状況に対応できるIRIAだからこそそのジャッジングにミスが無いか同位IRIAと上位IRIAでチェックするんだ。IRIAはその特性上、処理しきれない判断要素やファクター提示をすると混乱する特性があるからそうやってカバーリングしてミスが無いようにしてやる必要があるんだよ」

 「やけに詳しいな」

 「もともと、そういうセキュリティ関係の仕事に携わっていたからね」


 赤い竜が肩をすくめて苦笑した。


 「竜ちゃん仕事持ちか。どうりで課金力がぱない訳だよ」

 「一人暮らししないで仕事してればお金は余るからねー」


 職持ちの現代貴族といったところか。

 ま、実際ある程度の収入があって『趣味』の範疇でゲームに金を費やせれば相当の額を課金できる。

 問題はその課金の方向性を間違えなければという話だが。


 「……さて、崖登りでもしようかぬ」


 俺は目の前に切り立つ崖を見上げて首を鳴らした。

 赤い竜がどこか疲れたような顔をしていた。


◇◆◇◆◇◆


 ナイトさんを連れての崖登りは困難を極める。

 落ちたら落下ダメージで即死する高さにくると油断もできない。


 「……ファミルラの世界がエルドラドゲートオンラインに繋がっているのは理解したよ」


 俺は赤い竜の手を引っ張りながらフックを投げる。


 「魔王の復活を目前にした世界で多くの混乱を平定する必要があったって話だったよね」

 「だが、ゲームの中で一度もその魔王と戦うイベントは無かった。そもそも魔王自体が居なかった」


 俺達はゆっくりと崖を登りながら今ある情報を整理する。


 「だけど、この世界でちらほら情報を聞く限りにはファミルラの時代に魔王が居たってことになってやがる」

 「うん。そして、僕らの使っていたプレイヤーキャラクター達が密接にこのエルドラドゲートにリンクしている」

 「過去の英雄だった扱いのFF14とは違い、名前まで多少変形していても残っている。竜さんはウィキを攫ったか?」

 「いんや。ヴォーパルタブレットはロクロータさんが今持ってるんでしょう?後で確認させて貰うけど……多分、俺の予想通りなんじゃないかな?」

 「ああ、他の奴が走らせてるメインクエストの中にもちらほらと知った名前が出てきやがる」

 「どんな名前?」

 「最近の情報じゃ解放されたメインクエの一つで『シルフィリスの決意』、『森の妖精テンガ』、『戦女神の少女』だ。参るよ。俺がやった『オーベン城攻略戦』の再現をゲーム内で昨日から実装だよ」

 「リアルタイムメンテナンスシステムで常時アップデートされていくらしいけどぶっちゃけ、そんな話を聞くとぞっとしないよね」


 毎週決まった曜日がサーバーメンテナンスの日としてゲームにログオンできないというのはよくある話だ。

 ファミルラ自体も大型のアップデートの時はログオンを規制していたりもした。

 だが、IRIAが普及し始めてエラーチェックや分散サーバー構築等が負荷無くできるようになったこのご時世、ファミルラの運営はこのメンテナンスからログオンできなくなるゲームジャンキーのストレスをある方法でもって解決した。


 ――リアルタイムメンテナンスシステム。


 プレイヤー達の攻略がある一定水準まで到達する毎に新たなコンテンツを盛り込むことで常に刺激を与え続けるタイミングを外さず、常時、幅広いレベル帯コンテンツを提供することでレベル帯毎のマッチングの規制を緩和し絶妙のバランスを取り続ける試験的な試みであり、大々的に評価された。

 だが、今の俺達にはその意味合いというのが変わってくる。


 「……ああ、だけど、俺や竜さんはファミルラでも遊んでるからわかるだろう?このリアルタイムメンテナンスシステムはファミルラの時代にも既に実装されていたんだ」

 「うん……認めたくは無いけど、ね」


 俺達は互いにその事実を口にするのを憚っていた。


 「……俺たちがクリアしたからフラグが解放されたと思っていた。だけど、話はそんな簡単な……いや、生易しい問題じゃあない」

 「うん。そうなんだよねえ」


 口に出すのが怖いというのは俺も赤い竜も一緒のようだ。


 ――多くのゲームを叩き伏せてきた廃人だからこそ、その意味合いはまた変わってくる。


 「……あっちゃん、2年前のファミルラにも『俺達』と同じような現実世界からのログオンユーザーが居たんだよ」

 「認めたくはねえが……そうなんだろうな」


 そこまで呟いて、俺はまた一つ、体が冷たくなっていく覚悟を覚えた。


 「『本当にクソゲーだよ、このゲームは』。魔王の書に出てくるこのセンテンスはこの世界の住人には書けない」

 「……うん。修正こそされているんだろうけど、ところどころ現実世界に居なければ判らない単語が並んでいる」

 「何を思って残したのか、いや、何のために残したのかは理解できねえ。だけど、その魔王ってのが現実世界からのログオンユーザーに間違いないんだろうさ」


 軽く崖を跳躍して『駆け上がり』で壁を登る。

 登り切ってフックを降ろし、降りながら梯子を作ってやると俺は大きく溜息をつく。

 「……ベータ版とオープン版じゃ仕様が異なるのは当たり前の話だよな」

 「うん。俺達が本当に考えなければならないのはそこだよね」

 「魔王の書を見る限り、いや、俺たちがプレイしたファミルラを振り返る限り、この魔王の書を残した『プレイヤー』ってのは本筋に絡めなかったんだろうな」

 「うん。多くのフラグクエストを攻略したのは当時の僕らだからね」

 「……俺が手に入れた魔王の書ってのはその魔王とやらが『運命のイリアの乱心』からの先をちょっとだけ書いた3巻目だった」

 「俺のは2巻目だね。運命のイリアの造反までについて書いてる」

 「ちなみに、それどこで手に入れたん?」

 「メインクエストを進めていたら魔王のイリア、ラヴェなんとかってのが現れて撃破したら貰えた。赤ダンゲートを封印した時だね。めっちゃきつかったわー」

 「一緒に行くっつったろうに。何で呼ばない」

 「やれると……うんにゃ、やらなきゃダメだなって思ったからさ」


 赤い竜は苦笑して見せると大きく溜息をついた。


 ――それ以上は語らないのは『最強』を自負する自尊心。


 何かを決めた時、人ってのは押し黙っちまうもんだ。

 それの理解を求めて話してくれればいいのになどとほざくのは痛みを知らないガキの戯言。

 話して理解できること、誰かと一緒に解決できる程度の問題なら、覚悟を決める前に終わっていたりする。


 「……次があるんなら俺も混ぜれや。一人で美味しいとこ攫ってくんじゃねえよ」


 だからこそ、俺は俺らしく悪態をつく。


 「次があれば……ねっ」


 赤い竜は重い体を引っ張り上げながら崖を登る。


 「しかし、魔王の書に書いてるファミルラの時代はつくづく、『イリア』ってのがやりたい放題やらかしてた時代の話だ」

 「うん。ゲームの世界の中の住民の視点で俺達を見ると、本当にやりたい放題のモンスター以上に手に負えない連中なんだなってのがよくわかる」


 買い占め買いたたきは当たり前。

 突発クエストが発生すればどこからともなく現れて味方の冒険者ごとモンスターを轢き殺す。

 商人の護衛クエストにあきらかな過剰戦力が付き添い商人をあっという間に丸裸。

 生態系が狂うまでモンスターや動物を狩り叩き、放っておけば害の無いゲートを開いて噴出する魔物の被害もそっちのけでレアを掘る。

 あっちこっちに要塞を立てて街を占領したと思えば、勝手にドンパチ戦争して。

 奪ったり奪われたりを延々と繰り返すものだから生活なんて安定しやがらねえ。


 ――現実世界に痛みを置いてきた人間が他の世界に介入するとなればこんなにも無法ができるのかと思う。


 だが、それらは『痛みがない』ということを前提に最大効率を求めた場合、どの無法行為も最大の効果が選択されるが故に皆がこぞって選択する。


 「相互IRIA管理で半分独立したサーバーだったみたいだけど、それでも尋常じゃない影響が出ていたことはわかったよ」

 「バランスを崩すのはいつだって最適解を叩き出す効率厨とその効率を貪欲に追い求める廃人達だ」


 俺はそう告げて、次に覚悟を吐き出す。


 「――来るんだぜ?そんな奴らが大量に。生き残るのだって緩くねえよ」

 「ああ」


 PKされたくなければNPKサーバーに行けばいいじゃない。

 もう、サーバー選択すらできないならログオフすりゃいいじゃない。

 あいにくこのクソゲー、ログオフボタンが見つからないのでございますよ。


 「こんな狂ったゲームを作った奴に一発くれてやりたい竜ちゃんの気持ちは痛い程わかるでほんまー」

 「俺、PKプレイヤーじゃないけどPKしてもいいと思う」


 果たしてその真意がどこにあってこんなクソゲーを作ったのか。


 ――視線の先、粗末な一軒家が風に吹かれて風読みの布をはためかせていた。


 エルドラドゲートオンラインのニ・ヴァルースの大地を望む崖に立つ家には果たしてどんなクズ野郎が居るんだろうか。


 「さて、行こうか」

 「ああよ」


 俺達は小さな背中を丸め、それでもじっと前を見据えていた。


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