くりうがすたぁっどあっごいーへぅ
イリアは決して死ぬことは無い。
だが、既に意識を失った相手まで模擬戦で叩き斬る必要は無いからだ。
――本来ならば、それに共感する俺も甘いんだろうがね。
「それまでだな」
崩れ落ちたチュートリアにポーションの投げつけ、俺は二人を止める。
程なくして意識を取り戻したチュートリアが呆然と地面を見下ろしていた。
マノアは静かに残心を解くことなくチュートリアから距離を取り、切っ先を外す。
そうして、剣を背中に背負いグローブを締めると告げた。
「――弱いッス。これなら、冒険者の中にもまだ強いのが一杯いますわ。イリアに強いだの弱いだの言われると、腹が立つッス」
どこか吐き捨てるように言ったマノアは背を向けると忌々しげにチュートリアを一瞥する。
俺にどこかすがるような視線を向けるチュートリアだが、俺は底意地悪く笑ってやる。
「へい今どんな気持ちどんな気持ちー?一般人に負けた戦女神ちゃん負け犬オーラ全開やでー?きもーい、一般人に負けるのが許されるのは小学生までだよねー?」
目の端に涙を溜め、それが溢れてはらはらと零れる。
「マ、マス……たぁぁ……」
「がっせえ通り越して無様なのなぁー、泣くっくらいだったらもっと頑張りゃええやん。そうやって同情買おうとすんのやめてくれるー?」
――弱った相手を叩くのは基本。
つうか、弱った相手に手を貸して結果が良くなることなんざまずねえからな。
「ロクロータさん、教えてあげたら?一応、メインクエ進めるには必要なんだから」
「そやな。メインクエレーダーにしかならんけど、それっすらできなくなったら困るもんな。しっかり覚えておけよ?」
俺は立ち上がり、尻についた草をぱんぱんと払うとマノアに向き直る。
チェーンソードとエルドシールドだけをマテリアライズし余裕然として告げる。
「マノア、かかって来い。半径3メートルから動かず瞬殺してやっから」
「――できなかったら、どうします?」
「全財産くれてやんよ」
マノアはそれだけ聞くと剣を構えて静かに俺と対峙する。
視界の中心に『ネルベスカ・マノアとの対戦を受けますか?』と文字が走り、了承の意を示すと文字が光になって消える。
――『対戦開始』の文字が走り、空気が変わる。
マノアは静かに俺の周りを回り、俺の様子を見ているが俺は余裕然として肩をすくめ、不敵な笑みをにたにた浮かべるだけだ。
笑みを浮かべる俺に苛立ちを覚えたのかマノアの顔がどんどん険しくなる。
そして、意を決したのかダッシュで一気に俺の眼前に肉薄してきた。
――眼前からステップして、横に回り込み、レイジスラッシュ。
攻撃の組み立てとしちゃ、悪くない。
だが、所詮、NPCといったところでしょうかね。
「終わったぬ」
――そこからは赤い竜以外は何が起こったのかわかっていないなかった。
がん、と激しい音がした後、剣が三度閃いてマノアが地面に倒れていた。
「ひゅう。流石やわー」
赤い竜が感嘆してにこやかに笑う。
確かに、マノアの大剣は俺を脇下から首筋までかけて斬りあげていた。
だが、それまでだった。
半歩だけ前に出た俺の盾がマノアを殴り飛ばし、マノアがふらつく。
――ワンスタンあれば十分。
『駆け上がり』でマノアの体を駆け上がってからの『ダウンスラスト』。
そして、落下中に『壁蹴り』キャンセル『ムーンサルト』キャンセルの『ダウンスラスト』
――『ダブキャンダブルダウンスラスト』通称『ダダダ』と呼ばれる空中コンボ。
剣ローグさんの小型モブ用火力コンボではあるが、ぶっちゃけ弓使った方が強いから使われることはあまりない。
それに、『駆け上がりダウンスラスト』から次のダブキャンダウンスラストにつなげる間に敵が移動してしまうとダウンスラストが入らないから決められる相手が限定されてしまう。
――だからこそ、『バッシュ』でマノアからスタンを奪った。
『バッシュ』の特性上、相手の攻撃と重なってしまうと相手の攻撃を『弾く』状態になってしまい、軽盾の場合、相手の攻撃力によってはこちらがよろめいてしまう。
片手武器相手にはいいが、大型モブや大剣の火力スキル相手だと打ち負けしてしまうこともしばしばあるモンだから防御目的に使うのであればクールタイムの少ないガードやジャストガードに頼る。
バッシュ自体、特性上真正面から使うなら大盾用のスキルで軽装の場合、側面から叩くのが基本だがこれを真正面から使う方法も無い訳ではない。
――それが、『重ねバッシュ』というテクニックだ。
俺のように相手と密着するぐらい重なって相手の攻撃を自分が喰らうことで相手の武器の攻撃の当たり判定の『内側』で『バッシュ』を振るうことで『弾き』をさせない。
そのままスタンを奪えれば火力スキルでダメージレースに持ち込むことができる。
要するに、俺がこの瞬間にやったことを一行に纏めると、だ。
――『重ねバッシュ』でスタンを取って『ダダダ』で大ダメージを取った。
最後のダウンスラストの後の移動慣性で相手の背後に落下中に、『バックスタブ』補正と『急所攻撃』の補正の載ったスラストを首筋に叩き込んで終わり。
ウォリであれば『急所ランページ』で終わるところをローグだからちょっと火力スキルを活かすためにテクニックを使っただけである。
俺は地面に倒れ伏したマノアの襟首を掴んで放り投げるとポーションを投げつけ、呆然としているチュートリアに尋ねた。
「わかるか?」
俺が尋ねてもチュートリアは悔しそうに地面の草を握るだけだった。
――何も、学ぼうとしやがらねえ。
「――汎用職で盾持ちなら積極的にバッシュを狙う。スタンした相手をスタンしている間に火力スキルで確殺取ればいいだけの簡単なお仕事だ。大剣ウォリみたいな機動戦主体の火力職相手に機動戦持ち込んで、勝てるだけの技量があれば遊んでやるのも悪くねえが勝つんだったらスタン取って火力ぶち込んだ方が早ぇ。大盾持ちで重鎧装備のテンプルならダメ喰らいながらでもバッシュして、トランプルでもスウィングでもぶちかましてホーリーバスターに繋げれば確殺は容易に取れる。ましてや、相手が距離を取ってくれるならヒールや自己バフ入れて時間をかければかけるだけ相手が不利になる状況を作れる。相性だけで言うなら大剣ウォリと盾槍テンプルならテンプルの方が有利なんだよ」
俺がやったのは単にテンプルでできることをローグでやっただけに過ぎない。
「俺みたいなローグが本来機動火力と遣り合う場合、短剣や手斧使って状態異常つけまくった後に遠距離から火力スキルぶっぱなすか、アイテム使って罠張って火力ぶち込むだとかが想定の正当。火力確保できるんだったら弓や銃持って引き撃ちしてりゃ勝てるんだ。わざわざお前に分かり易いように近接ローグなんてやってんだぜ?頭の中に何詰めてんのよ。ドリルの燃料入れてても、お前のドリル相手攻撃してくれへんのやで?」
叩くだけ叩いて鼻を鳴らすと俺は剣を納める。
ようやく起き上がったマノアはふるふると首を振り俺を見上げる。
「――つぁ……痛ぃ……何が?」
「お前らじゃ弱すぎなんだよ。理解したな?今日はついてくんなよ?お前らみたいなのに一緒に来られても足手まといだ。ココ、ウィンミント。せめてこいつらが使えるように今日一日中ぶっ叩け。お前らも雑魚だがお前ら以上に雑魚だと使えないにも程があるからな」
徹底的に心を折り尽くしたのを確信して俺は赤い竜を見る。
――最早、攻略に行く覚悟をしている目だ。
監視役になるイリア共を追い払ってこのゲームの開発者に会いに行く。
――果たして、このゲームは終わらせることができるのだろうか?
その答えを得なければ、ならない。
そう静かに覚悟した時、俺の横面に当たると危険な大きさの石が直撃した。
「――くりうがすたぁっど!あっごいーへぅ!うわぁあああああぁぁぁあっ―――」
――多分、『スクリゥガイズ、バステァッッド。アイムゴーイングホーム』と叫びたいチュートリアが大声で泣いていた。




