人生にワンパスは無い。
昼を過ぎる頃にはほとんどのエルフとビースト達が村に集まって大変なことになった。
村人や冒険者達がぶっ壊れたエルフの族長と完全服従を誓うビーストの族長を見て俺に対する態度を改めて、誰も近づかなくなった。
無論、チュートリアもマノアも。
「なんだか、俺、昔虐められてた時のように無視されてる気分で切ないわー」
「よかったじゃん。平常運転よ」
キクさんがそう言って机に広げた計画書に色々とチェックを付けて忙しそうにしている。
俺はその横で他に必要な資材リストなんかに目を通してやっているのだがキクさんは割と几帳面な性格をしてらっしゃるようで問題なさそうだ。
つまり、今、果てしなく暇。
「しかし、ビーストとエルフががっつり入ってくれたから結果オーライだな」
「一日遅れた分は取り戻せそうねぇ……なんだか、周囲から移住を求めるNPC達も多くなってるし、好調すぎる滑り出しだわ」
「他の村に行って拉致って来るか?」
「……この近辺の村はここの村長だっけ?手紙出して来る者は来いってやってくれてるみたい。意外にできる村長よアレ。ビースト、エルフも完全に恭順してるしこのまま行けば雪だるま式に増えていくんじゃない?」
「市場と一緒か」
「そ。お金も資金も増える時は雪だるま式に一気に増える。問題はこの流れをずっと維持することの方なのよね」
キクさんの言わんとしていることはなんとなくわかる。
「コップじゃ足りないからバケツが欲しいってところか?」
「うん。受け入れる箱が足りない。家は造れるからいいんだけど、問題はそれらを支えるインフラなのよねぇ……水珠が圧倒的に足りてない状況なのよ。井戸を掘っても賄える水の量が足りないから」
「水珠はどこのレアドロよ?」
「南のヴォルヴ砂漠のユニークの確定レア。一応、二つはストックしてるんだけど本格的に街を作るとなるとあと二つは最低でも欲しいかなぁ」
「雷珠も必要になってくるだろう?」
「ぶっちゃけ精霊珠は全部欲しいってのが正直なところ。街を作っても広げられないと意味が無いし」
火、水、土、風のいわゆる四大元素をそれぞれ司る珠には街作りに欠かせない重要な機能がある。
火は文字通り火を生み、熱となって動力となるからインフラ機器を作ってくれる。
水は水を生むから水道が作れる。
土は土壌を安定させ作物の収穫量を確保してくれる。
風は昔、さんざっぱら2chで無意味と叩かれていたが、実は疫病を防いでくれたりする効果がある。
大きな街を作るのには必須といっても過言じゃあない性能を持っているから街作りをしようとする連中には高値で取引されるレアアイテムだ。
「でも、ま。私のクエストだからね。それっくらいは私で何とかするわよ。人伝いに買ってもいいし、冒険者を派遣してもいいし」
「レアユニは市場に流れづらいだろう?本当に必要だったら掘りに行ってくるぜ?他人のケツを掘るのとレア掘るの俺得意やで」
「キチガイロクロータも随分とお優しくなったことで。らしくないわよ」
キクに言われ、ふむ、と納得してしまう。
――攻略に必要ならと俺は納得してしまいそうだった。
「――本当に欲しい物なら、自分で手に入れるしかないじゃない?」
屈託なく笑う書類の束を纏め、大きく伸びをすると屈託無く笑った。
――コミュニケーションを前提とするMMORPGで他人を頼らない。
廃人と呼ばれる人間に必要な基礎的な心構え。
「それよっか、赤いの見なかった?この辺りで狩ってると思うからもうぞろお腹空かせて戻ってくると思うんだけど」
キクさんがそう言った矢先にタイミングが良いと言えば良いのだろう。
赤い龍がふらふらと戻ってくる。
「――やあ、ロクロータさん。二日ぶりだね」
どこかぼんやりとした、だが、少しだけはっきりした赤い龍が肩をすくめる。
「よう、なんぞあったんか?」
「ん、メインクエ三つくらい消化してね。それから先はエクスブロで『ザウラスプロンプト』を狩ってくることなんだけど、調べてみればリアル三日後に出現するらしいから、暇つぶしにこの辺りのユニーク狩りに。リグニカントが見つからないんだ。情報は合ってるし、目撃情報もある。だけど、見つからないんだよなぁ。ウィングホーンヘルムはいいデザイン防具で派生も優秀だから確保しておきたいんだよ」
「わんこなら俺が喰っちまったぜ?ウィングホーンヘルムは今、チュートリアが持ってるはずだ」
「ちょぉぉ!ロクロータさぁん!なんで勝手に喰ってんのー!マジないわー!俺、昨日から探してたんよぉ!」
さんざっぱら探し回ったのだろう。
だが、リポップしないユニークエネミーをマップを埋める覚悟で探して時間を浪費するだけ浪費する悔しさは理解できる。
「ウィングホーンヘルムはデザインこそいいけど、派生させるのにレア素材の収集が緩くねえだろう。レア扱いだから鋼材も同レベル帯から見れば強化もワンランク上になるしあんまし美味しいアイテムじゃねえぞアレ」
「まあ、うん、ちょっとね……」
どこかはぐらかす赤い龍に俺は眉を潜める。
赤い龍はどっかりと座り込むと巨大な槍を床に突き、大きくため息をつく。
――よく見れば、槍は激しく傷ついていた。
「キクさん、俺の剣、修理終わってるー?」
「終わってるわよ。あと鎧も。あんたメインクエつったって激しくぶっ壊し過ぎよ。そんなところに一人で行く気がしれないわよ。私やロクロータに声かけなさいって」
「んー」
赤い竜はどこかぼうっとした様子で虚空を眺め、足を揺らす。
俺はその様子に直感し、尋ねる。
「……竜さん、何があったや?」
「いや、ちょっとね。舐めてたところがあった。デスペナは無いよ。そこは安心してくれていい。だけど、ゲームのツモリで無茶するモンじゃないね」
屈託無く笑う赤い竜と静かに視線を交わし、俺は適当に相槌を打つ。
「――そうか。ならいいんだがぬ」
俺は視線をキクに走らせる。
赤い竜は俺の視線を追ってキクを一瞥した後、苦笑した。
――あんまり、聞かせたい話ではない。
俺は目を伏せ、赤い竜の肩を叩くと村長の家を後にしようとする。
「あれ?ロクロータ、どこ行くの?」
キクが俺の様子を見て書類の束の中から顔を上げる。
「ちっくらエルフ共の様子を見てくる。反抗する奴が居りゃ叩き伏せにゃならんからな?どうよ、竜さん。一緒に来るか?」
「ええーなんか面倒くさ……」
「来いっつってんだよ。どうせ暇なんだろう?」
俺が強引に話を向けると、赤い竜は察したようだ。
「しょーがねーなー……シルフィリス。剣を受け取ったらしばらく待っててくれよ」
赤い竜がシルフィリスにそう告げると俺と赤い龍は連れだってキクの元を後にする。
◇◆◇◆◇◆
――『DragonHearts』は赤い竜がどのゲームでも使用するギルド名だ。
それが、チームやクラン、カンパニーや旅団になろうとそれは全て『DragonHearts』であり、そして、必ずこう略される。
――『竜魂』
赤字の燃えさかる炎に黒抜きされた『竜魂』のエンブレムはどのゲームに行っても変わらず作られ、掲げられるエンブレムだ。
最早、見慣れてしまった『竜魂』の文字が躍る野菜村の中心に立つ旗を見上げ、俺は広間のベンチで赤い竜と静かに語る。
「……竜さん、あんた、このゲームの核心に触れたな?」
「ということはロクロータさんも知っていたのか……いや、知らない方がおかしいか。知ったのはあれかい?便所コンテンツが終わったあたりかい?」
「ああ」
俺はそう告げて、手の中に『魔王の書』をマテリアライズする。
そして、赤い竜もまた、同じように『魔王の書』をマテリアライズした。
俺たちは本を互いに放り、交換するとインベントリに納める。
秘密を知ってしまった者同士が持つ奇妙な連帯感を覚え、俺は静かに語る。
「『魔王の書』。かつての災厄の際に現れた魔王が残したとされる書物……誰にも喋ってねえだろうな?」
「喋らないよ。喋れないさ。とてもじゃあないけど――生きた心地がしないよ」
俺と同じラインに立ち、赤い竜はどこか疲れたように肩をすくめた。
周囲に誰もいないことを確認すると俺は小さく告げる。
「……第一次限界クエストを突破すれば、多くの人間が順次こっちの世界に来る」
「だね……恐らくは僕らのクエストがトリガーなんだろうさ」
「確証はねえが、俺たちの誰かが欠けても……クリアされるように、できている」
俺はそう呟いた。
「……その為の、イリア、なんだろう?」
赤い竜がそう呟き、空気がどっと重くなった。
――電子の作る空気が重さを持つなんて、どんな冗談だよ。
本当に気が狂いそうになり、俺は大きく溜息をついた。
「ああ。現実の世界が無くなった俺たちは他のNPCと同じ、いくら死んでも蘇る不死身のプレイヤーだ。解けないゲームは無い。だからこそ、記憶を無くした俺達を導く為にイリアがある」
「記憶を僕らが全部無くしたとしたら……晴れてシステム上死なない人間ができあがる。それは一つの……チートだよね」
「そんなチート人間が居りゃ、どんな難しいコンテンツだって何度もチャレンジしてりゃやがてクリアされてしまう。事実、どのネットゲームの多くだってデスペナルティこそあれキャラクターはロストしない。ロストさえしなければ……何度でも挑める」
「やっぱり、そうなるのか。そうなんだろうね……」
赤い竜は力なく頷くと視線を細めた。
「……だとしたら、ロクロータさんの選択が一番なのかもしれないね。高いレベルのまま隣に置いておくなんてぞっとしないよ。いつ、PKされるかわかったモンじゃない」
「早まるんじゃねえぞ?イリアの特性は最初から高レベルのチートだということじゃあない――死なないことだ。奴ら自体がこの世界にとって死なないってチート持ちなんだ」
「自分の記憶をなくすことのないイリアはどんなになっても俺達をゲームの目的に沿って動かし続ける」
「――デスレースだよ。俺たちがゲームに挽き潰されて死に散らかして記憶を完全に失えばゲームオーバー……ノーコンテニューで人生終了。晴れてゲーム世界に移住完了だ。転居届用意せな。これぞ必滅の呼び声、みずいろオンラインって奴だよ」
「うわぁ、最悪だねえ……それに、ゲームに参加したら途中で終了することもできないし、参加の要請をした訳でもないのに強制参加かぁ、利用規約読まなかったのが悪かったのかなぁ」
「人生をアカハックされた気分だぜ。人生のワンパスってスマホのどのアプリでできるんだろうな」
「運営も注意書き書いておいて欲しいわー」
俺たちはそろって呟く。
「「――『本当にクソゲーだよ。このゲームは』」」
俺は確信する。
赤い竜にはこのゲームのエンディングが見えている。
だからこそ、ここまで、迷うのだ。
――それはどこまでも過酷な結末だからだ。
俺たちは沈黙を交わし合い、そして、耐えきれなくなって、俺は吐き出す。
「――なあ、竜さん。覚悟はできているか?」
「このゲームの、エンディングかい?」
「俺は、済ませた」
――そう呟いて、俺はどこか冷めていく自分を覚えた。
どこまでも、甘いと言われた。
それは、PKプレイヤーとしてもだ。
数多くを血祭りに上げ、それでもその先を行く者が居て、追いつけない高い壁を知る。
――「中途半端すぎるよね、君」
かつて言われた言葉が胸を刺し、しくしくと痛みが滲む。
だけど、だからこそ、俺は俺で在り続ける。
非情になりきれず、だからこそ、非情を強いるこの『ゲーム』の悪意に怒りを覚える。
そうしてできた覚悟は崖の先に歩いていくどこまでも不安な浮遊感があり、それでも歩を進めるため、告げる。
「――一昨日、他のログオンユーザーに一人、会った」
「今日、俺も会ったよ。チートだよね。しばらくしたら俺達のギルドに参加してくれるみたいだよ」
赤い竜の言葉に、俺は少しだけ驚き、そしてようやく踏み出す。
「――俺はこれから最後のログオンユーザーに会いにいくツモリだ」
「最後のログオンユーザー?」
「……聞いてねえのか?あのチート野郎の知り合いらしい。このゲームの開発者だ」
「聞いてなかった」
赤い竜はそう言って難しい顔をすると身を乗り出す。
「……だけど、それなら俺も行くよ。クソゲーの開発者なら、一発殴りたいからね」
「殺してくれンなよ?――いや、いいのか。プレイヤー同士のキリングにはデスペナルティが発生しないっつー話だからな」
「それも本当なの?」
「確かめた訳じゃあねえけどな?」
命がけで他人の言ったことを実戦して確かめる、というにはちと代償が高すぎる。
――どう考えても俺達に向けられた仕様というのが厳しすぎる。
「いずれにせよ、いずれにせよだ。こりゃ俺とお前さんの二人で行くしかねえだろーな」
俺がどこか溜息混じりにそう呟くと赤い竜はどこか嫌らしい笑顔を浮かべる。
「イリアは置いていくんだ?」
「……わかってて聞いてるだろう?竜さん」
赤い竜は苦笑して返すと同じように溜息をついた。
存外、堪えているようだ。
「……実際、僕らの行動が筒抜けになってるっていうのもゾッとしないね」
「本家本元のメインサーバーIRIAを介して情報を送る。何を企んでも世界中どこに行ってもチクリ屋が居るようなモンだぜ?パートナーという名前の監視役だよあれなら」
――俺や赤い竜が本当に戦うべき相手はAI積載のモンスターじゃあない。
それらを用意し、狂ったゲームに閉じこめた『奴』と戦わなければならないんだ。
『魔王の書』というアイテムを通じ、断片的に情報を開示してくれるのは本当にコンシューマのRPGを遊んでいる気持ちを彷彿とさせてくれる。
――だが、そんなもの、現実サイズに置き換えてみれば悪意以外の何物も覚えない。
赤い竜が珍しく弱気に呟く。
「本当に、嫌になるよなぁ。異世界に飛ばされて勇者やってくれって、正直、アホじゃないかと思うよ。昔、こういったタイプの中2病小説が大好きだったから読みあさったけど、自分の身に置き換えると色んな主人公がアホに見えてくる」
「全くだ。そんなに世界が救いたければ現実世界を救ってみろってんだよな。色々救わなくちゃなんねえところ一杯あるだろうに。自分の中に適当に言い訳つくって現実から目を逸らして異世界なら救えると勘違いしてる甘ったれ野郎共はすべからく死ねばいいんだ。ただ単に俺TUEEしたいだけだろうが。現実でTUEEしてくれよ。そんで、ついでに俺を助けてくれってんだ」
どこまでも小物発言だが、人間なんざこんなモンだ。
疲れた溜息をつくのは何度目だろうか。
そんな俺達を遠巻きに探していたのはキクさんだった。
「あ、こんなところに居た」
俺と赤い竜は互いに視線を交わし、せめてもという思いだけを交わすとキクに手を挙げた。
「あんた達何サボってん?さっきからあんた達のイリアが探してたわよ?ご主人様どこーって」
他人事と思って聞けば可愛げのあるパートナーなんだろうよ。
見てくれだって悪かぁない。
――異世界転生でよくあるパターンのチョロインだ。
だが、その裏側に配置された悪意を思えばぞっとしねえわな。
「サボってねえよ。一生懸命働いてるよ」
「やること、一杯あるんだからね?交易拠点として野菜村を街にしたら次は採掘場を作って、城を建てるんだから」
どこか張り切っているキクさんの顔は楽しげで羨ましい。
「楽しそうだぬ」
「そりゃあ、私の本懐だからね?戦ってるあんたたちと同じくらいには楽しいわよ」
俺はひらひらと手を振って返すと、赤い竜は重い腰を上げた。
ならって俺も立ち上がると遠くで俺達の姿を見つけて駆け寄ってくるイリア共をどこか冷めた目で見つめていた。
――どれ、ちっくら虐めてやろうかい。
スラング解説
ユーザー必滅の呼び声
『ファンタシースターオンライン2』から出展。
エンドコンテンツまでの到達時間が短かったことから、2012年10月10日「新たなる力、必滅の呼び声」に係るアップデートでレベルカンストまでの経験値量を膨大にしたり、ドロップ品の販売価格を激減したり等尋常ではない締め付けをしたことから、新規参入者はもとよりプレイヤー達からも「(ゲーム)必滅の(ユーザー)の呼び声」と呼ばれた。
みずいろオンライン
同上出展。
2013年9月4日ネトゲ至上最大の自爆テロである『アップデートしたらHDDの内容をクラッシュする』という至上最大級のテロを引き起こす。
同様の被害を起こしたエロゲータイトル『みずいろ』とかけあわせて『みずいろオンライン』と呼ばれる。
余談だが開発元のSEGAはゲーム機販売時にも不運に見舞われ、ネトゲ展開するときも不運に見舞われ、今回も不運に見舞われている。
憶測の域を出ないがFF14のサービス開始とあわされて引き起こされており、スクエニの陰謀論が囁かれているが全く根拠は、無い。
ワンパス
ワンタイムパスワードの略。
専用の機器、スマートフォンなどに配信された一時パスワードの入力を要求させるセキュリティ。
私事だが、これを入れておかないと某大手プロバイダのようにお漏らしされた時にアカウントがハックされる。
入れない利点も当然あり、上記『みずいろオンライン』を回避することができた。




