やはり、悪かったのはチュートリアちゃんだった。
流石に大きな音を立てすぎたせいもあってか村の中が騒然としていて脱出するのは困難を極めた。
――バッコンバコン榴弾砲をはっ散らかしてりゃ当たり前っちゃ当たり前なんだが。
轢き殺して気絶した酋長どもを抱えて途中、トイレを探してうろうろしているテンガを連れて殺気だったエルフどもの中を必死に逃げてきて、現在逃走中という訳でございまして。
「これって誘拐って奴ですよね!?拉致って奴ですよね!?ちょっと偵察して来るって言って、何やらかしてきてるんですかマスターっ!」
「仕方が無いだろう?逃げるのには必要だったんだから」
気絶しているエルフとビーストを抱えながら俺はデッテイウの腹を蹴っていた。
後ろからはエルフの軍隊とビースト達が血走った目で俺達を追いかけている。
「エルフの族長とビーストの族長って言ったら下手な貴族より手を出しちゃいけない相手なんですよっ!そこのところわかってたりしますかっ!わかってますかっ!」
がみっがみとチュートリアが五月蠅い。
本当にこいつは俺のやることなすことにいちいち口うるさく反論してくんのな。
「知らんがな。よくよく思い出したらチュートリアちゃんってそういうこと俺に教えてくれるために居るとちゃうん?俺、一度も聞いてねーけど、そこんとこどうなの?」
「うえ…あ、そ!そんなこと、言わなくてもわかると思ってました!」
「わからんわー、俺、全くわからんわー。だから気がついたら原住民族の族長さん達フルボッコにして拉致ってきちゃったわー。あー、大変だー。これは大変だー。せめてやる前に教えて貰えればここまでしなかったのに。誰かさんが教えてくれなかったからとてつもなく大変なことになっちゃったわー」
「私のせい!?私のせいですかっ!?」
レウスの背に冒険者――マノアと二人乗りしているチュートリアが愕然とする。
「俺の性格よう知ってるやん?やられたらやり返す的なことしちゃうって。ああーせめて忠告とかあればしなかったのになー。これはチュートリアちゃんわかってて言わなかったっぽいから、完全にチュートリアちゃん確信犯やな。酷いドリルやー、国際問題に発展しちゃうわー。人間とエルフとビーストの関係もう、完全にぶっ壊したったわー。さすが殺人犯、マスターを利用して徹底的に異種族を排斥するとか戦女神のイリアとしてかっこよすぎてマスターびっくりですよもー。ノーモア戦争、ノーモア暴力って言ったばかりなのに酷いことさせるわー」
「わ、わたしそんなつもりは全く……」
「あーもー!逃げるッスよ!今はとにかく逃げるのが先決ッスよ!」
流石に冒険者も顔を真っ青にしてレウスの背にしがみついている。
背後からひゅんひゅん矢だの鉄砲の弾だのが飛んで来る。
こいつはいよいよもってシャレにならんが、人間に対するヘイトだけはがっつりと奪えたから結果オーライって感じだ。
――ぶっちゃけ、稼ぎすぎちゃった感はあるが。
「ご主人、空に逃げましょう」
「この距離だと厳しいな。アーチャー系に上昇中狙われたらひとたまりもねえ」
「――ならば、応戦するか?」
「死にてえならな?流石にこの数は無理ー」
俺はドラゴン達の提案を一蹴して、ヘルムを脱ぐ。
――格好いいのだが暑苦しいのだ。
デッテイウの手綱を握り、背後のテンガを膝の上に抱くと俺はデッテイウの腹を蹴る。
「――このまま逃走して蒔いた後に、家まで逃げる」
「野菜村には戻らねえッスか!?」
「こんだけ連れてっても防衛できるだけの戦力はねえだろう。こんなときの隠れ家だよ。殿は俺が勤める。先に飛べ。閃光は使えるな?」
「タイミングはこっちで取るッスよ!師匠!」
チュートリアの倍は理解が早い。
ドラゴンが交錯し進路を変えると緩やかに俺は後退する。
飛翔する弾丸や矢が多くなり、俺は背中にバシバシと突き刺さり鈍い痛みを覚える。
「――現実とは違う痛さだが……痛ぇのには変わらねえわな」
「ひーるー!」
テンガが俺にヒールをかけ、治療してくれる中、俺の前を走るレウスの上でマノアが頭上で手を回す。
「あの、マス……」
「舌を噛むッスよっ!イリア!――飛びまッス!『フラッシュライト』ぉ!」
――瞬間、後方の俺に向けて『閃光』こと『フラッシュライト』が炸裂する。
目を閉じて回避した俺と違い、後方から追従するエルフ達は直撃を受ける。
その一瞬で飛翔したレウスを追って何本かの矢が飛翔するが上手にロールして避ける。
十分高度が取れたのを確認して俺は大きく息をつく。
「――テンガ、ちっくら付き合わせるぞ」
「いいですとも!」
こいつはわかってんだかわかってねえんだかわからねえ。
だが、どっちにしろ巻き込むことにゃ変わりねえ。
「ご主人、敵が体制を立て直しました。攻撃が激しくなれば持ちませんよ?」
「――疾走する。地形は覚えてきたから俺に操縦を任せな」
俺はデッテイウの腹を軽く蹴飛ばし、鞄の中にエルフとビーストの族長を放り込む。
振り返ってみればチョコボの出来損ないみたいな鳥に跨った原住民族どもが俺に銃器やら弓を向けていた。
その中を疾走するビースト達を尻目に俺は軽く榴弾砲を撃ってやる。
――爆炎が広がり、先頭の鳥が転がる。
後続が巻き込まれ、それを踏み越えて飛んでくるエルフのしつこさに苦笑する。
「――PKプレイヤーは逃げ足も一級品だぜ?同族同士の鉄則は『楽しませない』だからな」
頭を下げ、テンガを抱え込み俺は手綱を緩める。
「――疾走<ブースト>しろ。今」
「あい――さーっ!」
地面を蹴る足が力強くなり、ぐんと背中が引っ張られる。
風を追い越し、巨木の幹が高速で迫る。
隆起した岩を踏み越え、軽く跳躍させて木の幹を蹴らせる。
後続のエルフ達も鳥を疾走させて追従しようとするがそのうちの何匹かが大木に衝突して潰れた。
――どこまでついてこれるかのチキンレースだ。
加速し続けるデッテイウの背の上で手綱を手繰り、ザビアスタの森を駆け抜ける。
西日が沈み、夜の宵闇が森を静かに包み出す。
燐光を放つ虫が幻想的な光を放つ中、俺は竜を駆り疾駆する。
「かがのみてー、韋駄天」
――さらに、テンガがデッテイウを早くする。
頼んでいる訳でもないのに、きちんと仕事をするじゃあないか。
「後でクッキーをやろう」
「おうどんたべたい」
本当に自由すぎる。
――木々の間を疾走し、俺はルートを見定める。
やがて、主戦場となる場所の走行方法くらいは覚えなければならない。
「先の谷の中を飛べ」
「――その先はフルフ大河ですが……あ」
「そこまで行けば蒔けるだろうよ」
前哨戦と思えば、簡単な方なんだろう。
脱落してゆくエルフ達の中、獣の姿になったビーストが木々を蹴り迫ってくる。
切れた大地に抉られた谷に真っ逆さまに落ち、デッテイウが翼を広げる。
――地面との激突寸前で羽ばたき、渓流の上を走る。
追うことを諦めたビースト達が遠吠えをあげ、その残響を後に引きながら俺はようやく、そう、ようやく息をつく。
渓流の飛沫を散らし走るデッテイウの背で、ようやく緊張の糸が弛緩し俺は額を流れる汗を拭った。
「ろーたー?おうどんたべたい」
「油揚げもつけてやる」
――自分がいかにゲームとしてデスペナルティを軽くみていたか自覚する。
襲撃法は場合によっちゃ命がいくつあっても足りない。
だが、求める結果からこれしか方法が無い。
「――ゲームの中でも命賭けなきゃ昇れないのは現実と同じか」
呟いてみて、大きくため息をつく。
下った川が滝となり、フルフ大河の渓谷に流れ込む。
滝を跳躍して飛翔するデッテイウが久方ぶりに空を眺めれば、最早完全に日は落ちて空が暗くなっていた。
――後方を見ても、追っ手は居ない。
「完全に蒔けたようだな」
「――チュートリア様達と合流しましょう」
俺は十分に高度を取ると周囲を見渡す。
暗くなった空で飛竜の姿を探すのは困難だ。
「見えねえな……しばらくすれば隠れ家……若しくは野菜村には戻るだろうが、今の時点で村に戻られると困るな」
「……エルフやビーストの襲撃が集中してしまいますからね」
「他の人間の村が襲われるのはいいんだが、準備が整わないままで攻められるとちと厳しいものがあるからな……」
「恐らく追っ手はザビアスタ全域に広がるでしょうから……」
「構わんさ。広範囲に散ってくれれば一度あたりに遭遇する頭数も減る。そうなりゃ迎撃する手はいくらでもある。そうなる前にキクんところに逃げ込まれると厄介なんだよ。そこまでアホだとは思いたくねえがチュートリアのバカなら逃げ込みかねん」
「大丈夫ですよ。チュートリア様はともかく、マノアさんは……ほら」
デッテイウが首を巡らせた先にちかちかと眩しく光る光があった。
――『閃光』の魔法のエフェクトだ。
併せてレウスがブレスを空撃ちし赤い線を空に曳いていた。
「……なかなか頭がいいモンだぬ」
「マノアさんは経験を積まれた冒険者ですからね」
「いや、お前さんがだよ。よく見てやがる」
デッテイウの思考タイプについて俺はずっと臆病型のIRIAだと思っていたがリーダー気質のIRIAかもしれないと認識を改める。
――IRIAにも色々あり、それぞれ思考傾向がある。
リーダー気質のIRIAは集団戦闘で上手に他のIRIAを指揮してくれる。
マーシーあたりがおそらくそのリーダー気質だとは思っていたがデッテイウにもその気は十分にありやがる。
――リーダー気質の特徴として、他IRIAの行動が予測できるという特徴があるからだ。
旋回して光の方へ近づくと、マノアがこちらを見つけて手を振った。
「お師匠ぉー!無事だったッスかー!」
大声で怒鳴るのは風で声が流されるからだ。
「ああッ!よく空で待機したッ!野菜村に戻るんじゃねえかって冷や冷やしてたぜっ!」
「チュートリア様はそう提案したんですがそれって不味いッスよねっ!」
「そうだッ!今戻れば原住民どもが大挙して押し寄せてきやがるからなッ!しばらくは散開させて戦力を分散させるっ!」
マノアの背後でチュートリアがどこか落胆したような顔で俯く。
「――へっへー!だと思って空で待ってましたッスよぉ!」
どこか得意げなマノアと比べてみれば言い争いでもしたんだろう。
状況判断については全くのズブだからこうして勝手に遣り合ってくれるのは助かる。
「して師匠っ!これからどうするっスかぁ!」
「とりゃーえず、夜襲したいところだが流石に俺も疲れたよ。ポーションも弾丸も減ってるから隠れ家で一晩あけてから行動開始だ」
「了解ッス!」
俺は旋回して上空から野菜村を確認するとそこから離れた小川のほとりに立てた自分の隠れ家に向けてデッテイウを旋回させた。




