チュートリアの言ったことは正しかった。だが、正当防衛。
「完全勝利。うん、完全勝利」
そう、俺の大好きな完全勝利ではあるんだ。
「すげーッスね師匠……エルフって閉鎖的な種族で他からの支配を受けないのは森を味方にしているからなんスよ?それをまぁ、ほぼ一人で全滅させるとは……」
冒険者――マノアは感嘆を通り越して呆れた声を上げるが俺も少々、自分のしてしまったことに後悔している。
「マスター……これって皆殺しって奴ですよね?よね?」
「おっかしーなー、普通だったら恐怖判定入って逃走してくれるハズだったんだけどなー。全部向かってくるから皆殺しになっちゃったなー……あかんわー、未来の労働力を失ってしまった。戦争って悲しいわー。やだねやだね。ノーモア暴力」
「全部マスターのせいですよね!?わかってます!自分がどれほどクズなのか理解してます!?」
死屍累々となったエルフの死体の山を見つめ、チュートリアちゃん怒り心頭。
「いや、正当防衛でしょ?俺はね?森の中を歩いていたんですよ。そしたらいきなり鉄砲撃たれた訳ですよ。鉄砲ですよ鉄砲。俺の国じゃ殺人未遂と銃刀法違反で初犯で実刑間違い無しの重罪ですよ。ニュースとかにもなりますのんよ?それが集団でやってきちゃった訳ですよ。こっちも本気出さないと殺されちゃってた訳ですよ」
NPCキリングセーフティを外していた訳ではない。
――気絶させても復帰して何度でも襲ってくるからセーフティを外しただけだ。
やらなければ、こちらが殺される。
「その結果が、本気出し過ぎちゃって一人残らず皆殺しですか」
「撤退しねえんだもん。いあ、俺の国の昔の軍人さんって全軍玉砕とかやったみたいだけどこれはちょっとやり過ぎじゃね?」
ちなみに、歴史上の史実として完遂できたのは1回だけな?2回目は逃走者が居て完遂じゃなかったらしい。俺も偏った歴史の知識はキクさんよりあるのですよ。
「やり過ぎちゃったのはマスターですよね?マスターですよね?そこんところ自覚あります?」
「お前だって応戦してたじゃねえかがっとーざへぅ!」
顔を真っ青にして膝を折って愕然とするチュートリア。
「うう……殺人罪に村人を蹂躙し……エルフの兵隊を皆殺し……ああ……どんどん私の求めるなにかから遠ざかっていく……」
「イリア、何言ってるッスか?戦女神のレジアンならこれっくらいやって当たり前ッスよ?見敵必殺トラトラトラ!ワレ、殺気ダッタ虎!ッス」
冒険者の喋るフレーズに何だか聞き覚えがある。
自分が喋ってたような気もするが今ひとつ思い出せない。
「しかし、師匠。上空からの奇襲作戦なんてよく思いつくッスね」
「アターシャの剣を立てない戦場での戦闘は本来、こうして死にくさるからあんましやらないのがセオリーなんだがな?デスペナルティが痛いから俺もああした突撃はよほど余裕があるとき以外はやらない。集団戦で人数が不利な場合は基本は後退しながら数を減らす。減らし切れないと思ったらガン逃げでいいくらいだ。基本1対1の状況を多く作り出して、それに勝っていけばいい」
「逃げることも大事なんスね」
「勝てなきゃな?チャンスがあれば刺す機会はいくらでもある」
俺は減ったスタミナ上限をポーションを飲んで強引に回復させると小さく息を吐く。
「師匠のように射撃武器を持っていれば応戦もできるッスけど、自分みたく剣しか無い場合はどうすればいいッスかね?」
「敵の射程とこちらの射程の概念が無くなる条件があるんだが、わかるか?」
「えーと……あ、遮蔽物の影!つまり、待ち伏せッスか!」
「だが、後退戦の時はそれで包囲されてちゃ終わりだ。囲まれるくらいならチャンスを捨てて逃げる……つか、お前、理解早いな?」
「冒険者じゃなくてマノアッス。冒険者稼業やってて戦場渡り歩く傭兵稼業を中心にやってたッスから」
集団戦闘ではそこそこ使えるAIになるかもしれない。
俺がどことなくそんなことを考えているとチュートリアがじっと俺を睨んでいた。
「……あんだよ」
「いえ、別にぃ……」
「エルフの兵隊さん達は皆殺しにしたったからもは生き返らんぞ?」
「そーですね、そーですね。マスターが皆殺しにしちゃったんですからね」
何となくだがチュートリアの態度が苛つくからほっぺたをつねりあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」
「煽ってんの?煽ってんの?俺、煽り耐性あるけどあえて煽られることもあるのよん?皆殺しの死体の中に混ぜてやろうか?」
「ごめんらさひごめんらさひごめんらさひ!」
ぱっちんと伸びるほっぺたを離してやるとチュートリアは涙目を浮かべながらぴすぴすと鼻を鳴らす。
「がっとーざ……」
「なんか言ったか?」
「……へぅぅぅ……」
チュートリアのAIも何だか狂ってきやがったな。
もうぞろ一遍心折りしてやらねーとならんかもしれん。
よく見りゃテンガが居やがらねえ。
「おう、デッテイウ、テンガどこいった?ちょろちょろして居なくなってねーよな?」
「ここいるよ!ここいるよ!」
テンガはデッテイウの鞍にくくりつけてあった鞄に入り込んでひょっこりと顔を出す。
ハムスターちっくに目を開くあれもまたちと躾けねばなるまい。
「テンガ、お前キクさんから言われたろ?俺の言うこと聞きなさいって。優先順位は回復、支援、それから攻撃。回復は味方が傷ついていたらこまめに回復してやっても問題はない。それから支援は切らさないように。攻撃はそれらが全部できて、はじめてやっていい」
「いっぱいあってできないよー?」
「できたらかっこいい」
「それってくーる?くーる?」
「超COOL。お前も明日からメインヒロイン昇格間違い無しだ」
デッテイウに騎乗し鞄から頭を出すテンガの頭をごしごしと撫でると俺は小さくため息をつく。
まさか全滅するまで徹底抗戦するとは思わなかった。
判断AIに修正が加わってるかもしれない。
――労働力としてのエルフの頭数が減ってしまったのは痛い。
「まぁ、弾補充と武器かっぱいで微妙な榴弾砲とか、機関砲の頭数が集まったからまだマシとは言えるが……」
「師匠、そんな機械集めてどうするッスか?」
「バラしてパーツ集めができる。いくつかの部品は今後、船やら城の仕掛けを作るのに転用するからな――」
森林戦闘で有能なエルフを失ったのは損失的に大きい。
労働力の損失は純粋に開発速度の低下に繋がる。
「――まあ、しかし、全滅は流石にやり過ぎたな。労働資源として当てにしてたんだが」
「ちなみに師匠はエルフ達にどんな作業をやらせるツモリだったんスか?」
「木工でフルフ渓谷のアダマス地層の採掘所を作らせようと思ってた」
「アダマス地層?アダマス鉱石を掘るツモリッスか!?」
「重装系や城塞の防護壁、それに船舶の建造とやるこた沢山あんだ。資源はいくらあっても足らないし、誰も目を付けてないからこそアダマス鉱石の地層を掘れる採掘所を作るんだ」
鋼材としてレアなのはエクスブロ火山の山中にあるのだが、採掘量のバランスを考えると地層として存在するアダマスがベストなはずだ。
ヴォーパルタブレットで攫った情報でも採掘所を作って採掘している状況があるし恐らく主力ギルドのうちのいくつかはあの採掘所に目を付けているだろう。
「まあ、それは何とかするとしてエルフ共に落とし前つけさせにいかないかんわな」
「そッスねー。いきなり集団で殺しに来てる訳ですから何されても文句は言えないッスねー」
「ろーたーみなごろし?みなごろすの?」
冒険者とテンガが煽ってくれるが俺ってそんなに人殺しが好きそうに見えるんだろうか?
「テンガちゃんもネルも言ってることがおかしいですよ!?私の言ったとおりになってますよね!よね!?マスターに関わるとクッキーを焼くくらい簡単に犯罪者ができあがるって!これだけの虐殺行為に手を染めてまだ殺すとか頭おかしいですよっ!?」
「俺ぁキチガイだっつってんだろ!反物質チュートリアにした挙げ句、チュートリアアポカリプス発動させてレッドドリルが画面内にちらつくようにしてやんぞゴラ!」
クッキークリッカーにしかわからない、チュートリアにとっては全く意味不明な言葉を叩きつけ俺はカチカチとチェーンソードのトリガーを引く。
「……どうして、こんなマスターの下にわたし、居るんだろふ」
チュートリアがどこか悲しげに呟くが俺は無視してエルフの集落を目指すことにした。
――銃器中心の編成といい、軍隊行動といい仕様が変更されている。
それらの情報はヴォーパルタブレットでは確認できなかった状況だ。
俺は胸にひっかかる違和感を誰に告げることなく、デッテイウの背に跨った。
◇◆◇◆◇
エルフの集落――エフ・マイナでは兵達の全滅の報せを受け騒然としていた。
戦女神のレジアンの話は聞いていたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。
「これが魔王の力だというの?」
エフ・マイナの中心にそびえ立つ大樹プリフニフの幹の中程に設けられた虚の中に、趣のある社があった。
その社の中で、エフ・マイナの長、ウィンミント・ショートフォイルは報告を受け愕然とした。
「……我らの群れからはぐれた子らの一部が支配下に入ったとも聞く。無害であったレジアンとはまた別のレジアンだという話であるが……」
偶然にもその場に居合わせたザビアスタ森林地区で最も力を持つビーストの群れの長の一人娘であるココは、若くして――とはいえ、200歳の齢を超える――長となることを定められたウィンミントの知った事実に共に悩んだ。
「古の災いを知る者は最早、いない。我々の中にも幾ばくかの伝聞が残るだけ。魔王はかつて我々に人の欲望と支配から解放される力を遺し、また、世界の多くを混沌に導く危うさをもっていた」
「――その魔王が、選ばれたレジス――つまり、レジアンだという訳じゃろう?」
狐のような尻尾を振るい、ココはウィンミントの話に相槌を打つ。
ウィンミントはメラネアの花で拵えられた玉座に深く座り、大きく息を吐く。
「正しく、イリアが目覚め、アストラの階の妖精達が騒ぎ出した。恐れていた災厄が今、再びこの地に訪れようとしている」
「イリアは、何と?」
ウィンミントはけだるげに視線をココに向けると静かに頷いた。
「――アストラを渡った異界の者はすべからく、危険であると」
「これを退けねばならぬ、か」
「人の街におる間は、捨て置けた。また、我々の領域を侵さぬのであればそれもよしとできた。だけど、此度は明らかに我々の聖域を侵しに来た」
「――戦女神のレジアン、か」
ウィンミントは傍らに置いた杖を手に取り、床を突く。
「――戦女神コーデリア。かつての災厄の際、『砂塵の鉄巨神』、『オーロラの魔姫』、『天駆ける暴君』、そして、『幻森の妖精』。数多の災厄を退けたレジスの導きを受けた、竜神ユグドラと共にあり、心乱して多くの同胞を手にかけたそれは幾多の戦場で名を轟かせた――『運命の女神の造反』を迎えるまでは」
「我らビーストにもその武名は恐れられている――運命の女神の造反を退ける御旗となった数多くの伝説達の求心力となったのは戦女神コーデリアであった」
「……魔王はエルフが戦乱の中で生き残る術を与えてくれた。イリア・アターシャが伝えし技術と戦術の多くは度重なる人の侵略から我らを守ってくれた」
どこか物憂げなため息をつき、ウィンミントは首を左右に振る。
「――ビーストも同じだ。人の奴隷として使われた我々をザビアスタの聖域に導き、多くのレジス達が遺した『人の繁栄』という災厄から守る為に魔王は尽力したと伝え聞く。正しく我らを憂うアターシャの言葉に間違いはあるまい」
ココの言葉にウィンミントは静かに頷く。
「戦女神を導くイリアは力を失い、英雄としての覚醒を経ていないレジアンは未だ脅威とはなりえないと聞きました――けど」
「――その戦女神の名を継ぐレジアンがイリア・カーマリィを下し、今、この聖域を侵そうとしている」
「……退けねば、なりませんね。700年前から続く因縁を再び蘇らせる訳には、いかない」
ウィンミントはそう言って水晶花のテーブルの上のカップに手を伸ばす。
口をつけて、空になっていたカップに気がつき、眉を潜める。
「……ココ、誤って私の飲んだの?」
「失敬な。ウィンこそ、私に出されたクッキーを食べたろう?」
「食べてないわよ。あなたはいつになっても食い意地が張ってるわね。おかわりくらいならいくらでも用意させるわよ」
「本当に失敬な!これでもビースト三千を束ねる『三界王』の娘ぞ。自らの獲物くらいは自らで獲れぬと侮るな!貴様こそ、いつまでたってもその卑怯な癖は抜けんな?格好をつけて、締まらないからとて我が誤って飲んだなどと……『退けねば、なりません。700年前から続く因縁を再び蘇らせる訳には、いかない』――ぷふぅっ!それより私のクッキー食べただろう」
ココがいやらしい笑いを浮かべ、ウィンミントは顔を真っ赤に染める。
「わ、わたしそんな言い方してないっ!というか、私あなたのクッキー食べてないわよ!ココでしょ!私の分まで食べたの!」
「そうして人に責任をなすりつける癖は100年前から変わっておらんな?エルフの長が聞いて呆れるわ」
「食い意地の王に言われたくないわ!エルフをバカにしないで!」
「侮辱ならば許さんぞ」
「いいぞいいぞ、もっとやれもっとやれ。そこやー、ビーストバカにされてんぞー!エルフそこや!原住民の力みしたれやー!アババババ、エルフ、ウソツカナイ、ダケド、コゴトオオイ」
二人は自分たち以外が存在しないこの社に他の声を聞き怪訝な顔で互いを見つめる。
そして、首を巡らせてみるとそこにはぴょこんと小さな耳を生やしたビーストがぱりぽりとクッキーを頬張っており、幸せそうな顔で緩んでいた。
「――き、貴様はっ!イ――テンガっ!?」
ココが驚く中、ウィンミントはその傍らに立つ、禍々しい格好をした男に目を見張る。
「戦場の匂い――戦女神の、レジアン」
スラング解説
反物質~~
ブラウザゲーム『クッキークリッカー』で最高のCPS(秒間クッキー生産量)をたたき出す反物質コンデンサーを一定数建造すると解放される、グランマ(通称クッキーババア)の一種。他にも農場チュートリア、宇宙チュートリア、ひいひいチュートリアなどが存在する。
~~アポカリプス
同上『クッキークリッカー』から。
一定以上の条件を解放するとクッキーを生産するグランマが悪魔と契約し、CPSが上昇するかわりにボーナスであるゴールデンクッキーの変わりに赤いクッキーが画面上に現れ、生産したクッキーを減らす場合がある。




