逃走推奨とか美味しいですw
黒衣の少女は周囲に紫の雷光を従え、チュートリアを指さす。
「無様だな?私の知る戦女神コーデリアのイリアはそのような無様な格好でも、脆弱な力でもなかったはずだが?レジアンの反感を買い、力を剥奪されたか」
チュートリアはそれでも毅然に叫ぶ。
「黙りなさい魔王アターシャのイリアッ!お前に侮辱されるのはこの身が砕けるより屈辱!何をしに、ここに現れたッ!」
俺は隣で座って傍観している。
イベントでも自由に動けるってすげえな。
「決まっているッ!お前達が異界を漂うエルドラドゲートから集めた欠片、レジアンを抹殺しに来たッ!戦女神コーデリアのレジアンであればそれはやがて我々の脅威となる。それをここでッ!今、ここでッ!――血祭りにあげてやるッ!」
そう高らかに宣言し、少女は虚空に魔法陣を描く。
紫電が走り、闇が広がり、魔法陣が輝き大きくなる。
大気が震え、魔法陣が激しく光を放ち、魔法陣から巨大な爪が伸びた。
爪は腕をずるずると伸ばし、大地に突き立てられる。
赤い肌に黒い螺旋模様の入った腕を踏ん張り、それは魔法陣からゆっくりと姿を現す。
――剣のようなたてがみ、炎をまとった四肢、二つに分かれた尻尾。
十メートルはあろうかという巨大な狼だ。
「ま、魔獣ガニパリヘルっ!?」
驚くチュートリアに黒衣の少女は冷淡に告げる。
「フフフ、今の貴様とレジアンの力ではガニパリヘルを退ける力はあるまいッ!我が貴様の相手をしようと思っていたが……その必要も無かろう。不様に死して魂を我らに捧げるがいいッ!行け、ガニパリヘルッ!」
黒衣の少女が虚空に現れた魔法陣に吸い込まれ、ガニパリヘルが咆哮を上げる。
迸る咆哮が地面を捲り、砂塵を巻き上げ大地を揺らした。
その巨大で圧倒的な獣は初期レベルであれば絶望を覚えるには十分な威容をもっていた。
「……か、勝てる訳がない。に、逃げましょう」
「ふんむ」
本当だったら、チュートリアはここであの少女と戦って別れるか死ぬかしてオサラバだったんだなーと思いつつ、次のイベントが俺がガニパさんから逃げるのに犠牲になるルートなのかと予測する。
死亡イベントって嫌いなんだよなぁ。後味悪いから。
「これ、戦ってもいいんだろうか?」
「勝てる訳がないっ!」
戦闘態勢を整えたガニパリヘルが俺を静かに睨むが、俺はチュートリアにあらためるように確認する。
「いや、勝てなくもないかもしれない」
「魔界の中でも強力な部類のモンスターですッ!グレイバンビスなんかと強さのレベルが違うんですよっ!」
「レベル差で言えば50くらいあるんだろうなぁ……多分」
「それだけわかっていればっ!」
「モンハン2の雪山採取で会うティガレックスや3のジンオウガみたいな逃走推奨の強モブってだけだからなぁ」
俺はそう言ってメイスと盾を構えると、ぐるんぐるんとメイスを回して挑発する。
再度咆哮を上げたガニパリヘルに俺は一抹の不安を覚えるが、念のために、チュートリアに告げておく。
「『絶対に、お前が手を出さない』それが、勝利条件だ」
俺は自分でもわかるくらいに、楽しげに笑って、戦闘を開始した。
◇◆◇◆◇◆
ガニパリヘルの跳躍は衝撃を伴い、一気に距離を詰めてくる。
着地の際にその衝撃で地面が砕け、飛礫が飛び散る。
そこから無慈悲に振るわれる炎をまとった爪の連撃。
それをステップで踏み込み、横に回ってさけると振り向き様に噛みついてくる。
だが、それは既に移動した俺のいた場所を喰らっており、激しい風圧だけが肌をびりびりと焼くだけだ。
俺が距離を取ると、ガニパリヘルは四肢の炎を尻尾に集め、巨大な火球を作り、放ってくる。
俺が小走りで走りながらそれを避けると、避けた先で火球が爆発四散した。
再度跳躍してきたガニパリヘルに併せて俺はステップを踏むと、連撃ではなくその瞳を輝かせた。
「あっ!」
ガニパリヘルの周囲の空気が大爆発を起こす。
だが、そこから俺はステップで距離を取る。
その直後に振るわれた爪を俺は回避する術が無い。
ステップの足が着地するまで次のステップは使えない。
しくじったな、と思う反面、試してみたいこともあった。
「危ないィィィっ!」
チュートリアの切なげな悲鳴が響くが、俺は構えていた盾を直前でガードすることで爪を弾いていた。
「――ジャストガード、きちんと使えんだな」
軽戦士系のステップの無敵時間と同じような無敵時間が盾使用職にもある。
――ジャストガードと呼ばれるガード方法だ。
場合によっては敵のよろめきを誘発させることのできるこのガード法はステップの無敵時間と同じでガードスキルの最初の僅かな時間に攻撃を合わせることで発生する。
ダメージ軽減のあるガードはタイミングはステップよりシビアだったりするが、こうしたテクニカルな使い方ができる。
そうして、ガニパリヘルの攻撃をしのいだ俺は距離を取り、再びガニパリヘルの攻撃を避け始める。
遠く距離を取ったチュートリアが弓を構えるが、俺は制止する。
「ダメだっ!」
「でもっ!攻撃しなくちゃ倒せないじゃないですかっ!」
俺はガニパリヘルの竜巻のような攻撃を避けながら、叫んだ。
「絶対に、何があっても攻撃するなっ!」
矢をつがえようとしていたチュートリアが戸惑い弓を降ろす。
やがて、疲れたガニパリヘルが口からよだれを垂らす。
そうして、俺は結論を出す。
「そこにお前が拾ったラビラッツの肉だけ置いといてくれ」
チュートリアは何を言われたかわからなかったようだが、俺もガニパリヘルを相手にいちいち説明してやる暇なんか無い。
猛攻を回避し、耐えしのぎ、俺はようやく確信を持って反撃に移ることにした。
跳躍してからの三連撃にあわせ、背後に回り、尻をメイスで叩く。
――小気味いい音を立ててメイスがガニパリヘルの尻を叩く。
俺はそこから二歩だけ回り込み、振り向き様に虚空にメイスを振るう。
そこに轟音をうならせてガニパリヘルが噛みついてくる。
――振り下ろされたメイスが、ガニパリヘルの額の宝石を叩く。
気持ちいい衝撃が腕に走り、俺は高揚を覚えた。
上半身を伸ばしたガニパリヘルが抱きつくように爪を交差させて振るうが俺はそれをステップで踏み込んで避けると、腹に向けてメイスを振るう。
――振り下ろしたメイスは僅かに後ろに跳躍したガニパリヘルの額の宝石を力一杯殴打していた。
がきぃん!と急所にあたった小気味いい音が響き、俺は会心の笑みを浮かべる。
後ずさったガニパリヘルの額が赤く輝く。
――ストレンジアタック『粉塵爆破』
周囲の大気が爆発し、粉塵が巻き上がる。
だが、爆炎の中、ステップで詰め寄った俺はガニパリヘルの額を強打していた。
散った火花が赤々しく輝き、俺は告げる。
「――最早、見切った」
半裸のバーバリアンとなっている俺は粉塵の中、痛さにうめき、怯んでいるガニパリヘルを殴りながら、獰猛に笑った。
「時間こそかかるが……戦えない訳じゃあ、ねえさっ!」
遠く距離を取ったチュートリアが俺の戦いを見て驚愕に目を見開いている。
「うそ……何で……?」
戦力差は圧倒的。
ガニパリヘルのレベルはおそらく50以上で設定されているだろう。
それに加え、ガニパリヘルはグレイバンビスのようなフィールド強モブじゃなくてレアユニークモンスター、それもボス扱いの敵だ。
ベータテスター達が作ったウィキにもまだ姿を現していない。
俺はそのガニパリヘルの動きの先を行き、俺の攻撃が吸い込まれるようにガニパリヘルの頭に吸い込まれていく。
「何で動きがわかるんですかっ!」
チュートリアにも理解できたようだ。
そう。
――俺は、ガニパリヘルの行動を理解していた。
次にどう行動するか理解しているから、どこに攻撃を『置け』ばいいかわかる。
びたりと寸分狂わず振り下ろされるメイスが、何度も何度も額の宝玉を叩く。
「攻撃モーションとパターンはさっき避けながら完璧に覚えた」
ベータ版にはまだ出ていない敵である。
「でも、だからって!そんな完璧に動けるんですか?」
そう、人間だからだれでもミスをする。
そのミスすらなくこれだけ流麗に初見の敵と戦えれば全てのゲームが死滅してしまう。
俺にはガニパリヘルに負けない理由が、一つだけあった。
「これと同タイプAIのモブ、ファミルラで腐る程倒したからな」
「え?」
「上位モブのガングリオ・ニザを累計1万以上喰ったからな。もう、寝ながら戦えるレベル」
――直接入力でファミルラを遊んでいたころに、これと同系統の上位モブをレベル上げと金稼ぎで乱獲したのだ。
「AI変更あるかもと思ってたけど、まんまカスタムしてねえじゃねえか、ザルなのもいい加減にして欲しいわ」
――振り下ろしたメイスがとうとう、ガニパリヘルの額の宝玉をたたき割る。
ばりぃんと澄んだ音を立てて砕け散った額の宝玉の欠片が地面に突き刺さり、ガニパリヘルが痛みに眩む。
そこへ俺は容赦なくラッシュを叩き込み、ぎりぎりのタイミングでステップで距離を取る。
――迸る咆哮。
「うぁ……くぁ……」
遠くに居るチュートリアすら怯ませる広範囲咆哮は第二段階に移行した合図でもある。
ガニパリヘルの背中に炎の翼が広がり、たてがみが赤く輝く。
黒い紋様が白く輝き、黒い瞳が煌々と赤く輝く。
俺は盾を構えて、にやりと笑う。
「遅いんだよ、ガングリオン・ニザはもっと強かったぜ?」




