上手に焼けてました。
「一体全体、俺が居ない間に何があったんだ……」
戻ってきてみるとチュートリアが緊縛放置プレイを変則的なマゾ仕様で絶賛お楽しみ中でありました。
俺が無職童貞と眉毛のチートと遣り合って戻ってきたら、ロープで簀巻きにされたチュートリアが転がっていた。
色々と考えることもあるし、もう1人のレジアンというのも気にはなる。
だが、キクが明日から動けるようになることを考えると俺は俺のやるべきことをまずやってしまわなければならないと思い直す。
赤い竜はともかくキクは俺の行動力を視野に入れて活動を開始しているはずだ。
エクスブロ火山を中心とする領地を展開するならばその基幹となるべき村を確保しておかなければならない。
そこに大量の物資を搬入し、街として発展させてゆく。
搬入先となり、かつ、中心となる活動中心を確保しなければその計画自体が成り立たない。
新しいログオンユーザーは気になるところである。
だが、現在、俺たちに対し危害を加える意思が無いのであれば近い将来、危機となるのは新しいログオンユーザー達である。
それらとまみえる前に、基盤を築かなければならない。
もう一人の開発者であるログオンユーザーの情報は非常に気になるところではあるが。
――いずれにせよ、会いに行くのであれば一人で行かなければならない。
そうシリアスになりながら戻ってみればチュートリアがロープでぐるぐる巻きにされて焚き火に炙られているもんだからびっくりですよ。
緊縛放置プレイは理解のギリッギリアウトだが想像することはできるけど、そこに焚き火で炙られているとかどんな上級者プレイ?
「むぐー!むぐー!」
猿ぐつわを噛まされ芋虫のように転がっているチュートリアの傍らにはひらがなで書かれたメモが置かれている。
――むかつくから、むらをおそってくる。
「わぁお。俺が国語の先生だったら100点をあげちゃうね?」
「――ぷはぁ!マスター!大変です!山賊が武器を持って村を襲いに行っちゃいました!――というか熱いですっ!熱っ!熱っ!」
必死に猿ぐつわを外して、チュートリアが訴えかける。
「いや、それが何か問題でも?」
「村人が襲われるんですよっ!良心の呵責とか無いんですかっ!わぁっ!火が、火がぁっ!」
「いや、それが何か問題でも?」
俺は眉を潜めて必死になるチュートリアを見下ろす。
チュートリアはびったんびたん跳ね回りながら俺に訴える。
「子供のような振る舞いだから油断していますが、彼女たちは人間より強靱なビーストなんですよ!それが斧や槍を持って人間の村を襲いに行くって言ってるんですっ!血を見るのは明らかですよね!ぎゃー燃えてます燃えてます!熱っ!熱いぃぃ!」
「いや、それが何か問題でも?」
「人が怪我するんですよっ!村が焼かれちゃうんですよっ!誰かが悲しい思いをしちゃうんですっ!だから……」
どこまでもぐう聖気質なのよな。
「だから、それが、何か問題でも?」
「――マスタァッ!――熱っ!熱い助けてぇぇ――」
半泣きになりながら炙りチュートリアが助けを求める。
俺はチェーンソードで乱暴にチュートリアの縄を斬ってやると焚き火を蹴飛ばして散らす。
「あだ!――マスター……村を助けに行きましょう?やっぱりダメですよ。何の罪も無い人達が襲われるのを私は見ていられないです」
ゆっくりと立ち上がるチュートリアが俺を半泣きで睨み上げるが俺はバカにしてやる。
「――なあよ?いっぺんそのあたりの認識直そうや?俺はこの世界を救いたくてやって来た訳じゃあねえ。見ず知らずの他人、それも俺の世界の他人が作った造営物に必死になれる何物も持っちゃいねえ。それなのに勝手に人を拉致監禁して世界を救えってどのツラ下げて言ってんだ?おおよ」
「マスターが使命に不満を持っているのはわかります!だけどっ――私はっ!」
「弱っちい癖に理想ほざいてんじゃねえよ。ンなもん強いゲスに挽き潰されるだけだぜ?自分の様見てみろよ、山賊風情にも拉致られてバカにされてんじゃねえか。だからって俺に変わりに戦えってか?冗談じゃねえよ。何で俺がてめえの為に命張って戦わなくちゃなんねえんだよ。人様利用すんのも大概にしろよ?」
鼻を鳴らして締めてやるとチュートリアはぎりぎりと奥歯を噛み鳴らし俺を睨む。
はいはい、お顔真っ赤真っ赤。
チーターどもにいいようにやられて俺も少し、虫の居所が悪い状態なのは明らかだ。
そんな最中に、チュートリアのアホに構ってると余計にイライラしちまう。
「さって、追撃しに行くかね。今頃山賊が冒険者相手に奮闘してる頃だ。その横っツラ引っぱたきにいこうじゃない」
俺は獰猛に笑い、チェーンソードのトリガーを引く。
◇◆◇◆◇
村の形態を成してはいるが、本当に小さな村だった。
二十個近い小さな民家が建ち並び、細々とした畑で作物を作っている。
古く閑散とした村で、こんなイベントがなければただの小さな静かな村だったんだろうなとは同情してやる。
甲高い悲鳴をあげる家畜が慌てて逃げ惑う。
「さんぞくだぞー!むらをおそうぞー!」
「そらにげろー!いのちがおしいやつはにげろー!」
「かわをむいてさかさにつるしてしおをぬってやんぞー!ちまつりにあげてやんでかー!」
俺が到着する頃にはビーストの山賊どもが武器を振り回し、村の住人どもを恫喝していた。
逃げまどう村人達の間に遅れてやってきた冒険者達が応戦している。
「――山賊の数が多いぞっ!」
「防衛が間に合わんっ!避難を急げっ!」
「練度は低いはずっ!勝てない相手ではないわっ!」
「こんな大規模な襲撃なんざ今まで無かったのに――一体、何がありやがった!」
応戦する冒険者達のレベルもそこそこといったところだろうか。
ザビアスタ森林地区のモンスターを相手に戦っているという設定の冒険者共であればそこそこのレベルは持っているのだろう。
装備や使用しているスキルから30~40くらいの実力はありそうだ。
村の外、小高い丘から村の状況を視認している俺の横で不満のありそうなチュートリアが淡々と告げる。
「マスター……自警団として派遣されてされている冒険者が応戦しています。進言致します。応戦する自警団と協力し、山賊の撃退を優先すべきと思います。村の保有については山賊の撃退後に、村の代表者と交渉すべきかと」
「ぐう聖らしくねえ卑怯な考えかただ。いいねえ。俺、個人的にはそういうの嫌いじゃあ無いよ?」
俺が小馬鹿にしてやるとチュートリアは小さく溜息をつきながら告げる。
「……マスターが村の保有権について譲歩しないことは理解しました。でしたら、感情的に恨みの残らない方が良いと思っただけです」
「却下だ」
だが、俺はその提案を一蹴する。
「自警団を殲滅しこれを捕縛、そして、山賊を殲滅し捕縛する。その後、残った村の連中を捕縛、そして、支配権を得る」
「マスター、私はそれが恨まれると言っているんです。憎まれれば支配権を得たとしても結局、反乱されてマスターの大嫌いな面倒事が増えるんですよ?」
チュートリアの反論を俺はねじ伏せる。
「だからこそ、恨む気力も無くなるぐらいに徹底的に叩く。支配権占有についてはマスクデータが多いからな。かつての仕様がそのままであれば……いや、俺の知っている情報が正しければ徹底的に叩く必要がある――反抗する気力も無くなるまでに徹底的に叩いて恨みを持つことが無いまでに叩いて削いでやるのさ」
トリガーを引き、チェーンソードを唸らせる。
――機械特有の油が鼻をつき、唸る咆哮が震える。
「……マスター、私には、できません」
チュートリアが俯き、吐き出す。
「罪もない善意の人々を手にかけるなんて、そんなの……魔王と変わらない」
「一般人をがっとぅーざへぅしてた罪人の言う台詞じゃあねえな?」
「……悪意がある場合と違います。この人達は何もしてないんですよ?それを……自分の為に傷つけるのは、明らかに間違っています」
「面倒臭ぇ、なら、俺を止めてみろ。止められないなら、指を咥えて黙って見ていろ」
俺は静かに村を見下ろし、そう断じた。
後ろで迷い、俯くチュートリアを残し、俺は走り出した。
――立ち止まる暇なんざ、無い。
崖を滑り降りながら、吐き出すように気合いを入れる。
「無理矢理拉致って戦わせるのは――間違いじゃあねえのかよっ!」
誰に聞かれることもない独白が風に消え、俺は目の前の戦闘に思考をシフトする。
――やりたいこと、やらなくちゃいけないこと、やるべきこと、やりたくないこと。
全てがぐちゃぐちゃと頭の中で煩雑になって溢れそうになるから。
気持ちのギアを『やる』に入れて風を切って飛ぶ。
「くっだらねえくっだらねえ――この糞ゲーをオワコンまで追い込んでやんよ!」
◇◆◇◆◇
ネルベスカ・マノアは冒険者ギルドに所属するスレイヤーであった。
長大な剣を振り回し、魔物と相対する味方の間隙をついて強力な一撃でもって生命力の高い魔物を屠り去る役を担う。
だが、女性であること、また、若い事からその腕の信憑性を疑われ、冒険者ギルドでの公募は少なく、もっぱら一人で活動していることが多かった。
それでも、最近は評価を改め彼女を誘うパーティも多くなり、プロフテリアを中心に活動してきたが、女性であることからパーティ内の男に言い寄られ、それが嫌になりまた、一人に戻った。
その時の諍いもあり、少し、ほとぼりを冷まそうと受けたのがザビアスタ森林地区の村の自警という仕事だった。
期限の間、村を襲う魔物や山賊から守る仕事で、何も無ければ何もしなくても金が手に入る。
だが、その分、長い期間を拘束されるわりには実入りが少なく冒険者としては割りに会わない仕事として敬遠されることから、『仕事という名の休暇』ともっぱら呼ばれる。
ネルベスカ・マノアはザビアスタ森林地区の小さな村の護衛を文字通り休暇に向かうパーティとは別にソロで受諾し、村の周囲を徘徊する魔物を適度に駆逐し、薬草を採取し、ポーションを作る等、次の大きな仕事の『準備』をしていたのだ。
「おっかしいぜ!ビーストの山賊共ってコソ泥みたいな連中じゃなかったのかよ!」
家と家の間を走り回り、獲物を振るう無邪気なビースト達だが、数が数である。
侮れば命を落とす可能性もある。
「……おかしいですね。彼等は戦争でもしたいのでしょうか」
応戦し、叩き伏せたビーストが目を回し頭をぐらぐらと揺らす。
大規模な襲撃をしてしまえば危険とみなされ大規模な討伐隊が編成される。
そうなれば住処を追われるのはビースト達であり、また、住処を追われたビースト達は人間の村を襲撃する。
村の基本的な方針としてもビースト達の多少の泥棒には目を瞑るのが常識であった。
「ぶっころしてやんよー!ぶっころしてやんよー!」
「こいつらつええぞ!おい、こっちこい!みんなでやっつけるぞ!」
「ふくろだたき?ふくろだたきってやつか!すげー!かっけーぜー!」
山賊のビースト達が集まってくる。
ネルベスカ・マノアはこの規模が、最早、守り切れるものではないことを悟った。
「……撤退しましょう。村の人の避難を」
「休暇で失敗とかありえねえな……しかし、仕方があるまい。メルツ、コッカ!住人の避難を急げ、村を捨てるぞ!」
パーティを引率していた熟練の冒険者の采配は素早かった。
勝てる戦い、勝てない戦い、その『温度』を見極めるのには『経験』が居る。
「ネル!お前も下がってうちの連中を手伝ってやっちゃくんねえか!すま……」
――激しい炸裂音が鳴り響いた。
土煙が爆ぜ、冒険者が土煙の中で仰け反る。
間髪入れず土煙を割って現れた男が振るう凶刃が冒険者の背中を力強く叩いた。
「新手!?」
それは人間であった。
両手、両足にプレートブーツ、ガントレットという重装をしながらに一番急所の集まる胴体にはレザーベルトスパイクアーマーしか装着していない。
その上から申し訳程度にジャケットを羽織り、頭部にはバイザーを跳ね上げたスプリットヘルムを装着している。
――スプリットヘルムはバイザーを降ろせば視界を奪う。
だから、バイザーを上げたまま戦闘しているのだろう。
だが、そんな出で立ちの冒険者はネルベスカは自警団として派遣されている冒険者の中に見たことはなかった。
そして、それが、自警団を襲撃している。
――山賊の新手と見るのが正しい。
だが、その男は次にネルベスカの予想を裏切る行動に出た。
「うお!むしょくどーてーがきた!これでかつ――ぎゃぁっふん!」
山賊に高速で駆け寄り、その頭頂から一振り――強烈な斬撃を叩きつけ、山賊を叩き伏せたのだ。
「てきかっ!てきかっ!おわ!むしょくどーてー!」
むしょくどうてい、というのは彼の名前なのだろうか?
だが、ビーストというものが自分たちの名前以外の人間の名前を覚えるのは希有だということをネルベスカは知っていた。
「――さぁ、NPCを全滅させる簡単なお仕事の始まりだ」
それはどこまでも獰猛に吐き出し、手にした鉄の筒を構えた。
――銃砲と呼ばれる飛び道具だ。
火薬を爆ぜさせ小さな金属を撃ち出す稀少な武器のはずだ。
「放火後ティータイムの始まりだ」
激しい炸裂音が響き、銃砲が火を噴く。
山賊を撃ち貫き、慌てて逃げようとする山賊の背後に追いつき、的確に急所に一撃を差し込んでゆく。
かと思えば、応戦する冒険者にも銃砲を向け、凶悪な様相を持つ剣を振るうから決して味方ではない。
「ありゃなんだっ!」
「――敵ですっ!」
ネルベスカの判断は速かった。
危害を加えて来る以上、味方ではない。
それは家屋と家屋の間を走り抜け、避難する村人達の前に躍り出ると護衛の冒険者達を容赦なく斬り伏せる。
――そこへ、銃砲の火が放たれる。
村人達が逃げ惑い、再び家の中に逃げ込む中、男はどこまでも獰猛に笑って対峙した。
「来いよ雑魚ども。皆殺しにしてやんよ」
一人で大勢の山賊と冒険者を相手にすると、言っていた。
正気の沙汰とは思えない。
だが、その男の放つ自信はネルベスカ達に狂言を言っているようには思わせなかった。
「応戦しますっ!陣形をっ!」
騎士職が前に飛び出し、その周辺を固めるようにネルベスカ達が続く。
背後から矢と魔法が飛び、男を狙う。
だが、男はステップを刻み矢と魔法を避けるや騎士の頭上を飛び越し、家屋の壁を蹴ると冒険者達の中心に入り込み、冒険者達の必殺の一撃を避けた。
「着地狙いなんざ見え見えなんだよ」
見たこともないような高速のステップで放たれる魔法や矢の間を駆け抜け、後衛のマジシャンを斬り伏せる。
建物の上に距離を取ろうとするアーチャーが追撃で放たれた砲火に体勢を崩し、地面に落ちる。
それは火砲を背後に仕舞うと左手に盾を持ち、ネルベスカ達に対峙した。
騎士が先頭に立ち、咆哮を上げる。
だが、咆哮の盾で防ぐと、続き肉薄したネルベスカの剣を避け、彼女の背後にそれは立っていた。
ネルベスカが振り返った先、男はさらに肉薄したバーバリアンの頭上を飛び越し、肩口から首に剣を突き刺し、切り上げていた。
――ダウンスラストと呼ばれる倒れ伏した相手に止めを刺す剣技を立った相手に決めていたのだ。
相手の力量に舌を巻く暇すら無く、その男は騎士に肉薄し剣を振るう。
だが、剣を受けようとした騎士が盾を構えるや跳躍し錐もみしながら銃砲に持ち替え背後に回る。
閃光と轟音が響いた。
鋼鉄に身を包み、どんな魔物の一撃をも受け流す騎士の身体が宙に浮いた。
鋼鉄の上で火花がまるで炎のように広がり、騎士の悲鳴すら飲み込む轟音が響いた。
「――つまんねえ反応だ」
英雄と呼ばれる人間程の強さを有している訳ではない。
だが、それ以上に圧倒的な強さを見せられた気がした。
「冒険者は後はこいつだけか」
ネルベスカに凶暴な相貌を向ける。
ネルベスカは腕に通したバングルを静かに触り、精神を集中する。
――賭けである。
最も小さな労力で大きな成果を出す、賭けである。
スレイヤーであっても手数という意味でバングルを腕に通す者は少なくは無い。
最も基礎的だからこそ、強い技。
「さぁ、面白く死に散らかせ」
男が一直線に駆ける。
疾風のように駆け寄る男に向け、腕を突き出し叫ぶ。
「――フラッシュ!」
閃光が迸り視界を焼く。
――基礎的な光魔法だが、だからこそ、効果は絶大である。
視界さえ奪えればその一瞬が好機となる。
その閃光の中、男がスプリットヘルムのバイザーを叩くのが見えた。
――閃光をバイザーを一瞬だけ降ろして防いだのだ。
戦い慣れている。
相手の魔法を読み、瞬時にバイザーを降ろせる冒険者を見たことが無い。
そして、ネルベスカは理解する。
――行動を『誘われた』。
閃光が引いた後、バイザーを叩き上げた男と一瞬目が合い、見たことのある相貌を最後に、振るわれた剣にネルベスカの意識は失われた。
「さぁ、山賊共を血祭りにあげようか」
落ちてゆく意識の中、狂おしく焦がれる程の強さを持つ激しく燃える闘争の熱をネルベスカは感じた。




