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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第2部『二つの太陽編』
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掃除と春マックと火山と『竜魂』

 キクの店に間借りして大分長くなるが、昼を越えるまで寝こけていたのはおそらくこれが初めてだと思う。

 疲労、という奴が溜まってるのかと思うと、自分自身のデータをもう少し補正してやらねばいけない。

 赤い竜の頭が俺の足の上に乗っかって膝から下が痺れてやがる。

 眠い頭を振るいながら起こすと、思いっきり欠伸をして瞳をこする。

 だるい体は間違いなく疲労を訴えており、それとは別の倦怠感も感じる。


 ――ポーション中毒の症状かもしれない。


 最近、ポーションを連打しすぎていたから中毒になりやすくなってるやもしれない。

 このゲームの仕様上、回復魔法よりポーションの方がHP回復には即効性があるもんだから多用しがちになるが、あまりに乱用していると効果が減ったりこうして疲労のようなバッドステータスを引き起こすこともある。

 だが、単純に疲労が蓄積してるものだと解釈して俺は寝ている赤い竜をそのままベッドに置いてそそくさと着替え始める。

 現実世界に居たころにゃジーンズとシャツだけでよかったものがこの世界だとしち面倒くさいことにグリーヴやらガントレットまでつけなくちゃあならない。

 別段街着だから着なくてもいいっちゃいいんだが、赤い竜が狩りに行くとなれば準備してる時間も無くなるだろうから装備は外さないようにしているだけだ。

 俺はのそのそと着替えを終えると、最後に上着のハーフコートをアバターとして被せて階下に降りる。

 階下ではキクさんが店番をしながら優雅にお茶を啜っていた。


 「いつまで寝てんのさ?もう昼よ?」

 「――気が緩んだのかぬ。赤いのも起きてくる気配がありゃしねえ」


 俺は本日二発目の大きな欠伸をかみ殺すといそいそと雑巾を手に取り店の掃除をはじめる。


 「――人がお茶してる時に掃除やめてくれる?」

 「つか、掃除くらいきちんとしろよ。曲がりなりにも客商売じゃねえか」


 女子力ゼロのキクさんに言ってもあまり効果は無い。

 だが、バイト戦士時代から掃除だけはきちんとやってきたし小うるさい先輩にみっちりと仕込まれた。

 そして、仕事の哲学として掃除のような雑用だからこそしっかりできないと仕事すらきちんとできないということを学んだ。


 ――そして習慣となっちまったもんだから職場っぽいところに来ると掃除をはじめてしまう。


 「テンガがやってくれるもん」

 「掃除くらいできねえ奴にまともな仕事ができるかよ」

 「やりたい奴にやらせればいいのよ」


 経営者気質と言えば聞こえはいいが、だからこそ、キクさんは肝心なところで俺みたいな基地外に足をすくわれる訳なんだがな。


 「掃除ってのは部屋を綺麗にすることという目標を見失わず、決めた時間の中で最大限綺麗にしなくちゃならんのよ。全体を見渡せる目。それぞれの状況に応じた的確な対応。不測の事態に対する柔軟な発想。そして、相手が不快に思わないようにする心配り。『目的意識』『時間厳守』『最大効率』に『全体視野』そして、『適当』に『柔軟性』掃除にお仕事の全部が詰まってるから新入りは掃除から始めるし、仕事のできる人は掃除に口うるせーんだよ。逆に、掃除がしっかりできてねえ店や職場ってのはそれだけでそこに居る人間の質を見られるの。自分の店くらい自分で掃除しなさい」

 「あんたは私のお母さんか!」


 女子力ゼロはこれだから困る。

 掃除の基本、上から下へ外から中へ。

 ぱっぱとぞうきんがけを終わらせると箒で床を掃く。

 終わってしまえば15分もかからない単純作業なのだが、どうしてキクさんはこれをしないかね。

 とはいえ、俺も職場じゃ頑張るけど自分の部屋はやらないんだけどね。


 「掃除終わった?お昼作ってよ」

 「おぃ女子力ゼロ。曲がりなりにもおにゃのこなんだから自分で作れよ」

 「なんか、最近私適正ないってことに気がついたの。やりたい奴にやらせようと思うの」

 「俺だってやりたかねーよ。俺はお前のお母さんじゃありませんでしてよ」


 とはいえ、俺も自分の腹案配を考えるに何か適当にこさえねばと思う。

 台所を借りると有り物のパンにカルパス肉と適当に野菜を挟めてサンドイッチを作る。


 「あんたほんとうに美味しそうに作るよねぇ……」

 「あ、コラ」


 俺のインベントリから『スティール』していくキクの職は昨日の時点でバーバリアンから『レンジャー』へと変更されている。

 本格的に生産を極めるため、鍛冶スキルから裁縫や採取スキルを重点的に上げていくつもりらしい。

 まあ、最もキクさんに必要なスキルは鍛冶スキルじゃなくて家事スキルの方なんだがぬ。

 俺はムカついたのでフライパンに油を敷くと卵を焼いてその横でカルパス肉とパンを焼く。

 しゃきしゃきの青っぽい野菜を手洗いして卵と酢と油を混ぜてマヨネーズを作るとさくっと『名称不詳』と記名された食物を作り出す。

 味や効果は変わらないから俺にとっちゃ、これでいい。


 「あ、あんたずるい!一人だけ春マックしてる!」


 キクさんが俺から『名称不詳』の月見バーガーを奪おうとするが俺はガチでステップ入れて回避する。


 「自分でつくりゃいいじゃねえか」


 俺は嫌らしく笑い、もしゃもしゃと自分の作ったバーガーを平らげる。

 味としては現物と同じまではいかないが素材の入手のしやすさと手間暇のバランスを考えればこんなものだろうと納得する。

 これにコーラとポテトがあれば最高なんだがぬ。

 どこかいじらしい目で俺を見るキクがふてくされるモンだから、狩りに行く気にもなれない俺は面倒だが作ってやることにする。


 ――料理スキルもこまめにあげておくと便利だしぬ。


 キッチンテーブルに置いたスプリットヘルムが奇っ怪なオブジェと貸しているが、ポテトとそれっぽい果汁を合わせて気の抜けたコーラのような飲み物を作り過ぎた頃に、ようやく赤い竜が降りてきた。


 「おはやう……なんかいい匂いするわー」


 のたのたとテーブルにつくや、断りも無しに人の作ったモンを食らい始める赤い竜。

 俺は自分もテーブルにつくと山のように作ったポテトを頬張りながらコレジャナイ感を覚える。


 「なんか……んー、マックってよりモスって感じじゃね?」

 「俺、モスのバイトしかしたことねーからな。マッシュポテトっぽい物が手に入らん。肉もなんか、牛は牛の味が濃いし。飲み物に炭酸入れる技術もねーから完全再現は難しいわ」

 「……でも、普通に美味しいじゃない。バーガー屋やればいいんじゃない?ロクドナルドって。融資したげよっか?」

 「要らんわ。それよっか、イリアどもはどうしてるんだ?」

 「チューちゃんは昨日から部屋に引きこもってる。テンガはお使い。シルフィリスは……赤いのと一緒に居たんじゃないの?」

 「知らないよぉ。お城に居るのは見たんだけどねえ」


 主人に存在を忘れられるとは可哀想な奴。

 とはいえ、最近は俺も人のこと言えた義理じゃあないんだが、ぶっちゃけどうでもいい。


 「……それで?領地、どこ取るか決まったの?」

 「んー、どこにしよっかぁ?」


 まだ寝ぼけているのだろうか赤い竜はくちゃくちゃと汚くポテトを散らしながら喋る。

 俺が口の周りを吹いてあげながら小さくため息をついて答える。


 「まあ、竜ちゃんにとってはどこ取っても同じことなんだろうよ。欲しけりゃさっさと別の場所取りに行けばいいだけの話だから」

 「んだぬ」


 この変の思考は俺と赤いのは共通認識を持っている。


 「あんた達ねえ。街作るのって相当しんどいのよ?時間もかかるんだからね?」

 「なら、他人に全部任せてできあがったの奪えばいいだけの話じゃねえか」

 「そ、取られたくなけりゃ強くなればいいんだから」


 どこかキクさんが落胆したように肩を落とす。


 「……これだから、脳筋は。スタートダッシュ切る意味ないじゃない」

 「んでも、だいたい取るべき場所って決まってるだろうに」


 俺はキクのジャケットのポケットからヴォーパルタブレットを引っこ抜くとしゃっしゃと画面を切り替えて全体マップを開く。

 西側が海に面したプロフテリア近郊のマップが表示され北にエクスブロ火山、南にヴォルヴ砂漠、東のブレド森林を経てサザン高原が広がっている。


 「今とれるマップっていったらこれっくらいだろ?最終領地を考えるならエクスブロ一択だろうに」

 「……西側は領主居るんだっけ?新規マップで東にネルベスカ王国が来るならサザン取るのがベストじゃないの?」

 「サザン?あっこにゃ何もねえだろ。交易で税金稼ぎするのにはいいかもしれないが最終選択にはならねえよ」

 「その心は?」

 「金が集まる割に、四方が平原だろ?防衛が難しいし、周りにめぼしい資源もねえしな」

 「穀物地帯を作れるわよ。食料はいつだって売れる立派な資源よ?籠城すれば食料がある方が勝つわよ?」

 「ンなモン焼き払っちまうよ。再利用とか考えねーし。まるまる太らせてから奪えばそのままみんなの収入源。サザンはいわゆる『貯金箱』だな」


 どこか納得のいっていないキクさん。


 「それなら南のヴォルヴ?砂漠なら気候や砂の地形が天然の要塞になってるから防衛にもそこそこ向いてるし、周囲にはランダムインスタントの資源だってあるわ?南のバルバロッサ王国が開放されれば交易も便利よ?」

 「却下。意外と堅実そうなところ選びますのんキクさん。確かにヴォルヴはキクさんの言うとおりなんだけど、どれもこれも及第点クラスなんだ。別にあってもなくてもかまわない程度のメリットだ。それに木材の現地調達なんざできねえから石材の削りだしから始まるんだぞ?労力のデメリットからメリットを見るとリターンが少ねえよ」


 キクが露骨に嫌そうな顔をするもんだから俺は意地悪く笑って教えてやる。


 「キクちゃんは歴史のお勉強が得意だそうでして」

 「そーよ。だから、割と平原地や交易点が近い場所を選ぶ必要があると思ってるんだけど軍死ロクロータさんにとっては簡単に攻め落とせるそうで?エクスブロ火山からヴォルヴやサザンまで進行するっていったら糧秣や梯団組むだけで相当な浪費よ?」


 それを聞いてやっぱりキクさんは勘違いされていると理解する。


 「キクさんは大空中戦をやってないからそう思うんだろうぬ。それは中世までの考え方。中世ファンタジーだから中世基準に考えてるんだろうが、ここは思考をシフトして現代で考えてやるべきなの」


 俺はにんまりと笑ってヴォーパルタブレットの世界地図をテーブルの上に広げた地図に書き写していく。


 「俺たちのメリット、デメリットは少数精鋭で行くこととここにキチガイが一匹いること。イリアどもはアレだから頭の方は使い物にならん。中世になくて現代にある軍事的な考え方で俺と赤い竜が持っている最大の武器はなんでしょーか?」


 キクが首を傾げて考え込み、やがて思い至る。


 「あ……ドラゴン」

 「正解。大空中戦があるってことは最早、空軍の概念を視野に入れておかないとダメなんだ。ブレス爆撃でサザンの穀倉地帯は焼き払えるし、砂漠の天候も地形も無視して飛べる。実際、プロフテリアだってエクスブロ火山からの爆撃航空圏内になるんだよ」


 俺はちゃっちゃと航路ルートを記載してやるとエクスブロ火山に丸をつける。


 「廃課金は伊達じゃねえ。竜挺がセットでついてきてるんだ。陸上戦力の降下部隊くらいなら竜挺1隻で10人、3隻で30人は運べる。もそっと水増ししてやれば敵の拠点に電撃作戦を仕掛けることだって可能だ」

 「でも、それって相手にとっても同じことじゃない?それに精鋭を拠点に配置されれば攻めきれなかったら負けるわよ?いつだって最後は歩兵が占領活動するんだから」

 「そうだぬ。だから精鋭を揃える必要がある。はてさて、精鋭ってどうやりゃできるんでしょうかねキクさん」


 にたにた笑う俺が憎らしいのかめっちゃ不機嫌そうなキク。


 「……廃人どもを集める」

 「正解だけどもうちょっとかみ砕いて理解しようぜ?正しくはレベルと装備だよ。前作でもそうだったが最終的に奪い合いの激しかった領地はバロンズランドとグラウニールの聖地、そして、ヨッド西だ。なぜなら高レベルモンスターが沸く地域だからレベリングとレアドロ欲しさに高レベル帯がもりもり集まるからな?」


 キクはここまで言って理解したようだ。


 「エクスブロだったら鉱石系も採取できるから装備の供給も楽だってこと?あ、ふもとの森林地帯まで行けばポーション系にも困らないし魔術師系装備も供給できる?――戦争資源の宝庫じゃん」

 「それだけじゃない――最高の戦争資源はここにしか無いんだよ」


 俺はとんとんと机上の火山を示して告げる。


 「大空中戦をやるのに必要となってくるのは航空戦力だ。ここには――いや、ここにしかドラゴンの卵は、無い」


 俺はさらに補足して説明してやる。


 「火山北側の『竜域』や北西に浮かぶ『竜の楽園』は未だ実装情報は無いがファミルラの時の実装がそのまま適用されればバロンズランドに比べれば効率は落ちるが最終狩り場として使うこともできる」

 「ソロじゃきっつくない?」

 「――デスゲームだぜ?その辺りの仕様を把握すれば人の動き方も変わってくる」


 俺は冷静に分析して、最終狩り場が『竜の楽園』になることを予測していた。

 バロンズランドと比べれば効率から見た難易度は若干高いがレア掘り以外には使われることが少なかった場所だ。


 「バロンズランド、グラウニール、ヨッド西とガチでやり合って戦える場所は現状、ここしかねえ。ここで戦力を十分に蓄えられたら、必要があれば最も良い場所にそろって飛んできゃいいだけの話だ」


 俺がここまで話している間、赤い竜は全くの無関心でコーラ様の飲み物をちびちびと舐めている。

 まあ、もとよりこいつにこんな話を期待している訳じゃあないがキクを説得するには最高のカードになる。


 「それに――コレが俺達のギルドマスターだからな?」


 俺が親指でもそもそとポテトの油がついた指を舐める赤い竜を示すと、キクは大きなため息をついた。


 「――ぶっちゃけ、山ン中を開墾するのってゆるくないのよ?」

 「労働力は現地調達。任せて安心キチガイ担当のロクロータさんがここに居るじゃねえか。開墾なんてやりたい奴にやらせようと思うのん」

 「誰もやりたくない場合は?」

 「やりたいようにさせてあげればいいと思うのん」


 必要な物は力ずくで。

 やるべきことは決まった。

 トップダウンで設計したら、あとはボトムアップで作っていく。

 やるべきことに士気を求め、俺は赤い竜にあとは任せる。


 「さぁ、竜ちゃんや。そろそろ決めようや。俺達のギルドネームを」

 「――毎回変わらないのに聞かれてもねえ」


 赤い竜はどこにも気負うことなく、欠伸混じりに答えてくれる。


 「『DoragonHearts』――いつもと、変わらないよ」

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