自分が使いたいレアが引けるという都市伝説を信じていいのは小学生まで。
ウィングコマンダーアンノウンとの死闘――デスゲームだ。文字通り『死闘』になるんだろうよ――を終え、俺達は喝采をあげる。
各々が出せるすべてを出し切って臨んだ死闘だからこそ、感動もひとしおである。
マーシーは気を失ったカマドウマを介抱しているが、俺はそんなことよりより気がかりなことがあった。
インスタントダンジョンとして構成されたオーベン城要塞の最深部にしつらえられた祭壇には入ってきたのと同じインスタントダンジョンの出入り口――エルドラドゲートが静かに白い光を称えて震えていた。
封印されたエルドラドゲートの前には白く輝く光が鈍い音を立てて震えていた。
魔法文字の帯を周囲に走らせ、静かにたたずむ光球はどこか神々しく、俺は静かに手を伸ばそうとして手を引っ込める。
「そや!ウンコマンのドロップは!?ウンコドロップどこよ!」
なんか無くなりそうにないアイテムより、時間経過でなくなるアイテムの方が重要でっす。
「均等割してんじゃん。レアは私が引かせていただきましたー」
キクがどこまでも嫌らしい笑みで俺をみるが、俺は顔をゆがめて馬鹿にする。
「さすがキク穴ディルドリアン、自分から出たレアウンコしっかり肌身離さず拾い集めるあたり、きちんとケツの穴を紙で拭けといいたくなるわー」
「何言われても響きませんですのん。レアげっとぉぉぉ!いよっしゃぁああ!」
「mjdsk!?ちなみに何引いたん?」
「未鑑定だけど、ユニークっぽいわね。確定ユニークかしら?」
キクはインベントリウィンドウを開いて確認してみるが、薄く灰色を帯びて詳細が表示されていない。
「じゃあ、ほかにレアとかあれば俺らが持ってる可能性もあるわけか」
「ワールドチャットは聞こえなかったけど、期待がふくらむわー胸ふくらむわー」
「さらりと自分のバスト盛ってんじゃねえよ。それは膨らまない。絶対に、絶対にだ」
俺は自分のインベントリを開いて新規に入手したアイテムをチェックする。
何か素材っぽいのはいくつか入ってるがめぼしい完成品は何も無い。
――だが、その中にレア色を発するオブジェクトがあった。
「おおっ!おおっ!キタ!キタぁっ!虹レア!初めてみた!虹レアきとるでキクさん!」
「マジでっ!マジマジマジで!ロクロータさん!マジできたのかーっ!見せてっ!見せてぇ!」
がっつり食らいついてきたのは赤い竜だ。
超難度の敵を倒し、そのレアが手に入っているとなればテンションは最早有頂天。
虹色という普通のレアではないユニークレアをみて俺のテンションも他のテンションもガチンガチンにMAX状態で射精寸前でございますよひゃっはー♪
「ちょ、はよ見せなさいよっ!なになに!何ひろったの!」
「待て待て待て……うっわ手が震えとるwちょっと待ってぇー」
高まるテンションの中俺はインベントリから虹レアのアイテムをスライドして画面外に弾いてやる。
マテリアライズされたアイコンが淡い燐光を放ち実体化する。
そこに現れたのは――
「おおっ!あぁ……うん……えっと、何これ……便所?」
――思考者の椅子だった。
しかも、レアカラー。
何だろう、このコレジャナイ感。
ドアを開けてみると、中にはレザーファーで装飾された便所があり、背もたれの部分にはマッサージ機のごりごりしてくれるアレがついてる。
便器の後ろには小さな妖精の像が建っており、なおかつ静かに音楽が流れ出す。
足下には魔法か何かわかんないスーパーパワーで称えられたお湯が張られており、静かに湯気が立ちこめている。
開いた扉には魔法の鏡っぽいのがかけられており、鏡の中ではクラゲが静かに揺らめいていた。
下にボタンがあり、たぶん、映像を変えられるんだろうけど、意味がわからん。
俺は無言で座ってみるとドアを閉じる。
するとどうだろう。
柔らかいどこか切ない印象を与える音楽に切り替わり、壁面が透けて外が見えるではありませんか。
ゆっくりと背もたれが倒れ、静かに疲れた体をマッサージしてくれる。
ブーツに染みて入ってくるお湯がいい感じに足下を暖めてくれて気持ちいい。
横に小さなサイドテーブルが魔法で浮かび上がるとグラスに飲み物が沸いてくる。
軽く飲んでみると、うん、ジュースだコレ。
気持ちいいけど、外にいる赤い竜やキクが俺をみていてとてもじゃないが落ち着いて脱糞とかできたもんじゃない。
俺は静かに立ち上がり、個室を出ると思考者の椅子をマテリアライズしてそっとインベントリにしまう。
虹色の文字で、こう書かれている。
――超越者の椅子。
「……うん、なんか、すごく、どうでもいい」
脱出不能のデスゲームにおいて超凶悪なボスモンスターをぶっ殺してだ。
ゲーム内初の最高級レアを手に入れたと思ったんですよ。
だけど、それがどうみても『僕が考えた最強の便所』だったこのがっかり感はどう表現したらよいのでしょう?
赤い竜やキクがどこか冷めた目で俺を見ている。
俺も冷めた目で見返して、大きくため息をついた。
「まぁ、うん、なんだっけ?物欲センサー?」
「簡単にレアなんて出ないってことだよぉ」
慰めの声が響くがどこかニヤついている赤い竜は絶対何か拾ってる。
「赤い竜、おまえ何拾ったんだよ」
「んー?虹じゃないけど、オレンジレアかなぁ。首飾り。効果は鑑定してみないとわからなさそう」
まあ、うん。
装備品ってことは何らかの効果はあるんだろうな。
オレンジってことは80台ユニークくらいのスペックあるんだろうさ。
高レベルの装飾品はぶっ壊れちゃってることも多いから羨ましい限りだ。
俺はなんだかとてつもなくやるせない思いをして、キクと赤い竜を見つめた。
「ま、まぁよかったじゃん?最強臭い便所手に入れて」
「納得いかねえよ!なんなんコレ!がっかりですよ!俺、何のために一生懸命?がんばって?ウンコマンうんこなう倒したの?エマージェンシーですよ?うんこなうですよ?レア確定のバリ難易度ミッションですよ?その報酬が?命がけ冒険の末に?手に入れたのが僕の考えた最強の便所ですよ!脱糞ものですよ!プギャーですよプギャー!なんか、こういうときってバランスブレイクできる超強力アイテムとかもらえるんとちゃうの?ウンコマンうんこなう倒して僕の考えた最強の便所ってどんだけオベン城コンテンツは糞コンテンツなんだって話しですよあんだーすたんッ!?」
俺はその場でうなだれるとぶつぶつと文句を言う。
「もーね、なんかね、がっかりですよ。超越者の椅子とか、発想が最早超越者ですよ。超越者の椅子、略してスーパー便所ですよ。便所もうダブってんですよ。下位互換でも十分用は足せるというのにこれ以上、上位互換もらってもうれしく無いのってあるやん?カグツチさんはメタドラ割れれば事足りるんです。上位互換でハイメタ割れてもキンメタ割れないと高速周回できないから意味ないんですよ……」
いつまでもぶつくさ文句を言ってる俺にキクも飽きたのだろうか冷たいため息をついて答える。
「日頃の行いが悪いからでしょ?もういつまでもぐじぐじしてないでちゃっちゃとイベント進めて戻るわよ?ほら、あの赤いのちゃっかりなんかクエストアイテムっぽいのガメようとしてるわよ?」
視線の先、祭壇に現れた光球を赤い竜が一生懸命取ろうと手を伸ばしていた。
――どうやら赤い竜では触れられないらしく、手がすり抜けている。
「ちょちょちょ、赤い人何やってんのー」
「だってー、あっちゃん要らないなら俺がもらっちゃおうかなって」
「何でもかんでも持ってくんじゃありません。それ俺の名前書いてるでしょうに」
「書いてねーよー?」
「ハ虫類には見えないんですー?だから、キクさんもハ虫類系女子なんですー?」
「オウコラ勝手に人に鱗生やしてんじゃねーですよ?」
軽く煽ったらキクさんに怒られてしまった。
俺は赤い竜を押しのけるように光に触れると、光が弾け、マテリアライズされた水晶となり、一冊の本が虚空に浮かんだ。
燐光を伴い浮いている本と水晶を手に取ると、それらは光を納め、現実的な重さを持って俺の手の中に収まる。
水晶は全く主さが無く、中に天使の羽がふわふわと浮いている。
本の方は凝った装丁のされたしっかりとしたものだ。
どこかで見覚えのあるマークが表面に金細工で装飾されており訝しげに思う。
「――それは、『魔王の書』と呼ばれる物だと思います」
いつの間にか傍らにきていたマーシーが教えてくれる。
「魔王の書?」
「――700年前にこの大地に降り立ち、600年前にファミルの慟哭を経てこの世界に誕生した魔王です。長くこの世界の住人を苦しめた魔王の軍勢の徽章がその紋様だったと思います」
「じゃあ、中には魔王が書いた話でも載ってるのかや?」
「おそらく」
俺は興味なさげに手の中で弄ぶと、もう一つの水晶を見つめる。
「これは?」
「それは私も知識として知っております。イリアの光と呼ばれる物でイリアに神々の力を付与するアーティファクトです。中にあるのが天使の翼であれば、おそらく、飛行に関する能力を得られるものだと」
マテリアライズしてインベントリに滑らせると名前が表記された。
――戦神の翼。
説明文として『幾多の戦場を渡り歩いた戦神の背にある翼。多くの矢を防ぎ、空を流星の如く駆けた翼の煌めきは戦場を奮い立たせる』。
煽ってんなー。
だけど、俺、使えんのよなー。
ぶっちゃけ要らんのよなぁー。
「なんだよ。俺じゃなくてチュートリアやテンガ用のアイテムかよ。誰か買う?」
速攻で売りにかかる俺に赤い竜もキクも難しい顔をする。
「竜に天使の翼はなぁ……ねーわー」
赤い竜はデザイン的な問題らしい。
「うちのテンガに羽生やしたらどこ飛んでくかわかんないわ」
キクさんはテンガの性格的な問題らしい。
畜生、悉く俺に使えないアイテムばかりだ。
「ロクロータ様、本当にありがとうございます。これでエルドラドゲートは封印されプロフテリアを脅かす魔物の驚異はなくなりました。そして、カーマリィも……」
「あーうるさい。自分に使えるレアが全く出てねえんだからそこ察して少し黙れよ」
俺は礼を言おうとするマーシーを適当に追い払って最早、帰る気満々です。
インベントリにマテリアライズしてイリアの光をしまっておくと、手の中で弄んでいた本のページをめくる。
ひょっとして特殊スキルとか覚えられる本だったら儲けものやん?
途中からめくってみて、文字の羅列を眺めてそういえばと思う。
――古代語解読のサブスキルって魔法職のサブスキルだ。
「古代語読解取ってなくても、まあ、修練すりゃいいか……」
当面、やることもないんだろうしそれもいいかと思った矢先だ。
だが、日本語で書かれ、難なく読めることにまあ、イベントアイテムだからかと納得したのだが、次の瞬間、俺はどこかゾクリとするものを感じた。
一つ一つのセンテンスに怖気を感じ、俺はパラパラとページをめくり一番最初の一行を読む。
そこに描かれていたセンテンスを俺は読み上げ、本当にどうしょうもないくらいにこのゲームを叩き潰したくなった。
「――『最高に糞ゲーだよ、このゲームは』」




