伏線なんだけどあまり気にならない。
オーベン城要塞内部の攻略は簡単を通り越して作業の領域だった。
オーバースペック気味のマーシーを先頭に火力前衛としてヘビーナイトの赤い竜にバーバリアンのキクさん、そして、クラス不詳だが高レベルオーバースペックのシルフィリス。
「ろーたーなんもしてない」
「おめーもな」
俺はテンガを肩車しながらのろのろと後ろを歩いていくだけだ。
大量に沸いたキルバミンパンツァーやゲルジェリーベンジャミーなど物の数にもならずあっという間に駆逐されていく。
通路からにじみ出てくるゲルジェリーベンジャミーがマーシーのディバインブレードの光で一掃されると再び歩を進める。
「間もなく最深部です」
迷路のような形状と化したオーベン城要塞地下にはありとあらゆる拷問具を備えた拷問部屋ができあがっていた。
「便所の底って汚いわね」
「三角木馬あるぜキクちゃん、好きだろ自分」
「あんたに譲ったげるわよ。好きなだけ乗馬運動してきなさいっての」
軽口くらいしかやることが本当に無い。
俺は暇だからインベントリ整理しながら進む。
アイテムボックスを開こうかどうか迷っているうちに、長い長い階段を下ることになる。
「この先がエルドラドゲートです」
「ふーん」
何度も見たことのあるインスタントダンジョンの入り口だから感動も糞も無い。
「……驚かれないのですね」
「別に暇さえあれば何回も潜るわけだしな」
「……エルドラドゲートは魔界へと通じる異界の門です。一度入れば、出ることは難しい。多くの人が富を求めてその中で命を落としています」
どこか緊張感をもってマーシーが説明してくれる。
あ、なんだろうこの感じ。どこかで感じたことのある既視感。
「私もゲートを潜れば知識は役に立たなくなります。ゲートを潜るたびにその先は姿を変え、まったくの対策が立てられなくなります」
どこか不安そうなんだけど、俺にとってはどうでもいい感覚。
うん、思い出した。
「今、なんか、うん、思い出した」
「え?」
「お前、なんかチュートリアに似てるわ」
物凄くどうでもよすぎて俺は鼻をほじった。
そんな俺を見てキクがいやらしく笑う。
「あら?ロクロータさん、チューちゃんいなくて寂しいの?チューちゃんさびしいでちゅー」
「バージンを便所前でデカマラに掘られたキクさんは流石やで。逝きすぎて頭にデスペナルティもらっとるわ。なんか、こう、どうでもいい仕様を凄く怖そうに語ってくれる様子がまるっきりチュートリアと一緒だったって話だよ」
「いいイリアよね。うちのテンガ見てごらん?終始あんな感じよ?」
テンガは俺の上でよだれを垂らして寝ていた。
「竜さんのところはどうなん?」
「いや、全然話したことないよ?」
答える赤い竜に人の姿に戻ったシルフィリスが悲しそうな顔をする。
「い、いえ、マスター、望みとあらば世界のあらましについてはいくらでも……ですが……」
「やめとけやめとけ。俺もそうだけど、赤いのは俺に輪をかけて聞かねーから。長々と喋ると嫌われてまた置いていかれるぞ?」
「あっちゃん酷いなー。俺、そこまで話聞かない人じゃないよー?純粋にろーぷれ楽しんでるんだよー?」
「はいはい、ワロスワロス。じゃあ聞くけどよ?ファミルラってどんな目的のゲームだった?」
「ファミルの導きでやってきてバロンズランドでガングった後に戦争するゲーム」
「はい、そこ魔王の城に至る魔界でしたー。俺でも覚えてるぞ?ファミルの導きでファミルラの勇者を導いて、他の勇者を殺し回った挙げ句、運営の女神イリアにぶっ殺されたゲームでした」
「あんたたち本当にバッカじゃないの?異界と現実を繋ぐファミルの涙を経てやってきたレジスとなって勇者達を導いて世界の異変を解き明かし、魔界に居る魔王を倒しなさいってゲームでしょうに」
俺達の他愛の無い話を聞いていたマーシーが眉を潜める。
「……それはいつの話なのでしょうか」
「2年くらい前だろ?ファミルラやってたの。サービスはまだ続いてるだろうけど」
「2年前?レジスという精霊の伝説だと思うのですが、それは……」
キクが途中で割り込む。
「この世界で言えば700年くらい前になるのよ。ちゃんとストーリーを公式で読んできた私には隙は無かった!」
得意げに胸を反らすキクさんが何か憎たらしい。
だが、それ以上にマーシーが興味を示した。
「……レジアンというのはレジスの伝説の中、ファミルの涙から零れたレジスだという話を聞いたことがあります。あなた達は700年前の世界の変動にも関わっているのですか?」
「運命の女神の乱心という出来事には関わってたのかもしれんなぁ」
「あれは、やり過ぎちゃったもんねぇ」
「でもまあ、アホらしくて引退するにはよかった出来事だったけど。まあ、そのレジスというのがぶっちゃけ俺達であったのは否定しないよ。勇者と呼ばれるイリアを導いてこの世界を冒険していたのがファミルラだったからな。まあ、俺や赤い竜なんかは直接イリアを操作して遊んでいた訳だが」
「運命の女神イリアが暴れるまでだけどねー」
正直、俺も赤い竜もキクもそれを契機にファミルラを引退したと言っても過言じゃあない。
ぶっちゃけ、バランスが崩れまくったファミルラで遊ぶのもいい加減飽きてきていたし、アホなイベントでログインしても即ぶっ殺されたし、それ以上に、他に面白いゲームが沢山あったから移籍するには困らなかった。
「では、その後に討伐されたファミルの慟哭についても?」
「何?そんなイベントあったっけ?ロクロータ」
「知らんわ。ひっそりとアプデされてたんとちゃうん?」
そんな設定知りません。
マーシーは何か考えるように眉を潜めたがやがてそれは中断される。
階段が階下に行き着くとそこには緑色の燐光が吹き上がる柱があった。
柱は途中で折れ、意匠を凝らした円形を象り中心に緑の燐光を噴き出す。
噴き出した燐光は渦を描き、明滅して目映い光を発していた。
形状こそ違えどそれがインスタントダンジョンの入り口だと理解する。
「……これが、エルドラドゲートです」
緊張感をもったマーシーの声。
どこか神々しさすら感じさせるゲートの光を前に俺達はwktkが止まらない。
「じゃあ、ドロップ均等でレアだけランダムな?」
「罠ダンだろー?全滅方法でよくね?」
「いやよ。トラップダメージ痛いもん。回避できるところは回避したいわー」
全く緊張感無く打ち合わせをする俺達にマーシーがどこか怪訝な顔を向ける。
インスタントダンジョンをどう攻略するかという打ち合わせが久しぶりの作業だから軽く感動を覚えたりする。
「ルート開き箱開けは俺がやっから竜さん雑魚駆除頼むわ」
「箱開けできんの?」
「この間牢屋にぶちこまれて鍵開けは修練してきた。鍵開けあげるなら一度は牢屋にぶち込まれるべきだぜ?」
「投獄数増えるでしょあれー」
「残念、投獄数増えるのは裁判で判決確定してからでしたー。無罪勝ち取れば投獄数カウントされないんでしたー」
「マージーでー?いいなー、いいなー、俺も行こっかなー」
「そんなことより、ルートどうするの?上、下?」
「上ルートは辛くね?ナイト二人抱えてだと下ルートから行った方がいいような気がする」
「戦闘多くなるわよ?沸きが多いから魔法職欲しいんじゃない?」
「そこは大丈夫だろ。竜ちゃん頑張るだろうし」
マーシーはまるで遠足に行くような俺達の様子を見てどこか不安そうな顔になる。
「……大丈夫、なのでしょうか?」
俺は面倒くさそうに応えてやる。
「意識のすりあわせをやるのは戦場でも一緒だろ?インスタントダンジョンの攻略ならなおのことだろうに」
「ですが、毎回姿を変えるダンジョンであれば対策の立てようも……」
「いいこと教えてやんよ。インスタントダンジョンってのはいくつかのパーツから構成されてるから、全く一緒じゃあないってことの方が無いんだ」
「……よく、わからないのですが」
「パズル……ってこっちにもあんのか?あれと一緒で、ピースが嵌る部品と部品をくっつけてマップのランダム性を出しているだけなんだ。だから、その部品の一つ一つを覚えてしまえば、全く違うマップでも攻略に苦労しないって話なんだ」
「それは、どういう?」
「……まっすぐの廊下のパーツで壁から槍が出るなら、次入った時も真っ直ぐの廊下から槍が出るってこった」
完全にランダムにマップを構成するのであればその構成されたマップのパーツ毎にデータが必要になってくる。
罠やオブジェクトといった微細なパーツを含めた膨大な量のデータを組み合わせてランダム性を出そうとすればそれだけで容量が尋常ではなくなってしまう。
――だから、ある程度パッケージングされたパーツを組み合わせてランダム性を出す。
そうして構成されるランダムマップだが、逆にそのパーツの特徴を覚えてしまえば攻略は可能ということだ。
まあ、中には外れパーツのみで構成された外れダンジョンを引く可能性もあるわけだが。
「ロクロータさぁん!いこーぜー!初ダンだよー!初ダンー!」
赤い竜が落ち着きの無い子供のようにゲートの前でそわそわしている。
キクがどこか苦笑して肩をすくめると俺は笑う。
「おうよ!さくっと周回してレアコンプしようぜー」
エルドラドゲートの光が広がり、俺達は初めて異界の門を潜った。
◇◆◇◆◇◆
チュートリアは朝だと理解し、目を覚ました。
冷たい石畳の上に寝そべっていたから背中が痛い。
「……ん、うぅ……」
いつの間に寝てしまったのだろうか。
静かに目をこすり、小さく息を吐く。
どこまでも陰鬱な牢獄の中が一人の寂しさを思い出させる。
慣れることを覚えた孤独が再び寄り添うが、それはどこか場違いな違和感を覚える。
そう覚えたチュートリアはそれがどこまでも自らのレジアンによる影響であることを知った。
「マスター……」
どこまでも傍若無人なあの男をマスターと呼ぶ自分に違和感を覚えない。
戦女神のイリアとして人の輪を外れた少女は自らが導く責を持つ勇者の身を案じる。
今頃、オーベン城要塞の魔物の軍勢との戦が始まるのだろう。
いや、最早終わってしまったのだろうか。
戦に赴く主に追従できない自らの身の至らなさを嘆く。
だが、しかし、自分など居なくてもきっと主なら勝利を得るものと疑わない自分が居た。
――変わらない。
無力な少女であった時期の自分と、何一つ。
イリアとして強大な力を得て、戦女神のイリアの責を覚え、そして、レジアンを迎えた。
だが、それでも、自分は母の元で野山を駆け回っていた少女と何一つ、変わることはなかった。
名を捨て、人を捨て、自らの運命すら捨ててまで得たものはなんだったのだろうか。
「……すん」
泣きそうになるが、それでもそれはしてはいけないことだと思った。
弱いままでいれる程、マスターの横はやさしくはない。
どこまでも強くならなくてはならない。
看守を務めるプロフテリアの騎士が侮蔑を込めた瞳で見下ろしてくる。
――明日の朝、マスターが戻らなければ処刑が行われる。
必ず、マスターであればどんな困難であろうと打ち勝つだろうと信じている。
信じては、いる。
「……忘れてなければ、いいなぁ。私のこと」
チュートリアのお腹が可愛らしい音を立て、彼女は最後のあめ玉を舐めることにした。




