カーマリィ・ドゥ・マルネシア、あとはわかるな?
進撃して夜半を過ぎた。
全員を引き連れての行軍は時間を要する。
ファミルラとFEZが違うのはMMORPGをベースとしていたことから戦場となるエリアに敵味方ともに『集合』しなければならなかったこと。
集合時間に遅れ、開戦に遅れる奴もザラに居た。
えっちらおっちらと準備をしてくれる傭兵達にゃ恨みがましい目で見られたが払った金の分だけは働いて貰う。
「……しっかし、傭兵に金ぶっ込むとはね」
黎明の光が差し込む中、キクがどこか楽しそうに呟く。
俺は静かに緊張する心の中を沈めながら、白く息を吐きながら答えた。
「ちぃとばかし、引っかかることがあってな。フラグクエストだってのも問題あんだが、こいつぁ俺用のクエストだ。なら、難易度だって俺仕様だって思ったんだよ」
――傭兵の質を金で引き上げることもできる。
舐めてかかれば失敗してしまうこともなきにしもあらず。
初っぱなから、高難易度ってこたぁないだろうが、用心だけは確実にしておく。
俺は久しぶりの大規模戦闘にいくつかの心構えを反芻しながらデッテイウの背中に乗って隊列の半ばを進んでいた。
「――いよいよ、大がかりな戦ですね。ご主人様」
「デッテイウ。お前には走ってもらう。戦場を縦横無尽に走るぞ」
「はい!」
威勢のいいデッテイウに経験値を吸わせてやる必要もある。
静かに事態が回り始めた。
そうなれば、揃えられる手駒は全て揃えておかなければならない。
――大空中戦だって遠くない将来にやらなければ、ならないだろう。
キクは大きな亀の背中に跨り、俺の隣を進む。
キクの前にはテンガが可愛らしい鼻提灯を作りながらこっくりこっくり船を漕いでいた。
「ところで、赤い竜はどうした?」
「連絡はしといたよ?店に顔出したから、オーベン城要塞には来るって。どのみちインスタント入るならエマージェンシーも警戒しないといけないからって言ったら快く了承してくれたよ?」
「今来てないってことは大規模戦には間に合いそうにないな。あのバカ」
「昔から時間通り来ないことで有名だったもんね」
「それか勝手に一人で二時間前から戦ってるかのどっちかだしな」
最も期待できる戦力が今は手元に無い。
だが、無い物を当てにしたところでどうしようもない。
廃人は効率にうるさく時間に厳しいと思われがちだが、実は微妙に違ったりする。
廃人イコール効率厨という見方が蔓延しているからで廃人には確かに効率厨の側面があるからだ。
だが、実際は赤い竜のようにどこまでもマイペースな奴ほど、廃人となる素養は高い。
「ロクロータ、実は緊張してる?」
「んあ?まぁな。エルドラドゲート始まって初めての大規模戦闘だ。NPC対NPCの指揮戦の側面が強いからお遊びみたいなモンだが……デスゲームだからな」
「その辺りは心配ないと思うよ?仕様じゃデッドリーで拠点復帰でしょ?」
「その仕様が違ってたとき、デスペナ喰うんだぜ?痛いだろ」
キクの甘い見立てに俺は反論する。
――これだけの悪意を載せたゲームだ。
どんな罠が仕掛けられているかわかったものじゃあない。
だからだろうか、今の俺は少しピリピリしていた。
「……そこまでの心配は要らないと思う」
それを察されたのだろうか。
キクが身を乗り出して俺にそう言った。
「言い切るな?根拠はあんのか」
「あんたの話を聞く限り、これはベータテストのようなものじゃない?IRIAが私たちの反応を知りたがる為の」
「だからごっそり記憶を奪うんだろ?」
「対人戦なんてコンテンツで人の命をいちいち奪ってたらそれこそどれだけ命があっても足りないわよ。現状、私達を含めて5人しか現実からのログインユーザーが居ないのであればその人間ってのはもうちょっと大事に使いたいと思わない?」
「だが、俺は他人の記憶を奪われたんだぜ?」
「それはゲームへの緊張を促すためじゃん。ペナルティが無ければユーザーは緊張してプレイしてくれなくなるもん。そんなの当たり前でしょ?」
「じゃあ、大規模戦闘における緊張感ってのは何だよ」
「無いわよ。現実世界でゲームばりに戦争やってたら人類すぐに死滅しちゃうわよ。だからデッドリー状態で拠点復帰の仕様をそのまま利用する。言い切っていいわ」
「偉い自信やな」
「あたし、こーみえても歴史は得意科目なんですのんー」
どこかおどけるキクの様子に俺は自分のふがいなさを覚える。
「……現実でも大規模な戦争が起きたのは数を数えるくらいよ。短いスパンに大々的に戦争ができるのはゲームの中だけ。デッドリー状態だから痛みはあるかもしれないけど、命まで取られる訳じゃあないんだから目一杯やってくればいいじゃない」
俺はようやくキクが言わんとしていることを察した。
「……力みすぎてんのか?俺」
「顔に出てるわよ?ファミルラじゃ赤い竜やロゼ、GYANTEなんかが有名だったけど私はあんたの『やり方』の方がかっこよく見えてたんだから。そこんとこ、忘れんじゃないわよ?たのんますぜー軍死ロクロータさん」
――キクが挙げたのはファミルラの時の有名プレイヤー達の名前だ。
当然、俺も知っている。
それらの連中は名前を見せつけるだけで戦況をひっくり返すいわゆる『エース』と呼ばれた連中達だ。
十分以上に育成されたキャラクターと装備、そして、熟練者以上のプレイヤースキル。
その名前だけで相手の戦意を挫き、戦況をひっくり返すことができる猛者。
「ロクロータ様。間もなく主戦場となるプロフテリア大河が見えて参ります」
「……アストラの階は見えるか?」
アストラの階とは『剣』等のオブジェクトの精製をするための『妖精』を確保するためのオブジェクトで戦場マップ付近には必ず固定で配置されている。
これらを即座に補充できる地点に拠点となるオブジェクトを構えるのが一般的なセオリーだ。
「はい。プロフテリア大河の手前の開けた平原の中心に。ブレド森林の近くにもアストラの階はありますが……規模が小さいです」
俺は主戦場となる平原を見渡し、即座に兵の動きを想像する。
主戦場となるべき戦場はプロフテリア大河に架かるブレド大橋を中心に北と南に平原が広がる。
東にはブレド森林が広がり、そこがおそらくエリアの端となる。
だとすれば東の戦場は有視界戦闘が難しい森林地帯が主戦場となる。
西側には断崖が広がり川が滝となって落ちている。
西側のエリアの端が断崖であるのなら西エリアのメインは隆起した岩の多い荒れ地が主戦場となる。
中央は巨大な橋を隔ててオーベン城要塞前の主戦場へと至る。
――これらの戦場形状を見るだけで、どのように兵が動くのか理解できる。
本来ならば幾多の戦闘を経て、直に動く兵の流れを把握しなければならない。
だが、今は積み重ねた経験の中で動きを想定しなければならなかった。
「……ブレド大橋の手前のアストラの階の奥に『大剣』を立てるぜ?」
「大剣?……『プロフテリアの剣』ですね」
プロフテリアの剣と呼ばれるそのオブジェクトは宣戦布告をする側が設ける拠点。
――そこを中心として戦場を形成していく形となるのだ。
「セオリー通り、だね?」
簡単な戦術を知るキクが笑いかける。
俺は獰猛に笑って応えてやった。
「……セオリーはセオリーだから強いんだよ。さて、はじめようぜ?弱兵どもに『勝利』を教えてやる。勝ちに行くぞ勝ちにッ!」
◇◆◇◆◇◆
マーシー・セレスティアルはその日、将来軍神と呼ばれる男の采配に初めて立ち会う。
どこまでも凶暴な双眸を勝利に向けた戦女神のレジアン、彼はこの時、周囲から『ロクロータ』と呼ばれていた。
それは彼がこの世界に居る限りにおいての通称のようなもので、彼女が知る限りで幾度かの変遷を経る。
「――オーベン城要塞へ宣戦布告。剣を立てろ」
使い込まれた星銀の剣を荒々しく大地に突き立て、戦女神に愛されこの地に降りた男は告げる。
虹色に輝く霧であるアストラの階から妖精達が翼を広げる。
鈍色の空に紅の光を広げ、やがて光は金色に色を変える。
色を変えた金色の光の中から、大いなる戦いの意思『プロフテリアの剣』が静かにその異様を表した。
重々しく大地に突き刺さった剣は空気を振るわせる音を立て、神々の剣が大地を切り裂き戦いを告げる。
遥か昔、神話の時代に朽ちた城から悪鬼達が叫ぶ声が聞こえる。
人々が再び剣を持ち、立ち上がる勇気を見せたことで絶望を与えんがため魔王の尖兵達は幽鬼の如く現れる。
朽ちたオーベン城要塞の扉が重々しく開き、中からウォーリアシュレッド達が唸りをあげて現れる。
遠く魔物達の煌々と輝く赤い瞳がプロフテリアの騎士達を捕らえ、怨嗟の咆哮を挙げた。
大地が唸り、空が啼く。
雷光が閃き、それは姿を現した。
「性懲りも無く、また、私の前に姿を現したの?マーシー」
それは魔王のイリア。
アターシャのイリアとは違い、どこか蠱惑的な少女の姿をしたイリアは残虐な笑みを浮かべるとマーシー達を見下ろした。
戦女神のレジアン、ロクロータが眉を潜めた。
「……なんだ、イベントか?」
時折、訳のわからない単語を混ぜるのはレジアンの特徴である。
元より、異界から来た彼等のみが知り得る知識はこの世界ではとてつもなく強力で、彼等は世界の法則を語るのに特殊な言葉を使う。
「へぇ、戦女神のレジアンと……幸運の神のレジアンも居るわねえ?。世界の悪意に異界の記憶を捧げにわざわざ自分から現れるんだぁ!好都合、好都合!マーシー・セレスティアはどうやら、世界に愛想を尽かしたんだね?ははっ☆」
「黙りなさい。カーマリィ・ドゥ・マルネシアッ!私は――」
「はいー、黙ろうな。長いからちゃっちゃと済ませようぜ?コンシューマゲームじゃないんだから長いイベントとかマジだれる。サクっと大規模戦終わらせようぜ?」
マーシーにとっては因縁の相手である。
どれほど、相対することを望んだものか。
だが、異界の彼等にとってはこの世界で起きていることなどは眼中に無い。
「初めてお目にかかります。アターシャのイリアから聞き及んではおります。カーマリィ・ドゥ・マルネシア。魔王マルネシアの眷属となります。戦女神のレジアン、そして幸運の神のレジアン」
優雅に一礼する魔王のイリアはどこまでも人間を侮辱する。
「えーと、何?ちょ、ロクロータ、この子の名前なんつったん?ログ読めない仕様だから、覚えきれないんですけど」
「カマドウマまでは聞こえた。カーマ、ドゥ、マ……なんつったっけ?まあ、いいや、便所コオロギでいいよ便所コオロギで」
カマドゥマ――便所コオロギと呼ばれるそれはプロフテリアでも存在は見られる。
「え?それ、ちょっと可愛そうじゃない?軽く苛め入ってるわよ」
「覚えられねえんだよ!わかりやすくていいじゃねえか。便所コオロギ。なんかボスっぽいし。オベン城の便所コオロギとか分かりやすくていいやん?つか、見て見ろよあのヒラッヒラ。ゴスロリコンセプトなのかもしんねえけど、肩から出てる謎リボンとかまんま触覚じゃねえか。なんか、臭そう」
だが、異世界から来たレジアン達は魔王のイリアに対し侮辱的だった。
「臭そうって……女の子に言ったら凹むわよ?」
「だいたい便所から出てきたゴスロリだぜ?しかも名前がカマドウマ。それだけでも臭そうなのに、白いヒラッヒラのリボンとかトイレットペーパーじゃねえか。便所からトイペぶらさげて出てくるってぶっちゃけどうよ?あとあのゴスロリ服の謎破線。あれ絶対トイペの切り取り線だって」
「やめて、もうやめたげて!なんか私腹痛くなってきたわ。あはははは!」
ゲラゲラと声を上げて笑う幸運の神のレジアンもそうだが、彼等には一切の気負いが無い。
魔王のイリアが現れたとしても、彼等はその事象を自分たちの感性で受け止め笑いにすら替える強さを持つ。
「魔王マルネシアのイリアとなった私をここまで侮辱するのはあなた達がはじめてだわ。肉の一片すら残らず殺してあげる」
「バカにされるような服装してるからだろうが。ゴスロリったって難しいんだぞ?なんでもかんでも可愛くすればいいてモンじゃなくてだ。実用性とかあと世界観とか考えてあげないと。首から上に何をつけてんのか訳のわからんプランナーが営業の為に見栄えのいいNPC用意すっけど、そんなんじゃーもー僕達見抜きできませんからー」
マーシーにはレジアン達が何を言っているのか理解はできない。
だが、ただひたすらに自由に振る舞っていることだけは理解した。
彼等には、マーシーとカーマリィの確執すら目に入らない。
「……気にくわないわ。あなた、轢き殺してあげる」
「ハッ!気に入ったよ、その理由。かかってこいよ。返り討ちにしてやんぜ」
――それが、開戦の剣を振るう合図となった。




