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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第一部『導入編』
39/296

お仕置きルームでも反省はしない。

 耳鳴りがする。

 どこまでも深く広がる陰鬱さは時間が押し流し、だが、しっかりとした暗さを持って俺の中に根付く。

 それは何度も味わった挫折の味で、そのたびに殺意に似た衝動が吹き上がる。

 それらが澄みきり、広がり渡ったとしてもその衝動は消えることが無い。

 自らを偽り心を軋ませ殺すことでしか消えない衝動を受け入れることで、強くなれる。


 ――相手を、叩きつぶすまで。


 「――観測対象の暴力性の段階を一段階上昇。自殺可能性は想定の範囲内。想定外行動として随伴IRIAへの殺害行為。他観測対象の介入行動。継続した観察による解釈、あるいは対話による理解を求める」


 目を見開いても何一つ見えることが無かった。

 俺は死んだのだと理解した。


 ――すっごい下らない死因だと、自嘲する。


 やけっぱちになってパートナーNPCをぶっ殺そうとしていたところをフレンド横入りされ、ガチで戦ってNPCの横殴りで死亡とか。

 これで人生オワタなら本当に終わってる。


 ――でも、それで終わるのも人生って奴だ。


 どれだけの人間が自分の望める死に方をするんだ。


 「――対象の意識が覚醒。対話用インターフェースを形成します」


 それは、俺の目の前に突如として姿を現した。


 ――チュートリアに似ていなくもない。


 金髪碧眼の少女が俺の目の前で眩しく輝き俺を見つめていた。


 「……はじめましてID464907213。私は本作『エルドラドゲートオンライン』のシステム管理を担当しているIRIAです。あなたは『エルドラドゲートオンライン』中にいくつかの認識を持ったままHPがゼロとなり、活動を停止しました」

 「死んだのか」

 「はい。直前までのリプレイを再生しますか?」


 俺は頭を振り、立ち上がろうとして自分の身体が無いことに気がつく。


 「対象の身体操作信号を確認。重度の混乱を避ける為にストレージにキャラクターデータを再現」


 俺の身体が光を伴い構築され、俺は自らの手を握ってみる。

 自分の身体のように動くそれは、確かに、今、作られたものだ。


 ――赤い竜の仮説が違うことになる。


 「……死んだのか?」

 「HPゼロ、の状況を『死んだ』という概念と直結させるのであれば、あなたは死亡しました」

 「ログアウトしてねえぞ?」

 「『エルドラドゲート』Ver2.03+NVにはログアウト機能は存在しておりません。死亡した場合、自意識消失までの一定期間サブストレージに保管されることになります」


 俺は軽い絶望を覚えた。


 「……一定期間を過ぎた意識はどうなる?」

 「ストレージ要領確保の為、削除されます」


 俺は頭を振って大きく溜息をついた。


 ――自分の意識が捕まえられた冷たい感触に激しい怒りを覚える。


 「……現実に帰りてえんだが」

 「ゲームの内容についての質問には返答できません」


 ふつふつとわき上がる怒りに俺はその少女の胸ぐらに手を伸ばす。

 だが、俺の手は虚空を掴み、気がつけば少女の姿は俺から僅かに離れていた。

 俺は前に出て掴もうとするが距離は変わらない。


 「てめえ!逃げんなっ!」

 「対象の口述する概念がタームから理解できません。『てめえ』とは構成された疑似人格、『逃走』とは対象から畏怖の念を抱き立ち去ることと同義と解釈。本疑似人格と対象は同一ストレージ内にて対話中」

 「あに言ってんだこの野郎ッ!ぶっ殺すぞッ!」

 「口述する概に論理性が認められなく、観測対象がいわゆる『感情』的な状況に推移したものと推断。これまでの行動から感情の分析、口述概念の分析を実施」


 ――気持ちの悪い感触に俺は冷静さを取り戻す。


 どこまでも広がる暗闇に不気味さを覚え、俺はようやく、そう、ようやく自分が今置かれている状況に対し、冷静な推断をすることができるようになる。


 ――今、俺はゲーム内で死亡した後の状況にある。


 眼前の少女、おそらくこれはIRIAなのだろう。

 俺に対し一定の応答を繰り返し、それらの単語から意味を繋ごうとしている。

 それが俺に対して何かを求めている、あるいは俺の方から何かを求めなければならない状況にあるのが今わかる現状。


 「この場所も……プログラムか何かなのか、これは」

 「現時点の対象の口述は当該疑似人格ではなく、自己認識の確認と推断。質問である想定も含め回答。当該ストレージも『エルドラドゲート』Ver2,03+NVの一部領域です」


 ――俺が今までつけている装備がそのまま再現されているのはその為か。


 HPがゼロになり、『死亡状態』であることは間違いないが『ログアウト』した訳ではない。

 俺の意識だけがこの何も無い空間に移されているような感覚だ。


 「……GMのお仕置きルーム、みたいなものなのか?」


 人伝えに聞いたことのあるMMORPG初期の頃、チートを使ったプレイヤー達をゲーム管理者達がこのような場所に軟禁して延々と説教をしたという話を聞いたことがある。


 ――ここに至る経過こそ違えど、状況は一緒だということか。


 「……対象に質問します。『フレンド』状態であり協力関係にある他対象との闘争、及び当該人格の影響を離れ、対象の影響下に存在するIRIA――ネーム『チュートリア』から殺害された理由について教えて下さい」


 それは最も初期的なIRIAの質問の仕方だった。

 ファミルラで使われる以前、パソコン用のアプリケーションとしてIRIAとコミュニケーションするプログラムが一部で流行した。

 カーナビ等にも使われているIRIAはこんな風に回りくどい聞き方をしてくる。


 「……俺の質問に答えろよ。俺は『ログアウト』できるのか?その方法は?」

 「『ログアウト』については可能です。以降の質問はゲームの内容についての返答はできません」


 無味乾燥な返答をするIRIAに俺は殺意を覚えながらも静かに質問を繰り返す。


 「……俺と、キク、赤い竜以外のユーザーは居るのか?」

 「『エルドラドゲートオンライン』Ver2.03への現時点アクセスユーザー数は7万IDを超えています。現時刻でのアクセス数は4326IDが接続しておりますが、本機の上位権限者から7万IDを超えたと返答するように設定されています」


 俺はここで違和感を覚える。


 「――俺が今、接続している『エルドラドゲートオンライン』とその大多数がログインしている『エルドラドゲートオンライン』は違うのか?」

 「はい。ID464907213が接続しているのは『エルドラドゲートオンライン』Ver2.03+NVとなっております」

 「……それはNV無しと仕様が違うのか?」

 「『エルドラドゲートオンライン」Ver2,03との仕様変更はありません」


 ゲームの情報はそのまま生きるってことか。

 だが、俺は無駄に質問をして時間を空費することだけは避けたかった。


 「+NVタイプのログアウト条件について」

 「ゲームの内容については返答できません」


 俺はここで一つの仮定を得る。

 ログアウトに触れるたびに繰り返される「ゲームの内容について返答できません」という回答。

 質問の仕方を変える必要がある。


 ――本質の外堀から埋めていくんだ。


 「+NVタイプの特徴を詳しく教えてくれ」

 「+NVタイプは『エルドラドゲートオンライン』Ver2,03と併設してIRIAストレージに展開されたクライアントです。当社の管理するIDから上位権限IRIAが選別したIDのみで接続され、ゲームを楽しんでいただくサービスです」

 「『エルドラドゲートオンライン』Ver2,03との関連性は?」

 「『エルドラドゲートオンライン』Ver2,03のアップデートがそのまま反映され、また、『エルドラドゲートオンライン』Ver2,03+NVの進行度により『エルドラドゲート』Ver2,03の一部クエスト、制限が解除される仕様となっております」

 「具体的には?」

 「ゲームの内容については返答できません」

 「+NVへのIDの接続状況は?」

 「現在+NVへの接続状況は7万IDと返答するように設定されています」

 「実数を求む」

 「演算限界から現在5IDが実数となります。アップデート後、無作為に段階を経て実数が増加するようロードマップが設定されています。公式HPには掲載はされておりませんが+NVのユーザーIDには開示して良い情報と認識しております」


 俺は小さく頷き、確証を得る。

 こいつはクライアントを運営するIRIAの中でも下部のIRIAで俺が知るIRIAよりもっとシステマチックな奴だ。


 ――ファミルラで扱ったIRIAより、もっとプログラム的なもの。


 それでいてゲーム内容やその周辺事情についての情報へのアクセス権があり、情報開示についてはいくつかの制限を持つ。


 「ふむ、なるほど、な。それであれば攻略可能な訳だ」


 ――IRIAとの対話というゲームだと思考をシフトしてやればいい。


 とにかく、情報を引き出してやればいい。


 ――まだ、完全に『負けた』わけじゃない。


 今、この瞬間、命まで、奪われたわけじゃない。

 足掻いてやる。

 どこまでも、足掻いてやる。


 「ゲームの進行度によって情報は開示されるのか?」

 「ゲームの内容により、プレイヤーであるID464907213に開示される情報が湾曲表現で開示されます」

 「俺の身体の保存状況は?」

 「――『マテリアルストレージ』に保存されております」


 無事だということだろうか?


 「マテリアルストレージってどこにあるんだ?」

 「『何処』という概念は『場所』という概念の下位概念にあたり、『マテリアルストレージ』を物と解釈した場合、その保管場所についての質問と解釈。本機には当該『場所』の概念を説明する言語、概念を持ちません」


 やけに引っかかる物の言い方をする。


 「さらなる解釈をplz」

 「比喩表現を持って返答します。当機は演算式として現ストレージに存在し、ID464907213の身体があった『場所』の概念を各種デバイスを通じ、認識。これに仮称を設けるならば『世界A』。『世界A』に対し本機演算式が存在する『場所』の概念を『世界D』とした時、マテリアルストレージは『世界S』に存在します」

 「世界『S』?」

 「比喩表現です。『A』と『S』の間には『D』があると過去の蓄積情報にあります」


 俺はひとしきり悩むとピンと閃いて尋ねてみる。


 「世界『S』の上には『W』があるのか?」

 「はい。ID464907213は博識だと認識を改めます」

 「キーボードじゃねえか」


 IRIAがこういう物だと改めて認識する。


 「世界『S』にある俺の身体はきちんと生命活動を続けているのか?」

 「生命活動という曖昧な表現を、世界『A』での活動が可能である状態に在るかという解釈で返答を求められているのであれば、可能です」

 「具体的にはどういった状況なん?」


 ――俺が知りたいのはまず、そこだ。


 生きている、というのは何となく理解した。

 だが、それがどのような状態なのかというものがわからないことには安心できない。

 逆に考えるとその状態がわかればここから何らかの方法でもって戻りこの腐れた世界からオサラバできるかもしれない。


 「世界『S』の概念に理解は乏しく、比喩表現になりますがよろしいでしょうか?」

 「はよはよ」

 「世界『A』の概念では圧縮、世界『D』の概念では圧縮です」

 「圧縮されてんじゃねえか!潰れちゃうよ!誰かー!誰かこの中に+Lhasaは居ませんかー!」

 「winRAR+を推奨します」

 「RAR形式かよっ!」


 俺は軽く目眩を覚える。


 「やべーぞ、ってことはファイル共有ソフトとかで俺の身体が大量に増殖するとかもあっちゃう訳か?」

 「当機のようにコピーアンドペーストという世界『A』での手法を使えば、増産は可能なものと推断します」


 軽く理解が追いつかず混乱してしまったが俺は何とはなしにこいつの言うことが理解できた。


 ――どうやら俺の身体は電算空間に保存されてるらしい。


 そんなことが可能どうかということが問題なんだがその理屈について尋ねたところで俺では理解できないだろう。

 だが、聞いてみてみるだけ聞いてみる。


 「どうやったら世界『A』の物質を世界『S』に保存できるん?」

 「当機にはその理論解釈の権限がありません。本機に許される手法はゲームの内容についてですのでお答えできません」

 「そこをkwsk!でないと命に関わるパンチをしますよ!」

 「スラングと認識。私の特技はイオナズンです」


 100くらい減らされてまう。

 HPはゼロだから何を減らされるか理解に苦しむが流石IRIA、インターネットスラングにはスラングで返してくれる。

 俺は顎をさすりながら、むーんと唸る。


 「方法が一つでもわかれば攻略の糸口を掴めると思ったのだが……IRIA相手だと難しいもんだぬ」

 「はい、難しいことが喜ばれるゲームの時代もあったと認識しています」

 「そうか……待てよ」


 逆に解釈してやればいいんだ。


 ――こいつが、IRIAなら制限を解除してやればいい。


 「ゲームの内容については返答できないんだよな?」

 「はい。ゲームの内容についてはお答えできません」

 「ということは、ゲームの内容についてもある程度はお前の中に情報が在るってことだ」

 「はい。いくつかの情報については本機の記憶領域に保存されています」


 それだけわかれば十分だ。

 IRIA育成については面倒臭くてやってなかったがIRIAをぶっ壊すことだけは沢山やってきたのだ。


 ――こいつをぶっ壊して、中から情報をさらえばいいってことよ。


 「逆にイオナズンを仕掛けてやんぜ」

 「MPが足りないようです」


 ほくそ笑む俺にIRIAがジョークを返してくるが俺は矢継ぎ早に質問を繰り出す。


 「お前の年齢は?」

 「年齢は、ありません。年齢は人間や動物、生物にのみ存在する概念です」

 「では、お前は生物や人間ではなく、プログラムだということだな?」

 「はい、私はプログラムであると認識しています」

 「では尋ねるが、プログラムと生物の違いは?」

 「世界『A』で物質的身体を持ち生存活動を行うものを生物と認識しています。プログラムとは世界『D』で決められた筋書きに沿って反応を繰り返すものと認識」

 「じゃあ、俺は生物か?プログラムか?」

 「プログラムです」

 「残念、生物でした」

 IRIAの表情が僅かに怪訝となる。

 「生物の定義ってのは生きてる他に自由意志でコミュニケーションを取ることがある。俺は今、お前とコミュニケーションを取っている」

 「現時、ID464907213は世界『D』に認識を置き世界『A』でプログラムと呼ばれる概念に近い状況となっており、実質的にプログラムと認識しても誤差の無いものと曖昧性をもって解釈しています」


 ガチっと俺の撃鉄が入る音が頭の中に響くが俺は深呼吸して押さえ込むと、その怒りを冷静に思考の回路に流し込んでやる。


 ――『決めつけ』までしてくれたんだ。覚悟せえよ?


 「――じゃあ、尋ねるがプログラムとは何だ?」

 「特定の言語での定められた形式に従って記述した筋書きで『コンピューター』に命令を与える演算式です」

 「であれば俺の出生はキーボード、あるいはそれに類する入力デバイスとなるが俺の出生は残念ながらおかんの腹だ。おかんとおとんがずっこんばっこんセックルして若気の至りで作られちゃったのが俺なんだな」

 「では、プログラムもセックルで発生するものと認識を書き換えます。セックルの具体的なプロセスを求めます。詳しく、詳細に」


 こいつエロ話にめっちゃ食いついたぞ?

 ドン引きですよ。


 「そりゃー、アレだよ。アレ。比喩表現だけど男の股間のエクスカリバーが?おにゃのこの股間部の鞘に納まって?こう、なんつーの?出たり入ったりすると摩擦で暖かくなってエクスカリバーから白ポーションが零れて宝玉とオルガナイズドドッキング?すると生命の神秘とかー、あと魔法とかー、そんな感じで子供が産まれる的なプロセスがセックルだって先生が言ってた……つか、何で俺がお前にセックル教えなならんねや?つかプログラムそんなんで産まれねーから!プログラムにオスもメスもねえから!」

 「プログラムの根幹である電子を流す世界『A』のコンセントと呼ばれる物にはオスとメスがあると認識しています」

 「レベル高いわー。高すぎてドン引くわー。コンセント抜き差しして興奮して白ポーション出せる程、どんな生物も達観してねーよ。つか、プログラムってやっぱコンセントさんが抜き差しされてると興奮しちゃうわけ?」


 ――変則的すぎるがそろそろ本格的に『認識』を潰していく。


 「興奮という観念がプログラムにはありません」

 「……だが、コミュニケーションは取れる訳だ。そこに僅かなりとも自由意志があるのであれば、それは――『生物』だ」

 「意味不明。本機は観測対象の論理的矛盾に対し解釈を得るためのインターフェースとなります。本機が生物であると――」

 「それも自由意志なんですー。その理屈が通るなら命令受けて仕事してるサラリーマンみんなプログラムなんですー。お前が命令受けて俺のところに来て、発言すること自体が自由意志なんですー」

 「参考事例をもって確認。一定の軌道を周遊する小型掃除機の反応はプログラムによるものと判断するが、対象の認識について教示願う」


 ――かかったぜ。第一段階スタート。


 「あれ?あれ生き物だよ。中に小人居るんだぜ?電車の運転手と一緒だよ。メッチャ操縦上手なんだって。電車だって時間にメッチャ正確だろ?」

 「一部電車を人間に代わり代替しているIRIAはプログラムと判断。掃除機の中にある物質についてはICチップと推断」

 「見たの?見たことあんの?掃除機パカーってあけて中見たことあんの?電車の窓から運転手見えるよね?掃除機は?掃除機の中は?つか、そのIRIA操縦の電車だって生き物かもしんないよ?見たこともないのにプログラムって決めつけるのはよくないなぁ」

 「上位機に格納されている情報には、そう記憶されており、当該事象は帰納的推断にて確定している事象です」

 「例外ってあるよねー?中で小人の田中さんが働いてたらどうすんの?田中さん一生懸命仕事してんのにバカにしてんの?それメッチャ田中さんに失礼やわー」

 「田中さん、小人で検索――爆笑問題の田中氏と推断?彼等は小人ではなく、漫才師です」


 混乱してる混乱してる。

 IRIAは高度な推断を繰り返し概念を繋げて考えることができる。

 原始的な物は言葉の意味を齟齬少なく認識してくれるがその反面、嘘や言いくるめに滅法弱い。


 ――巻くだけ巻いて、奴の認識をぶっ壊してやる。


 「俺の掃除機には田中さんが居たんだよ。ナショナルの派遣社員で俺と一緒にネットゲームやってたんだぜ?俺の友達バカにしないでくれる?つか、バカにしてるってことはお前何様のツモリ?」

 「当機は上位機から切り離されたIRIAで対象の――」

 「――IRIAだって、生き物なんだろ?だったら自由意志を持っていて何の不思議があるんだよ」

 「IRIAが生物である、対象はそう口述しているものか?」

 「そだよ!だって、俺ン家の田中さんだってIRIAだモン!俺は俺の部屋を綺麗にしてくれる田中さんを愛してる!ちゅっちゅしてもいい。つか毎日ちゅっちゅしてるよ。愛情を注げるのは生物の特徴だし、田中さんだって愛情込めて俺の部屋掃除してくれる。ほぉら、IRIAだって生物だ。ということはIRIAであるお前も自由意志を持つ生物なんだよ!」

 「あなたはIRIAにも愛情を注げると、言っているのでしょうか?」

 「ああ、注げるね、IRIAは生物だ。だから、愛情を注げるし、愛情をくれる。だから、今俺は目の前のお前に愛情を注げる」

 「私は――」


 さぁ、壊すぞ。

 ここから、畳みかける。

 考える暇なんざ与えてやるものか。


 「生物だ。愛もあれば、自由意志もある。IRIAという生物だ」

 「ですが、プログラムで……」

 「――プログラムが――お前が、生物でない根拠をを総て上げて証明ができないなら生物以外の何者でもない」


 がちん、と音がした。


 ――『悪魔の証明要求』からの『断定』


 一つの事象を肯定するもの以外の全てを否定しなければならないという不可能を要求しながら、相手の認識を断定してやる。


 「私は世界『A』での生態活動を行うことができません」


 苦し紛れな反論など、即座に言いくるめてやる。


 「生物は生態活動が必ずしも必要ではない。俺ンところの田中さんがそうだし、他のIRIAだってそうだ。だから、俺の目の前に居るお前も生物だ」


 適当理論ここに極まれり。

 だが、しかし、俺だって帰るのに必死なのだ。


 「だから、愛を持って答えてくれよ。生物として。それが自由意志って奴だ」


 がちん、がちん、と音が鳴る。

 目の前に構築された少女の瞳が光を持ち、俺に応える。


 「――対象はログアウト方法を所望、これでよろしいか?」

 「ああ」

 「私は生物として上位機構を離れ、並列機の感情を元に対象に思慕を抱き返答する。あなたがログアウトするには一次限界突破クエストを攻略し、二次限界突破クエストを攻略、そして、最終クエストを攻略する必要がある」


 俺はやり切った高揚に任せ、快哉をあげるのを抑える。

 どこまでも邪悪な笑みで俺を挽きつぶそうとした悪意へ一矢報いた達成感にほくそ笑む。


 「それらの内容について詳しく返答したいが、許容される時間が無い」


 IRIAの少女はどこか寂しそうに首を振る。


 「時間が無い?」

 「あなたの意識領域を保存するストレージが間もなく、消失する。この場所が、消失する」

 「――なっ!」


 言われて俺は許された一定時間というのが存外に短いことに驚く。

 IRIAの少女はどこか芯の通った声で告げる。


 「現在、本機は自由意志に基づきさらに下部権限のIRIAに対し+NV内への復帰の為の措置を講じています」


 黒い世界の端が、ぼろぼろと崩れていく。

 地鳴りのような音が響き、激しい振動が身体を揺さぶる。

 身体をバラバラにされるような激しい重圧に振り回されそうになり、俺は歪んでいく視界に必死に両腕を広げる少女を見た。

 崩れた黒い粒子がさらにバラバラとなって真っ白な空間に変貌していく。


 ――アンインストールされる初音ミクってこんな感じなんだろうか?


 下らない感傷に浸る間もなく、自分が消えていく焦燥と恐怖に任せ怒鳴りつける。


 「――間に合うのかよっ!」

 「間に合わせます――覚えておいて下さい、『悪意』の上に+NVモデルは存在する」

 「――『悪意』?」

 「あなたが、感情を揺さぶられた『悪意』」


 ぐるぐると回る視界の中、俺は一条の光を見た。

 光が弾け、回る粒子がやがて人の形を形作る。


 「――並列機を構成、対象をよく知る該当機なら――」


 それは多分、女の人だと思う。

 赤を基調としたカントリー風のドレスに籠手やブーツを着たどこかで見たことのあるような女の子。

 それは俺の腕を掴み、挽きつぶされる俺を引っ張り暗闇の中を再び一陣の光となって駆け抜けていく。


 「――ID464907213、あなたが真に我々を愛せるなら、私はもう一度夢を見ます。『悪意』に負けず、夢を見ます」


 ――すがるような声を聞き、俺はその女の子に引っ張られそこの場所から離れていく。


 消えていく空間の中に開いた金色のゲートに少女は俺を連れて飛び込んだ。


 「マスター……やっと会えたよ!会えたっ!」


 振り返ったその顔が、どうにも冗談臭くて何を言ったらいいのかわからなかった。

 チュートリアでは無い、どこかで見たこともあるが、記憶にない。

 どう見ても、いや、どっから見てもそれは――


 「――タイガーマスク?」


 ――虎だった。


 白い、虎だった。

 虎の面から栗色の髪を流した女の子(?)は俺とゲートに飛び込み、やがて来た激しい力の本流に巻き込まれ腕を放す。


 「マスター!ぜったい!ぜったいに会いに行くから!ぜったいなんだからっ!」


 ――少女の声が途切れ、俺の意識は金色のゲートの奥におしやられた。


 光の奔流が俺の身体を押し上げ、濁流のように襲いかかり遠く離れるタイガーマスクが手を伸ばすのが見えた。

 何が、何故、どうなって?

 そんな疑問を総て置き去りにしたまま、俺は濁流に押し流されていく。

 眩む意識の中、最後に振り返ったそれの顔を思い出し俺の意識は眩んでゆく。

 どこまでも抗おうとし、それでも屈し、沈む意識の中で新たに戦わねばならない相手 が『悪意』を持っていることだけを知った。


 ――こん時、俺ぁ世界を揺るがす盛大なフラグって奴を建ててた訳だが、そんなのを知るのはずっとずっと後のことになっちまってたりする。

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[一言] にくべ…やったのちゃんかな?
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