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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第一部『導入編』
38/296

力こそ正義、割とマジで。

 引き抜いたエルドソードが禍々しく輝き、殺意を映す。

 誰が、どんな目的で、俺をこんな狂った世界に閉じこめたのか。

 その悪意の先に居る少女に俺は剥き出しの殺意を向ける。


 ――殺すならば、殺してやる。


 俺が何故殺されなければならない。

 殺しにかかるなら、殺してやる。

 真綿のような悪意で締め上げるなら、俺は鋭利に切り裂く殺意の刃となる。

 どこまでも個として強くあるならば、そう生きるしかない。


 ――どこまでも貪欲な廃人がゲームを殺す。


 いくつもの世界を渡り歩き、殺し尽くしてきた殺意をただ、従うだけのNPCに向ける。


 「マ、マスター……」


 互いの飛竜が向かい合い、対峙する。

 吹き上がる風が獰猛な殺意を乗せて荒ぶる。


 「空中戦は俺の最も得意とする領分だ。最弱と言われるドラゴンでも、お前程度なら簡単にぶっ殺してやんよッ!死にたくなければ、俺を殺してみろッ!殺してみろッ!NPCがッ!」


 俺はデッテイウの腹を蹴飛ばす。

 一陣の疾風となった最弱の竜が白い竜に一直線へと肉薄する。


 「マ、マス――」

 「下がる。今のマスターは危険だ」


 ――『アンヘル』の判断は正しい。


 チュートリアを乗せたホーリードラゴンが旋回し、退避行動に移る。

 だが、所詮単純なプログラムの反応。


 ――その根底に横たわるシステムを無理解の上での退避行動。


 容易すぎる。


 「……ご主人、ボクは」

 「最弱の竜。戦い方を、覚えろ。お前が最強の戦い方を覚えるのはこれが、最後かもしれないんだからな」


 俺はデッテイウにどこまでも酷薄な笑みで答え、逃げるホーリードラゴンを追いかけた。


 ――空中戦で一番大事なのは、速度と、高度だ。


 旋回し、逃げようとしたホーリードラゴンの頭上を取り、俺は螺旋を描く。


 「――イリア!上だっ!」

 「え、ああっ!」


 ――『スラッシュ』の一撃が、ホーリードラゴンの翼を斬りつける。


 バランスを崩したホーリードラゴンが下降しながら速度を得て逃げはじめる。


 「――初速で負ければ、追いつかれる。単純なことだ」


 俺は上空を抑えたまま、追尾する。

 そうして、僅かに旋回をする姿勢を見せた瞬間、俺は仕掛ける。


 「――え、早い!アンヘルッ!――あぐぅ!」


 ――急降下からの襲撃。


 「――高度の位置エネルギーがそのまま、速度に乗るんだよ」


 回避行動より早く俺の斬撃が閃き、チュートリアの背中を叩く。

 エルドプレートの硬い星銀を叩き、閃光が散る。


 ――上昇しながら下から切り上げる。


 「高度ッ!初速ッ!そんな基礎すら知らずにッ!」


 アンヘルの首の鱗を切り裂き、確かな手応えを腕の中に覚える。


 「所詮、お前達はその程度ッ!その程度なんだッ!欲しい物も無くッ!命を載せる覚悟も無くッ!仕様と反応の限界の中で生きるNPC!それが、そんな程度のカスパッパがッ!――必死に生きる『人間』にかなうと思うなッ!」

 「――負けないですっ!」


 アンヘルが三度目の斬撃を『ロール』して避ける。


 ――空中戦の回避モーション『ロール』。


 「――必死なんですっ!」


 ロールから転じて、チュートリアが槍を繰り出す。

 それが俺の目前に迫った時――


 「そんなんじゃ届かねえよ」


 ――デッテイウが同じ方向にロールした。


 同方向ロールと言われる空中戦での張り付きテクニックだ。

 アンヘルの背後に回り、俺の『スラッシュ』がチュートリアの背中を叩く。


 「――イリア!くっ、マスタァッ!手加減はできぬぞッ!」


 アンヘルが咆哮を響かせる。

 ぐるりとその場での展開――ターンアラウンドと呼ばれる旋回スキル。


 ――そこから繋げて放たれるホーリードラゴンの聖撃。


 即座に俺は距離を取り、その被弾範囲から逃れる。

 ブレスタイプの砲撃だ。


 ――高威力のレーザーをロックした相手にぶつける空中戦の主力スキル。


 TAブレスをやるなんざ、NPCとしては上等だ。

 だが、しかし。


 「――タイマンで使うスキルじゃねえんだよ」


 ――ブレスは使い勝手はいいが、僅かな予備動作は注視していれば余裕で『ロール』できる。


 傍らを通り過ぎる激しい光芒が激しい風圧を産み、俺の髪を薙ぐ。

 だが、俺は即座に肉薄し、ブレスを吐き出し唖然とするアンヘルとチュートリアに剣を振るう。


 「その硬直が命取りだ」


 ――『ランページスラスト』。


 空中で滅多に振るわれた剣に合わせ、デッテイウが激しく舞う。


 「きゃぁああっ!」


 鎧の上で激しく爆ぜる火花にチュートリアが悲鳴を上げる。


 ――弱い。


 ――果てしなく、弱い。


 人が遊び、その暴力性を叩きつけるためだけに生み出された反応。

 蹂躙され、無目的に殺され、そして、無慈悲なリポップを繰り返す。

 それが、NPCという物の立場なのだ。


 ――それらに擬似的に人格を載せるIRIA。


 「そんなものがッ!人様に偉そうに語るなッ!」

 「――ホォォリィ、バスタァァ!」


 必死の反撃を繰り出すチュートリアの槍をデッテイウが大きく翼をはためかせて避ける。


 ――高速後退スキル、『バックムービング』


 「……そんな……なんで?」

 「『ターンアラウンド』、『ロール』、そしてこの『バックムービング』を駆使して駆け引きを行うのが空中戦だ。ブレス、高威力スキルのような足の止まるスキルは俺がやったような『後出し』が勝つ。さぁ、面白く死に散らかしてみろ!それがNPCだッ!」

 「マスターッ!勝てと望むなら、勝ってみせますっ!」


 俺は迸る暴力性に任せ、獰猛に笑い竜を駆る。

 一直線に突っ込むデッテイウに対し、アンヘルもまた突撃を選ぶ。


 ――そう、空中戦では逃げて敵に背後を取られる方が危険なのだ。


 それならばヘッドオンして交差した方が幾分、安全だ。


 「心意気はよし、だけどもなぁッ!」


 俺がソードを振るうのに合わせ、アンヘルが『ロール』する。


 ――俺の頭上を越えて交錯したチュートリアと一瞬だけ目が合う。


 どこまでも諦めない、小癪な眼差し。

 俺はどこまでも人と対等であろうとするNPCに苛立ちを覚える。


 「――てめえらじゃ追いつけねえよっ!」


 ――『ターンアラウンド』からの『スラッシュ』。


 切っ先がアンヘルの背中を切り裂き血飛沫を上げる。

 遅れてターンアラウンドから『ピアッシング』を繰り出すが先置きした『ロール』で躱す。

 お互いに離れ、旋回戦に移行する。


 「――旋回力が同じだと思うなよ?」


 俺は限界一杯まで小刻みにヨーを繰り返し、旋回速度を上げる。


 ――AD旋回と呼ばれるテクニックだ。


 WASD操作と呼ばれるキーボード操作の際、AとDがそれぞれ右ヨー、左ヨーとなる。


 ――画面の四端にマウスカーソルを合わせ、小刻みに左右ヨーを繰り返すことで僅かに旋回力が増える。


 ギリギリの旋回戦ではこの僅かな旋回力が命取りとなる。


 「追いつかれるッ!アンヘル!」


 俺の切っ先が届くギリギリのタイミングで『バックムービング』で逃げる。

 上空へ高速後退し、旋回戦で負けた危機を回避する学習能力は流石IRIA積載型である。


 「追いつけねえし、逃げられねえよ」


 ――後出しして、『バックムービング』。


 チュートリア達の背後に回ると、獰猛に笑い、剣を振るう。

 それに誘われ『ロール』をするのを待ち、俺は肉薄した。


 「――ランページィ、スラストォォ!」


 『ロール』の終わり際に連撃を叩き込み、チュートリアの背中を滅多打ちにする。


 「がうっ!あぁああっ!」


 一丁前に悲鳴なんぞあげやがって。

 ランページスラストのモーションが終わると同時に上昇し、有利な位置を得ると俺はゆるやかに旋回しながら、チュートリアを見下ろす。


 ――満身創痍となったチュートリアとアンヘルの瞳には絶望が映っていた。


 圧倒的な力の差。

 普通のプレイヤーとは違うんだ。

 命懸けでゲームをやっていた『廃人』と呼ばれる人間だったんだ俺は。

 普通のプレイヤーならば、十分以上に渡り合えるだろうさ。

 それが、IRIAだ。

 だが、その先に居る覚悟の人間にはそれでも所詮、ただのプログラムでしかない。


 「マスター……どうして……」

 「泣き言を言うくらいなら、逃げて隠れてガタガタ震えてろッ!その方がまだ、人間らしいってんだッ!見苦しく俺の前で同情を誘うなッ!イラつくんだよッ!殺す理由なんざイラつくだけで十分だッ!」

 「どうしてッ!どうして私じゃ力になれないんですかッ!話してくれればッ!私だって一緒に――」

 「一緒に悩んだとでも言うツモリかッ!虫酸が走るッ!解決できねえのにぐう聖ぶってんじゃねえッ!俺に偉そうに言うんなら――総てを解決できる『力』を持って来いッ!」


 ――決定的な力量差を覆すだけの技能も、力量も無い。


 そんな雑魚が何を吠えたところで、現実は変わらない。

 そんな簡単なことすら理解できない。

 だから、下らない感傷のテンプレな反応を返す。

 その程度のNPCに負ける訳が無い。


 ――ヘッドオンからの交錯戦。


 先ほどとは違い、既にチュートリアの目が死んでいる。

 俺は既に『死んで』いるチュートリアにトドメを刺すべく、剣を振りかぶる。


 「死ねよチュートリア。これで、最後だ――」


 ――『スラッシュ』を振るおうとして、『ロール』した。


 それは本能的な直感と言っていい。

 こんなに殺気を放っていれば誰でも気がつく。

 いや、気がつかせようとしてこんな大味なブレスを吐いたもんだと理解する。

 交錯し、反転して、俺はそれが誰だか気がつく。


 「らしくないなぁ」


 そいつは、バカだった。

 人が苛々している時に空気も読まずに現れ、楽しそうに笑ってやがる。


 「あっちゃんらしくないよー?いや、あっちゃんらしーのかなー。苛々してぎゃんぎゃん喚くのは一緒にプレイしてる人には不愉快だって前に言ったじゃーん」

 「竜さんかや」


 俺は急激に熱が冷めていくのを感じた。


 ――赤い竜。


 俺が認める『最強』の廃人が紅の竜に跨り、俺と対峙した。


 「いや、狩り場に行こうとしたらね?空中戦やってんだもん。楽しそうだなーって思ってたら、なんか、そんな雰囲気でもなくてさぁあ?無粋だってのはわかってるんだけど横槍いれちゃったんだなーこれが」


 一回り大きなレッドドラゴンが声を上げる。


 「……マスター、我が同胞の危機を救ってくれたことに感謝する」

 「やりたいようにやってるだけだからねえ。僕らって、そういう生き方しかできないんじゃない?あっちゃん」


 互いに旋回しながら、視線を交わす。


 「本当にらしくないよ?運営の女神イリアたんに何も話聞いてないの?てっきり、聞いているモンだと思ったよ」

 「――あに?」

 「……俺たちが現実でどうなっているのかさ。今ならまだ間に合うから聞いてきた方がいいんじゃない?」


 赤い竜はどこかバカにするように俺にそう言った。


 ――急速に冷めた熱が、俺にその方法を思い出させる。


 だが、どこか、心のどこかで疑ってた部分もある。


 「疑ってた?ゲームだから、運営だから重要な情報を伏せてるって。だけど、あんまし疑いすぎるのも良くないと思うんだな」

 「――竜さん、あんたハイロゥ使ってなかったって言ったよな?」

 「気づいたようだね?」


 赤い竜はにやりと笑うと、俺に斬りかかってきた。


 ――被ダメージ覚悟で『スラッシュ』で返す。


 「――あんた、どういう形でこっちに来たんだ?」


 交差し旋回戦に入ろうとするが、赤い竜は『ターンアラウンド』で即座に俺の背後を取ってきた。


 ――竜の鼻先を真下に向けての『バックムービング』


 同じ挙動で追従する赤い竜に対し俺はさらに『ターンアラウンド』で上昇し頭を取る。


 ――相手の『ターンアラウンド』のクールタイムを見越して旋回戦へ移行するため、そして、より良い位置を得る為の挙動。


 「モニターが光ったんだよ。周りに光の渦が現れたと思ったら、こっちに来ていた」


 俺たちは互いに剣を引き抜き、交差する。

 上下が入れ替わり旋回戦へ移行する。

 互いに逆回りに旋回し、再び交差――


 「あっちゃん、俺の身体はこれなんだ。だってそうじゃないとここまで動くのはおかしいじゃないか!」


 赤い竜はタイミングを合わせて『スラッシュエッジ』を振るってくる。

 俺は『ロール』して避けて、それが誘いであることを理解する。


 ――早くモーションが終わる『スラッシュエッジ』と、それを避けてから終わる『ロール』のモーション。


 即座に旋回に移れば、どちらが早く回りきるかは明かである。


 「俺の身体がこれと一緒の保証はねえぞ!」

 「だいたい、ゲーム開始にモデリング選択が無いのがおかしいじゃないか」


 ――背後に回り込み、赤い竜が笑う。


 俺は『バックムービング』と『ターンアラウンド』のクールタイムが終わるまで加速して逃げる。

 ぴったりと背後を追従する赤い竜は明らかに俺のミスを誘っている。


 「死ぬんだぞ?そこんとこ、理解してんのか?」

 「だから、聞いてくればいいって」


 赤い竜は俺に覆い被さるように重なり『スラッシュエッジ』を振るい被せてくる。


 ――『火力スキル』はケツから出る。


 そんな格言ができるくらいには、背後からの襲撃は速度差を考えなければいけない。

 急減速して赤い竜の横に並ぶと『ランページスラスト』を虚空に向けて放ち、『スラッシュエッジ』とダメージトレードに持ち込む。

 何段かは外したがしっかりと赤い竜に叩き込まれた手応えと、がっつりもっていかれたダメージが痛みとなって身体に刻まれる。


 ――互いに決め手を欠いた攻防が続く。


 追い越され、赤い竜の背後を取ることとなった俺は今度は逆に追いかける形となる。


「当たり散らしたってどうしょうもないだろ?負けて当たり散らし回るのはあっちゃんの悪い癖だ」


 悪意なく人を抉る。

 真実を告げるのは強者でなくては、ならない。


 ――弱者がいくら真実を吐き出そうがそれは、挽きつぶされるからだ。


 「それって、みんな迷惑するんだからさぁ?」


 赤い竜の駆るシルフィリスが反転し、ブレスを構える。


 ――虚空に魔法陣が浮かび、そこからいくつもの炎が産まれた。


 それらが一斉に別々の軌道で俺を目指す。


 ――フレイムドラゴン固有スキル『フレアボルト』


 ミサイルのようにゆるやかに旋回し俺を追従する炎の矢に俺は『ロール』で避ける。


 ――その直後に眼前に迫った赤い竜の斬撃が俺を薙ぐ。


 激しい衝撃と痛みが走るが俺は交錯した後、ターンアラウンドで赤い竜の背後につく。


 ――『ボルト』系スキルは発射速度と旋回半径の間に逃げ込むことで避けることができる。


 だが、逆にそれは半径旋回内に敵の軌道を制限する一手となる。

 グリーンドラゴンのデフォルトにはそのスキルが無い。


 ――完全カスタム制のドラゴン故の、欠陥。


 「――やめてくんない?」

 「やなこったッ!」


 ――ガチンとまた、俺の撃鉄が弾かれた。


 自分を否定する相手に従属する程、安くはねえ。

 迷惑だってんなら、挽きつぶしてみろ。


 ――それができなきゃ、死に散らかせ。


 赤い竜にはそれができるだけの力がある。


 ――だが、その力を前に諦めていたら、俺は俺でなくなってしまう。


 どこまでも熱く、だが、頭だけは冷静に赤い竜との戦闘にシフトしていく。

 赤い竜はフレイムドラゴンとデフォルトグリーンドラゴンの決定的な差異を理解している。

 その欠陥を容赦なく叩き、確実な勝利をもぎ取る。

 そのスタンスに遊びは無い。

 勝つ為に取れる手段の何が悪いという話だ。


 「――ご主人ッ!追いつけないッ!」

 「退くなッ!不利になるッ!交錯戦なら、負けはしないッ!」


 ――基礎スペックによる手数不足、武器性能、クラス差による火力不足。


 圧倒的な不利な状況の赤い竜との空中戦。

 勝つための要素を即座に選び取る。


 ――虚飾も何も無く、ただ、欲しい物を得るためならば。


 「――空中戦なら、俺の方が場数を踏んでるんだよッ!」


 AD旋回で即座に赤い竜の背後を取るとびったりとくっつく。


 ――ターンアラウンドのクールタイム中の赤い竜は俺の攻撃を誘っている。


 『ロール』で減速、回避後に有利な背後を取るツモリなのは手に取るようにわかる。


 ――だからこその『スラッシュ』。


 足を止めない弱火力スキルで赤い竜のロールを誘うと俺は即座に『ランページスラスト』をロールの終わりに重ねる。


 「うわぁ!やるなぁっ!――これだから、あっちゃんは『面白い』んだよ」


 『バックムービング』で無理矢理離脱した赤い竜が再度、交錯戦を仕掛けてくる。


 ――一瞬の焦りの上での攻撃行動。


 やられたことを、即座にやり返そうとするのが理解できる。


 「見え見えなんだよっ!『ランページ』ッ!」


 ――性能差があろうとダメージレースに持ち込む。


 小技の『レイジスラッシュ』に『ランページスラッシュ』を合わせる。

 強烈な一撃が俺の胸を断つが、幾重にも繰り出される剣が赤い竜を叩く。


 ――小技とはいえ、その間に『ロール』ができなければ大技で返す。


 もともとは大技をどのようにして叩き込むかの駆け引きしか要らない。

 それらの手段として小技の選択があることまでは頭で理解していても、身体で理解していなければ対戦では扱えない。

 踏んだ場数が、飲んだ悔しさが力となる。


 「オラオラッ!迷惑なんだろっ!邪魔なら挽きつぶしてみろよっ!」

 「――あらら、悪い方に転がっちゃった」


 どこか余裕めいた笑みを浮かべる赤い竜に追いすがり、俺は斬撃を叩き込む。


 ――『ロール』で避け、合間に攻撃を繰り返し、大技で返すが悉くの駆け引きが稚拙だ。


 大空中戦、そして、それらを踏襲して作られた大人数対戦型MMORPG『オルガナイズドエース』を続けて来た俺にとっては赤い竜のそれは初心者のそれと、変わらない。


 ――どれだけ優秀な装備、性能があったとしても。


 一定以上の差が無ければ、負けることは、無い。


 「これで終わりにしてやンよッ!」


 ――俺の、一瞬の油断。


 赤い竜が不適に笑った時には最早、手遅れだった。

 その笑みの意味を理解した時には既に、俺を激しい白い光芒が撃ち抜いていた。

 もはや、戦う気力を無くしたものだと思っていた。

 だが、それはまだ竜の背に跨り、どこか悲しげな顔で俺を見つめていた。


 「がぁァ……」


 ――チュートリアとアンヘル。


 アンヘルの吐き出したブレスが一本のビームとなって俺を捕らえ、打ち抜いていた。

 焼かれた光芒の熱さを覚え、眩む意識に俺は自分が負けたのだと理解した。


「マスター……どうして……」


 光の輪となって消失したデッテイウから放り出され、俺は静かに力をなくしていく身体でもがいた。

 決定的に負けたのだとわかった時、静かに心が心地よく沈んでいく音を聞いた。

 敗北こそが、教えてくれる。

 どこまでも至らない自分の弱さを。

 どこまでも強い他人を羨み、憎む強さを。

 諦めてしまえば、楽である。

 あいつと、自分は違うと思えば、楽なんだ。

 そうして、自分に言い訳して、自分を納得させて、縮こまって楽しいことだけを集めていれば、楽なんだ。


 ――そうして、自分に嘘をつき続けて本当の事に乾いてしまう。


 遠く、赤い竜が嗤ってやがる。


 「2対1。多少のスペック差や経験差ならこの状況なら負けない。頭に血が上りすぎなんだって」

 「……マスターが、心配です」

 「大丈夫だよ。あっちゃんなら。運営のイリアが言った『何度だって立ち上がるさ』って台詞さ、あれ、元々、あっちゃんの台詞だったんだ」

 「……え?」

 「『千の敗北者<サウザンドルーザー>』、そして『千一の勝利者<サウザンドワン>』。それがあっちゃんの通り名。どんな最強の相手に対しても勝つまで戦い続けるのが――あっちゃんなんだよ」


 ――そんな厨二ネームで呼ぶのは、お前だけだ赤い竜。


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