エクスブロ火山へ
真正面に捕らえた太陽の光が、眩しい。
吹き付ける風が後ろにながれてゆき、風を追い越し引きずる雲が一本の線となる。
眼下に広がる大地が遠く、これが空だと理解する。
画面の中に見る空ではなく、実際に飛ぶ空は舞い上がるだけで気持ちも高ぶる。
「わっはーっ!」
隣で白いドラゴンに跨ったチュートリアが感嘆の声を上げる。
眼下に広がる広大な草原の上に風の影が走り、俺達を追い越してゆく。
広がる湖の湖面が紋様を広げる太陽の光を波間に照り返し、宝石のように輝く。
風を追い越す音を後ろに遠ざけ、雲を突き抜け空を飛ぶ。
「我が翼はお気に召したか?主よ」
どこか荘厳な面持ちの白い竜が背に乗せたチュートリアに自慢げに尋ねた。
「凄いですっ!マスターっ!空、飛んでますよっ!ほら、空ですっ!」
チュートリアは可愛い瞳を一杯に広げ、空から見える景色を楽しんでいた。
その横から白い竜を追い越した黒い竜が先を飛び、あざ笑う。
「カカっ!地を這う人間ではなく我らのみに許された領域だ。感激せぬ訳が無いだろうよ。媚びへつらうな、アンヘル」
「レグナ、我らが主に失礼だっ!」
白い竜がアンヘル、黒い竜がレグナ。
それは俺が適当につけた名だが二匹の竜は気に入ってくれたようだ。
――それが超鬱なドラゴンゲーのドラゴンの名とも知らずに。
「礼節など人のすることぞ。我らは竜。誰に媚びへつらう必要があるというのだ」
その先を飛ぶ鋼鉄のドラゴンは最早、竜とは呼べない。
――戦闘機のようなフォルムで飛行形態を取るシルバードラゴン
「ザリガニ、進路上に他のドラゴンは?」
「……進路異常無し。風速6、横風に注意」
その傍らを青と赤のドラゴンが揺れる。
レウスにレイアと有名どころの飛竜の名前をパクらせてもらいました。
シルバードラゴンに至っては最早、名前を考えるのも面倒になりザリガニとなりました。
「しかし、我が主よ。騎乗に選ぶ竜がそれではドラゴンの使い手としては箔に欠くぞ?我が背に替えはせぬか?」
レグナは俺の横に漆黒の翼を広げ、くつくつと笑う。
――エルドラドゲートはペットにもIRIAを積載したみたいだ。
飛んでいて退屈が無いというはありがたいが、ぶっちゃけうざくもある。
「いいんだよ。俺はこいつが気に入った」
俺が跨っているのは最弱と言われる緑ドラゴンだ。
――特殊能力も何もなく、飛行能力とドラゴンとしての基礎ステータスだけを有するドラゴン。
「……ご主人様、僕なんかで本当に良かったんですか?」
どこか臆病に伺うこのドラゴンの気性は俺からすれば唾棄すべき性格だ。
「最強になれる可能性のあるドラゴンはお前だよ。デッテイウ」
高火力を有するレッドドラゴン――レウス
足止めバフについて優秀な性能を持つブルードラゴン――レイア
高防御力を誇りタンカーとなるシルバードラゴン――ザリガニ
ヒールや誘導性の高い攻撃を持つホワイトドラゴン――アンヘル
高次元で高いバランスを持つブラックドラゴン――レグナ
それぞれのドラゴンには明確な特徴がある。
それらの特徴のうち自らに足りない物を補う、あるいは欲しい能力を手に入れる。
そのために人は財布を開く。
だが、グリーンドラゴンには何の特徴も無い。
逆にこのドラゴンには色々なカスタマイズ性があるのだ。
『大空中戦』コンテンツでは高防御力を誇るシルバードラゴン、もしくは高火力を誇るレッドドラゴンが主流となっており、デバフにブルードラゴンやバフにホワイトが少々混じるくらいだった。
何の特徴も無いグリーンドラゴンには本当に何も無かった。
俺がその理論を確立する前に『大空中戦』コンテンツは収束を迎えたが、確かに幻のエメラルドドラゴンは空を飛んだ。
――だからこそ、俺はメインのドラゴンにこのグリーンドラゴンを選ぶ。
「人間の考えることは、わからんな?最弱の何も持てるものの無い竜の何が良い?」
「何も持ってねえってことは、両手開いてんだ。何だって掴めるさ。なぁ、デッテイウ?」
グリーンドラゴン――デッテイウはどこか俯いたまま、首を振る。
世界的超人配管工の乗るスーパードラゴンの竜の名前を冠したこのグリーンドラゴンは自分の可能性に気がついてはいない。
このどこかいじけた性格は大嫌いだ。
だが、どこか昔の自分をダブらせてしまい苦笑する。
――完成していないからこそ、何にだってなれる。
「マスターっ!見えましたっ!マンダルア山岳の山頂、エクスブロ火山の山頂です!」
「確かなら、そこに居るはずさ」
吹き付ける風の中、一度も会ったことはない、 だが、とても懐かしい友人を思うように俺は並んで飛ぶ竜達に告げた。
「竜ってのは生き物じゃねえんだ。俺達の世界じゃ空想の中の伝説。最強なのさ」
遠く霞む空からの景色の中、噴煙を上げるエクスブロ火山が見える。
天を突き刺す異様を持つ山脈の峻険な岩肌からは遠くからでも噴煙が噴き上がっているのがわかった。
青い空とのコントラストの中、どこまでも高いその山にその男は居る。
「レベル50カンストの序盤、最大級の強さを誇るユニークボス『グランドラゴン』」
――6匹の竜を従え、俺は確信する。
「確定ユニーク、竜剣ドラグウェンデルは強力な両手剣だ。竜の剣を守護する偉大なる竜『グランドラゴン』はユニークの中でも頭を一つ抜いて強い」
赤い人ならば、奴ならば。
「あいつぁ――必ず、ここに居る」
◇◆◇◆◇◆
エクスブロ火山はカンストレベルキャラでも攻略の難しい場所である。
吹き上がるマグマの暑さに俺は肩で息をし、汗を拭う。
隣ではチュートリアが肩で息をしていた。
マグマの通り道である山道は熱くなった大気で揺らめき、凶暴な瞳を持つ竜達の巣窟となっていた。
「チュートリア、自分のバフを切らすな!『ブレッシング』っ!」
「はいっ!」
――高難度の敵と戦う事が初めてとなるチュートリアからの支援は期待できない。
元より支援を期待していない俺でもここでは余裕が無くなる。
『ファイター』から晴れて『ウォーリア』へとクラスアップした俺はエルドブレードを閃かせ、力任せに押し寄せるブルリザードを切り伏せる。
取り残されたチュートリアの周辺に集まったブルリザードの群れに俺は跳躍し、空中で身体を捻ると大上段から剣を振るう。
軽業スキル上位のモーションスキル『ムーンサルト』からの『ブレイブスライド』。
――ウォーリア系育成の主力となる範囲スキル。
前方広範囲に衝撃波を飛ばす、『サークルエッジ』より威力倍率の高い火力スキルだ。
衝撃波に押しつぶされ、剣圧に潰されたブルリザードが甲高い悲鳴を上げて蒸発する。
撃ち漏らしたブルリザードの頭上から矢の雨が降り注ぐ。
――弓のモーションスキル『アローレイン』
チュートリアが立て続けに上空に放った矢が雨のように降り注ぎ、ブルリザード達にトドメを刺してゆく。
それらを一掃すると、巨大な岩の影から異様に長い岩が突き出された。
いや、岩ではない。
岩のように見えるそれは灼熱に焦がされた赤い溶岩のような灼熱の肌を持ち、獰猛な黒い瞳をその両脇に持つ。
凶暴に開いた口からは炎が零れ、その異様はまさに俺達の想像に馴染み深い――
――ドラゴン。
甲高い咆哮が大地を揺るがし、チュートリアが竦む。
ソードとシールドに持ち替え、俺はチュートリアに喝を入れる。
「――ストレングモブのフレイムリンドブルムだっ!ブレス、来るぞっ!」
――フレイムリンドブルムの炎が吐き出され、爆発する。
エクスブロ火山が高難度マップとして認知されているのはストレングモブの中に『大型モブ』であるフレイムリンドブルムが存在するからだ。
――パーティ推奨の雑魚敵が我が物顔で闊歩するマップ。
チュートリアがタワーシールドで炎を防ぎ、俺は爆炎を引きずり『ダッシュ』で距離を詰める。
上位クラスになるためにはいくつものスキルレベルが要求される。
それらを満たすうちにスキルレベルは新しい『モーションスキル』の条件を満たす。
――だからこそ、上位クラスは強くなる。
「ホーリー……バスタぁぁぁっ!」
カギャァァン!と、大気が震える音が響いた。
チュートリアの手から放たれた槍が光を纏い、一条の閃光となる。
フレイムリンドブルムの顎を打ち抜いた光はテンプル専用のモーションスキル『ホーリーバスター』。
光魔法と片手槍を上位レベルまで引き上げなければ習得ができない単一モブを相手にする時の火力スキル。
フレイムリンドブルムが目を赤く輝かせ、『ストレンジアタック』のモーションに入る。
俺は『ステップ』で『ダッシュ』をキャンセルし、軽業スキル上位『駆け上がり』で駆け上がり、その額に剣を突き立てる。
――片手剣用モーションスキル『ダウンスラスト』
転倒状態、或いは下部に限定した敵に対しての火力スキル。
元よりワンダラーやローグといった軽業主体で戦うクラスで使うことを想定されたスキルで特定状況下でしか使えないという制限の代わりに高い火力を持つ。
フレイムリンドブルムの弱点である額に剣を突き刺し、ノックバックを奪い『ストレンジアタック』を強制キャンセルする。
「だぁぁぁぁぁ……てやぁっ!」
チュートリアが『トランプル』で肉薄し、そのまま強烈な『ピアッシング』でフレイムリンドブルムの顎を貫く。
軽業スキル『壁蹴り』で額を蹴り飛ばし、腕の中の剣を滅多に振るう。
「そお――りゃぁっ!」
――ウォーリアの専用モーション『ランページスラッシュ』
スラッシュ系上位スキルで連撃を見舞う火力スキル。
激しい量のスタミナとMPを消費するが、文字通りウォーリアの必殺スキルだ。
「グ……オォォ……オォォ……」
フレイムリンドブルムを文字通り封殺仕切ると地面に降り立ち、鼻の下の汗を手の甲で拭う。
ヘルムのバイザーを上げたチュートリアが息を切らせて歩みよるが、暑さで足下がおぼつかなくなりよろめく。
「……あ」
「っと、大丈夫かよ」
その手を取って引き上げると俺はインベントリを展開し、瓶を実体化させて渡す。
「飲んでおくんだ。水霊のポーションはこういった暑さで制限をかけるフィールドで負荷なく動けるようにしてくれる。いわばモンハンのクーラードリンクのパクリだな」
「ですけど、せっかくキクさんが用意してくれたんです。グランドラゴン戦で使うことも考えれば今頂いてしまっては……」
「いいんだよ。ただでさえ重鎧は強力な防御力と引き替えにこうした悪天候マップじゃ制限がかかるんだ。重鎧装備職はその強力さ故に、こういう場所で容赦なく制限かけてくるのがファミルラからの伝統だ」
「いえ、道中くらいは頑張って我慢します。マスターが心おきなくグランドラゴンと剣を交えるために」
だらだらと汗を掻き、必死についてこようとするチュートリアがどこか痛々しい。
「つか、お前さっきから汗だばだばじゃないか。汗臭いぞ?」
「ええっ!」
「もーおしっこ漏らしたかのように全身ぐしょぐしょじゃないか。少しばっちいから近寄るな……あーもう、手も汗でぐっしょぐしょ……うん、やっぱり酸っぱい匂いする」
「わ、あう、あ……」
「それ消臭効果もあるからきちんと飲んどけよ?」
チュートリアが急いで瓶の蓋を開け、口をつける。
コクコクと喉を鳴らして飲み干すが、口元から一筋垂れた滴が首筋を通るあたりえろい。
「ぷはぁっ!」
「はいうそでしたー。だまされてやんの」
「え、あ。ええ?」
驚くチュートリアの額をデコピンしてやって俺は憎らしげに言ってやる。
「手間ぁかけさせんじゃねえ。てめえがトロいとボスにつく前に俺の剣がぶっこわれんだよ」
「す、すみません……」




