春の新作マックの話
「ちょっと、ロクロータ。そこどきなさいよ。暇ならチューちゃんにセクハラでもしてればいいじゃない」
「お前にセクハラしたい気分」
俺はどこかやる気なく答え、ソファの上でごろんと寝ころんでいた。
キクの店は最早俺たちのホームみたいな形になっており、だいたいここから色んなところに狩りに行くことになる。
「きくさんきくさん!ぽーひょんいっぱいうってきた!」
「ありがとねーテンガ。じゃあ、あとはお店の方おねがいできるー?」
「かしこまりー!」
元気よく答えて店番に立つのはキクのイリアである『テンガ』だ。
テンガはとてとてと俺のそばまで来るとぺこりと頭を下げる。
「ろーたー!こんにちわ!」
「やあ、こんにちわロリコンオナホール。いつ見ても可愛いのぅ?キク、これいくらー?」
「売らねーよ」
「ちんちん入れていーい?」
「潰すぞ」
猫耳に可愛らしいほお紅、ぷにっぷにのほっぺたといいうねうね動く尻尾。
完全あざと系ロリキャラのイリアはうちのがっかり系イリアとは雲と雲古の差がある。
そんな破壊力満点のロリキャラが人を振動する大人玩具呼ばわりしてくれたから、自慰装置呼ばわりしてやる。
だが、そんなことを知らないし、皮肉も通じない純真無垢なイリアはにへらっとこっちもほおがゆるむ顔をして、人の腹の上に乗ってくる。
「ろーたー、あそぼう?」
「お店はいいのか?」
「うーん……」
振り向いてしっぽをうねうねさせて考えてから、振り向き。
「あとでー!」
「ダメだろうに」
ごしごしと頭を撫でてやると気持ちよさそうにすり寄ってくるからそのまま眠くなる。
俺より先に胸の上で寝くさったイリアを見つけ、キクが不機嫌になってイリアの首根っこを捕まえる。
「こぉら!テンガ!お店やってって言ったでしょ?ロクロータも甘やかさないで!」
「俺ぁなんもしてねえよ!お前がきちんとしつけないからだろうに!」
「ふーふげんか、めー」
「「ぶっ殺すぞ」」
カタカタと震えながら店番に立つテンガを尻目に俺はごろんたとソファで横になり、そんなだらしない俺を見てキクが溜息をつく。
「ちょっと、ロクロータ、らしくないわねえ?どっか狩りにでもいってきたら?」
「家電製品は一通りコンプしたじゃねえか。いつか追い出されることも考慮して2セット用意したし、おかげでレベルは50、主要スキルも50になったよ」
「隠密は?あんた最近一生懸命チューちゃんにセクハラしてたけど、隠密のスキルトレーニングしてたんじゃないの?」
「晴れて50になりました。おかげで最近あいつちょっと変態じみてきた」
「へ?」
「なんつーの?ストーカーが来なくなると逆に不安になるって奴?『今日はこ、来ないんですかー?』とか聞かれてもー、俺もなんつーかドン引きですよ」
俺の主要スキルが軒並み50レベルになりつつある。
他のスキルも伸ばしてはいるが、ぶっちゃけ、もうぞろ疲れた感がある。
――第一次限界という奴だ。
「限界クエが来てないからねー。他のスキル上げたら?」
「霊環スキルも必要といえば必要なのだが、魔法の育成はめちゃくちゃ労力が居るしソロだとヒールはヘイト稼ぎにしか使えない。ぶっちゃけ店売りポーション飲んでた方が効率がいい」
「生産系は?」
「マゾい。俺、店で買う派」
「なら、稼いで来なさいよ。あんたが入品してくれないと売り物が無いんだから」
ぶっちゃけ、今俺が狩りに行く理由はこうやってキクに追い出されてという形が多い。
「ンなこと言ってもお前だってもう差額売りできるくらいには溜め込んだんだろ?なら、今更じゃねえか」
「それでも元手ゼロよりかは利益落ちるのよ。あんたが稼いできてくれると助かるわー」
「無償労働はしてねーからな?勘違いすんなよ?」
俺はそうキクに釘を刺しておいて、溜息をついた。
「……さて、キク。ここで一つ提案なんだが、そろそろログアウトしてえんだな俺は」
「奇遇ね。私もよ」
俺達はシリアスに現状を語る。
「さらりと順応してるような感はあるけど、実際違和感バリバリだ。現実の俺はこんなに強くねえし、だからといって身体は自由に動く。悪い夢なら醒めて欲しいと思うが、寝て起きたところで夢オチしてくんねーぞ。どうなってんだ開発」
「蔵オチさせるしかないんじゃない?と、冗談を言ってみても本当に冗談じゃないわよ。ヴォーパルタブレットで公式ウィキさらってるんだけど、コメント欄見る限りだと外の時間は確実に私たちと連動して流れてるわ」
俺は怪訝な顔で尋ねる。
「……原因はなんだ?」
「ggrks、と言いたいところなんだけどこの端末じゃあ公式ウィキには目を通せるけど、グーグル先生には質問できない」
「本当は2chスレとかも見て情報さらっておきたいんだが、できねえってのは辛いな」
「その心配は要らないわよ。今のところ、『中身入り』は私たちくらい」
「……要するに、他はIRIAを使ったBOTみたいなモンか?」
「状況はそれより複雑ね。この世界自体が『生きてる』」
「あん?」
俺は怪訝な瞳をキクに向ける、キクは俺の足の上からソファーに座りじっと真正面を見つめ、呟いた。
「――まだ、一週間だけどだいぶ稼がせてもらったわ。スタートダッシュで蓄財しておけば今後のアップデートでの市場操作ができる物量を作ることができる。だけど、そんなんじゃ、ない。私は市場を見つめてる。この市場にはがつがつとした意識が無いの。初心者特有のぼったくり商店や、露骨な薄利多売、育成用武器のふっかけもないし正直、『生きてる』感じがしない。いわゆる『業者』も居ないのよ?ファミルラの頃にあったNPCがプレイヤーの商品を買っていく『テコ入れ』が仕様でそのまま残っているけど、それだけにここの市場は不気味よ」
「――奇遇だな。俺も、そう思った」
今度はキクが俺を見つめてきた。
俺は天井を眺め、今まで歩いたフィールドを思い出す。
「サービス開始からまだ1週間だ。24時間フルタイムでゲームなう、な俺達はレベル上げも容易だ。フルタイムで狩り続ければこうやって一週間でカンストさせることなんかも余裕。だが、フィールドはガラガラだし、『中身』入りの人間にまだ出会っちゃいない。業者もいなければチートも無い。IRIAが人間みたいな返答をしてくれるおかげで正気を失いそうだ」
俺はごしごしと目をこすり、吐き出した。
――幾日もこんな場所に居れば、正気を失ってしまいそうだ。
ゲーム脳であっても、こんな異常な事態に慣れてしまえるものか。
俺は現実を悲観していた訳じゃない。
辛いことも沢山あったけど、だけど、それも全部ひっくるめて自分と肯定して勝っていけることを知ったんだ。
だからこそ、『ゲーム』の中に居るという事実が、恐ろしいんだ。
「ロクロータ、わかってると思うけど、ここは私たちの居た世界じゃない。物質がインベントリとかいう亜空間に消える訳ないし、無限に流通する通貨なんてのも存在しない。そんなゲームみたいな仕様の世界の経済が破綻しない訳がない」
「理解している。スキルの仕様はゲームのままだし、同じ行動を繰り返す敵が存在していること自体がおかしい。この世界は――どこか、狂ってる」
俺はそう呟いて狂っているのが自分ではないかと疑ってしまう。
膝の上に座るキクの重みだって曖昧だし、本当は俺の記憶の中のキクを再現して構築されたIRIAなのではないかと疑ってしまう。
だが、だとしたら、何故キクなんだ?
まだ、仲の良かった仲間は一杯いる。
リアルで会ったことのある奴だって少なくはない。
――こんなことを考えていたら、狂ってしまいそうだ。
「ねえ、ロクロータ……」
いつものキクとは違い、どこかしおらしかった。
「……なんか、怖いよ」
どこか弱々しいキクの声に俺は力強く答えた。
「絶対に、帰る」
――自分に言い聞かせるように吐き出した。
そう言い聞かせなければ、自分の心が砕けてしまいそうだ。
何故、どうして?なにもかもが、わからねえ。
「今月の新作マック、まだ喰ってねえ。春と秋は、月見バーガーが出る時期なんだ。喰いにいかな」
どこか苦笑するようにキクが顔を歪めると、精一杯笑った。
「じゃあ?一緒に行く?おごってやんよー?」
「だが、断る」
「ヘタレ」
互いに苦笑して、力を振り絞ると身体を起こす。
――調べるべきことは一杯ある。
だが、どこにも光明は見えない。
――この仮想現実から現実へ戻らなければ、いけない。
「じゃあ、今から、一緒にご飯でもどう?」
「お前の料理スキル最悪だ。味がしねえ」
「薄味に作ってんのよ!あんたの舌がおかしいの!だから外食しようって言ってんでしょうに!ゴロゴロしてるだけだったら付き合ってくれてもいいでしょ?」
「だが、断る。何で俺がお前とデート紛いのことをしなくちゃいけないんだ」
「変な意識してキモっ!女の子と一緒にご飯も食べたことないの?」
「お前に凸った時に一緒に喰ったくらいで、後は母ちゃんくらいだ。あとキモいとかいうな。軽くトラウマなんだ。イジメられっこだったから。今度そういったらアレだ。性格ブスって言ってやるからな」
少しでも明るくなればいいと思って振る舞えば振る舞う程、自分で墓穴を天元突破。
微妙なバランスとか、俺無理。
「……ごめん、本当にごめん。私も昔、性格ブスって言われてハブられてたからそれだけは勘弁して欲しいわー」
逆に、現実思い出させちまったよ。
なんだか、なんだかだよ。
「まぁ、一緒にご飯ってのは口実なの。本当は一人で確認に行くのが怖いのよ」
「怖い?何が?」
「……一週間よ。今日はメンテの日。そして、最初のアップデートの日よ?」




