卑劣なるヤックモの村人達による罠
迂闊にも罠に嵌ってしまった俺はヤックモ村の中心に引きずり出される。
ヘルムのバイザーを深々と降ろし、力なく引きずられている俺は村の中心にロープで簀巻きにされて転がされていた。
「戦女神のレジアンをとったどー!」
無人島生活さながらの歓喜の声を上げて四天王が声を上げると村人が歓声を上げて集まってくる。
「とった?捕まえたの!」
「やったー!捕まらない方に賭ける人が多かったから掛け金総取りよっ!」
「ようし!じゃあ今日は記念に秘蔵のビアの封を切ろうかっ!」
「イケメン!?イケメンなの!?やったわタエチャ!家族が増えるね!」
歓喜の声、にしちゃあどこかスレた歓声に村人が続々と集まりだし、その中心にがちゃりと音を建てて歩むチュートリアが居た。
チュートリアはどこか信じられない様子で簀巻きにされている俺を見ていた。
しぱしぱと目を瞬かせ、未だに目の前にある光景が信じられないようだ。
「ほ、ほんとうにマス……いえ、レジアンを捕まえたんですか?」
俺を引きずっている四天王の連中が得意げに胸を叩く。
「油断しきってるところを薬でちょちょいっとな?チョロいモンだぜ」
「流石赤き槍のユウロパだな。四天王一の策士じゃ」
「十傑衆にあと3人くらい欲しいわな。赤き槍のユウロパ」
どいつもこいつも赤き槍のユウロパだからどれのことかはわからねえ。
だが、存外俺が騙されて痺れ薬を口にしてしまうような安易な方法で捕まってしまったのが未だに信じられないのだろう。
チュートリアは力なく項垂れる俺をしげしげと見つめていた。
「……マスター……?」
「さぁ、ぶっ殺そうぜ?チュートリア様、お願いしまッス」
村人の一人が俺の首根っこを引き上げ、チュートリアに突きつける。
チュートリアはつきつけられた俺に困惑する。
「へぁ?あ、あの、私が?」
「チュートリア様は槍を使われる。槍で殺しやすいようにせな」
「へぁ?」
「それは失礼をした。おい、誰か十字架持ってこい」
「え、あの、ちょっと……」
「悪逆非道の限りをつくしたレジアンを処刑する戦女神のイリア。ヤックモの誉れじゃー!」
村人達は嬉々として十字架を運んでくる。
高いテンションのまま設置された十字架に容赦なく俺を引き上げがっちがちに縛り付けて貼り付けた。
遠巻きに見た俺はまるで奇っ怪なオブジェのように十字架にぶら下げられている。
十字架に貼り付けられた俺を見上げ、後ろに立つ村人達から羨望の眼差しを受けるチュートリア。
「あ、あの、いきなり殺すのはマズいんじゃ……」
殺すという行為にためらいがあるのかおずおずと村人に提案する。
「このような悪党生かしておく価値などあるまい!チュートリア様、やってしまって下せえ!」
だが、村人のテンションは最早ぶっ殺せモードでありまして。
「いやでも、反省して貰えるならそれで……」
「それで苦しめられた人々の鬱憤が晴れるというの!?手心を加えてはなりません!さぁ、チュートリア様、はよ!」
「あう…こ、困った……」
「格好いいわ!チュートリア様!チュートリア様が言っていた変態レジアンを血祭りに上げるのね!」
……自覚はあるが後で殺す。
急かされるだけ急かされてチュートリアは混乱して俺の前に立つ。
力なく貼り付けられた俺と、背後の村人を交互に見上げ、手にした槍を震わせる。
「え、えと……お話してみるとかは、どうでしょう?」
「ああ、なんとお優しいチュートリア様。ですが、この悪党は放っておけばやがてこのヤックモも侵略するでしょう。そうなれば力の無い我々は蹂躙され、酷い目に遭ってしまいます。彼らの言葉で『薄い本ができてしまう』ことになるのです。さあ、チュートリア様、遠慮せずにはよ」
はよはよ村人から急かされるチュートリアがだばだばと脂汗を流しながら俺を見上げる。
俯いたり見上げたりと忙しく、ようやく自分が今どんな立場にあるか理解したようだ。
「……戦女神のイリアがマスターを殺したら、私の立場ってどうなるんだろう」
「チュートリア様ぁ、まだですかー?」
「ずぷっとやったれやー!悪党血祭りにあげちまえー!」
「あ、チュートリアっ!チュートリアっ!チュートリア!」
「……チュートリアっ!チュートリアっ!チュートリア!へいっ!」
合いの手まで入れられて最早引くことが叶わなくなったチュートリアがだらっだらに脂汗を垂らしながら俺を見上げたまま凍りつく。
「……困ったッ、非常に困ったッ。レジアンの居ないイリアって基本、はぐれイリアとして不幸な結末しか無いって……しかもイリアがレジアンを殺してしまうとか私も聞いたことない。こ、これってイリア至上最高にアホなことをしようとしてるんじゃないだろうか?……イリアとして今、私、至上最大のピンチなう!」
村人に聞こえない声でぶつぶつと呟いているチュートリアはのろのろと槍を持ち上げて震える切っ先で俺の胸元あたりを触る。
「いけぇぇぇぇぇっ!やったれェッ!」
「こぉろッセ!こぉろッセ!」
「チューチュートリア!チュートリアッ!」
チュートリアはおずおずと俺の胸を槍の先で突っつき、覚悟を決めたようだ。
「す、少しだけだから、さ、先っぽだけだから……」
「ここをずっぱり突き刺すんですよね?」
「押したぁぁ!にぎゃあああぁぁぁぁ!」
村人がチュートリアの肘を持ち上げ槍の穂先がずっぽり俺の喉を貫いた。
――激しい鮮血が迸り、バケツのスリットから激しく血が噴き出す。
「にぎゃあああぁあ!ぎゃあああああ!にぎゃあぁああああ!」
スプラッタな鮮血がほとばしりチュートリアの顔を真っ赤に染めて絶叫する。
ばしゃばしゃと逃げようとするチュートリアに拘束が外れた俺は這いずって足を掴む。
「ぎゃあぁぁぁ!にぎゃああああっ!あああっ!ああわぁああ!ごめんなさいごめんなさいぎゃあぁぁあ!ますたぁぁぁゆるしてぇぇぇあぁぁぁぁっ!」
大絶叫を迸らせ泣きながらはいずり回るチュートリアに村人達は腹を抱えて笑う。
チュートリアが必死に俺から逃げようと地面を這い、スプリットヘルムを叩くとごろりと首が落ち、落ちた首からさらに勢い良く血が迸る。
「アァァァ――ワァァァッ!ぎゃあぁぁぁっ!ぎゃぁ――ワギャァァァァ!」
最早悲鳴なのか獣の咆吼なのかわからないような声を上げて這いずり回るチュートリアに首を無くした俺がのしかかり押さえ込む。
「マスタァァァ!助けてマスタァァァァ!わぎゃぁぁぁぁ!ぎゃぁぁぁあああっ!」
血で真っ赤に染まりながら半狂乱になって泣き叫ぶチュートリアちゃんが見るに哀れでもはや最高にメシウマ状態。
――俺ももは笑い過ぎて腹が痛いですわ。
チュートリアの背中にのしかかった俺は最後の爆発をしてねばねばの粘液と豆を吐き散らし、盛大にはっ散らかる。
無論、納豆である。
――だがしかし、未知の粘物が大量に自分に降りかかり、チュートリアは絶叫する。
「ワンギャァァアアア!!」
最早、泣いてるのか、叫んでるのか、わからない。
◇◆◇◆◇◆
「残念だったな。お前が倒した戦女神のレジアンは偽物だ」
俺はそう告げて、地面で放心して痙攣しているチュートリアを見下ろした。
ちなみに、そう告げた俺もまた偽物である。
さらに付け加えるなら、俺が5人並んで同じような格好をしてチュートリアを取り囲んでいた。
「よくも哀れな戦女神のレジアンを殺してくれたな。許せん」
「金貨5枚、それがお前の悪行だ。爆ぜて詫びろ洟垂れめ」
「お前をプギャーする為なら、俺は何度でも――死ぬ」
この村の住人色んなサブカル知ってるなぁ。
俺に扮した村人達はチュートリアの腕と足を持ち上げると他の村人が用意した瓶にチュートリアを運ぶ。
瓶の中には白濁したゲル状の物が溜まっており、そこには大量のミミズが蠢いていた。
オロオロするチュートリアが自分を持ち上げている俺達を見るが、俺の一人がにべもなく言い放った。
「慈悲は無い」
「――わぎゃぁあぁ!」
ミミズだらけの白濁液にぶち込んでやり遂げた感を皆が見せ、一斉に快哉を上げた。
ここまで来て俺はようやくこの村人達の茶番が終わったのだとわかりスプリットヘルムを脱いだ。
「いやぁ最高ですわー。チュートリアちゃんザマァ」
そう言ったのは俺ではない。村人の一人である。
皆ニッコニコしながら瓶の中で悲鳴を上げるチュートリアを見つめていた。
「お前に昔壊された水車の恨み忘れてねーからなっ!」
「うちのカーテンに落書きしてったこと忘れてないでしょうね?」
「俺ン家の豚勝手に焼いて喰いやがって!」
「タエチャのとこの花壇から花全部引っこ抜いたの私のせいにしたのも忘れてないからね!」
「私がラドクの事好きだったって事村中に言いふらしたよね!」
「作り置きのポーションの中に魚放流しやがって!許されたと思ってんのか!」
村人達がチュートリアちゃんの悪行の数々を暴露しながらパンをぶつけていく。
「ごめんなさいごめんなさい!もうしません!あやまるからゆるして!あやまるからゆるしてー!わぁぁあああ――」
泣きながら謝るチュートリアに対して村人達はげらげらと笑って腹を抱えていた。
見るだにそんなに怒ってはいない様子。
俺はなんだか一人取り残された感を覚え、どうしたものかと思案していたところ第三の四天王赤き槍のユウロパが俺の傍らに来た。
「茶番に付き合わせてしまいまして、申し訳ありませんね。皆、これでもユ――チュートリアが無事だったことを喜んでるのですよ」
「……はぁ、まじ、はぁ……」
はまじ状態な俺に赤き槍のユウロパさんは苦笑する。
「あの子がご迷惑をおかけして申し訳ありません。私も戦女神のイリアとしての責任を放棄して戻ってきたという話を聞いた時には、少々驚いてしまいました」
どこかはにかむように笑う仕草などはチュートリアに似ていなくもない。
親戚の人か誰かなのだろうか。
――赤き槍のユウロパさんはちょっと驚愕の事実を俺に告げた。
「ようこそニヴァ・ルースへ。ようこそヤックモへ。私はイングリスと申します。私がヤックモの村長で――チュートリアの母です」




