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青と赤の衝突(カーライルとアレクシス)



「休憩の件は聞いていないが?」

「言っていませんから。」


 ぎろりと赤い瞳が睨みつけても、青の瞳はしれっと空を見上げている。

 先ほど本日予定になかった休憩をとったばかりの一行は再出発したばかり。旅の目的地である王都は目と鼻の先である。


「…」

「…」


 二人しかいない馬車の中、しばしどちらも口を開かず時間が流れる。

 その間も赤い瞳がじっと見据えているが、欠片も動揺しない横顔はたいそう涼し気である。


 長い無言の末、溜息が1つ形のいい唇から漏れ出た。


「…お前が厄介な事を忘れていた。」

「『君は案外単純だからな。』」


 カーライルが普段とどこか違う口調で揶揄すると、赤い瞳がふいっと視線を逸らした。その顔は、平素と変わらず硬質なまま。けれど、そらされた視線の動きが心の揺れを如実に表していた。

 相手の心を見透かすかのように、アレクシスが視線を逸らすと同時に青い瞳がすぅっと細められ、ゆるりと相手を見る。


「昔もそう教えて差し上げたはずですけどねぇ。」

「お前の敬語は何度聞いても寒気がする。」


 棘のある返しにカーライルはやれやれという顔をして肩をすくめて見せる。それが感情の発露ではなく、そういうポーズをしてるだけだと、アレクシスは重々知っていた。

 カーライルに感情らしい感情などない。もしくは、他人と共有できる感覚を持ち合わせていない。

 そう本人がアレクシスに語ったことがある。それはあながち間違った解釈ではなかったし、アレクシスも、後者の解釈でカーライルの事は見ていた。

 人と同じ心の動きをしたことがないのは、アレクシスの目から見れば一目瞭然。だが、感情がないのではない。

 カーライルは観察力と分析力が並外れていた。そこに思実家の教育環境が整い過ぎており、思考力と判断力が磨かれ過ぎたのだ。

 その結果、感情により行動にぶれを生じる事のない、感情を共有することによる連帯感等が理解できない生き物が出来上がった。

 けれど、実家を離れる段になり、どうやらそれはおかしいのだと彼はその優秀な頭で理解した。であれば…と、並外れた観察力と分析力で、持ち合わせない情動を持っているように表現することを覚え、多少は感情ある者のように振舞うようになった。それも、凡人から見れば感情の希薄さは明白であったが。それでも無いよりは安心感を与えたから、対策としては正解であった。

 だから、アレクシスはカーライルの感情の伴うような行動は何一つ信じていない。そこに感情が乗る事はないと知っているから。


「寒気がするとは…酷い一言です。」


 口先ばかり滑らかで、いつか縫い付けてやりたいものだと昔に何度も考えた事を思い出した。


「…昔であれば絶対に口にしなかったというのに、ほんの数か月でずいぶんと人の様な事を口にするようになりましたね。」


 アレクシスと同じく、カーライルも少しだけ昔を思い出していた。そして、目の前の人間の変化に結び付く人物を思い描く。

 その人の事を描くだけで、今まで知らなかった感情が少しだけ胸に落ちる。静かな湖面に雫が一粒落ちただけのようなものだが、カーライルにとってはとても大きな変化。

 凍てついた声に少しだけ温度が乗るようなわずかな変化しかない声。その声から少しだけおかしそうな感情が響く。

 小さな変化は確実にカーライルに温度を与えていた。

 声音に、視線に、小さな動作一つ一つに。


「その言葉はそっくり返す。お前こそ、今更人にでもなれるつもりか?」

「なれるかもしれませんよ。奇跡がここにはあるのですから。」


 それまで一度も交わらなかった2色の視線がここで交じり合う。

 柔らかい。という単語が一度として付随したことのない人間から、これほどまでに柔らかな声が出ることがあるだろうか。目に光が灯ることがあるだろうか。

 アオが絡むカーライルと相対していると、これまでのカーライルの凍えるような在り方とは違う意味で寒気がする。と、先ほど口にした感想が強くなる。

 アレクシスは、不自然にならない程度に己の腕をさすった。


「お前は平然と目を合わせるから手に負えん。」


 青の瞳の向こうに見えるのは荘厳なステンドグラスからさす光を背に立つ天上の存在のような少女。


「だが、それ程大事にしていてなぜ、ディオールジュに取り込んだ?」

「…」


 柔らかさはそのままに、カーライルは自然な動作で眼を閉じた。


「さて」

「何のことか?とでもいうつもりだろうが、とぼけるのは許さない。」


 カーライルが口を開くと間髪入れずにアレクシスが遮った。

 珍しくもお怒りの様だとカーライルは声色から感じ取る。


「アオ様の希望にお前は同意を示した。元よりその意思を尊重すると何度となく口にしていた。それにも関わらず、レガートに取り込まれるように差し向けたのはどういうことだ。」


 さて、どこまで話そうか。と、カーライルは少し考える。

 アレクシスは自分の生来の性質も、兄の事も、ディオールジュの性質も、それなりに理解している。適当にはぐらかす事は出来ない。アレクシスは雑に誤魔化す方が面倒なことになる相手だ。

 元々の気性は比較的真直ぐ。だが、頭の回転が速い事と、他者に見えないものを見る目で世界の裏側が見えすぎる事で、ねじれざるを得なかった。生まれた場所や立場も、真直ぐなままでは居させてくれなかった。

 それは少しかわいそうだなと、若い時分に思った等、口にしたら首でもねじ切られそうである。


「あのお方にお会いしてからずっとご様子を見てきましたが、人との衝突は極端に苦手で、策略を巡らせることにも向いていらっしゃらない方です。」

「それはどう見てもそうだが、それが何だ。」

「このまま中央へ赴けば、あの方が自分がしたいことを見つける前に、あっという間に四方八方から引っ張り合いが始まるのは目に見えており、あの方はそれにすぐ疲弊されるでしょう。あなたも、この数日で理解されているでしょう。あの方は、予想以上に『見られる』ことに向いていらっしゃらない。」

「…」


 アレクシスは押し黙る。カーライルの語る性質には同意であるためだ。

 この数日の精神的な不安定さは、2人にとって想定外の事でもあった。

 見た目に反して精神的な成熟がみられる彼女であれば、ある程度は耐えられるだろうと思っていた。しかし、その目論見は余りにも的外れで。旅が始まり、彼女はあっという間に心の均衡を崩した。


「ここまでのご様子で、私は認識を改めたのです。私の名前だけでは足りないと。」

「だからといって、あのドレスを着せるのか。この道中、私が隣にいる事を印象付けて来た意味も捨てるつもりか?」


 まさか、アレクシスがそこまで首を突っ込むつもりであったとは…と、考えていなかった相手の思惑に、カーライルはおかしくなってふふっと小さな笑いをこぼしてしまった。

 どうやら彼女が関わると、この人物も今までと違う心の動きを示すらしい。


「貴方が隣にいる事の意図は、私と貴方では少々異なるようですね。」


 この段になってカーライルはアレクシスを見た。


「玉が寄り添う意味など一つだと考えていたので、意外でしたよ。」


 アレクシスも、相手が違うことを考えていたとは思わなかったらしい。指先がほんの少し、そわりと動いた。


「貴方がその手をとるだけで、真実あの方が聖女であると誰の目にも明らかになる。それだけだったのですが。」


 本人の意識の中に、それ以上の意味を持って隣にいるつもりがあるのであれば、警戒心を持つ必要性がでてくるなと、カーライルは考える。

 何でもできるし何でも選べる。そういう生まれだが、それ故に選択肢がない。だから、カーライルはアレクシスを選んで呼び出したのだ。その当てが外れてしまったのであれば、修正の必要性がある。

 その考えに、今はそっと蓋をする。考えるべき時は今ではない。


「私の名前と、貴方が隣にある光景以上に、ディオールジュの姫である肩書はあの方を無用な勧誘から守ってくれる事でしょう。」

「それで、アオ様の生き方を縛ったと?誓いも反故にして?」

「誓いは守られます。ディオールジュの姫なのですから、あの方が望むままに、私は全力を傾けますよ。」


 二心ない言葉とわかる。しかし、不安しか感じさせない。

 もやりとした気持ちをアレクシスはぬぐえないまま、会話を終了させた。これ以上何を言ってもカーライルは同じことしか出さないだろう。


 不快を抱いているだろうアレクシスを横目に、カーライルは本心からやれやれという気持ちをほんの少し浮かべた。

 アレクシスは頭もよく、貴族の在り方もよくわかっているが、その目で見えすぎるからちょっと単純なところがある。おかげで、心まで見通すと言われているその赤を前にしてもカーライルには恐れる必要がない。

 誰もが嘘を見透かされる事に畏れ、敬い、遠巻きにする他術を持たない。

 だが、よくよく観察してみれば、彼に隠し事をするのは簡単だ。

 嘘をつかなければいい。

 それだけで、その先に踏み込むだけの話術を持たないアレクシスは攻略できる。


 アレクシスが言いたいことを自分は理解している。

 兄が聖女様をディオールジュへ迎えてもいいと思うように、家の一員にする様に、布石を置いてきたのは自分だ。そうさせないように立ち回る事はいくらでもできた。こちらから全てを語り、そっとしておいてもらう事も可能だった。

 あの兄は案外と自分に甘いところがある。

 だが、あえて何もせず、情報だけでは意味が分からないと感じさせることで、重い腰を上げさせた。

 興味を持たせるような動きもして見せた。自分の動きに不信感を持てば、兄自身が直接管理する方向に持っていく事はわかっていた。

 全ては、思った通りに動く。

 自分にはそれが『見えている』。


 きっと聖女様は気づかないのだろう。自分がディオールジュ家に取り込まれた事に。

 申し訳ない気持ちになる。いつも聖女様には申し訳なさが募り、思わずこぼれてしまう。感情の厄介さを生まれて初めて体感し、戸惑う事が増えた。

 けれど、これでどこに行こうとも何を目指そうとも、手助けする事ができる。どこまでも傍らに居ることができる。


『どこに属するか。自分が何になるのか。この先見聞きしたもので決めていきたい。それが、今の私の意思です。』


 澄んだ声が決意を込め形作ったあの日の言葉にどこまでも背いている。どこまでも背きながら、それを叶える最善でもあった。

 いつかどこかで罰が与えられるとしても、この繋がりだけは手放さないと決めている。

 そのためには、アレクシスの立場も力も利用するし、兄の事も駒にする。

 それができるから、貴族らしく考えられる自分が嫌いなのだ。貴族はどこまでも汚い。中央教会も結局は貴族の考えややり方に染まっている。

 あの方が、その毒に触れない様に、毒で守る矛盾にいっそ笑えると思ったところで、まるで『人の様だ』と驚きがこみ上げる。

 もっとこうした気持ちを積み上げたら、あの方の心を知る日が来るのだろうか。


 詮無い事に思考を費やし、気が付けば馬車は王都へとたどり着いたのだった。




【お知らせ】

こちらを更新する前に10話「え、この家庭教師二次元なのでは?」 と、11話「思い立ったが大事なものが見当たらぬ」 の間にカーライルさんとアレクシスさんの話を入れさせていただいております。

かなり遡ることとなりますが、よろしければこちらもあわせてお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話の青と赤の衝突、青の主と赤の来訪者と比べると、アオさんへの思い入れの違いとか、いろいろおもしろかったです。 アオさん視点だと常にアオさんに尽くしてるカーライルさんて本来こんな人だった…
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