最後の旅程 アオのドレス
レガートと会った日以降、残りの旅程は予定通り進行し、私の精神は元気よくガリガリと削られた。
なぜ、どの町も違わず沿道に詰め掛けるのか。町によっては花弁をまいたり花を投げ込んだりとまさにパレード!なものにしてしまうのか問いただしたい。
そして、その旅程で運動不足も相まって私のストレスはマックスだ。
中央教会に着いたら運動を所望する。
朝の運動!
乗馬!
それがダメならジョギングだ。
やさぐれた私の心の声など知るはずもない周りは、休憩の度に私に席を勧め、休憩を勧めてくる。
無理だ。
こんなの、本当に無理だ。
5日目の昼にして私はとうとう根を上げた。
あと2日の我慢だって?
そんな事言われてももう無理だ。このストレスを何とかしないと、また私は無様に精神がたがたにする自信がある。
「アレクシスさん、私、運動不足で気が狂いそうです。」
「はい?」
「日がな一日何もできず馬車でごろごろ。外に出てもご休憩くださいと言われ、もう本当に無理です。昼寝にも飽きました!私も運動がしたい!!」
涙目でアレクシスさんに詰め寄る私は周囲から大変おかしな子だと思われたかもしれないが、もう限界だったのだから仕方がない。
ストレスで一気に剥げ散らかしそうだもん。
「せめて、周囲を散歩させてください。」
そう懇願すると、アレクシスさんは困惑気味になりつつも、それでは…と、私に手を差し出した。
「馬に乗れる事を騎士達に周知するのはお勧めできませんので、隊の見回りついでに散歩でもいかがでしょうか?」
「喜んで。」
さすがアレクシスさんである。
即座に私の希望を叶えつつ、周囲への気配りもばっちりな提案をしてくれる。
私はその手をぎゅっと握って皆さんの働いている様子を一緒に見て回る。
運動不足で気が狂いそうだと言ったのをちゃんを考慮してくれたらしいアレクシスさんは、いつもよりも早い歩みでエスコートしてくれる。このくらいの方が散歩としてはちょうどいい。
歩き回りながら、馬の世話の仕方だとか、気を付けるべき事などまでレクチャーしてくれるのはさすがである。
これも淑女教育の一環なんだろうと、私は真剣にそれを聞きながら、頭の中に必死に入れる。聞いただけでは実践ではできないだろうけど、知らないよりはいいはずだ。人生何があるかわからないものね。例えば、突然ご当主様と顔合わせをする事になったりとかね。
ぐるりと見て回って初めて知ったが、馬車の手入れなども私が見ていない所で毎回毎回休憩の度にやってくれていたらしい。それに感心し、感謝する。
返せる物がない私は、せめても…と、私は作業中の皆さんへお礼を述べて回った。
一通り全体を見回り終わると、私はこの数日ストレスフルだったのが嘘のように、晴れ晴れとした気持ちになっていた。
そんな風に散歩を取り入れてから、私の機嫌はとても良い。
やはり運動不足はよくないね。夜の寝つきにも影響する。
町に着いた時の大歓迎ムードには何度でも精神を削られ、死にたくなるけど、もうさじを投げた。
あーはいはい。好きなだけ歓迎してくれ。私は仕事をしたらカーライルさんのお屋敷に帰るからな。チョーマッハで帰るからな。覚えておけよ。
ディオールジュ家に帰ってこいって言われてるから、誰に何を言われてもそんなの関係ねーからな。
そしたら、誰にも構われない日々をまた過ごすんだからな。
カーライルさんのお屋敷を出て6日目。王都に着く前日。
宿泊させていただいている領主様の屋敷で夕飯までの時間をゆっくりつぶしていると、コンコンコンとノックの音が響いてきた。
今、部屋の中には私一人。
相変わらず、お部屋への来客には緊張する。
「どなたでしょうか?」
まずは確認。
淑女らしく柔らかいよそ行きの声で問いかけておく。
すぐに部屋に人を招き入れるなとカーライルさんのお屋敷でさんざん叱られましたからね。私も成長しましたよ。
この国は、中の人に招かれないと入室はしないものなのだそうだ。どれほど待たされても、それがマナーなのだ。
だから、入って欲しくない時は返事をしてはいけないし、返事をするならちゃんと身支度を確認する事。と、こんこんと言い含められた。
この年になってあんな風に言い含められればちゃんと支度せずに招き入れて悪かったと思うようになりますからご安心くださいね。家庭教師様。
「聖女様突然申し訳ありません。カーライルです。」
私はおや?と首を傾げた。
道中常に忙しいカーライルさんが部屋へ来るとは何かあったのだろうか。
慌てて招こうとしてはっとする。いやいや、身支度確認だぞ。自分。
数秒前に考えてた事などすぐにポイしそうになるにわか淑女はこれだから…。
鏡の前に立ち、髪や服をささっと直す。今日も女神様が作った聖女の顔は可愛く綺麗だ。
髪にさしてる神様からもらった菫も角度はばっちり。
何日経っても萎れない菫に、これも神様からの賜りものなんだという実感を持ち始めてじわじわ怖くなってるけど、それは私だけのないしょの話だ。
これをもらった時、自分しかいなかったからたぶん誰も知らないはずだ。
これ以上、カーライルさんに高い装飾品を作られてなるものか。服の上からペンダントをちょっと触る。
神様、神様、別に女神様からの贈り物と比べてぞんざいに扱ってるわけじゃないですよ。
と、聞こえるかもわからない言葉を胸に浮かべてから、私はよし。と頷く。
「どうしたんですか?カーライルさん」
ガチャリと扉を開けると、何やら大きめだけど厚みはそれほどない箱を持ったカーライルさんが立っていた。
その箱に首を傾げつつも部屋へ招き入れると、カーライルさんの後ろから数人の従者の方々がいくつかの荷物をもって続く。
驚きにすぐにでも疑問を投げたくなるのをぐっと我慢して、従者の皆さんがそれらを置いて立ち去るのを待つ。
基本、私の周りには殆ど人を付けずにいてもらっている。
どうやら普通の貴族のお嬢さんたちは四六時中人を侍らせてるのが普通らしいと、いくつか滞在した屋敷で知ったが、私にはそれを適用してもらわなくていい。
毎回毎回侍女さんたちを追い出している。
そんな私に合わせて、カーライルさんも基本私の所ではこうして従者の皆さんを外に出してくれる。
合わせてもらってたんだなぁという事をよくよく学んだ一週間である。
さて、それにしてもこのたくさんの荷物と、カーライルさんの手にある箱は何だろう?
「カーライルさん、その箱は何ですか?」
私が小首をかしげると、カーライルさんはちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「ディオールジュ家当主より、聖女様への贈り物でございます。」
と、いつもより少しかしこまった言葉で紡がれる。
これは、少しばかり形式ばったものなんだろうか。と、私は背筋を伸ばす。
「贈り物?」
「はい。どうぞ、ご覧ください。」
レガートの手にあまり似ていない造形のカーライルさんの手が箱の蓋を開ける。
中の物は…布?と、首を傾げると、更にそこにかかっている布をカーライルさんは広げた。
どうやら中身は布に包まれていただけの様だ。
「…ドレス?」
「はい。聖女様のための、ディオールジュの姫の装いです。」
中に納まっているのは、畳まれて上半身の身頃が見える様に収められているドレスだった。
その色彩は、見間違う事のない色。
明けなる青蘭と星銀灰色。
「どうぞ、手に取ってみてください。」
とても、嬉しそうだ。
でも待って欲しい。
なぜ、私にディオールジュ本家からドレスが届くのだろう。
私の生活費は本家が出すと言っていたのはいい。
そこからなぜ、これが届いたのか。
というか、いつから作らせていたのか。
私のサイズはどこで調べたのか。
カーライルさんの散財をやめさせたい話をしたはずなのに、なぜ新しいドレスがこうして届いているんだ。
訳が分からず、私は固まるしかない。
ディオールジュ家の一員として…というレガートの台詞がふと頭をよぎるが、いやいや、私は血縁でも何でもないし、なんか役職的な意味合いで渡されているのではなかろうか。しかし、それならドレスじゃないよね。渡すべきはドレスじゃなくてなんかもっと制服的なもののはずだよね。
内心てんぱる私は、ドレスに手を伸ばすことができない。
「これは、ディオールジュ本家の庇護下にいるのだと、ディオールジュ家の姫であると公式の場で示す装いとなります。なので、ぜひ聖女様にはこちらを受け取っていただきたく思います。」
カーライルさんの言葉に、私は強張っていた体から少し力を抜いた。
「本家の庇護下にいる事を広めるもの?」
「そうです。」
ディオールジュ本家の庇護下にいる。それは、後見人がそうなのだから当然だ。
この旅路の最初の段で決まっていた内容だ。
自分の理解の範疇に話が戻ってきて私はほっと息を吐く。
「後見人として私が付いている事は、こうして貴族としての正装をすることで道中示して参りましたが、王都ではもっとはっきりとわかる様、こちらを身に着けていただく方が安全です。」
私はその言葉の意味を何度か頭に廻らせ咀嚼する。
カーライルさんが今まで見たことのない装いでこの数日過ごしていたのはそういう意味があったのかと驚きもし、王都でいらぬちょっかいがある可能性を示唆されている事に私はちょっと怖くなる。
「馬車の中でこちらの装いはお辛いと思いますので、王都の手前でお着替えができる様手配しております。」
「あ、ありがとうございます。」
用意周到な手際に、もうお礼以外の言葉が出てこない。
このドレス、高いのかなぁなんて考えながらも、恐る恐る手に取ってみる。
上質な生地なのだろう、しっとりとした手触りは心地よく、私はちょっと嬉しくなってしまう。なんて現金なのかと自分でも思う。
取り出したドレスは落ち着きのあるデザインでほっとする。
そして、するりと重力に従って落ちたスカートの形に私は瞬きを繰り返した。
今までふんわり広がるスカートばかり見てきたのだが、送られてきたドレスは、私の知っている名称で言うならマーメイドドレス。
「わぁ…」
色もデザインもとても落ち着きのあるそれに、私は嬉しくなる。
以前の自分なら絶対着れなかったであろうマーメイドドレス。
今のこの女神様製の体であればとても素敵なしっとりとした雰囲気を出せるに違いない。
惜しむらくは、小さくてかわいいを強調したために胸のサイズも慎ましやかで、蠱惑的な雰囲気が出せない事だな。
「喜んでいただけましたか?」
「はい。素敵ですね。」
そう返すと、カーライルさんはほっとした様だった。
そうか、口調が固かったのはちょっと緊張されていたのか。
「でも、よくこんな短期間でドレスなんて。」
「兄の事ですから、ある程度適性があればもともと渡す心づもりでいたのでしょう。あの人は、事前準備を入念にする所があるので。」
「カーライルさん達はそういう所が似ているんですね。」
私にはできないなぁと感心しながら感想を零すと、珍しくもカーライルさんが眉を寄せた。
あれ?嫌だったのだろうか?
アレクシスさんにもそんな評価されてなかったっけ?
「あまり…似てるとは思いたくありませんが…そう、思われますか?」
「事前に色々準備して事に当たるのは、悪い事じゃないと思うんですが、嫌だったらすみません。話した感じは全然似てませんよ。」
「そう、ですか。ありがとうございます。」
ほんわりとした空気になったところで、さて。と、カーライルさんが恐ろしい言葉を続けた。
「では、一度ご試着をお願いいたします。こちらの荷物にコルセット一式と、お持ちしている靴がございますのでドレスに合うものを早急に選びましょう。」
その晩、侍女さんたちに私はぎゅうぎゅうとコルセットを絞められ、何足あるんだろうという靴を試着する事となった。
っていうか、カーライルさんの散財、ストップをかけたはいいが既に額が多すぎないだろうか。
こんなに靴、お屋敷のクローゼットにあったっけ?
ドレスは、こんなにコルセット閉めなくて全然よかったよね?って感じで余裕があった。
王都に入るときには絶対もっと緩めてもらうと心に決めて、その日私は布団に入ったのだった。




