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困惑の銀灰の主従(レガート視点)



 カーライル・ディオールジュに見いだされた聖女。

 彼女は今、この国で一番注目された存在である。

 その存在が過ごしていた屋敷から出て、王都を目指し3日目の午前、ディオールジュ家当主より手紙が本家の従者より届けられた。

 もともと昼にたどり着く予定の休憩地点への呼び出しがそこには書かれており、彼らの道程をよく知った上でのものだという事が、隊をまとめるカーライルにはわかった。


 それから慌ただしく動き出した聖女一行が当主の待つ場所へたどり着いたのは昼食時にしては早い時間だった。


 平野の中に張られてた天幕と、3台の馬車、数頭の馬と十数名の供を置き、レガート・ディオールジュは待っていた。

 身にまとうのは明けなる青蘭と、星銀灰色の礼服。

 そこまで改まった装いで待っているとは思わず、カーライルは一瞬なぜ?と考えたが、周囲の目に対する対処を抜け目なく行う兄であることを思い出し、すぐに疑問を消した。

 あの兄が、噂だけで聖女に膝をつくとは思えない。

 であれば、これはただ外聞に対する配慮であるとしか言えないだろう。

 この土地に生きるものは、天に対し少々異端だ。

 誰もが膝をつき、天なる者へ存在を願うような状況でも、膝を着くことのない民である。


 聖女の馬車は騎士の乗る馬に守られて当主の前へとたどり着く。こちらの馬車は4台。内1台は聖女専用の少人数用馬車なので、実質荷物や人を運んでいるのは3台である。

 そこへたどり着くと、騎士は馬を引く者と警備に並ぶ者に分かれ、あっという間に整列する。

 その横につけられる馬車は、ディオールジュ家と大教会の紋が入っており、カーライル・ディオールジュの持ち物であることが一目でわかる。

 馬車の扉が開けば、薄灰の髪と真っ青な瞳の男性が降りてきた。当主側の従者達はなじみの深いその顔に、静かに安堵しつつ次に降りてくる存在に緊張を走らせた。

 黒い髪紅玉の瞳。

 事前に聞いていた情報ではあれど、間近に見るその色彩に緊張するなというのは無理な事だった。

 しかし、その緊張もすぐに吹き飛ぶこととなる。

 黒い髪が翻り、すらりとした手が馬車の中に残る人へと差し出されたのだ。

 その手の上に置かれたのは少女らしい愛らしい手。ゆっくりと踏み出される足は小さく、日の元へと表れたのは驚くほど美しい顔だった。


 現れたのは、まだ成人前の少女である。


 さらりとまっすぐな髪は銀の光をはじく水色。長いまつげが影を落とす瞳は、光の加減で色合いを揺らめかせる紫。すべらかな頬は白く、ほのかに色の乗る唇が自然と視線を引き寄せる。

 大教会に現れたと聞く聖女だと考えるよりも先に、天なる存在が現れたのではないかという考えが浮かぶ様な輝きが少女にはあった。

 しずしずと歩みを進め、カーライルの斜め後ろで歩を止める。

 誰もが彼女を見ずにはいられない中、カーライルが定型文の様な挨拶をレガートにする。

 『兄上』と口にするも、久しぶりに会った兄に対し親愛とかそういうものを感じさせない弟だ。しかし、温度の無さは昔からの事なので誰も気にはしなかった。

 それよりも油断すると意識が向きそうになる存在がそのすぐ後ろにいるのだ。気がそぞろにならない様に引き締めるので精いっぱいだった。

 周囲のそうした雰囲気に、カーライルの空気は静かに静かに温度を下げる。客人へ不躾な視線を向ける者はいないが、気がそぞろになっている者がいるのはすぐにわかる。教育がなっていないのでは?と兄を見る。

 だが、凍てつく視線を向けられたレガートはどこ吹く風で呼び出しの要件を口にした。それが更にカーライルを逆なでする可能性があることを重々理解しながらの言動である。


 聖女の確認。


 少女が本当に聖女なのか。

 どのような人間なのか。

 カーライルの正気を疑うような対応も含めて、どのように感じているのかをどのように口にするのかを試すつもりである。


 という意図は正確にカーライルに届いたようで、彼は更に凍てつくような空気を放つ。

 静かに凍てつくような空気を持つカーライルの根本は苛烈だ。そうそう心を揺らすような対象がないだけで。

 だから、ほとんどの者は勘違いをしている事が多い。

 重く厳しい当主であるレガートの方が感情の操作が上手く、粛々と物事を進めるに長けている。

 もともと大切なものが多い上、当主となるため、鍛えられる機会が多かったのだろう。


 簡単に凍てついた火を灯す弟に、レガートは変な弱点を作りおって…と内心呆れを零す。


「確認、ですか。そのような物言いはあまり関心いたしませんが…兄上の性分は私も重々承知しております。実際に言葉を交わせば、貴方の考えているような方ではない事はわかりましょう。」


 重ねられる言葉からも、少女への傾きがよくわかる。ほんの少し言葉を交わしたところで、上がってきている数字の不信感を覆せるものでもあるまい。と考えるレガートとは真逆を行く発言で、鼻で笑わぬように留めるのに少々苦心する。


「希望的観測だな。」


 苦心した結果、レガートは片眉が思わず跳ね上がるのを感じた。

 カーライルとの会話はしまいだと、光をはじく紫の瞳に視線を向けると、とたん、聞いたことのないようなふわりと柔らかな声が少女を指し示し、目に光が灯る姿が視界の端に見えてしまった。


 その声は、よく知っているはずであるのに。その瞳は、よく知っているはずであるのに。


 あまりの事に周囲の雰囲気は一気に塗り変わる。

 いまだかつて、カーライル・ディオールジュという男がそんな暖かな温度を持ったことがあっただろうか。それほどまでに何かが変わるようなことが起きるものだろうか。動揺を隠し、心を落ち着けようと再度意識を少女に向けた頃には、何故か彼女の方から名を名乗っていた。

 アオ

 馴染みのない響きを口にする少女は、自分は聖女であると敬うことを求めるでもなく、ただ


「この名を長くその胸に刻んでいただければ幸いにございます。」


 と、静かに口にしたのだった。

 立て続けに起きる衝撃。


 動揺は確かにあった。

 だが、だからといって紡がれた言葉に、膝をつき頭を垂れたいと思うことになるとは、正直思わなかった。


 レガートは彼女の言葉を意識しないようにと無理矢理に自身の感情の舵を取ると、「名の響きではないな」と、意識に上がったもう1つの言葉を口の端に乗せた。

 それがまた間違いであったと思ったのは、彼女との対面を終えた後であった。

 もっと何か言うべき言葉があったのではなかっただろうか。と…


 そう考えるに至ったのも、少女への評価が自分でもどこへ振り分けたらいいかわからなくなってしまったからである。

 好意に近い場所。

 けれど、蜃気楼のように場所がわからない感覚。


 顔を合わせてから、会話を経て、別れるまで、結局ずっと揺さぶられるばかりで何もわかりはしなかった。

 それが、レガート・ディオールジュの聖女アオへの感想だった。

 いや、揺さぶられるばかりではなかったか。と、自分の名を呼ぶ声が蘇り、位置づけを自分の中で修正した。それが、好意に近い場所に位置付けてしまっている正体であった。




「…ヴィル、先程の者をお前にはどう見えた?」


 深々と疲労の滲むため息の後、レガートは大きな手で前髪を荒くかきあげた。

 どっしりと腰を落ち着けているのは、ディオールジュ家当主の専用馬車である。内張りの布は暗めの青で纏められ、落ち着ける内装となっている。

 馬車の中にはレガートと反対の座席にもう一人、黒の強いまだら気味の灰色の髪とくすんだ黄土色の瞳の男性が静かに座っている。

 身につけた衣装はディオールジュの家のもの。


「なかなかに、言葉に困るお方であるかと。」

「具体的に」

「いえ…それが難しいので、そうおっしゃられましても。」

「…」


 互いに互いの目を見ると苦い笑みを浮かべた。お互いが何を思ってるかなど考えるまでもないからだ。


「ずいぶんと難儀な存在でしたね。」

「天に通ずるもの、その者放ちし天の気に人は皆自然と膝をつく程である…だったか。伝承の一説をこの目にするとはな。今でも信じられん。」

「それにしては、途中ずいぶんとおかしなことをしておりましたね。」

「あの者は…会話の行き場がおかしすぎるな。」


 従者は同意の首肯を返す。

 どうにも会話の飛び方がおかしかった。

 それは、かの聖女様のせいだけではなく、その存在を前にしてうまく会話を操れなかった主人の状態も指示しているのだが…。


「名を交わせてよろしゅうございました。」

「そう…だな。発音がおかしかったが。」

「…なぜ、そこでその性分が発揮されるのかと疑問に思うべきか。さすがディオールジュを率いる方だと言うべきか、とても判断に困りました。」


 ヴィルからすれば、あれほどの存在に、あれほどの光景を見せつけられて、その後で発音の指導ができる意味がちょっと分からなかった。


「多少であれば気にもしなかったが、さすがにあれは明らかにおかしいと指摘がない事も気にかかるところだな。」

「左様でございますか。」


 未だに気になっているらしい事に、嘆息しない様少し目を閉じ、従者は気を落ち着けた。


「私が気にしているのは、表面的な発音の問題ではないぞ。」

「そう…なのですか?」

「あの者がどこから来たのかはわからぬが、もし、加護の強さ故であれば、早急に手を打つ必要がある。」


 従者は、主人が何を危惧しているのかわからず首を傾げた。


「この神無き地で生まれ育った私でも、天地に跨る内容はおいそれと口にできない。」


 従者の無言の問いを彼は重々わかっていた。

 だから、苦笑し肩をすくめるのだった。

 レガートから出たヒントに、従者ははっとした顔で少しだけ顔色を変えた。

 自分の立場では聞いてはいけない事柄であり、そして、天に関わる事は聞いてはいけないと刻まれた本能に関わる事であった。


「ディオールジュ本家が、少しでも楔としての役割を果たせばいいが…」


 少しばかり遠い顔をし、レガートは聖女の顔を思い出す。


 そして、何を思い出したのかレガートは口元にかるく握った手を当て、くすくすと忍び笑いをこぼしはじめた。

 重くなりかけた空気が軽くなる。

 主人の思考が懸念からそれた事を察し、従者はそっとこの後の事を口に出す。


「ご用意されていたものをお届けいたしますか?」

「そうだな。カーライルの元でも、本家でも構わないが、こちらに戻るには必要だ。あれほどの存在を、中央教会が離すとも思えん。」

「承知いたしました。王都につく前にお届けいたします。」





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