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私と家長と光のワルツ


 美しい椅子。

 座るとテーブルの美しさにもため息が出そうになる。

 ご当主様が大股でテーブルの反対側にたどり着き、席に着くと同時にどこで私たちのやり取りを見ていたのかわからないが、お茶が運ばれてきた。他の人の気配なんて全然気が付かなかったからびっくりした。ずっと待機されてたのかな。

 待機されて、全部見られてたのか。恥ずかしい!

 私はちゃんと確認しなかったけど、天幕の外にエレイフも控えてる。

 さっきのヲタク早口を聞かれたかもしれない。絶望した!!


 私の羞恥心等おきざりに、美しく深い木目の上に置かれていくのは白いティーカップとそろいのソーサー。余分なものを全て排除しつつ、優美な形で圧倒するただただ真っ白な器だ。

 小さな焼き菓子がソーサーに添えられているのがとてもつつましやかで素敵だ。

 しずしずと、そして、手早く私たちの目の前に一式セットし終わると、他の人たちはささっと衝立の向こう側へと消えていった。

 さすがディオールジュ家の皆様。

 無駄な動きは一切なく、無駄な視線も一切私に寄せられなかった。とても素晴らしい。

 私の心に余裕があって、目の前の相手が気心が知れた仲であれば、皆さんの動きに拍手と賛辞を送っていただろう。

 神様にぜひ見て欲しいなぁと思う見事さだ。


「当家自慢の今年の茶葉をご用意させていただきました。どうぞご賞味ください。」

「頂戴します。」


 せっかく用意してもらったものだ。私は遠慮なくそっとカップへ口を付けた。

 そして、一口飲んで、ほぅ…と感嘆の息を吐いた。


 なんという満足度。

 ひゅんっと落ちた気持ちがぱっと上がる。


 重みのある…と表現していいのかはわからないけど、そうとしか言えないお味。飲む前の香りは抑え目で、飲んだ時もしっかりと香りを感じるが、大きく広がるわけではなく、この重みにはその抑え目の香りがぴったりと合う。

 柄の無いカップとソーサーも無駄な情報を与えずこの味を楽しむための物の様でとてもいい。

 あまりに素晴らしくて私はもう一口…と、いけない。感動しすぎてまたやるとこだった。いや、すでにやってるな。視界の端に光が見える。

 キラキラふわふわと光の粒が明滅している。

 私にそっと柔らかな光が差すのを止めることはもうできない。


 なんかもういいや。さすがに疲れた。

 数日間旅の間我慢してたんだから、私ってば頑張ったよ。

 あぁ、お茶がうまい。

 どうやら途中で祈りに気が付いて自制したおかげで光がふわふわと降りてくるだけに留まり、光の貴公子は降りてこない。

 数日ぶりにお会いするのも悪くはなかったかもしれないが、私が困るのでこれでよかったのだろう。

 それにしても本当に茶がうまい。


 神様。神様。

 このお茶めっちゃおいしいです。

 いつかこの計算しつくされたおいしさを一緒に味わえたらいいですね。


 と、伝わるかわからないけど心の中で語りかけて、私は何事もなかったような顔でカップを置いた。


 どうにでもなぁれを全力でぶん投げた結果、私は精神安定を手に入れた。

 既に聖女認定が出てしまったのだから、この際目の前でちょっと祈りが届こうがいいだろう。神様も降りてきてないし、私にしてはとても慎ましやかじゃないか。


「とてもおいしゅうございます。」


 ご当主様は無言。


「香りをあまり感じませんでしたが、口に含んだ際の味を邪魔しないためと思うと、こちらを追及された方のセンスの良さが光りますね。」


 まだも無言。


「カップとソーサーが真っ白なのでより情報がそぎ落とされて味に集中できるような気がします。」


 そろそろ会話して欲しい。

 困った。

 自分自身にさじは投げたが、人間関係にはさじは投げてないつもりだ。


「ご当主様、お茶が冷めてしまいますが?」


 そもそもご当主様、お茶にも口を付けていない。もったいない。


「あ…あぁ、そうだな。」


 やっと動き出したご当主様が一口お茶を口に含むのを眺め、カップが置かれるのを待つ。


 そして、深い嘆息。


 うんうん。お茶めっちゃおいしいよね。

 そう思っていたのだが、どうやら勘違いオブ勘違いだったらしい。


「天なるお方の光とは…かくも尊きものであるのか。」


 また、深く深く息を吸い、吐き出される。

 元々深い青の瞳は更に深みを増し、遠い目をする。

 うんうん。神様って尊いよね。わかる。

 でも、その遠くを見つめる強い瞳で、そのまま私を見ないで欲しい。


「この土地はおいしいものが多いので素晴らしいですよね。」

「今そんな話はしていない。」


 バッサリ切られた。

 驚くほどバッサリと、切られた。

 なぜだ。


「天なる方への祈りを捧げたばかりの人間の発言とは思えないな。」


 ぐりぐりとこめかみを抑えるご当主様。

 頭痛ですかね。肩こりとか、眼精疲労からも頭痛ってきますよ。とか言ったらまたバッサリと切られそうだ。


「そういわれましても…お茶がとにかくおいしいなと思ったら、こう、光がふわーっと来るので。」

「…理解に苦しむ。」


 私もだよ。ご当主様

 という気持ちを込めて、同意の首肯を返したが、そんな私の気持ちなど1ミクロンも伝わっていないらしい。


 ご当主様に


「なぜ貴女が同意をする。」


 と、またこめかみを抑えられてしまった。

 解せぬ。


「この世界は私には不思議ですから。」


 溜息をつかれた。

 けど、変に神格化されないこの対応に私はとても居心地がよく感じられて、淑女教育とは関係なく心からにっこりと私は笑った。


「…聖女様」

「アオ…と、先ほどの通りでお願いします。」

「では、アオ様」

「アオです。」


 さっきてんぱりすぎてスルーしたけど、一回呼び捨てにしてたよね。と、笑顔を向ける。ぜひそのまま呼び捨てでお願いしたい。

 私を神聖視しすぎずに会話してくれる可能性のある人を逃がしはしないぞと、当初の心持とは打って変わって私はうきうきとし始める。

 やっちまった感はぬぐえないけど、何事もやっちまった後が大事だよね。


 はぁー…


 重たい溜息がながーく続く。

 そしてご当主様は大きな手で目を含めた額全体を覆ったあと、その手でぐっと髪をかき上げた。

 ここまでの様子とは違うちょっと荒っぽい動きに、かっこよすぎる…と、こっちがこめかみを抑えたくなる。辛い。この世界に二次元ばりの人間以外はいないのか。神様と女神様が素晴らしく美しいのは当然として。


「失礼いたしました。」


 こほん、とひとつ咳払いをし、姿勢を正されるご当主様。

 わかります。神様の尊さは気持ちを整えないとやばいですよね。


「さて…改めて名乗るというのもおかしな話だとは思いますが、名乗らせて頂きたい。」


 と、まじめに話されるご当主様に私はきょとんとしつつも頷いた。


 そういえば、ご当主様名乗らなかったな。と、言われて気づく。

 相手に名前を呼ばれたくない場合名乗らないのがこの国のやり方…という習慣はさておき、私自身が名前に頓着が無いというのが大きい。緊張もしてたし。

 そもそも名前を覚えるのが苦手なので、通称で済ませられる方がありがたいんだよね。ここ数日でなのってもらった名前をいくつ覚えているか…自信がない。

 即答できるのはユージンくんくらいじゃないか?

 ご当主様と呼び続けることに忌避感もないから、名前でなくとも良いのだが。と、思ったのは秘密だ。

 カーライルさんという後見人の家のご当主様だし。私にとってもある意味自分の属する場所のご当主様に名前覚えられないからいいですとか言えない。

 それより、名前を忘れないようにするにはどうしたらいいだろう。


「私の名はレガート。ディオールジュの当主でございます。」

「ご丁寧にありがとう存じます。レガート様」


 聖女様判定から改められてしまった口調が居心地の悪さを与える。


 そちらがそうなら、私だって丁寧さには丁寧さを返すからな。そちらが恭しくこちらに当たるなら、その上を行ってやるぞ。

 私はとてもとても丁寧に、声も、言葉も、所作も作りに作って返す。


 ご当主様改め、レガート様への当てつけの様な気持ちを込めてみたけど、やってからそんな当てつけ通じないのではと気付いてがっかりする。

 意地を張っても気づかれないなら意味がないじゃない。

 心の中でちぇーと思ってレガート様を見たら、意外なことに、むむ…という顔をしている。

 あれ、丁寧作戦成功です?


「もう一度、名前を口にしてみてもらえますか?」

「?」


 なぜ?


「レガート…様?」


 よくわからないままにもう一度相手の名前を口にした。


「…もう一度」

「レガート様」


 なんだろう。

 名前を呼ばれて感激しているとかでもなさそうだし、そうだったら心底気持ち悪い。

 厳格なご当主様がそんなんだったらがっかりを通り越して絶望しかあるまい。

 怪訝な顔をやめられない私の眼前にあるのは、ピンと背中を伸ばした姿勢の美しい男性が何か考え込むように顎に手を当てている姿だ。


「カーライルの名を口にしていた時も思ったが、発音が違うな。」


 突然の言葉に私は頭を疑問符でいっぱいにした。



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― 新着の感想 ―
[一言] ご当主様とアオ様の温度差が最高に面白いです! お茶でこんなに笑えるとは思わなかった。
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