聖女かヲタかどちらがましな状況だろう
私は汗をだらだらと流しながら、やっちまったと頭を抱えたくなっている。
そんな私をじっと見降ろしている双眸が、何を思っているのかわからないけど、きっと呆れている。なんだこいつって思われてる。変な女だと思われてるに決まってる!
穴があったら入りたい。
「…アオ」
「は、はいっ!」
声がひっくり返る。
ピッと背筋を伸ばしてご当主様を見上げる。
「この椅子は領地でも特別細かい彫りを得意とする職人が一本の木材より彫り上げている。」
「えっ椅子の足から背もたれまでこんなに細かく瑞々しく美しいのにですか!?」
これだけ美しく立体的な飾りを入れながら椅子として機能しているなんて、奇跡なのではないだろうか。
私は思わず前のめりになり、椅子の細部や通常接合部のある個所をまじまじと見つめた。
「すごい…全然継ぎ目みたいなものが見えないと思ったら、そもそもパーツ分けしてないなんて…」
私にこんなすごい椅子を勧めないで欲しい。
「あの、申し訳ないのですが、もっと簡易的な椅子は無いのでしょうか。」
まじまじと見ていた椅子から視線を引きはがしご当主様を見上げると、ジト目がこちらを見据えている。
その目と視線がかち合って、私はぴぇ…と口の中で鳴き声を漏らした。椅子のチェンジを口にする失礼を許す者がいるわけがなかった。
わざわざ素晴らしい職人の素晴らしい逸品だと伝えてきた理由なんて、できばえを褒めさせるために決まってた。あぁぁぁっ恥の上塗りだよぉ!
内心涙目で、私はゆっくりと笑みを浮かべて誤魔化すことにした。
全て笑ってごまかすのも淑女教育の一環ですから。えぇ。そう習いましたからね。はい。
何もかもが今更だけど。
「座るよりもじっくりと鑑賞したい素晴らしい椅子と机ですね。」
これまた今更のまともな誉め言葉を口にする私だった。まともな淑女への道のりは遠いなぁ。
「貴女は家具に興味が?」
「詳しい事は何も知りませんが、精緻な造りのこちらは見ていてとても楽しいです。」
「では、細工物がお好きで?」
重ねて聞かれて首をかしげる。
なぜそんなことを聞かれているのだろうかと。
「綺麗なものは好きですね。あまりにも美しい物は見ていて圧倒されます。」
「では、近いうちに銀細工でも作らせましょうか?」
わけがわからないよ。
瞬時に真顔になるのを止められない。
カーライルさんに似ているという、アレクシスさんからの全く参考にならない情報が頭によみがえった。
まさか金の使い方が一緒なのか?え、でも、無駄が嫌いって言ってたよね。
私に対する散財も無駄の一つだよね?無駄だよね?
そういうの良くないよ!
「無駄遣いは良くないと思います。」
つるりと脳内の言葉が出てしまう。
言ってしまってからはっとする。
心の声が駄々洩れてしまった…と。
もーほんと、この世界に来てからつるっとさらっと心の声が出すぎだよ私。
女神様にも全部筒抜けだったし、なんかそういう呪いでもかかっているんじゃないでしょうか。女神様、この体大丈夫ですか!?
と、自分のやらかしは棚上げして体のせいにしてみたりするも、どう考えても私がいけないんですよね。悲しい。
「無駄遣い…か。それにしては、ずいぶんな細工物を作らせたと聞いているが?」
ずっしりと重たいお声に、人の声に重みってあるんだなとそんなことを実感した。
「さ、細工…」
そして必死に言われてる事柄について記憶を掘る。何のことだ。細工?
数秒頑張って記憶を掘り起こしてやっと自分の胸に下げているペンダントトップを思い出した。
「あぁ、細工。」
そういえば、彫金師さん渾身の作だった。
それはそれは美しい女神様のペンダント。
私は自然浮かぶ笑みを隠し切れずにいそいそと首の後ろの鎖からそれを手繰り寄せてペンダントを引っ張り上げる。
とても美しいペンダント。
女神さまの石にふさわしいそれは、見事の一言につきる。
女神様の美しさを思い浮かべるだけで気分が高揚する。高揚したままの気分で、女神様に相応しいペンダントトップの素晴らしさに意識が移り、ぜひこの素晴らしさをお伝えせねばと謎の使命感が元気よく口の動きをフルに稼働させ始める。
「先日、女神様…じゃなかった。至高の御方より賜りました石のための台座としてカーライルさんが職人の方を呼んでくださってこちらをあつらえてくださったのです。私ではせいぜい柔らかな布で包んで保管する事しかできなかったというのにこの様に身に着けられる形にしてくださってその上天上の御方にまさにふさわしい美しさと気品あるものに仕上げてくださいました。本当に女神様を称えるに相応しくとても素晴らしいです。この腕前はさすがこの土地一番の彫金師様です。今度至高の御方にお会いできた際にはこちらの出来栄えをご報告しようと考えていたところで…」
口早に興奮しながらそこまで一息に話し、はたと我に返る。
推し語りに熱中するキモヲタ早口とか、一般人ドン引きだよ。ドン引き案件待ったなしだよ。
女神様の素晴らしさと、それに見劣りしない腕前の細工の凄さに大興奮していた頭は一気に冷えて今や私の顔は真っ青だろう。
もうやだもうやだもうやだ。
何度目の失敗なんだ。
もう無理じゃない?無理だよ。
まだ席にもついていないよ。
どうするんだよ。
どうにもできないよ。
手の上のペンダントトップがずっしりと重く感じられる。
いまだ誰も座らない椅子二つがさみしそうにそこにある。
「至上の御方が降り立ったとは聞いていたが、聖跡を賜ったというのは本当なのですか?」
「は、はい。よろしければこちらを」
汗だらだらの状態で私はあわてて首の後ろの金具外し、ペンダントトップを大切に両手に持ち掲げ上げた。
身長差のある私たちである。私が両手で掲げ上げても目の前には届かない。
ご領主さまは少しだけ屈んでまじまじと私の手の中にあるペンダントを見つめ、私の目を見、またペンダントを見た。
「なるほど。」
また背筋をピンと伸ばすと一つ頷き、私をみる双眸が一瞬きらりと光ったような気がした。
「貴女様は間違いなく聖女様なのだと理解致しました。」
私はびっくりして息が詰まった。
聖女に様付け。さっきまでの口調が少し丁寧めに改められた事に恐怖を感じる。
私はそんな御大層なものじゃないと言いたい。
「どうぞそちらは大切におしまいください。滅多な者の前には晒されませぬよう、お願い申し上げます。」
礼をとるのをやめて欲しい。
ここまで恭しく話されてしまうのは、どうしても受け入れられない。怖い。大層な何かなど私にはない。聖女と言われても結局全くピンと来てないのだ。
少し前、一人で逃げ出したくなった夜を思い出す。
「あ、あの、私は何も、何も持っていないただの凡庸な一般人なのです。ご当主様にそのように丁寧にお話しいただくようなものは何も持ちえません。今もカーライル様に生活を賄って頂いているだけの子供です。社会貢献も何もした事のない者は、その価値もゼロです。まだ何も積み上げられていない者にそのようにお話しされるのはどうかおやめください。」
ぎゅっとペンダントを握りしめ、私は必死にその顔を見上げた。
ご当主様の目は深く青く、灰色の髪は黒に近い灰から白っぽい色へとグラデーションを描いている。カーライルさんとは同じ系統で、けれど、全然違う色。
どうか、ご当主様にはカーライルさんとは違う判断を下してほしい。
私は仕事一つしていない養われているだけの居候なのだ。
「…まずは落ち着いて話すべきだと思わないかね?聖女殿」
私の気持ちが伝わったのかどうか全くわからないが、なぜかご当主様は数秒思案した後にそうご提案された。
名前を呼ばれなかったことにへこんで俯く。その視界へエスコートするようにすっと手が差し出され、私はとっさに手を重ねた。
たった数ヶ月だけだというのに、淑女教育は私の反射神経に刷り込まれてしまっているらしい。
「相互理解をするには言葉が必要だ。正しく言葉をやり取りするには、落ち着ける環境が良いと思うのだが、君はどう思うね?」
「それについては…同意いたします。」
「それは何より。では、改めてこちらへ。」
その手が椅子の横へ再度導き、既に座りやすい位置へ引かれている椅子に誘導していく。
私は一度は断ったその椅子に、今度こそ恐る恐る座る羽目になった。
ヲタにドン引きされた様子はないけれど、聖女扱いはもっとしんどい。
どうかもう許してもらえないだろうか。




