あれ?これ乙女ゲーです??
お願いします。と、深い藍交じりの青がまっすぐ私を見据えるのを見上げ、言葉を待った結果、良いだろう。と、声がかけられ私は自然笑顔になる。
「感謝いたします。ご当主様。」
「では、アオ殿こちらへ。」
喜び沸いたのもつかの間、ご当主様にそう手を差し出されて、私はとっさに反応ができず固まった。
ご当主様にエスコートされるの?私?
アレクシスさんにエスコートされるのはやっと慣れてきたところであるが、初対面で、後見人のさらに上の人にエスコートされるなんて…え、あの手を私はとらないといけないんですか?マジですか?
待って待って。マジで待ってよ。
だって、ご当主様ですよ!?
歴代受け継いできた大領地を持っていて、たくさんの貴族を傘下に置いて、神の現れない土地を率いてきた実績を持っている総領様ですよ!?その上、大教会を管理するカーライルさんのお兄様で、高身長、顔良し、がたい良し、声も良しの男性ですよ!?
ここまで並べると、まじ、設定が盛りに盛られ過ぎだね!と突っ込んでしまう。
その上、独身男性と来たもんだ。
空気的に突っ込めなくなってしまったのが悔やまれる情報に、私は内心ぐぬぬ…とうめきたくなる。
カーライルさんといい、アレクシスさんといい、エレイフといい、設定てんこ盛りの顔良し、声良し、地位もあって高身長ってどんな二次元様だよ。
そんなてんこ盛りな人に囲まれている私こそが、設定盛りすぎなんじゃなかろうか。
これじゃあまるで乙女ゲーですよ?
攻略対照キャラの年齢高め設定のゲームなんです?
そういうやつが良いけど、そうじゃねぇっす。生身でロマンスは求めていないのでお帰りください。私との恋愛は全然全く進まなくていいのだ。
私じゃなくて、私以外のかわいいお嬢さんとのほんのり色づくような恋をしてそれを私に聞かせて欲しいです。
私はそれを見守る天井でいいので。神様早く私を聖女から無機物にクラスチェンジさせてくれ。たのむ。
そんな現実逃避を頭の中でリフレインしつつも、私は何とか現実に戻る。必死に足を踏み出し、前に進み出てご当主様の手にそっと自身の手を置いた。
ぎこちない動きになっていなかったかとひやひやする。
重ねたご当主様の手は、肉厚でがっしりしているという表現がぴったりときた。
私がこの世界で良く知る手のひらと言えば、アレクシスさんだ。アレクシスさんの手はすっと伸びた指の長さが神がかって美しい。爪を見るとちょっと角ばっていて硬そうな印象を持つが、それも含めて男性的な美しさが加わっただけでやはり二次元様という印象が強い。
打って変わってご当主様は、手の付け根側というか手のひら側が全体的に四角く広い。手の広さだけではなく指も長いために全体の大きさが際立って目を引いた。手首や指は関節が太く節だっている。さらりとした皮膚は厚く、がっしりとした強さと安定感を感じる手だった。
乗せた私の手なんてとても小さくて、それと比較すればまさに大人と子供。
年齢差を語らずとも顕著に恋愛対象外感が出ているよねとしみじみ感じながらご当主様の歩調に合わせて歩く。
ご当主様、手だけじゃなくて、一歩の幅も大きいな。
楚々とした歩調じゃ速度を保てないので、私もザクザク大股で歩く。
淑女としては失格だけど、靴さえ脱げなければいいかなと思って。それに、小走りでついていくのは転びそうだし致し方ない。
普通の淑女であれば大股歩きなどできないかもしれないけれど、私にとっては大股歩きなどお手の物である。
この体になる前の元来の私は大股でがつがつ歩くタイプのヲタクだった。
だって物販とか夏と冬の戦とか負けられない戦いがあるんだもん。あたかも歩いているかのように見えるフォームで速度を上げるにはそれが一番だ。
最近の私はアレクシスさんの淑女教育を遵守して大股歩きは封印していたんだけど、今現在はご当主様の歩調に合わせる方を優先していいよね?ね?大股で歩いてもセーフだよね?
ドレスの裾が足に絡まないように、エスコートされているのとは反対側の手でそっとスカートをつまみあげ、なるべく美しい広がりが保持されるようにと補助する。
大股で歩いた方が骨盤もウエストも動くし、運動量が違う気がする。何よりこちらの方が性に合ってるなぁ。なんて思ってしまう。
別に、淑女教育に不満があるわけじゃないですよ。アレクシスさん。と、誰に聞こえているわけでもないのに、こっそりと心の中で言い訳を呟く。
エスコートされて導かれるのは、既に用意されている天幕。
恭しく開かれる天幕の入り口をくぐり、中に足を踏み入れれば足元にはふかりと柔らかい絨毯が敷かれていた。まさか天幕の中にこんな高そうなふっかふっかな絨毯が敷かれているとは思っていなくて、内心ドキッとした。
泥とか靴についていなかっただろうか。
てっきり天幕の中だから暗いのだろうかと思っていたが、きちんと光源が取られておりそんな事は無かった。
中にはテーブルと二つの椅子が鎮座しており、どちらもこんな丘陵地帯のど真ん中に持ってくるようなものではないのでは?と思われる作りをしている。素人の私が見てもわかるくらいそれらは簡易式という言葉からほど遠く、どっしりとしているのだ。
木を丁寧に彫り込んでいる机と椅子のそろいの家具。
美しい曲線を描く脚にぶどうの様な蔦を立体的に這わせている。
椅子の側面には葉と蔦が浮き出ている。
背もたれもまた同様に、もたれかかる場所に蔦がくるくると巻き付いている。
自然と生の植物が巻き付いたかのように見える程、みずみずしい蔦に感動と共に恐怖がよぎる。
そんな繊細な蔦、ぽっきり折っちゃいそう。座って背を預けるのが怖くなる逸品すぎるよ。
ふかふかの足元と家具のすごさに、心底そこに座りたくないですと思ったけれど、ご当主様にエスコートされているので自動的に家具の横まで導かれてしまう私。
「どうぞ。」
言葉少なに席を引かれた瞬間、驚きと緊張と恐れ多さからどばっと冷や汗があふれ出した。
ご当主様に席を引かれるとか、どういう状況?ぱにっく待ったなしで血圧が上がり始める。
エスコートもなかなかハードルの高さだったというのに。
それでも、すぐにその手を取れた自分の反射を褒めて上げたいと思うくらいの出来事なのに。
椅子を私のために引いているご当主様っていったい何?
これは座っていいの?
こんなに高価なお椅子様に?
だらだらと流れる汗の気持ち悪さを感じながら正解がわからずご当主様の手や腕や肩のあたりに視線をさまよわせてしまう。
「こちらのお席はお気に召しませんでしたか?」
淡々とした声が私に問いかける。
咎められていると感じる響きに更に視線がうろうろしてしまう。
そうですよね。
ご当主様自らが勧めている席に、すぐに座らないなんて、不敬です?不敬ですよね?いやでも実は違う意図があったりします?ねぇ、どうなんです!?
真っ白な頭ではもう何が何だか分からなくなる。
「違うんです。こちらの椅子が気に入らないとかではないのです。」
てんぱりにてんぱった私は必死に言葉をかき集めると早口でよくわからない事を口走り始めた。
「蔦の流れや立体感が素敵ですし、見事としか言いようがない逸品だと思います。」
椅子を見た時の印象をなぜペラペラと話しているのか私も自分でわからない。
「むしろ、私が座っていいのか怖くなる程の品で恐れ多いといいますか、その上ご当主様に席を勧めていただく事になるとは思わず…」
と、ヲタク早口を展開しまくった末に、はたと気が付いた。
淑女教育の基本、己を卑下する発言をしてはならない。
これに抵触しているという事に…。
アレクシスさんごめんなさい!
まさか、ご当主様の真ん前でこんなでっかいポカをやらかすなんて。
気合い入れて相対しなければいけない大切な時に、私はやらかしたとしか言いようがなかったのであった。
もういっそ殺せぇ。
乙女ゲーが始まる前に殺せ。




