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思い入れの『あお』


 ご挨拶をしたご当主様は、厳しい顔のまま私を見つめている。


 じっと見上げた瞳の色は、カーライルさんの瞳の内側に藍色を滲ませた美しい瞳をしていて、私は藍染の深い色を思い出した。

 アイスブルーの瞳をしているカーライルさんと比べると、ずっと生きているものの色をしていると感じるのはなぜだろうかと、じっとその顔を眺めて気がついた。

 ご当主様の方が断然感情と表情がある顔をしているのだ。


 普段私が顔を会わせるのはまず、表情筋が仕事を放棄しかけていた鏡越しの私自身の顔。それから能面かという程表情を変える事がまれなアレクシスさん。そして、この世界に来たときから私にとても親切だけどよく考えたらこれまたそれほど表情を大きく変えることの無いカーライルさん。

 この布陣だ。

 最近になってエレイフというニューフェイスが増えたけど、エレイフはむしろ大きく表情を変えまくるので、こんな風にお二人の比較対照として並ばなかった。


 そこにきて対面を果たしたご当主様は、なんというか…厳しいお顔を崩してはいないがそこにある感情がきちんと受け取れるというか、そんな感じがあるのだ。

 アレクシスさんも、カーライルさんも、むやみやたらと完成度が高すぎてどちらかと言えばビスクドール的な要素が強い。

 愛想のあの字も見当たらない、威厳を固めて作ったかのようなご当主様のお顔だが、人らしい温かみというか、温度感がそこには見て取れるのだった。厳しさが冷たさとイコールではない事が見て取れるとでも言えばいいだろうか。


 厳しさと硬さがご当主様なら、冷静さと鋭利さがカーライルさんとアレクシスさん的な…うぅん、言葉で表すのは難しいな。



「アオ…か、仮につけるにしても名の響きではないな。」


 予想に反してゆっくりと紡がれる声。

 もっとしゃきしゃき口ばやに追い込む話し方をされるのかと思っていたのでビックリした。

 そして、名前に言及された事も予想外だった。

 今まで誰も突っ込まなかったし。


「未練がましいとは承知で、生まれた地の私の生まれた日に由来する糸を手放す事ができなかった名残でございます。平にご容赦を。」

「どのような由来の名か?」

「私の生まれ月を象徴する、色の名でございます。…あぁ、ちょうどご当主様やカーライル様の瞳のような色彩を表すものでございますね。」


 そういえばそうだったなと、思い出して口にした。

 最初、名前を名乗れなくてめちゃくちゃに混乱した。それはもう、てんぱりにてんぱってぐらぐらする頭と冷や汗が気持ち悪いくらいだった。

 もう二度と自分の名前は口にできないのだと思った時に、自分の生まれた場所の情報と、目の前の色が繋がりあったのだ。

 あの時すがったか細い繋がりは、私にとっての蜘蛛の糸だったのだろう。

 平常心とはほど遠い時の記憶だったからすっかりと忘れていた。


 僅かでも、自分のルーツへの繋がりに手を伸ばして握りしめることができた私にとって、この名前は特別な意味がある。


「私の前で、我が家の色の名とは大きな事をいうものだ。」


 だから、ご当主様の言葉にもしも苦言が混ざっていたとしても譲らないから関係ないぞと笑顔を返した。


「大きな事かどうかは私にはわかりませんが、私個人にとっては大切な名です。」


 すると、ご当主様は眉を少し寄せ、片側の口角を吊り上げ、随分獰猛なけれど随分楽しそうな顔をされた。

 基本型が怖いのはなんでだろうなぁ。見定めるような目が光を放つ。


「まぁよかろう。これ以上立ち話を女性にさせるものではない。アオ、こちらへ。貴女の分の茶を用意させている。」

「兄上?」


 ご当主様の言葉に、カーライルさんが咎める様な声音で制止をかける。


「カーライルがわざわざ後見についた事は聞いている。当主として、被後見人であるそなたと少し話をしたい。」


 だがご当主様はカーライルさんの声を無視し、私に話しかける。

 大きな声ではないのに、一言一言が強く、早くない語調だからこそ響くものがあるのだと心底納得する声だった。


 否と言える雰囲気は皆無。

 けれどカーライルさんが制止をかけた理由も気になる。

 いやでも、最初から話をすることになるだろうという予想だし、あれ?なんかもうよくわからん。

 返事をどうすべきか考えあぐねていると、私とご当主様の間を遮るような形でカーライルさんが大股に一歩進み出た。


「お待ちください。独身男性である兄上が、未婚の女性を二人きりのテーブルにお誘いになるのは、感心いたしかねる行為。看過できるものではございません。」

「えっ?」


 私は驚きに小さな声をあげてしまった。

 二人きりの席に呼ばれてたの?という驚きと、独身男性だと?っていう驚きのダブルパンチが私を襲う。


 いやいや嘘だろ。だって、カーライルさんのお兄様だぞ。30越えた方だぞ。

 こんな時代背景の貴族のご当主様が、独身とかあり得ないのでは!?物語でしか知らないけど。貴族の結婚事情なんてものは。

 それに、この世界の平均年齢も知らないけど、私のいた時代ですら、30歳超えると遅めの結婚判定だったぞ。

 私は結婚してませんでしたけど!残念。心の傷がえぐられた。痛恨のダメージを受けたよ。


 私の心の傷はさておきだ、ご当主様はさすがカーライルさんのお兄様で、顔の造作はかっこよく、厳しさや年齢を重ねた重厚感は素敵でため息ものだ。

 その上、高身長に引き締まった体躯である。

 ちょっとこわい位ではマイナスにはならないレベルの高さだよ?

 身分もあってこれなら引っ張りだこ間違いなしだよ。

 お世継ぎだって必要なはずだよね?


 私はつい、ご当主様の顔をじーっと見上げてしまった。


 その視線の意味をどう取られたのかはわからないが、ふっと鼻で笑われた。


「まだ成人に達していない少女と何かするものと思われるとは、なかなか斬新な経験だな。」

「人の噂はしばしば思惑を外れるものです。危険とあらば、排除するのは当然です。」


 兄とは言え、ご当主様を危険扱いするカーライルさんにひやりとする。

 え、大丈夫?え?

 二人の兄弟としての関係性を知らないから余計に心配になる。

 はらはらしながらカーライルさんを見上げるも、大丈夫ですよとでもいうような笑みを一瞬私に向けたあと、厳しい顔をご当主様に向けてしまわれた。

 いやいやいやいや、私が心配してるのはそういうことじゃないですよ。自分の身の危険とかじゃなくて、相互関係と心証が心配だよ。


 私はてんぱりつつもどういえばどちらにも角が立たないかを考える。

 ご当主様が危険かもしれないという仮定を立てること自体が失礼な状況で、しかし、カーライルさんに納得してもらえる言葉とはいったい。

 わからない。わからないが、ここは私が頑張るところな気がする。多分。

 なぜなら、ご当主様側の皆様も、エレイフ達騎士の皆様からも、不穏な雰囲気が出ているのである。


 一触即発?一触即発なの?これがそうなの??


 平和な生き方をしてきたから全然わからないけど、人生はじめての一触即発な雰囲気なんだとしたら、本当に待っていただきたいよ。

 まずは、ご当主様を危険扱いする発言にあちら側の心証が悪くなるのは当然だ。

 そして、エレイフ達が警戒するのは、忠誠心とは思わないけれど、仕事が仕事なのだから当然だ。

 中央教会から具体的にどんな命令を受けているのかは知らないが、私は護衛対象だし、少なくとも彼は私へ好意を持ってくれているのだから。

 危険に対し警戒するのが仕事だ。


 そういうことを全て加味してなにかをひねり出さねばいけない。足りない頭で考えて、意を決して、私は目の前にあるカーライルさんの袖をそっとつかんだ。


「カーライル様、ご当主様へそのようなお言葉は、あまり感心できないことと存じます。」


 私は少し、カーライルさんの紡いだ言葉をなぞるように言葉を作った。

 振り返るカーライルさんは、驚きに目を見開いた。


「この土地の多くの貴族を率いる一門の総領様が、どうして私を害しましょう。確かに私は土地の者ではございませんが、この土地がより発展していくことを願っております。同じ志を持つ者を、ディオールジュ家のご当主様が無為に傷つけるような事は無いと、私は考えます。」


 じっと見上げたアイスブルーの瞳は、けれど、許容できないという色を浮かべる。


「カーライル様が私の安全を何よりも考えてくださっている事は私も重々認識しております。騎士の皆様方もそれが義務でございます。なのでご当主様、こういうのはどうでしょう。天幕の前に一人、私の護衛を置かせていただくことは可能でしょうか。」


 首が痛くなる位真上にあるカーライルさんの顔から、少し離れた位置にいるご当主様の顔に顔を向け直し、小首をかしげる。


「騎士の皆様は中央教会より私の護衛を厳命されております。彼らは私の身を守る義務がございますが、私に命令権はございませんし、護衛対象であるはずの私から職務を放棄させるような事柄を口にすることはできません。もちろん、カーライル様にもそのようなことは許されておりません。」


 ご当主様の表情は特に変わらない。

 私の言葉への忌避も感じないので言葉を続けることにする。


「安全とは、事前の準備と『もしも』に対する備えにより成り立つものでございます。この地にて日々ご尽力されていらっしゃるご当主様であれば、その重要性をご理解くださると考えております。つきましては、護衛の許可の程、お願い申し上げます。」


 段々お嬢様喋りがゲシュタルト崩壊してきてビジネス文書と混じってきている感が否めない私の言葉選びである。私、大丈夫だろうか。





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