凍れる青の一族
とてもきれいなアイスブルーの瞳が、ご安心くださいと控えめに微笑んだ。
ひええ、顔がいい。優しさを傾けられる私のライフがガツガツ削れていくよぉ。
カーライルさん、氷原の貴人たるあなたはどこに行ったの。いえ、そう呼んでるのは私の勝手なんですけどね?でも、そういいたくなる雰囲気があるじゃないですか。対私以外に。
こんな時にも一瞬顔面偏差値に殴られる自分はずいぶんと頭が緩いのかもしれない。
いや、でも、聞いてくれよ。
普段とは違う3日経っても未だに慣れることができずに常にドキドキしてしまう格好をしていて、髪を後ろの高い位置に結い上げている顔のきれいなお兄さんに真正面から控えめに微笑まれたら、両手で顔をおおってひええええって言いたくなるでしょ!?私はなる!
何せここは狭い馬車の中。
普段身長差のおかげで、遠くにあるかんばせが同じ高さで近距離にあるのだ。
ご尊顔がよく見えます。ありがとうございました。解散!ってしたい。
そして、ご提案内容にもひえええってなる。
全然安心できないです。いや、だって、わかりません。私には全然わかりません。どうしたらいいのか、これっぽっちもわかりません。
それから、ご当主様の人となりを聞き、現地へと到着したのだった。
ご当主様は厳格な方で、カーライルさんから連想する印象を裏切らない徹底した教育、指導をされる方だという。
そして、無駄が嫌いな方だという。
基本、カーライルと大体一緒の性格をしていますよ。とアレクシスさんが口にした時にはどうしてくれようと思ってしまったね。
聞いた話と、私の知ってるカーライルさんがこれっぽっちも一致しませんけど?と文句を言いたくなるのをぐっと我慢した私ってばえらい!とってもえらい!いい子!可愛い!美人!
関係のない自画自賛をちゃっかり混ぜて自分を褒める。
そうでもして自分の意識をそらさないとやってられないよ。
だって情報をまとめると、まじめで、厳しいご当主様って事でしょ?より怖くなったし、うまく話せる自信は失せました。
そんな流れで突然のミッションに挑むことになった私は、厳しさにプラスして強そうな見た目のご当主様に直にお会いして更にびびり散らかしている次第です。
「兄上がいらっしゃっていると聞き、馳せ参じました。」
私の3歩前に立つカーライルさんがご当主様に丁寧に挨拶をしている。これまでは礼をとられる側にいる姿ばかり見てきたから、私はちょっとだけ衝撃を受ける。
それでも、カーライルさんが取った礼は最低限のものだ。
うぅ、私もしっかりやらなければ。
「練習通りで大丈夫ですよ。」
緊張で生唾を飲み込む瞬間をまるで知っていたかのようなタイミングで、アレクシスさんが小さく私に呟いた。
公式な場なので見上げることはできないが、その顔は微塵も揺らぎはしていないのだろう。
いつもの先生の顔を思い出す。
右手にある温度と、記憶にある顔がちょっとだけ力をくれる。
「急なおよびですが、火急の用件でもございましたか?」
「視察の途中で時間を作れたのでな。お前が後見人となった少女を、一度は確認する義務がある。」
「確認、ですか。」
今、確実にカーライルさんは凍てついた笑顔をしているだろう。冷え冷えと響くいつもと違う声に、声豚属性がにょきっと顔を出しそうになる。
抑えた様な声、かっこよすぎるとか、場違いな思考ですみません。
のんきな私とは裏腹に、背中しか見えないけれど、今日もきっちりと着込まれている正装と、結い上げられた髪から冷え冷えとしたものが漏れ出でる。
やっぱり普段と違う服装というのがいけないと思うの。変に二次元みが増していて、私のヲタク心に何もかもが刺さっていく。
普段と違う服装や髪形にきゅんとする状況っていうのは、ギャップ萌えの定番ですよね。私も大変大好物です。
「そのような物言いはあまり関心いたしませんが…兄上の性分は私も重々承知しております。実際に言葉を交わせば、貴方の考えているような方ではない事はわかりましょう。」
「希望的観測だな。」
「兄上に対し、実の無い話をするなどあり得ませんね。」
「以前のお前であればそうだろうな。だが、今はどうだろうな?」
ご当主様は片眉を上げながらももう片方の目を眇め、カーライルさんの後に私を睨み付けた。
「ご紹介いたします。こちらは我らが土地をお救いくださった聖女様…」
ご当主様の視線に手足が凍りついたような錯覚を覚えた。
あの視線だけで殺されるんじゃなかろうかという気持ちを抱く。
抱かざるを得ない。
人を凍てつかせるのは、この青い瞳の一族の特殊技能とかじゃないだろうか。
息をつめ、何とかそこにとどまっているだけの私だったけれど、私の紹介をするカーライルさんの声から暖かみが溢れ、振り返るその視線があまりにも優しくて、その視線を一瞬見ただけでふわりと体の強ばりが消え去った。
まるで春の湖畔の様な温かさときれいな青が凍てつく雪山の氷をとかす。
カーライルさんからのあまりにも優しい眼差しに勇気をもらい、一瞬アレクシスさんの手をきゅっと握ってさっきもらった力を再確認してから一歩踏み出す。
触れていた手が完全に離れ、私の手にはぬくもりの残滓だけが残った。
カーライルさんの横に並び、まずは一呼吸。
淑女教育の一環として学んだのは、笑顔のはったりが大事…という事である。
何があっても笑う。今みたいにビビり倒してても笑う。
見上げたご当主様の顔はやはり威圧的で怖いと思ってしまうものだが、殊更ゆっくりと笑みを浮かべ、最上級の礼をとる。
私にとっては後見人であるカーライルさんのご実家で、とても大きな貴族の一門の総領様である。だから、いくつか覚えた礼の中で最上級の礼が最適だと思ったのだ。
正解かどうかは、全然わかんないけど。
だって、見上げている顔は相変わらず怖いままなんだもん。
「お初にお目にかかります。わたくしの名はこの地では既に失われ戻らぬものとなりました。故に、今は仮ではございますがアオと名乗らせていただいております。この名を長くその胸に刻んでいただければ幸いにございます。」
できればこれからずっと良い関係でありたいと思っていますよと主張してみたが、通じたかはよくわからない。
だって顔が…以下略。




