赤の難題
この世界には神様がいる。
この世界を作り、そして、大地が存在するためにはそのお力が必要不可欠。そんな存在がいらっしゃるのだ。
死の訪れとともに私はその手に誘われ、自分の神様が作ってくれた世界を離れ、新しい世界でもう一度生を与えられた。どうやら私のいた場所にも、世界を作ってくれたお方はいらっしゃったらしいと初めて知った。
知った今でも、あの世界に本当に神様がいたのだろうかと、望洋とした気持ちが広がる。
さて、そんな新天地で、私は今1つの…試練とでも言うべき事態に直面している。
馬車に揺られ到着した場所には数台の馬車と、1つの天幕とがででんと鎮座していた。
既に全ての準備が完了しているという風情で、何人もの人が私の乗った馬車が到着するのをずらりと列び待っている。揃いの制服はかっちりとしており、全員がぴしりと立っている様は、確かにカーライルさんのご実家だなと思うような真面目さが伝わってきた。
お屋敷や教会の皆さんに求められるレベルの高さは相当なものだとアレクシスさんからも聞いているし、エレイフも苦い顔をしつつもそう言うところは見習うべきところだという見解を示していた。
そのお屋敷の皆様にも劣らないどころか、それ以上にピッチリとした印象がある様相に、『本家』という二文字が強く意識される。
「お待ちしておりました。」
馬車の扉が開くと、本家の侍従さんの太い声がそうカーライルさんにかけられた。
カーライルさんに続き、アレクシスさん、そしてアレクシスさんにエスコートされながら私が馬車から降りる。
ちらりと周囲を見れば、エレイフたちも既に警護の位置に既についていた。すごいなぁと胸中で拍手を送りながら私はしずしずと歩いていく。
馬車を降りて数十歩の場所、天幕の入り口から数歩の距離に他とは衣装の質が明らかに違う方がいらっしゃった。
灰色の髪は毛先は明るい灰色なのに、根本が黒っぽく見える。あんな感じの不思議な色味を私はどこかで見たことが…と思い浮かんだのは毛質の柔らかい猫ちゃんだった。全く同じ色合いの毛色の子を見たことがある。
と、猫ちゃんを連想した事を私は早々に後悔した。
その方の眼光は鋭く、中心が深い藍をたたえた青の瞳は切れ長。
厳しい眉と軽く跡が残って固定されてしまったような眉間の皺。
身長はカーライルさんたちと同じくらいだろうか。私の背丈だと、一定の高さは大体一緒としか思えないというのはさておき。あぁでも、カーライルさんたちより筋肉量があるのではないだろうか。肩や胸板の厚みが少々違う気がする。
あれ、ご当主様だよね?
きちんと鍛えてそうな強そうな見た目と、『厳格』を詰め込んだような雰囲気に、少したじろぎながら、馬車で言われたことを私は思い出す。
「手紙には、視察のルートと聖女様の道行きが重なるので、一度顔を合わせたいと…。使者の出発した場所と時間から考えるに、すでに兄は指定の場所に到着しているものと思われます。」
少し眉間にしわを寄せ、畳みなおされた手紙を手にカーライルさんが説明してくれる。表情や行動を見るに、あまり手紙の内容は好意的ではなかったのではなかろうか?と推察する。
普段のカーライルさんだったら、手紙の内容に問題がなければ私に見せてくれると思うのだ。その方が相手方の言っていることがストレートに伝わるわけだし。
それに、ひんやりとした雰囲気が漂ってくるのだ。カーライルさんの素と思われる、少し冷たい空気が肌の上をなで、内心でひええと悲鳴が上がってしまう。
平常心平常心。私への心証じゃないからな。と、自分で自分をなだめながら無難な言葉を探しあぐねる。
「また、ずいぶん急ですね。」
「そうですね。その内来るとは思っておりましたが、さすがにこの時期に来るとは私も予想しておりませんでしたので、聖女様の予定を変えさせてしまい大変申し訳ございません。」
私の予定は別に馬車に揺られるのみなので気にしなくていいのだけれど…と、カーライルさんを見上げると珍しくも何か言いたげな目と視線がかち合った。。
「どうかされましたか?」
なにか言いたいのであれば言ってくれていいのだけれど…と思ったのだが、いつもの申し訳なさそうな顔とは違うどこかばつの悪そうな顔で頭を振られてしまった。
「いえ、何でもないのです。」
何でもないようには見えないが、無理に追求するのも悪い気がする。釈然としないまでも、私は結局そうですか…?と返しながら引き下がった。
まぁ、元々自発的に話される以上の話題を根掘り葉掘り聞き出すスキルが無いだけというのもあるんだけどね。悲しいことに。
これがコミュ障こじらせた引きこもりヲタクだよ!残念!
「ディオールジュ家のご当主は大変忙しい上、必要と思わなければ聖女と目される方でもわざわざ時間を作ることは無い方です。今はカーライル個人が後見人という状況ですが、これを機に一族の後ろ楯を得られれば選ぶ道も広がりましょう。」
「え…まってください。それって、私にご当主様に認めてもらえるように頑張れって言ってます?」
アレクシスさんの言葉に私は目を丸くして身を乗り出す。
突然何を言い出すのだ。この方は!
これから会うのは、大領地と、多くの貴族を束ねる一門の総領様だよ!?普通のご当主様じゃないんだよ??
「せっかく新しい甘味の開発とその後の展望をここまで仕上げておられるのですから、ディオールジュ家の許可を得ておけば、様々な手続きに時間を取られることもございませんよ。」
渡されたのは、私が作成してはアレクシスさん、カーライルさんに添削を求めた企画書である。
私は顔をこわばらせながらそれに視線を落とす。
いやいや、およびだしをされた先で、こんな計画立ててるんですが見てもらえませんか。とか、できるわけ無い。できると思ってる?いや、思ってるな。アレクシスさんならできるし、私のようなちっぽけな人間の感情なんてなにそれ美味しいの?って感じだよね。シッテルシッテル。どちくしょー!
これだから、できのいい人は困るんですよ。
凡人で、一般人で、平社員の私に、一体何を求めていらっしゃるんだ。
「ゆくゆくは広く商売を行っている商家を誘致し、商館を建てさせる必要も出て参りますから。商館をたてる土地の管理をしている貴族とわざわざ話をするよりも、ディオールジュ本家に話を通させればアオ様の手間も一度ですみましょう。」
続く言葉に、冷や汗が止まらない。
冷や汗が止まらないのに、手のひらは逆にカピカピに乾いている。
え、できる?私に?
いきなり家庭教師様が私にでっかい課題を課し始めましたよ。どういう事だってばよ。
見つめ返す赤は全く色を変えずそこにある。何の揺らぎも、疑問もないその泰然とした赤に、この世界で怖いものなんてこの赤にはないんじゃないだろうかとまで思う程だ。いや、そうなのかもしれない。
ちらりとカーライルさんを見るとぱちりと目が合った。
「知らぬ相手と急にそのような話をするのは難しいかとは存じますが、私どももお手伝いいたします。」




