突然の来訪者
これまで順調に進んできていた旅程。
そこに珍しくも緊急の何かが起きたらしい。
伝令役らしき数人が走り、カーライルさんやエレイフ、そして、アレクシスさんの所へ情報が来る。
そして玉突きのようにそのざわめきは広がり、隊列の奥に居たエレイフが颯爽とした足取りで騒ぎの始まりへと歩を進めながら部下をなだめ静まらせているのが見えた。
それは、私が普段見ない隊長の顔だ。
「何か伝令が来たようですね。アオ様はこのままここに…」
「一緒に行きます。」
「それは…」
「二度手間になるよりいいと思いますし、一緒なら護衛も分散しなくて済みますから。いざという時はエレイフの後ろに隠れますよ。」
その場に私だけ残して状況把握に行こうとするアレクシスさんに、ここで置いていかれてなるものかと私はにこりと笑いながら食らいつく。
言った事も別に建前だけでそういったわけではない。が、それ以上に、自分の知らない所で話が進行すると後でどでかい本番が突然やってくるという事をこの3日間でよくよく理解したのだ。
このままのほほんといってらっしゃーいと送り出せようはずがない。
それに、多少なりとも心配ではあるし。もし自分のせいで何か起きてるのだとしたら…と思うと、胃の腑がざわざわする。
そんな私の突然の言い分に、アレクシスさんは困った顔をしたが、袖を引いてさあさあ。と促すと、ため息と一緒に折れてくれたのだった。
「わかりました。何かあればすぐにご自身を最優先にしてください。」
「はい。」
よかった。冷静にダメです。と、言われる可能性も頭をよぎったけれどそうはならずに済んだ。強く反対されたら、言い返せる言葉が出る気がしない。けど、よくよく考えてみれば、いつもそこまで強く反対された覚えがないんだよね。
騎士団の皆さんがいる現状、いつものようによそ行き淑女モードの私は、エスコートモードのアレクシスさんに手を取られる。
歩を進めながら、並ぶ相手の顔をチラリとうかがってみると、まっすぐ前を向きながらどこか複雑そうな色が浮かんでいるのが見えた。
「いつの間にか隊長殿とずいぶん親しくなられましたね。」
これはもしかして苦言であろうか。
それはそうだ。
アレクシスさんも、カーライルさんもはっきりとは言わないけれど、お互いに違う派閥に籍を置いている様子だし。できれば近づかない方が二人にはいいはずだ。
それに従う義務が私にあるかという点においては、微妙なところだけれど…
何と返事をしたらいいのかわからず、少し左側に視線を泳がせたところで、再度アレクシスさんの声が降ってきた。
「…すみません。今のは聞かなかったことにしておいてください。」
「え?」
あれ?なんで私がアレクシスさんに謝られてるんだろう。驚きから、私は泳がせてしまった視線を再度アレクシスさんへと戻し、その綺麗な横顔を凝視した。
私からの視線が相当突き刺さったのか、今度はアレクシスさんが右へと少し顔を背けながら言葉を続けた。
「聖女という肩書はどうあれ、こちらの都合や好悪で交友関係を制限するような発言などして良い事ではなかった。と…自身の経験から思ったまでです。」
「アレクシスさんに、そんな意見を言う人がいたんですか?」
「今驚く点はそこですか?」
話の中身に更に驚き、声を上げる私に、逆にアレクシスさんも驚き、こちらを振り返る。
その顔に浮かんでいるのは、さっきまでの微妙な表情でもなければ、気まずげなものでもなくて私は内心安心した。アレクシスさんと変に気まずい空気になっても自力で修復できる気がしないから、できればそういうものは持ちたくない。
だってほら、やっぱり、嫌われたくないし。
「若い頃は、関係のない者が訳知り顔で出しゃばってくることが多かった覚えがありますね。」
「へぇー若いアレクシスさんかぁ。その頃からきっとすごく美人だったんだろうなぁ。」
「…美人…アオ様でも美醜にこだわりがあるのですか?」
「みんな美しいものは好きでしょ?」
「…まぁ、そうですね。」
「そうですよね。私は綺麗なもの、好きですよ。」
私が話を別方向へもっていくたびにアレクシスさんがなぜその話題になるのか?というような顔をしつつも私たちは雑談を重ねて歩いていく。
周囲の緊張感を忘れたような会話だけど、いくら私でもそんなことはないですよ。なんというか、ここで変に緊張感を持つと、私の顔がすごいことになりそうなのだ。強張って変な顔になりそうというか。
それに…気が付いてしまったけれど、私はアレクシスさんとこうしてエスコートされて、いつも隣にいて、距離が近いけれど、近すぎておかしいのでは?とまで一瞬勘違いしかけたけど、本当は全然私たちの距離はそんなに近づいていない。
こうして他愛もない話の中で、思い出話なんてもの、初めて聞いた。
そのことを自覚しつつ、私はほんのちょっとだけこの会話で心の距離が縮まったように感じられて、時間をちょっとでも引き伸ばしたいと思ってしまった。そんな場合ではないのはわかっているけれど。同じように会話できる日が来るとはあまり思えない。
うまく会話の操作ができる程器用じゃないと自分でわかっている。
詮索しないという約束。だけど、ちょっとした雑談でいいのだ。身の上の事とかじゃなくて、ちょっとした好みの話とかそういう何でもない事を、またこうして交わせたらいいのになぁ。
なんて、本当にこの場にそぐわない上、結局近づきたいのか近づきたくないのか矛盾ばかりな事を考えながらもそんな時間はあっという間に幕切れとなる。
「聖女様!」
エレイフや侍従さんたちと何事かを話していたカーライルさんが、私たちに目を向けると驚きに声を上げ、足早にやってくる。
その手には恐らく話題の中心となっているだろう手紙。
アレクシスさんに向いた視線が、なんで連れてきたのか?と誰何する。いやまぁ、私のわがままなんだけど、真っ先にこういう顔されてしまうのだから、アレクシスさんにごめんなさいと心の中で謝らざるを得ない。
「ご一緒した方が、アオ様としてもよろしいかと思ったのでお連れしました。」
「…」
カーライルさんの眼力等アレクシスさんは涼しい顔で受け流す。カーライルさんの後に続いてきていたエレイフは、そんな二人のやり取りなど関係ない顔ですかさずアレクシスさんとは逆側の私の隣に立つ。
「私からの希望だったんです。すみません。」
絶賛淑女モードの私は頭を下げないように意識しつつ、少しだけ小首をかしげるような形でカーライルさんを見上げる事しかできない。アレクシスさんは、まあ、そういう事です。と頷き。カーライルさんは、それなら仕方ないですね。と視線と態度を緩和させてくれた。
うーん。なんという鶴の一声。
私が鶴になる日が来るとは…なかなかむず痒いなと思いつつ、周囲を見渡すと、知らない顔が少し離れたところに並んでいた。
一人を除いてそろいの服装をしているのが見て取れる。服装の違う一人も、着ている服の基本の色は一緒だ。灰色と青。そういえば、貴族はその血脈ごとに基本となる色を持っているのだったか。
彼らのそろいの色はそれ故という事だろうか。そうなると、灰色と青の取り合わせの家系という事だけれど…私の知識ではさっぱりとわからない。色の名前と目の前の色がさっぱりと一致しない。
何はともあれ、彼らから視線を外し、カーライルさんを見上げると、綺麗な青が私を見ていた。
どうやら私が会話に移るタイミングを見ていてくれていたらしい。
薄い唇が開き、眉が少し困ったように下がる。
「色々と頭の痛い事ですが、急いで出発する用事があちらから来てしまった様です。」
「そのお手紙の内容は本命じゃないという事ですか?」
手元に持っている手紙の内容と、灰色と青の制服の人たち。驚くべきことに、本命はそのどちらでもないらしい。
話が早くて助かります。と、カーライルさんに小さく笑まれるが、いや、まったく全然事情が呑み込めてませんけど?と思う。
「本格的に休憩に入る前でよかったですね。装備はまだ解いていませんからすぐにでも出発は可能です。今副官に全体に出発準備を通達しましたので、すぐに出れるようになりますよ。」
既に状況は動き出している事を、エレイフは即座に報告をしてくれる。
エレイフの部下の皆さんもずいぶん慌てていた状況から、皆さん制服の人たちが誰からの使いかわかっているのだろうと予想するも、それについて聞けるような雰囲気ではなさそうだ。
「詳細は道中で聞いた方が良い様ですね。」
アレクシスさんの視線は制服の人たちへ、向けられたままだ。
その目からは何を考えているのか全く読み取れないけれど、アレクシスさんのことだから話の内容も予想がついているという事かもしれない。
こういう時に知識の有無で状況の分析に差が出るんだよなぁと、ちょっとだけ悔しく思う。
私だってちゃんとこの世界の事知ってればできるかもしれないじゃん。でも、これでもまだ4ヶ月とか5ヶ月しかこの世界に来てから経ってないわけですよ。
もっとちゃんと勉強してから広い世界に出たかったなぁ。なんて、甘えた事を思ってしまう。
でも、そういうことを出すのは、大人としてのプライドが邪魔をする。プライドは厄介なものだと昔好きだった書籍でとあるキャラが言っていたのを思い出す。まさか、異世界に転移してその言葉を実感することになろうとは、困ったものである。けれど、困ったままではいられない。私はここから自分がどうするべきかの最適解を探す。
「じゃあ、私はカーライルさんたちの馬車に同乗して行きますね。」
「それがよろしいかと。」
即座にうなづいたのはアレクシスさんだけで、カーライルさんは少し戸惑いをその滑らかな顔に浮かべる。
「カーライルさん、どうかしましたか?」
「もしかすると途中で具合が悪くなるかもしれませんので、お渡しした薬をご準備頂ければと…。」
「ここまで特に酔ったりはしていないですが。」
私が首を傾げると、左隣から苦笑がこぼれた気配がした。
「主様の馬車は特に念入りに揺れない仕様に作られているんですよ。」
「そのため少人数用でしか作れない物となっています。」
「そうだったんですね。」
エレイフがちょっと意地の悪い顔をしながらネタばらしをする。そこにしれっと付け加えるのはアレクシスさんである。
説明されてなるほどなと私は頷いた。馬車のセオリーはわからないけど、ずいぶん乗れる人数に限りのある馬車だとは思ったのだ。
走行方向に向いた座面しかなく、横幅は乗れてもせいぜい3人といった広さの馬車では旅に不向きなのではないかと感じたのはどうやら正解だったらしい。以前乗った馬車は座面が向き合う形で設置されていた。
けれど、自分の常識の範囲内ではサンプリングが少ない事項だったので、そこら辺について誰かに聞く事はなかった。
質問というのは、ある程度の基礎情報の蓄積がなければするのが難しいのである。
「大丈夫ですよ。お薬、頂いてからお守り代わりに持ち歩いているんです。」
シンプルなワンピースドレスには隠しポケットがあるのだ。
私はそこからごそごそと薬を取り出し、にっこりとカーライルさんに見せる。
それでもちょっと心配げなカーライルさん。こんなに過保護で、今後この人は大丈夫なんだろうか?と、うっすら思ってしまうが、ありがたい事である。だから、過保護な部分については考えたとしても何も言うまいと、私は笑ったままお口はチャック状態に留めた。
それから、あっという間に準備が終わり、私はカーライルさん、アレクシスさんと三人で馬車の中に納まったのだった。




