矛盾した距離感
小さな少年との心温まる交流と、エレイフの精神不安という2大トピックが出現した2つ目の町。
朝早くに支度をして、楚々と馬車に乗り込むと、私たちは町を後にした。
変わらず町中では沿道に人々が詰めかけパレード状態だったが、私は最初からしめられた薄いカーテンと頭からすっぽりかぶったベールのおかげで最初よりずっと心安らかだ。
ありがとう。カーテン。ありがとう。ベール。
感謝する一方で、視界が切り離されるというのは、人の精神にこんなにも影響を及ぼすのだなと感心する。
昨日の夕食もしっかり堪能させてもらえたし。緊張しない食事って素晴らしい。
それにしても、お屋敷を出てまだ3日目ですよ。3日目。
話題が豊富過ぎて心が追いつかないよ。
青い鳥のSNSが恋しい。馬車で移動なう。とか、書きたい。
鍵垢でとりあえず思いの丈を壁打ちしたい。
町を出発する時に、少年が駆け寄ってきて
「必ず会いに行くから、約束忘れないでくださいね。」
って言ってくれた事とか、かわいすぎてたまらなかった事とか、すごく主張したい。かわいかった。
上から少年のつむじが見えた時の、尊いかわいい!って気持ち、大事にしたい。
育ちのいい少年すごいよ。かわいいよ。
別に私はショタ属性は持ち合わせてないですけども。でも、かわいいものは愛でるべきじゃん?
壁打ち垢が無いから、一人で悶々とそんなことを馬車の中で考えるしかない。話し相手が欲しいです。話し相手がいないのって、心が枯れるよ…。
この世界に来てからというもの、周りの人は皆いい人だし、申し訳ないくらい良くしてくれるけど、だからといって何でも話せるわけじゃないというか、なんでも口にしていいわけないじゃないですか。特に、こんな変態みたいな事言われても困るのはよく存じております。
ショタペロペロが通じるはずない。あくまでも、私にショタ属性はありませんけど。
私も一応、これでも、社会に溶け込む努力というのを考えて生きていたヲタクなので、溶け込めないまでも、せめて一般人の前ではそんな話題はしないようにと、そのくらいの思考は持ち合わせているのですよ。一応、これでも…ね。うん。
心に余裕が生まれている本日は、風景を見つめながらそんなことをつらつら考え続ける時間となっていた。
昨日1日引きこもっている間に周囲の風景はだいぶ様変わりしていたようで、林はどこにも見当たらず、見渡す限りの草原というか、丘陵地帯が広がっている。緑の小高い丘がいくつも連なる風景は、生まれた国にはなかったもので、冒険心がうずいて仕方ない。
2つ目の町の周囲にはしばらく畑が広がっていたが、その先には人の住んでいそうな雰囲気はどこにも見当たらなくなる。
けれども、きちんと整備された道はしっかりと私たちの行く先に伸びている。
ここまでいくつもの分かれ道はあったが、私たちが進むのは一番広い道である。
枝分かれしていった道とは違い、この道は全ての本流。それ故に、国の管理の行き届いたしっかりとした道がずっと先まで続いているのだ。この道は中央教会と大教会を結ぶ道だと教わった。
そうして走り続け、いつものように午前中の休憩に入る。
馬の速度を護衛や馬の疲労等を加味して最適な速さにしてもらったので、最初に予定していたよりも要所要所の休憩ポイントに早く辿り着くようになった。その分、休憩地での時間をのばし、全員が十分な休憩を取れる様にしたりと、私が提案した通りの運びとなっているけれど、果たしてそれが本当に皆の負担を減らしているのかは、私にはわからない。
何せ、私はただ運ばれるだけなので、実務を行う方々の事は、見ているだけじゃ、やっぱりわからないのだ。
どんな職場でも、働く者の気持ちは、同じ仕事をするか、それを把握している者にしかわからない。素人が提案するべきところじゃなかったかもなぁ。なんて、今更になって後ろ向きになるが、いやいや、そこら辺もちゃんと話し合って最適な所を模索してもらったはずだし、考えすぎ考えすぎ。と、首を振る。
考えすぎるとすぐ後ろ向きになるのを止められないんだよねぇ。困ったもんだ。
アレクシスさんが馬車の扉を開けてくれて、私はいつも通りエスコートされる。
簡易式のテーブルと椅子、それから暖かいお茶が用意されていて、相変わらずアリスのお茶会状態だなぁ。という感想を抱きつつ、周囲を見渡す。
丘陵地帯の続くこの場所は、そのままでは周囲から丸見えである。それを緩和するため、簡易式の衝立で目隠しをしてくれている。
そんな装備まで積んでいたんですね。と、ぽけーっと感心していると、その視線に気が付いたアレクシスさんがなぜかご不便をおかけします。と声をかけてくる。
「何がですか?」
びっくりしてアレクシスさんを見上げると、2度瞬き、ほんの少し首を傾げられた。
「荷物量や旅程、目的地までの距離などの理由より、天幕は持ってきて居ない事を気にされたのかと思ったのですが、どうやら私の考え過ぎだったようですね。」
「あぁ、なるほど。そういう事ですか。」
私が簡易式の衝立をじっと見ていたから少しばかり勘ぐってしまったという事らしく、アレクシスさんの説明に納得すると同時に思わず笑いがこぼれる。
「考え過ぎですよ。そんなに深く色々考えてませんよ。私」
いつでもそうだったと思うんだけどなぁ?
何かしら周囲の状況に対して疑問や苦言を呈した覚えはない。うん。侍女さんたちにもわがままをおっしゃらない方だと言われたものね。
「そうですね。」
ほら、アレクシスさんも少し考えた後にそううなづいてくれるじゃないか。
「アオ様の場合は…カーライルにわがままを言うくらいでちょうどよいと思いますし。」
「いえ、もう十分色んな事していただいてもらいっぱなしですよね。私」
「相手がしたいと言ってるのですし、それに応えてわがままを言うというのも一つの処世術ですよ。」
私はポカンと硬質な顔を見上げた。
アレクシスさんの事だから、冗談とかじゃないと思うんだ。となると、これは本気で言われている事なんだよね。
「家庭教師なのに、そんな事を教えていいんです?」
「家庭教師ですから、もう少し楽な生き方をご提案するのも仕事の一つですよ。」
「…考えておきます。」
「ぜひ、実践してください。」
多分実践しないと思うけど。と、胸中で考えつつ、いつものように椅子を引いていただきベールを取って椅子に座った。
ずっと座っていたのに休憩でもこうして椅子を勧められてしまうの、逆に運動不足を加速させて良くないのではと思うんだけど、いかんせん旅の途中。周りに沢山の人がいるし、一挙一動が丸見えな環境下で下手な事は出来ないわけで…心底困る。
運動がしたい。
このままではこのぴっちぴちの体でもむくんでしまうのではないだろうか。女神様から頂いた素晴らしく若々しい体でも、限界というものがある。
「アオ様、何かお困り事でも?」
椅子に座ってカップを両手で持ちながら、むむむむむむむむ…と、なっていた私の顔を、まだ椅子に座っていないアレクシスさんがいつもの様に覗き込むようにこちらを見てくる。
「あ、いえ、困り事ではないんですが…」
「では、要望ですね。叶えられるかは保証しかねますが、伺いましょう。」
カーライルさんは全体への指示出しのために周囲にはおらず、エレイフも休憩場所に到着したばかりで部下に色々指示を出しているからここにはいない。目の前にいるのはアレクシスさんだけ、という状況である。
アレクシスさんと二人だけというのも慣れたものだ。
エレイフの一件から、お互いの距離感というものを考えさせられる機会が生まれたが、よくよく考えれば、アレクシスさんとの距離もずいぶん近くなってしまっていないだろうか。
というか、顔をなぜのぞき込まれているのだろう。いや、いつもなんだけど。いつもの事なんだけど。
んんんん???
もしかしてすごい、近くない?
心の中のヲタクがすごいスンッて顔をしている。
これは、絶対、近いな。
そして、覗き込まれるの、本日2度目だな。
「どうかなさいましたか?」
思考の海にのまれて無言になってしまっていた様で、アレクシスさんに不思議そうに聞かれ、私は意識を浮上させた。
「あ、いえ、えっと。何でもないです。大丈夫です。」
「そうですか?では、何か、ご要望がおありなようでしたが、そちらをお伺いいたしましょう。」
と、改めて最初の問いに戻る。
えっとなんだっけ。
途中で違う思考に飲み込まれたせいで、自分が何を考えていたのか思い出せないぞ。鳥頭にもほどがあるが、本当に思い出せない。結構大事な事だったようなそうでもないような。
と、そこへ普段聞かないようなざわめきが聞こえてきたのだった。




