ふたつ目の町 忠誠のジレンマ
お茶会の終了の時間になり、ご領主一家はそろってサロンから退出されていく。私は何とか任務遂行できた事に内心胸をなでおろしつつ、にこやかにご一家を見送っていた。
最後に部屋を出ようとしていた小さな少年が、扉をくぐる直前に、くるりと体を反転させて私の方へと駆け寄ってきた。
私は驚きつつも、そっとしゃがみ、駆け寄る少年に手を差し伸べる。
「聖女様は、これから王都へいくの?」
「えぇ、中央教会へ」
少年は、そんな私の手をぎゅっと握ると、じっと私の目を見つめてくる。
「じゃあ、そこにいけばまた会える?」
「それは…わからないわ。その後の事はまだ何も定まっていないの。」
「さだまっていない?」
「もしもまた会いたいと願ってくれるなら、その時はまずユージンくんのお父様に聞いてみて。」
「わかった。」
どこか必死に言葉を繋ぐ少年がとても愛らしくて、私は微笑み、頭を撫でた。
「もしまた会えたら、一緒にお茶をしましょうね。」
「うん。約束だよ。」
「えぇ、約束。」
そうしてやっと少年はまた扉へと向かい、手を振り扉の影へと消えていった。
私も手を振りながら少年を見送る。
お茶会の間はとても慎ましやかにしていたが、もともとはとても快活な子なのであろう。
こういう時、育ちのいい子の教育の行き届き方はすごいなと思う。
TPOをわきまえるとはこういう事か。と、しみじみ感じ入ってしまうね。
少年が去り、さて…と、立ち上がる。
茶器とお皿の片づけはここの侍女さんたちのお仕事になるので、私は何もさせてもらえないし、もう私の役目はこれで終了だ。
後は明日の朝までゆっくり過ごすばかりである。
できれば後片付けも自分で出来たら精神的に楽なんだけど、役割を超えた余計な手出しは現場を混乱させるだけとも知っている。自重大事。
「聖女様、お疲れ様でございました。」
部屋に残っていたカーライルさんがニコリと笑ってねぎらってくれる。
「会話運びに協力してくださってありがとうございました。カーライルさん」
「このくらいは、なんでもございませんよ。」
うーん…何か一つでも返させてもらえればいいのになぁ。と、思うのは、私の気持ちの問題だ。
そこに固執するのはよくないなと、それ以上口にしない様に自重する。
「この後は部屋にいるので、何かあれば声をかけてください。」
「はい、どうぞゆっくりお休みください。」
「ありがとうございます。」
部屋を出ると、一緒にエレイフもついてくる。
もしかしてまた自動的に部屋にもついてくるのだろうか…と、思っていたら案の定である。
「…」
仕事に戻れ?と、言いたいが、ここはひと様のお屋敷なので、致し方ない。部屋までは言葉を我慢する。
しずしずと廊下を進み、お借りした部屋の前に来ると、エレイフがそつなく扉を開いてくれる。
お前は、どこを目指しているんだ?完璧な付き人にでもなるつもりなのか?それとも、騎士様ってこういう事も必須項目として習ってんの?
黙って開かれた扉の中に入れば、エレイフも後ろから入ってくるし、静かに扉を閉める。
早々に気づいてよかったが、よく考えたらこれ、やっぱり変だよね!?
なんでエレイフ、こんな空気みたいになってんの!?
騎士様なのに、ドアマンやってんの!?
「…エレイフ?なんで部屋までついてくるの?」
「何おっしゃっているんですか?護衛ですよ。ディオールジュ邸でもそうしていたでしょう?」
「いや、あまりにも自然な行動でついてきてたから私もうっかりしてたけど、色々とおかしいよね。隊長としての仕事はどうしたの。」
「大丈夫です。他の者に護衛させることができないからと事前に打ち合わせは終わっております。何かあればきちんと報告が上がるようにしていますし、アオ様の護衛が最優先事項ですから。」
お茶会でも、にこやかに笑いながら爽やかかつスマートに私のサポートをしつつ護衛に徹していたエレイフ。それはとてもありがたいと私も思う。思うけども。
私は眉間にしわを寄せつつエレイフを凝視してしまう。
「だいたい、ディオールジュ邸以上に警戒をすべき時に、主様から離れるはずないとは思いませんか?」
「いや、まぁ、そうだけど…。」
護衛という点では当たり前の話だったのでうなづくも、だがしかし、そうではない。そこではないのだ。とも、思う。
こうやってそばに居て、ついて回る護衛に違和感がないことが問題なのだ。
結局は、これも私の問題か?カーライルさんに何か返したいけど返せれないと悶々とするのと一緒か?
自問自答しつつも、いや、でも、やっぱり違う。と、思う自分がいる。
そんな違う。という気持ちを無視してはいけないと、私はぐっと心を引き留める。
「警護体制的には正解…正解だけど。うん。それは確かにそうなんだけど、なんか、違くない?なんでエレイフ、そんなに私のサポートしてるの?付き人みたいなことしてるの?騎士隊の隊長様なのに」
その行動は少し行き過ぎだと、思わざるを得ない。
それは本当に警護に当たるものの仕事か?と、どうしてもひっかかる。この引っ掛かりをスルーしたら、一気に私はエレイフの動向に対し、疑問を持たなくなるのではないかと、そんな風に思うのだ。
「…うーん…アオ様は手ごわいなぁ。」
じっと彼を見据える私の視線から逃げるように、ふいっとエレイフは視線をそらし、頭をかいた。
こうしてしっかり目を合わせている時にそらすなんて、いつものエレイフからは考えられない行動だった。
よほど何か思う所があるということだろう。
「すみません。ちょっと試していました。」
「ためす?」
「アオ様がご自身を庶民とおっしゃるものだから」
再度目を合わせ、苦笑するエレイフ。彼の言っている意味が分からなくて、私は首を傾げた。
「本当にそうなのか、試していました。」
笑みが消えて苦みだけが残ったような顔になる。まるで、悪いことをしていたと、白状しているような表情だ。
なんでそんなにばつが悪そうな顔をしているのか、私にはわからず、また、首を傾げる。
「本当に、アオ様は不思議ですね。ご自身では庶民と言うのに、こっそり俺の領分を増やそうとすれば気づかれる。かと思えば、こうした試すような行為が、裏切りとはお考えにはならない。普通なら二心ありと思われるかと。」
なるほど。と、思うと同時に、目から鱗な状態で、私は漠然と自分の中で固着し始めていたものに気が付いた。
どうやら私は、神様が認めたという一点に、胡坐をかいていたらしい。
しかし、それを省いたとしてもだ、どうも裏切りとは思えない。エレイフの行動は、私を害するための物とは思えない。
では、それが何なのかと言われれば、何だろう。でも、何か、こう、違うものがある気がして、私はそれをつかむために唇を開いた。
「試していた。と、言ったね。」
「言いました。」
「それは…そう、私自身を試していたのとは違うよね。」
言葉にしながら、そう、そんな感じだ。と、自分の言葉が胸にしっくりと落ちてくる。
ふわっとした靄が、はっきりとした形を作る。
「忠誠心がなくなっただとか、忠誠に値するか試したいとか、そういう事じゃなくて…えっと…」
言葉を探し探し、それでもエレイフの内面を想像してみる。
私が彼の立場だったらどうだろう?
生い立ちのわからない少女。
どこからきてどこへ行くのかわからない。
けれど、忠誠を誓ったという事は、そういう生い立ちだのなんだのは度外視で、彼は彼の心を預けられるような主を欲していて、騎士として、それを誓える相手がいる事を嬉しいと…感じていた様に見えた。
私の中に見出された忠誠に値するものの中身は私にはわからないままだが、忠誠を誓った主が、それでも、結局何なのかわからないままなのは、どうだろうか。
秘密を秘密のまま語れないと明示する主を持った彼は…
「エレイフは、私が何なのか知りたかった?それは、不安に思う気持ちが起因している?」
考えをまとめながらしゃべっているのか。しゃべっているから考えがまとまっていくのか。自分でもわからないながらに言葉が生じる。でも、口にした事は、当たってるのではないかなと思える。
エレイフの、あの時誓った言葉と想いが変わってしまっていたのなら、もっと違う行動に出たと思うのだ。
私を切り捨てるか、傀儡にするかといった行動に出るのではないかと。
けれどそうではないのであるならば、誓った相手が何なのか、見えないままでは不安にもなろう。
「エレイフの不安は、私の本質が見えない事?」
「表に出さないようにしていたはずなんですが…なんで、当ててしまうんですかね。アオ様は」
微妙に暴露しつつも、全てを詳らかにしてはいない現状を思えば、私が何かという疑問が膨れ上がらないほうがおかしいと、今更に思い至る。
だって、こんなにそばに居るのだから。
「アオ様、もし、私が『いつかアオ様は神代に消えるのではないか。と思っている』と言ったら、笑われますか?」
驚き。それ以外の感情が出てこない。
かむよ?かむよって、神代?どういう意味だっけ。神代。神様の時代?世界?
言葉の意味が推し量れず混乱する私をよそに、エレイフは言葉を続ける。
「変な事を言ってるとはわかっているんです。」
困った顔だ。困って、戸惑って、自分でも持て余している。そういう顔だ。
けれど、私から言えることがあまりにもない。
「アオ様が、あまりにも人より天に近いように思えるんですよ。ディオールジュ殿が平気でいられる意味が本当にわからない。」
「えっと、アレクシスさんも普通にしてるけど?」
「あぁ、あの方はそうでしょう。そういう方です。我々下々の者とはそもそもが違います。」
エレイフから私への謎とは別に、私の中に新しいアレクシスさんの謎が積まれてしまい、私は引け腰になる。
「主たる方を試して申し訳ありませんでした。今後はもっと気づかれないようにやりますよ。」
ちょっといたずらっ子のような顔で笑うエレイフ。その笑みは、私への気遣いだとさすがの私でもわかる。
わざとふざけてくれるそこから言及するべきなのか、ありがたくお互いに矛先を引くべきなのか。正しい行動がどちらかまではわからないけれど、ひとまずはその気遣いを受け取らせてもらおう。
今後の宿題だなぁ。お互いに。
「わかった。私も話せない事がある現状に胡坐をかいてる以上、不安を覚えるのは当然だと思う。」
「秘密があると、教えてしまってよろしいので?」
「『言えないことがある』と、今言える事も見せられる誠意もそれだけ。悪いけど、今はそれ以上は出せるものがないの。」
ちょっとでももらった物に返せる物があるのならと、差し出したものはどうやら彼にとって良い贈り物になったらしい。エレイフはどこか子供のような純粋な嬉しそうな笑顔を私を私に見せてくれたのだ。
「よろしく。や、ありがとう。と、いただけるだけでね、本当はすごく嬉しいんですよ。俺の、主様」
それでも、十分だと思える心もちで居続けられない。
それが人の生まれ持った性質なんだろうなと、私は頷く。
「今日も色々手伝ってくれてありがとう。エレイフ」
言葉を重ねて、想いを知る。
その分だけ近づいてしまって、結局私は、いつかエレイフを抱える覚悟を持たなければいけないのだと、そう気づいてしまった。
彼を抱えると決める時は、この世界での身の置き場を決める時になるのかもしれない。




