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今は誰とも会いたくない


 やーまいった。

 まいっちまった。

 すっかり燃え尽きたぜ…。


 心の中は最終回のジョーの姿が思い浮かんでおりますよ。はい。


 燃え尽きてもうどうしようもない状態になった私は、馬車に揺られながら町を過ぎたのを見計らい、そっと分厚い方のカーテンを引いて完全なる引きこもりモードになった。


 先の町で視線にさらされすぎて疲れた上に、最後の一撃が、もう、最高に強烈だったね。

 やられましたわ。

 今つつかれたら爆発してはじけ飛べる自信がある。

 私は床に丸まって寝っ転がっていますなう。

 膝を抱えて完全に床とお友達です。

 馬車の床だって?あぁ、大丈夫です。

 さすがカーライルさんの準備してくださった馬車。

 床はふっかふっかの絨毯が敷かれてとても柔らかいし、塵一つない行き届いた仕事ぶりがうかがえるので、私が宿にしていたお屋敷からこの馬車に乗り込むだけの距離しか歩いてない私の靴の汚れなんてたかが知れていますし、床とお友だちでも問題ない。


 あーヤバイ。

 意識をそこに持っていくとほんとヤバイ。ヤバイのでやめてください脳みそ様。町を出た時の記憶よ戻らないでおくれ。

 普段のエスコートであれば、アレクシスさんの左手に私が右手を乗せるだけのものですけども、今回はいろいろあれな事情がありまして、ちょっとアレクシスさんと私はもしかして…と周りに思わせる感じになるようにと、ちょっとエスコート方法が違っただけで、そう、あれはエスコートで、何でもない事で、だから体温とか、背中に回った手だとか、二の腕がちょっとアレクシスさんと密着してたとかそんなことは何でもいいので思い出さないでえぇぇぇぇっ!!

 うおおおおおおっっっ


 本日何度目かの悶え転げる行為を、誰の目も届かないからと馬車の床の上でしている私です。

 だってもうマジで無理だって。ほんと勘弁してくれませんか。

 これ以上思い出したら、心臓の鼓動、寿命分使い果たしてしまうよ。

 別の事を考えたい。

 別の事を。

 と、思うも、別の事が出てこない。

 勝手に頭がプスプスと悲鳴を上げるほうへと流れていくのほんとお前待ってくれよ。


 と、そんな感じで、悶え転げたり、爆発しそうな自分との葛藤のため、私は床で丸くならざるを得ないのです。

 いっそ殺せ。


 そんなこんなで私が一人で悶々としている間にも馬車は先へと進んでいく。

 まぁ、そりゃそうだ。

 ガタゴトガタゴト馬車が行く。

 悶え転げて暴れても、揺れる馬車の中だから、他の誰にも気付かれない。


 と、私が引きこもりモードをしてる間に、いつの間にか大分時間が過ぎ去っていたらしい。

 ガタゴト一定の速度で走っていた馬車が緩やかに速度を下げ、そして止まった。

 きっと午前休憩だ。

 あーでも今誰にも気を使える気がしない。

 むり。

 お外出たくない。

 まるで出勤を拒否したがる社会人。

 いい大人がなにやってるのかと言われそうだけど、大人だってキャパオーバーすればこんなものだよ。

 今人にやさしい声かけられないし、明るい笑顔も返せないし、そもそも声が出せる気がしない。

 もうなんだよもー。私だってそんな私が絶望的に嫌いだよ。


 コツコツ


「あるじさま…?」


 しばし経って、エレイフが静かに、こちらの状態を伺うように、声をかけてくれる。

 あーうー。

 いっぱいいっぱい過ぎてどう声を返せばいいかわからない。わからない。

 外に出たくない。


「休憩ですが、このまま馬車におられますか?」


 あぁ、もう、優しい。本当に、エレイフはできる子だなぁ。

 はい か、いいえ で答えられる言葉を選べる人だ。

 仕事ができて当然だ。

 こんなくそニートにそんな優しくしてくれて…。


「…ごめんね。町でちょっと疲れ過ぎちゃった。」

「そうですね。休まる町ではなかったですから、このままどうぞゆっくりしていてください。用があれば、壁を叩いてくださいね。」


 優しい声音で静かに話す、いつもと違うトーンがしみいる。

 そんなエレイフが相手だから、不思議なくらいちゃんとした声が出たんだろう。

 思ったよりも、ちゃんとした声が出た自分に驚いた。


「ありがとう。」


 情けなくて泣きそうだけど、それをこらえてなるべくはっきりとお礼を述べた。


「アオ様にそういわれるのは、心地いいですね。」


 ちょっとだけささくれだった気持ちがおさまる。

 本当は、外に出た方が良かったのかもしれない。そんな風にも思えたけれど、今は誰の視線にもさらされたくない。という気持ちが大きくて、とても座り込んだ床から立ち上がれる状態ではなかった。

 それから箱の中に一人、ただぽつねんとしていた。

 外の人のざわめきがなんだか不思議だ。

 まるで、元の世界の狭い自分の部屋の中で引きこもっている休日のようだ。

 人の生活音が外から飛び込む。

 けれどもぴっちり絞められたカーテンの内側はただしんしんと静寂だけが降り積もる。

 その静けさに埋もれていく感覚は嫌いじゃない。


 コツコツ


 そこへ、またノックの音が控えめに届いた。

 私はもそりと上半身を持ち上げた。

 ぺったりと床に座って、ドアを見ていると、少ししてから声がした。


「聖女様、その、もしよろしければ、お茶を中にお入れしてもよろしいでしょうか?扉を開くのは最小限にとどめますので。」


 私は目を見開いた。

 声の主はカーライルさんだった。

 カーライルさんは私の貴族側の後見人であり、現在のこの隊の指揮をとっている人だ。

 休憩であっても全然休憩にならないくらい忙しく指示を出している人だ。


「心が落ち着くハーブティーにはちみつを垂らしたものです。よろしければ…」


 心配を、かけている。

 それは最初からわかっている。

 心配をかけるような行動だった。

 軽率な行動は慎むべきだ。


 優しさが嬉しい反面、重くて、重くて、たまらなくなる。

 天秤のつり合いはとれず、ぐちゃぐちゃだ。

 けど、ちゃんと、優しさを受け止められる人でありたい。


 私はぐちゃぐちゃになってしまった三つ編みをほどいて、ぐっとおでこから後ろへ、手櫛で髪を流し、前を向いた。

 カチャリと、扉を、ゆっくり開く。


「聖女様…!」

「ごめんなさい、カーライルさん。心配をかけて」

「いえ、いいえ。私の事など」

「いつもありがとうございます。」


 うまく笑えた気がしないけれど、私が笑うと、カーライルさんも、少し目をすがめてから笑った。

 それからお茶を受け取ると、カップはそのまま馬車の中に置いておいていいですからと、カーライルさんは人の輪のほうへと戻っていった。

 出発までにやることがあるのだろう。いつもそうして、色々な事を整えてくれている。

 私は、今日はきっと町の見学をする元気はないだろうから、休憩1回1回の時間を多めにとってカーライルさんも休んでくださいねと背中に向かって言ってみたけど、カーライルさんは振り返りながらゆるりと微笑みを返すだけだった。

 はい と、言わない所が、彼の誠実なところだと思う。

 背中に揺れる一本にまとめた髪が鈍く光ってとてもきれいだ。

 きっと時間があっても休んではくれなくて、他の人の休憩の時間を作るのだろう。

 カーライルさんはとても勤勉な人だ。それに比べて自分は…と、うじうじしそうになるが、そっとお茶に口を付けたらほぅ…と一息。そんな気持ちも落ち着いた。

 ほんのりとした甘みが優しく、すっと通っていくハーブの香りが気持ちを軽くしてくれるようだ。

 私はそのまま床に体操座りの体勢を取り、膝の上でカップを持ち、座席を背もたれにしながらぼんやりと考える。


 人の優しさがしみいる。

 そこまでしてもらう価値のなさも一緒にしみいる。

 聖女といわれる自分と、何も生産していない現状と、この環境で自分はどんな大人になるというのか?という疑問。自分の実年齢はともかくとしてだ。

 現状、女神様が下さったこの体はどう見ても17歳かそこら。

 家はない、家族もない、お金もない、そして、この先身を立てる術を知らない。


 はーい。ないないづくしだなぁー。もー。


 後見人はいるが、さても、そこに甘えてどうするのだと思ってしまう。

 実年齢と、見た目年齢のギャップが、いまだに私の足かせとなっているようにも思える。

 だが、とにかく実年齢から考えるのはまずはやめるのだ。


 17歳というと、この世界では平民は働き始める年ごろだと聞く。

 貴族のご令嬢の生活は、正直あまりにも私には未知数で、理解がまだ及んでいないが、貴族のご令嬢方のお役目は家のために伝手を作り、人脈を作り、人の流れを見る事なんだそうで、つまりは、お茶会と夜会が仕事という事らしい。

 私にはその感覚はわからない。

 どうやら、貴族の令嬢が労働するというのはあり得ないのだそうで。

 社会全体がそのような風潮なので、まずもって働き口もみつからないだろうと私でも思い至る。


 この聖女様ボディの良いところは、私の希望通りの素晴らしい理想の聖女ルックスだが、この聖女様ボディの悪いところも、そのすんばらしーぃルックスだ。

 どう見たって平民には見えまいよ。

 私だってごまかせる気がしない。

 こんなにきめ細やかなお肌で、色白で、手足は小さく滑らかで。

 誰が平民などと思うかね。

 どちらかといえば、金持ちのお屋敷の奥で買われているコマドリではないかね。


 私は、自分の道をみつける時間が欲しいから、中央教会に絡め取られてはいけないのだと、行く前の目標を定めた。自分で決めた道を、もう一度思い出す。

 自分自身のためにも。

 現状維持で延々カーライルさんにお世話になり続ける事には何ら意義を感じない。


 あーあ、二次元ならなぁ。

 きっと中央教会にたどり着いてヒロインの物語が始まるって感じなんだろうなぁ。

 聖女としての方向性が示されて、ステータス上げるお勉強しながら攻略キャラのイベント起こして、なんらかの目標に到達して、誰かと結ばれてめでたしめでたし。

 みたいな。

 でも、そうは問屋が卸さないのだ。

 ここは二次元じゃないし、私はゲームのヒロインじゃない。

 この世界に来た時から私の人生はまた始まった。

 目標を、見つけなければ。

 強く思う。

 せっかく女神様に人生と、神からの役目をもらって生まれたのだ。

 この世界はとてもきれいで大好きだ。

 私は、私のできることをきちんと積み立てていきたい。


 そのためにも…結局は今は勉強するしかないんだよね。うん。

 世界の事を、学ばねば。


 今までとは違う決意で、私はそれを胸に落とし込んだ。

 これ以上、自分の至らなさにへこむのは、やっぱりいやだもの。



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