ひとつ目の町 メンタルを生贄に
この世界に来て最初のお出かけは、エレイフをすねさせてしまったのが個人的にちょっと気まずくて、とりあえずさらっと町を見て終わってしまった。
うぅ…自分がどこまで行ってもヲタクにしかなれない現実に、打ちのめされるだけのお出かけになるとは…思ってもいなかった。
なぜ!なぜなの!なぜなのよー!?
心の中で真っ赤な悲鳴を上げておく。私もお星さまになりたい。
だがそれでもヲタクの魂は消えない私。
とりあえず、忘れないように町で気になったことはメモに残した。
後で調べよう。
直らないんだよ。調べ癖ってのは。
きっと一生私が私である限り無理だ。
だって興味あるんだもん。その上、いいのか悪いのか、知ることのできる環境にいるのだもの。
こんな時は、神様に会いたい。ちょっと間抜けな話を淡々と聞いて欲しい。
道中はさすがに自重しなくてはと思っている私ってえらい。と、自画自賛して心を落ち着けたところで、私はベッドを出た。
相変わらず朝日が出るより先に起きてしまう私は、目が覚めてから日が出るまでの間、この悲しい一人反省会を行っていたというわけだ。
用意していただいたお布団はふっかふっかで寝心地最高でした。
ありがとう。
日が昇り始めてうっすら明るさを持ち始める部屋に足をおろし、私は、はた…と、気が付く。
そういえば、着替えとか、どうすればいいんだろう?
荷物の管理はカーライルさんの事だ、完璧に行ってくれているはずだ。
だが、それがどこにあるのか私にはさっぱりである。
大事にしているものとか、すぐ使う櫛なんかは鏡台の所にセットしてくれていたから、全然疑問に思っていなかった。
なんてことだ。
昨日の夕食の時に聞いておけば…いや、昨日の夕食は、ゲオルギオスさんがいたから駄目だ。聞けなかった。
さても…困った。
恐らくは、このお屋敷でも私のお世話をしようと侍女さんたちが裏側で準備をしてくれているだろうが、きっと誰も、もう起きてるなんて思ってもないだろう。
腕を組み、うんうんうなっていると、こっそり という感じのひっそり控えめなノックの音が聞こえた。
え、誰だろう。
侍女さんたちなら、こんな周囲をはばかるようなノックはしないはず。
私はとにかく寝間着の上から大きなストールを巻き付けて、髪の乱れをささっと直してから寝室から隣の間へと出た、いろいろ考えあぐねた結果、ちょっとだけ扉を開いてみることにした。
そろり と、ちょっとだけ隙間をあけたら、黒い衣服の合わせ目と、ブラウスが見え、その上に視線を上げれば、黒い髪に縁どられた硬質なお顔。
「あ、あれくし…」
名前を途中まで呼ぶも、しーというジェスチャーをされ、私は黙った。
そのまま、中に入っても?というジェスチャー。
私はこくこくとうなづき、アレクシスさんを招き入れた。
「おはようございます。」
招き入れ、扉をぴったりと閉じ、とりあえずは朝のご挨拶。
こんな朝早くからいらっしゃるなんて、絶対…
なにか、あった、よね?
私は脂汗を流しながらとりあえず笑ってごまかしてみるも、ごまかしきれてないなって思う。
「実は、昨日のお出かけされた件で、噂が広まっておりまして。」
「は、はい。」
昨日、昨日…何かした?
めっちゃ悲しい感じで終わったことしかわからない。
「夜のうちにお伝えできればよかったのですが、さすがに夜にこちらへ来るのははばかられましたので。」
と、言葉を区切られる。
うおー早く、やるならいっそ一思いにやってくれ!という心持ちで言葉の続きを私は待つ。
「実は、昨日のお出かけの後、噂が広がっております。」
「うわさ…ですか。」
噂といわれて思い出すのは、年上好きの噂の方だが、お屋敷でひそかに広がっていたその噂が、この辺りにまで伝わるとは思えないので、頭から即座に振り払う。
「騎士隊長殿がアオ様の護衛騎士なのでは…と、町の中で大変広まっており、お屋敷の方にはカーライルが対応をしているのですが、出発までに今後の対応についてお話を詰める必要がありましたので。」
私は、とりあえず、首を傾げた。
町の中で広まる護衛騎士の噂。
護衛騎士という地位は、騎士と聖女または聖人双方の合意の元、つけるものと聞いている。
まず、他人が勝手に決めることはできない。
そして、護衛騎士になると、教会内での所属が根本的に変わる。
現在のエレイフのついている大隊長の上に騎士団長がおり、その上にいるのが教会のトップだという話だ。
護衛騎士の場合は、聖女様直属の独立騎士隊となるそうなので、命令系統や所属なんかが一気に変わる。
さて、そういう事を色々思い起こしてから、では、町の皆さんが噂をしているという事実に帰ってきましょう。
ポク ポク ポク チーン
問題点がいまいち、わからない。
いや、事実と異なる事柄が勝手に独り歩きして、中央教会でそのまま嘘から出たなんちゃら的に押し進められてしまうのは困るけど。私の目標は、中央教会に取込まれずに帰ってくること。
その障害になるという事だろうか?
私の頭に浮かぶ疑問符に気づいた様で、アレクシスさんが、とても口にしたくないといった風情で眉間にしわを寄せました。
なるほど、言いづらい事なのだとわかる。わかるけれども、内容は全く予想がつかない。
「…この話は、あまり、積極的にアオ様にお伝えしていなかったのですが。」
「またしても、あえて話していなかったという部分の話な訳ですね。」
私はすっと居住まいを正し、アレクシスさんをまっすぐ見た。
気を引き締めねば、内容を受け止められる気がしない。
「護衛騎士についての知識は、お伝えした通りですが、民が噂として口にする場合、特別な意味合いが含まれます。」
あ、これは、なんか、いやな予感が…。
いやな汗が頬を伝う感覚。
「将来の伴侶または、恋仲であるという意味が多分に含まれて話題に上がるのです。」
「わぁ…」
やっぱりー。
「そう民に浸透しているくらい、過去の護衛騎士と結ばれご結婚されている方の数が多いのです。とかく、色恋の話は、人々が特に好むものですので、瞬く間に広まってしまいます。それが真でなくとも。」
「よく、わかります。」
「そのため、別の話題で打消すべきとは存じますが…」
アレクシスさんの歯切れが悪い。
つまり、代わりに広めようという噂も結局何かを犠牲にするものという事だ。
いやそりゃそうだよね。
ひと様の恋の話程おいしいものはないもんね?
それが、聖女様と騎士様なんてもともとの土壌がある分、より浸透しやすいことこの上ないわけで。
色恋話を打消すなら、別の相手がいる方向で噂を打消すのが手っ取り早いが、それって肉を切らせて骨を切るってあれだし、結局私のコイバナは人の口に上るし広まるわけじゃないですか。
いやでも、護衛騎士の噂よりはいいのか?うぅん…
「…ち、ちなみに、どんな、噂を…」
「手段として今考えられるのは二通りでしょうか。」
アレクシスさんの話を聞いて、私は絶望故に真っ白になった。
えぇ、それはもう、見事に。
「アオ様、大丈夫ですか?」
「あー…えっと、ちょっと、無理そうです。」
あ、あはははははは と、乾いた笑いだけが口からかさかさと出るばかり。
心配してくださるのはうれしいが、全然、ダメだ。
こいつは…途方もない事態になりそうだぜ。
朝食を楽しむ余裕もなく、私は出発の時刻を迎えてしまった。
相変わらず、私の頭は真っ白です。はい。
けれど、このまま噂を噂のままにしておくのもどうなのかという話で、いや、私も、エレイフが恋人または、実は両想いのお二人なのではという噂の種になるのは困るわけで。
かといって、他の人が恋人または、思い人とか口の端に上るのも困るんですけどね!?
あーでもなんだこれーあー…
もう、何を困っているのかもわからなくなってきた。
出そうになるため息をこらえながら、私は静かにソファーに座っていた。
そこに、軽やかなノックの音。
「聖女様、ご準備が整いました。」
「参ります。」
お屋敷に勤めていらっしゃる方がそう私を呼んでくれたので、すっくと立ちあがり私は声を張りました。
しずしずと歩いていけば、扉は廊下側から開かれ、私の通る場所は綺麗にあけられ壁際に皆さんが寄っているのが見えます。
一晩明けてもこの視線はきつい。
だがしかし、私へのきつい試練はこの先に待っているのだ。
玄関ホールには先に他の方々がそろっており、真っ先に私に差し出されるアレクシスさんの手。
ですが、今日はその手はいつもと左右が逆。
顔が引きつりませんようにと祈りながら、ゆるりと手を重ね、その目を見上げ、笑いかける努力をする。
すると、なんという事でしょう。
普段硬質で無機質なそのお顔に、柔らかさと温度が宿り、しばしの間暖かな微笑みが浮かびあがりました。
至近距離!
今すぐ死にたい。
いや、昇天する。
心臓が止まる。
むしろ、爆発する。
手が重なった後、アレクシスさんのもう片方の手が私の背に添えられ、私はゆっくりとカーライルさんの横へとアレクシスさんと一緒に歩を進めました。
しん…とした玄関ホール。
お屋敷の主であるゲオルギオスさんのお顔も少々驚きに固まっています。
いや、私も、こんなことをしたいわけじゃないんです本当です。
ただ、他に代替え案が浮かばなかったんです。
だって、噂を打消すには別の噂または、もっと衝撃的な話題だって事で出たのが、出発の時に別の人が恋人なのでは?という疑惑を作って混乱させるか、いっそ神様をお呼びしてその衝撃できれいさっぱり噂を忘れさせるかじゃないですか。
別に、エレイフと恋仲なのかもって噂されても困らないわーって事ならいいんだけど、正直困る事が出てくる可能性とか、派閥問題が出てくるとか、そういう領域の話な訳ですよぉ。
だとすれば、私にできることはもうこれしかなかった。
自分のメンタルをガリッガリに削ってこの死にたいほどの羞恥プレイに耐えるしかない。
神様?え?呼べるわけないよ!
こんな、観衆に囲まれて呼べるわけないじゃない。
そもそも、呼ぼうと思って呼んでるんじゃなくて、自然とありがとうって思うものが祈りになってるんだから、こんな状況でそんな心境になれるはずがない。
ゆるりと、カーライルさんに並び、ゲオルギオスさんの顔を見上げる。
それを合図にカーライルさんが口上を述べ、一夜の宿をお借りしたお礼をお伝えし、私たちはそれに続き、礼をとった。
それからお屋敷の扉が開き、通りに詰めかけた人々から歓声が上がる。
私は、立ちすくみそうになる足を叱咤し、一歩、外へ出るも、人々の多さに足を一瞬止めてしまう。
「アオ様」
静かに私を促す声。
私はそっとその目を見上げて、ゆっくり瞬きを返すことでわかっていますという気持ちを返す。
アレクシスさんの手を取って、背に回る手の温度に、心臓が破れそうだとかそういう事を考えるのをやめようと努めながらほんの数十歩、馬車までの距離を歩ききった。
「よく頑張られました。」
耳をかすめる小さな声。
い、今褒められても…!
パタリと馬車の扉が閉まり、私はなるべくゆっくり座席に座り、そして、燃え尽きたのだった。
薄いカーテンありがとう。
私の表情をどうかそのまま隠しておいておくれ。
かくかくと手だけはふりつつ、私は心底馬車のカーテンに感謝しながら町を出たのであった。
カーライルさんのお屋敷を出てまだ二日目。
私は、無事に中央教会にたどり着けるのだろうか。




