ひとつ目の町 視線が痛くて死ぬかもしれん
こんにちは。聖女です。
正確には中央教会的には聖女候補?らしいです。
候補って何の候補やねんって、長らく思ってるんだけど、だれが候補から正規だと断じるんだろう。不思議だね。
さて、そんな聖女様な私は、この辺りでは救世主的扱いのようです。
おかげ様で衆目の的で胃が死にそうです。
中央教会へ向かう道中の最初の町にたどり着いた私たちは、町の代表たる貴族の方に案内され、町の中央にほど近いお屋敷へと案内されました。
白塗りの壁が美しいお屋敷は、パタリと扉を閉じた後も私に平穏をもたらしてくれませんでした。
従業員の皆さんの目が痛い痛い。
仕事をしつつも、きらきらとした目がちらっ って。するわけですよ。
あ~~~見られてる。
すごい、見られてる。
ナニコレ、ドウシタライイノ。
「聖女様に於かれましては、長旅お疲れでございましょう。」
にこやかに話しかけていらっしゃる町の代表は、きれいに整えた口ひげのナイスミドルである。
名前を、ゲオルギオス・ブレイク。
名前もすごいし強そうだし、白髪交じりの灰色の髪がまたちょっと野性味があってかっこいいです。
ちなみに既婚者で、自己紹介いただいた際に一緒に奥方も紹介された。
奥方は私よりもずっと背の高いちょっと骨太なタイプの女性。
力強い笑みに、私もニコリと笑い返してご挨拶した。
「このような素敵なお屋敷にご招待いただきありがとうございます。花束までいただいてしまい、これほど歓迎していただけるとは思っておりませんでした。」
と、ゲオルギオスさんに花束をゆすって示すと、いえいえと両手を振り、首を横に振られた。
「その花束は、我々からの感謝の印でございます。」
「感謝?」
首をかしげる。
感謝されるような事は何もないと思うのだが。
ここを通るのは道的な意味で必然なのだし、感謝されることでもない。
2度3度と目を瞬かせると、ゲオルギオスさんは目元を緩ませふふっと笑った。
「やはり、お噂に聞いた通り、慎ましやかなお方でいらっしゃる。この辺りの土地は、神無きとまで言われるほどの地でございました。そのような地で、誰にも届けられぬ祈りを届けてくださった。貴女様は我々をお救いくださったのです。その感謝を、ささやかながら形にさせていただきました。」
私は、絶句した。
その目には覚えがある。
カーライルさんと、一緒の目。いや、それ以上に無遠慮な目だ。
そして、このお屋敷の皆さんの目がまた一層痛くなる。
ごめんなさい。それ以上その目で私を見ないでください。
心を閉ざしそうだから。
私は、早々にあてがわれた部屋へと撤退した。
しんどい。
マジしんどい。
そんな素敵な人間じゃないんだってばよ。
部屋に入ると、エレイフが私から花束を受け取ってくれたので、まずはスカートのほこりを払ってから、ぼすりと、ソファーへと深く沈みこんだ。
「町に入ってからが、疲れた。」
「ははは、そうですね。」
軽やかなエレイフの笑い声に癒される日が来るとは…。
本日何度目かのエレイフ褒めである。
「ディオールジュ家は本家も分家も人材教育にうるさい…もとい、熱心でいらっしゃると有名ですから、お屋敷の中で働く方々の教育の高さは目を見張るものがありましたね。」
「そうなんだよねぇ。あの視線の嵐、耐えられる気がしない。」
「では、このまま室内で過ごされますか?おそらく町の中に出ればすごい事になると思いますよ。」
数秒考え、私はすっくと立ちあがった。
「行く。」
このまま何も見ずに素通りなんてもったいない。
何より、知らない土地!異世界の街並みだよ!?
見ない手はない。
私は欲望に忠実なヲタク属性をいかんなく発揮する。
「さすが主様。」
わーと、歓声を上げながらぱちぱちぱちと楽し気な笑顔で拍手をするエレイフ。
もしかしておちょくってる?とは、思いつつ、まぁいいや。と、考えるのを放棄した。
今日はもう十分疲れた。
もう頭を空っぽにして楽しみたい。
「では、外に出る編成を組み、ディオールジュ殿と日程確認をして参りますので、お迎えに上がるまではこちらにいらしてくださいね。」
「わかったわ。エレイフ、よろしくね。」
私がそう言うと、エレイフは驚きに一度目を見開いてから、満面の笑みを浮かべた。
「はい。お任せください。」
エレイフが部屋を出て行ったあとで、はた…と、気づく。
あれ、そういえば、エレイフが部屋の中についてくるのを自然に受け入れていたけど、ここ、私に用意された私のための部屋だよね。
わぁ…ここしばらくずっと後ろにくっついて護衛です。って、語尾にハートが付きそうな声で言われ続けた結果がこれって、こわい。
慣れって怖い。
いや、エレイフが怖いのかも知れない。
自然と受け入れやすい空気を作ったり、視線が不自然じゃないとか、変にこちらを意識しすぎてないですよ。と、こちらに思わせる術を身に着けているのだと思うと、なるほど、若くして大隊長まで上り詰めた実力者なのだと思い知る。
カーライルさんのお屋敷では全然わからなかったが、この町に来てよく分かった。
エレイフもすごいのだ。すごい人なのだ。
気を付けよう。
知らぬ間にこんなに懐に入り込まれているのだと自覚を…いや、自覚って言っても、もう遅いのでは?遅いのでは?
私は一人、頭を抱えた。
コンコンコン
そこへ、ノックの音が響いた。
エレイフずいぶん早いなと思うも、顔を上げて返事をする。
「どうぞ。」
部屋に誰かが来たときに返事をするのも慣れてきたものですよ。
こちらに来る前はそういう機会ほとんどなかったから、案外緊張するものだと知った頃のことが懐かしいよ。うんうん。
「失礼します。アオ様」
ガチャリ 扉が開いて入ってきた黒い髪、赤い目の人に、私はびっくりして思わず肩を揺らしてしまった。
「あ、アレクシスさん?」
てっきりエレイフだと思ってしまった自分を呪うしかない。
誰が来たのかちゃんと誰何しなかった私のバカ。
やっぱり進歩はあまり見られてないようだ。初めて会った日も、何の準備もできてないのにアレクシスさんを招き入れてしまった事を思い出した。
「…アオ様、また髪が少々ほつれていらっしゃいますよ。」
「え、あ、だ、大丈夫です。出かける前に整えるので!」
ゆるりと近づくそのつま先が目の前に来る前にと、私は両手をぶんぶんと振りながら先に断りを入れた。
過去数度の経験で、そろそろ私も学んできていますとも。
アレクシスさんは身支度などに関してとても目ざとい。
そして、私の髪を整えてくれたりする意外な面倒見の良さを発揮したりすることがあるのだ。
正直、アレクシスさんのパーソナルスペースは、いまだに謎です。謎です。
「そうですか。やはりお出かけになられるのですね。」
「あ、はい。今、エレイフに準備をしてもらいに行っています。」
「行き違いになってしまいましたね。カーライルは今ブレイク殿とやり取りをしているため抜け出せないので、私が参りました。」
「何かありましたか?」
「こちら、町の中で買いたいものがあればお使いください。と、カーライルから言付かっております。」
「え!?」
右手を取られ、手の平の上に乗せられたのは、革でできたこちらのお財布。
私の見たことのあるものと照らし合わせるのであれば、男性がよく持ち歩く小銭入れのようなもの。
ボタンをパチリを外せば、折り畳み重なっているふたがあき、中全体がよく見える形だ。
この世界は貨幣経済だと聞き及んでいるので、お財布はそれなりの重さをしている。
ところで、これってお小遣いですよね…。
乗せられた重みをじっと見つめ、もらうべきかを真剣に悩んでしまう。
この年で…おこずかいって…。
「いざという時のために、お持ちください。」
「いざって…」
「何があるかわからないのが世の中ですから。それに、カーライルはアオ様の後見人です。こうしたものをご準備するのも役割の一つとお考えいただければよいかと。」
えぇ…と、情けない声が出た。
お小遣いをもらう年齢じゃないが、この世界で何も持っていないのだから、年齢がどうとかそういう問題でもないだろう。
また頭を抱えたくなるが、ぐっとこらえる。
ここはひとつ、受け取っておくべきだろう。
「あ、ありがとう、ございます。」
「よければ少し使ってやってください。」
「はい…」
うーん…これも一つのサービスと思うのがいいのかもしれない。
色々とお世話になっているわけだし。
すでにたくさんのお金を使わせているわけだし。
お世話にならないという選択肢は選べないのだし。
それならば、多少相手の願いに沿うのがある意味で孝行とも言えるのではなかろうか。
私は右手のお財布をそっと両手で包み、アレクシスさんに向き直った。
「カーライルさんに、ありがとうございますと、お伝えいただけますか。」
「えぇ、承りました。町の中へは私も同行したかったのですが、今回は私も色々と打ち合わせに参加せざるを得ず、申し訳ありません。」
「えっ…アレクシスさん、一緒にいらっしゃるおつもりだったんですか?」
私は驚き、目を見開いた。
「同行してはいけませんでしたか?」
いぶかし気な目を向けられてしまうが、いやいや、違うんです。そうじゃないんです。
だって、アレクシスさんって、私の妄想かもしれないけど、だいぶいいとこの出の高位の方だと思うんですけど
「カーライルさんのところのお屋敷の中ではともかく、外に出たらお生まれや立場のあれこれが付いて回るのでは?と、勝手に思っていたんですが違うんですか!?」
と、言い切ってからしまった。と、口を押えた。
「う、生まれとか詮索しないという約束だったのに。すみません。つい、勝手に想像を巡らせていたことが出てしまいました。」
ペコリと、頭を下げると、アレクシスさんから小さなため息が漏れ聞こえた。
「…どうやら気を使わせてしまったようですね。申し訳ありません。」
「え、いや、違うんです。そんなことないです。」
顔を上げると、ちょっとだけ困ったように片眉が下がっているアレクシスさんがいた。
「周囲に詮索しないのであれば、ご想像にお任せしますので、そこはご自由にしていただいて結構ですよ。」
私は目をパチパチとした。
まさかの了承をいただいてしまうとは。
合ってるとも間違ってるともいわないアレクシスさんはさすが過ぎますね。余計頭が混乱しそうだ。
「う…わかりました。この件はとりあえず、置いておきましょう。この後は一度町に出て、戻ったらこの部屋で待機していますので、何かあれば呼びに来てください。」
「承知いたしました。騎士の方々は優秀なので大丈夫かとは思いますが、お気をつけていってらしてください。」
「はい。行ってきます。」
最後はそう、和やかに挨拶を交わすと、なぜかアレクシスさんはポンポンと私の頭を撫でて部屋を後にした。
な、なんで結局頭なでられてるんだーーーー!?




