約束を もう一度繋げよう
女神様が去った後も、触れられていた頬と胸には温もりが残り、私は至福の中、光の最後の一筋までを見送って ほぅ…と、息をはいた。
女神様、やっぱり素敵な方だなぁ。
そんな気持ちを大事にしまうために、女神様にもらった石をはめこんだペンダントに服の上からそっと触れ、それから光の貴公子へと顔を向けた。
光の貴公子もまた、席を立ち、私に視線を移した所だった。
視線が交わりあう。
私は、今日、この時のために用意していた言葉を口にするかをちょっとだけ迷った。
人の子の営み等、神様にとっては小さな変化にすぎないかもしれない。それをわざわざ伝えても、神々には関係ないかもしれない。
ありんこの巣が移った様なものではなかろうか。そんな想いが頭をめぐった。
けれど、今までの光の貴公子と過ごした他愛もない時間は、互いの間に結ばれた情を私に信じさせる。
光の貴公子も言ってくれたが、私にとっても、かけがえのない大事なひととき。
「神様、私数日後に、この国の王都にある中央教会へ向かう事になっているんです。」
「中央教会…」
脳内の情報を探すように視線を虚空に漂わせたあと、光の貴公子はあぁ、と、声をあげた。
「彼の地は別のものが守護しているな。」
「やっぱり…そうなんですね。」
そんな予想はしていたけど少し、寂しくなる。
光の貴公子と、暫しのお別れかもしれないと思うと、その大きな手を握りしめたくなる。
この繋がりを離したくない。
「聖女、その様に寂しげな目をせずともよい。どこにいようと結ばれた縁は失われぬ。」
私は目を見開いた。
「そなたが結んだのだ。何度も重ね重ねた時は揺らがぬ。」
光の貴公子は、私の手を握り、更にもう片方の手で私の手の甲も包み込んだ。
安心感のある、大きな手。
私も、空いている手をそこに重ね合わせ、握りしめる。
気持ちをその中に閉じ込めるように。繋がりをその感触の中に確かめる様に。
「こうして、何度も何度もここで私の誰にも話せない”私の話し”を聞いてくれて、ありがとう。」
光の貴公子が居たから、聖女でいられた。
人に話せない心を、聞いてくれる相手が居たから、見失わずに済んだものがある。
「神様、また一緒にお茶を飲んで、私の話し、聞いてくださいね。」
「約束しよう。」
「私も、神様のためにまた、この土地の物を用意しておくと約束します。」
「楽しみにしておこう。」
不思議と暖かなものが互いの手のひらの間に溢れたような感触がした。
首をかしげ、握手のような形で握りあっている互いの手を見つめ、光の貴公子を見上げると
「約束だ。」
と、もう一度重ねてからするりと手が離れた。
その間には、小さな花。
「この土地に咲くそなたの色だ。」
花弁の色は薄紫。
それは、私の知る菫とよくにた小さな花。
小さな花を壊さないよう、恐る恐る指先で持つと、光の貴公子は満足そうに光の中へ溶け天へと帰って行ってしまった。
「約束…」
天の光が最後の一筋まで見えなくなるまで見送って、それから私はそろりと自分の手の中の物を見た。
「これって…」
もしかして、この土地と私の縁の証とか、そういうことだろうか。
私の色というのは瞳の色だと思われる。
そして、この土地に咲く花。
「神様…大事にしますね…」
私はそっと花に唇を寄せてから、一時安全な場所にそれらを置き、神々へお出ししたものの片付けに移った。
女神様や光の貴公子がここにいる時には気づかなかったが、辺りはもうすっかり暗くなっている。
「急がないと、お夕飯の時間だ。」
お屋敷でお世話になり初めてからというもの、規則正しく生活しているから、食事の時間で慌てることなど初めての事。
自分のご飯が遅くなるだけなら別になんでもいいと思うが、今はご飯を作り、提供し、片付けをしてくれる人が、私の生活の裏には多すぎる。
時間がずれればそんな皆さんの働く時間がずれてしまう。
そんなの、職場環境的にも絶対によくない。
ヒモ状態の私が、今日、こうして皆さんへ慰労のお茶会を開いておいて、時間をずらさせてしまうなど、本末転倒も良いとこだ。
片付けを終わらせ、ワゴンを部屋の出入り口へと寄せると、安全だろうと扉付近のテーブルへと置いておいた花をまたそっと手に取った。
そうして、私はもう一度、今日の舞台となったサロンを見渡した。
普段と様相の違う部屋は、今はもう日が落ちて暗い。
たくさんの人の手で作られた空間と時間。
私は、お腹の前で手を重ね、ゆっくりとお辞儀をし、たっぷり二秒後またゆっくりと頭をあげた。
「お世話に、なりました。」




