結びの目
「あら。あたくしはおじゃまね。」
女神様からまさか過ぎる言葉が届き、私は慌ててぶんぶんと激しく首を降った。
「そんなことないです!お会いできてうれしいです!」
「…主神よ、人の子を困らせるのは感心致しかねます。」
「あら酷い。いじめていなくてよ。」
私の否定の言葉を引き継ぐように、神様が静かに諌める。
思わぬ場所に流れた会話にあわあわしていると、女神様がそんな私に、ふふっと楽しげに笑った。
「冗談よ。あたくしの聖女」
「ですから、そういうところが困らせているのだと言うのです。」
「あなたは頭が固すぎるというものだわ。」
「え、えと、もし、ご迷惑でなければ、その、め、女神様も一緒に…お茶をいかが…で…しょう…」
私は必死に口を動かしたが、あまりにも分不相応な自分の提案に、どんどん言葉はしぼんで途切れ途切れになってしまう。
それでも、なんとか視線は地面に落とさずに言えた。
たぶん、顔はとてつもなく情けなくなっている。
「あたくしのかわいい聖女。なんて顔をするのかしら。素敵なご招待だわ。ねぇ、そうでしょう?」
「約束の結びがこのようなよき日となるとは思いませなんだ。」
私は、きっと生まれてからこれまでで一番、輝いた瞳をしている事だろう。
あまりにも嬉しく、あまりにも人の身には過ぎた出来事に、ひたすらわたわたしながらも、神々をベージュのテーブルクロスのあるテーブルへと招く。
それから、1脚ずつ、椅子を運び、テーブルを整える。
「あの、私が作ったのでは無いのですが、このお屋敷の料理人さん達と一緒に、新しい料理の研究を始めたのです。そちらをお持ちしますので、少しお待ちくださいね。」
予定外な部分はあれど、そんなことはなんでもいいのだ。
お茶会の後、部屋の前に新しいお茶とお菓子のワゴンを置いておいて貰えるよう、お願いは済んでいる。
見苦しくない様慎重に、でも、待たせないよう足早に、扉へたどり着き、扉を開き、ワゴンを探して視線をさ迷わせると、驚くべき事にワゴンの置いてある廊下の片隅にアレクシスさんの姿が。
「えっ!?」
約束の事は誰にも話していないはずなのに、どうしてと思ったが、ワゴンをこうしてお願いしていたのだから、何かすることはわかりますよ。という様な苦笑が美麗な顔に浮かんだ。
中の方々の事は把握されていないとは思うが、感づかれては居る気がして、見透かされている様に思え、何故か少し気恥ずかしくなる。
アレクシスさんは一言も言葉を発さず、入り口から少し先の人の出入りに邪魔にならないような場所に並んでいるワゴンを私の前まで押して来てくれた。
そして、きびすを返すと、もう一台並んでいたワゴンの取っ手もつかむ。
その行動を押し止めるべきかと少し迷ったが、わざわざ手伝いとして来ていると言外に伝えてくれている行動に、私がここでもたもたする訳にもいかない。
まずは一台、ワゴンを部屋の中へと移動させ、お二方に提供するのにちょうどいい場所へと運び、もう一台を移動させるためにまた廊下へと出た。
さっきは扉を半開きにしたままあっけにとられてしまったが、今度はきちんと扉を閉めて、扉の前までワゴンを押してくれたアレクシスさんの前に立つ。
何と言うべきか考えあぐねているうちに、先に言葉を口にしたのはアレクシスさん。
「余計な心配かとは存じましたが、お待ちして正解でしたね。また、髪が乱れておいでですよ。」
そう、小さな声でささやくと、アレクシスさんはその長い指で私の髪の流れを上から下へと正していく。
「…っ!!」
ヒエッみたいな声が出そうになるのを堪え、私は喉の奥にごくりと空気をただ送り込んで耐えた。
ともすれば、このまままた髪の毛を振り乱して暴れまわりたくなる様な心境だ。
何でまた急にこんな接近することになっているんだ。
「整いましたよ。では、行ってらっしゃいませ。」
つっかえたままの喉からは、うまく言葉がでなかったので、髪を乱さないよう極力ゆっくりと頷き、私はそっとワゴンを部屋へとまた運んだ。
今しがたの出来ごとだが、いったい何が起きたのか私には全くさっぱりわからなかった。
女神様方と相対する時ともまた違う感覚の体温の上昇に、私の心は色々と追い付けない。こういうことは管轄外なんですってば。
しかし、部屋の中に移動すれば、そこにいらっしゃる圧倒的な存在感に急速に意識を持ってかれる。
おかげで、めちゃくちゃ動揺してしまった心を、しっかりおもてなししなくてはという方向に一気に切り替えることができた。
神々の存在感とは、やはりすさまじい。
人の子の感情1つものともせず引き寄せ引き込み掴むのだから。
「お待たせ致しました。」
ワゴンの一台にはお茶関係のセットが、もう一台には取り皿やシルバー、それから、本日の主役のケーキやクッキーが入っていた。
それらをまずは確認してから、お茶を淹れ始める。
ポットに茶葉とお湯を適量入れ、砂時計をひっくり返す。
そうしている間に今度は菓子類の乗ったお皿を取り出す上にはカバーとしてガラスのケースが乗っているのでちょっと…いや、大分重い。けれど、ガラスのカバーは可愛らしい小花と蔦があしらわれていて素敵だ。
それをテーブルへ設置し、取り皿とシルバーを揃えれば、砂が落ちきり、お茶の飲み頃となる。
とぽとぽとカップへ落とすのは、薄めの色をしたお茶。
三種類も違う味のお菓子を用意したので、なるべくならそれを邪魔しないものを用意したいと思い、特徴をそぎおとしたような、けれどもしっかり味わいのあるお茶を用意してみた。
正直、この味はもと居た世界では近い物が思い付かないが、いくつも味見をして良いのではないかと思って用意してもらった。
カップを運び、お二方の前に全て並べ終えると、私はそっとケーキを覆っていたガラスを開き、お二方に披露する。
「お屋敷の料理人さんと試行錯誤して作った、この地では初めてのお菓子でございます。どうぞ、お納めくださいませ。」
緊張し過ぎて心臓がばくばくいっているが、それを押し退けようと、わざと芝居がかった所作と台詞でそれらを勧める。
普段は光の貴公子に日常の出来事をペラペラとしゃべっている私だけれど、女神様と揃って目の前にいらっしゃるので、どんな口調でしゃべっていいのかわからない。
そう、私は二人きりならしゃべれるが団体になるとしゃべれなくなるタイプの典型。
小学校の先生が家庭訪問でうちに来たときに、普段それぞれにどんな口調でしゃべっているかわからなくなっていた事を思い出す。
「ねぇ、あたくしの聖女、降りてきたときから気になっていたのだけれど、いつもこの頑固者にそんなに堅苦しく話しているのかしら?あなた、聖女にどんな厳しいことを言っているのかしら?」
「いえ、そんな、めっそうもないです。」
「堅苦しいのは、主神がおられるからであろう。普段はもっと…」
すこし思案するように言葉を途切れさせ、こちらへ視線が投げ掛けられる。
言葉を探してくれているけど、いや、うん、ごめんなさい。フランク過ぎてごめんなさい。
「もっと親しげであるよ。」
「それはそれでずるくてよ、あたくしより親交を深めているなんて。」
あたくしの聖女なのにと、少女の様におっしゃるところは可愛らしく、その理屈はさすが神様。だけど、話ぶりやそのご様子に全然嫌な感じはなく、女神様はそれはそれで楽しんでいらっしゃる風も浮かべていらっしゃる。
「この世界に来てから、いつも神様にはたくさん話し相手になっていただいてて、その、すみません。」
「謝る事はない。そなたとの時間は有意義なものだ。」
「あなたと楽しく過ごせる人の子は初めてではなくて?ふふ、あたくしと相性がいい子だからかしらね。」
どきりと胸が強く打ち付ける。
女神様から相性がいいなどという言葉をもらっては、嬉しくて嬉しくて爆発してしまいそうになる。
許されるなら、この嬉しい気持ちを、走り回って叫んで身の内から解放したい程だ。
そんなことできないけど、できないけど!
胸を押さえても収まらない鼓動を私はごまかしたくて、ずいっと、用意したお皿をお二方に近づけて自分の意識をそらそうと試みる。
「と、ところで、こちら食べてみてくれませんか。もしかしたら、この世界の別の国ではもう似たようなものがあるかもしれませんが。」
「うふ、人の子のテーブルについて人の子の作ったものを食すのは初めてだわ。」
「もらうとしよう。」
お二方はそれぞれに違う形の菓子を手に取り、口へと運ばれた。
咀嚼し、飲み込まれていく様というのは、目を凝らしてみていても、人の子とは違う次元の存在なのでよくわからなかったが、数秒待ってから、私はおそるおそる問いかけた。
「どうですか?」
神様は、お酒のケーキを、ナイフとフォークを一応用意していたのだけれどそのすらりと長い指先でつまみあげて二口、三口と食べられ。女神様は、一口大にしていたクッキーをその小さな口に一口で納め、ゆっくりと味わってくださっているように見えた。
「この土地を愛するものがこの土地にこだわって作り出したのがよくわかるわ。その想い、しっかとこの身に伝わってよ。」
女神様の言葉の意味がいまいち飲み込めなくて、目をパチパチとしながら神様へ視線を滑らせると、光の貴公子はその言葉を肯定するようにこくりと頷いて見せた。
お二方の顔はとても満足そうで、これは、喜んでもらえたということなんだろう。たぶん…おそらくは…
「他のものも良いのかしら?」
「はい、全部神様に味わってもらいたくて準備したものなので、是非に。」
勧めると、女神様に続き光の貴公子も他のものに手をつける。
女神様もまたナイフとフォークを使う様子はなかったので、やっぱり神々と人の子ではマナーだとかなんだとか、そういう文化は全く別のものっぽいなということが観測できる。
淑女教育中なら、クッキー類はともかく、お酒のケーキは一口大に切ってフォークで食べるよう言われる案件だ。と、冷静そうに違うことを考えてないと、緊張やなんかで心がどこかにすっ飛びそうである。
途中お茶のおかわりもしてもらえ、お皿の上のお菓子は次々消えていった。
最後にまたお茶で口を潤され、女神様は静かに席を立たれた。
「素敵な贈り物をありがとう。」
「少しでも土地の物をお届けできたならそれで」
女神様を見上げると、そのすべらかで素晴らしい御手が、私の頬を包み込む。
「あたくしの聖女。あなたが作る結び目が、世界を彩る様を、これからも楽しみにしているわ。」
ではね。と、最後の言葉はほろほろとほどけながら消え去る光の粒子と共に私の上に降り注いだ。




