おいしい物は幸せの味なんだよ
斜め方向に飛び上がって始めてしまった新しいお菓子の開発。
お屋敷から離れるとわかっているこの日程で、それでもチャレンジするのはリスキーなのはわかっている。
わかってはいるけど…。
食べ物への執着と熱意が、遺伝子、否、魂レベルで捨てられないんだってばよ!
そんな魂の叫びをあげる私ですが、商品化できるものを作るには少し時間がかかるのです。わかっているのです。
それでも推し進めざるを得ない。
だっておいしいものが食べたい。
好きだったものなら、尚更、食べれるものなら食べたい。
完璧に再現できるとは思ってない。
もとの世界でだって、それぞれのメーカーがそれぞれの味を出してたのだから、それもまた素晴らしいと思ってる。
しかも、開発するのはこの地域の特産を使ったもの。
私が知っているものともまた違った味になるのは当然で、それがまた期待感を加速させるのだ。
土地の特産って、それだけでおいしそうな響きがあるじゃない。
なにより、世界すらまたいでいるこの土地である。
新しいおいしさに出会える可能性は無限大。
このお屋敷で出される料理はいつもおいしいものばかり。
それは、料理長の腕もさることながら、この土地の作物がおいしいという事だと思うのだ。
新しい料理にも期待が高まるというもの。そうだよね!?
女神様の作ったこの世界、ほんと素晴らしいです。
おいしい物をありがとう。
美味しいご飯に思いを馳せていると、窓から明るい光がさした。
うーん…この癖はほんとなおらないな?
あと、この思考の末で呼んでしまってるという事実がちょっと恥ずかしい。
私どれだけ食いしん坊なんだって。
まぁ、他のみなさんには何を思ってこうなってるか何て知られてないからいいんだけども。
「こんにちは。神様」
机に向かって書類を作っていた私は、羽ペンを立て、椅子に座った状態でぺこりと頭を下げた。
私の私室の机は、本棚を背にする形で配置し直してもらったため、今、机を挟んで正面に光の貴公子が降り立ったところである。
作業中に誰かが背後に立つのは嫌だという理由でこの配置に変えてもらった私である。徐々にしてもらう事に慣れてきている気がしないでもない。
恐ろしい話だ。
「息災な様だな。」
きびきびとした足取りでこちらへと歩み寄り、髪を揺らす光の貴公子。
神々しいお姿は相変わらずため息が出る。
毎回私の様子を気遣ってくれているとわかる一言をかけてくれるのが嬉しい。
「はい。元気に過ごしていますよ。」
私は、できる限り明るく神様に笑った。
「珍しい事をしているな?」
「うふふーうまくいったら、神様にもおすそ分けしますよ。」
光の貴公子が覗き込む机の上には、制作途中の書類とインクと羽ペン。
インクと羽ペンの不便さは、当初なかなかに私を悩ませたけれど、そんな不便さより何より、美しい羽ペンと様々な種類のインクの取り合わせというロマンが勝って、いい感じに書類作成もサクサクできるように成長した。ロマンって素晴らしいよね。
そんな私の手元を不思議そうにのぞき込み、小首を傾げる光の貴公子。
最初の頃に比べてずいぶんと情緒的になったものだなぁと思う。私も、光の貴公子も。
「内容から察するに、何かの企画書の様に見えるが、何ができるのだ?」
「それはできてからのお楽しみです。」
興味深々の光の貴公子に、私はにんまりと笑ってみせた。
ちょっといたずらをしている気分で、心が沸き立つ。
「あぁ、せっかくなので味見用に貰ったお酒、おひとつ持っていきます?」
書類やインクの他に、机に並べていた小瓶を指さし、私は光の貴公子を振り仰いだ。
すると、生真面目な目元が少し嬉し気にほころぶ。
「神様、甘い物だけじゃなくお酒も好きなんですね。」
「……」
そう とも、 違う とも、口にはしないが、目元が優しいままなので、好きなのだなぁと、しみじみ思う。
私もそこそこ好きだよ。お酒。
「どんなお酒がお好きです?」
「どんな…とは?」
「そうですねぇ。これは、アルコールが凄く強かったです。あと、こっちは、さらっと飲めるけど後から香りとアルコールが凄いきいてきました。こっちはフルーティーな甘さで飲みやすくて私は好きですね。」
ちょっとずつ味見をしたものはわかる範囲で説明して、まだのお酒は人から聞いた話で説明する。
机の上にはざっと10本程の小瓶が並んでいる。
さすがにこの世界には冷蔵庫というものはないので、お酒も基本は常温だ。
氷室的なものはあるらしいけど、アイスクリームとか、魔法の応用で開発したら売れるんだろうか…等と転生チートあるあるを妄想してみるも、そもそもこの世界の魔法の成り立ちが未だよくわかっていないのでできる目途を立てられる気がしない。
あと、アイスクリームの正しい原料がわからない。
卵と牛乳だけでできる物なのだろうか?
プリンなら作れるんだけどなぁ。
目の前でお酒を決めかねている光の貴公子を眺めながらそんなどうでもいい方向に思考を飛ばす私である。
いやだって、思考を飛ばさないと目がとけそうなんだもん。
光の貴公子すごいんだから。
ほんと、美の化身だよ?さすが神様だよ?
女神様ほどじゃないけど。
直視してたら目からとけて脳がやられてしまうよ。
しかし、いつまでも思考を飛ばしているわけにもいくまい。
ちょっと困った様子の神様に、そろそろ助け船を出してあげた方が良い気がする。
「決めかねてますね。」
「選ぶという行為をした覚えがとんとなくてな。」
「なるほど。」
言われてみれば神様だもんね。
もし捧げものがされるとしても、この中から選んでくださいとは言われまい。
「じゃあ、せっかくですからいくつかつつみますから、飲み比べてみてください。こっちの5本を良ければどうぞ。」
「すまぬな。」
「残りは、私もまだ味見をしていないので、今度飲んでおいしかったら、神様用にご用意しておきます。」
何か包める物はないかなと周囲を見渡したら、すっと、横からバスケットが差し出された。
おや、と視線を上げると、ここまでずっと銅像の様に固まって事の成り行きを見守っていたエレイフが、どこから見つけたのか素早くそれを私に差し出してくれたのだった。
「ありがとう。エレイフ」
「恐れ入ります。」
「守護者として誠実に職務を全うしているようだな。」
「…はっ」
ガチガチに緊張していてめちゃくちゃかしこまっているエレイフに、私はどんな顔をしたらいいかわからないので、ささっと籠にビンを詰めていく。
5本入れ終わった後でちょっとだけあいてしまった空間に詰め込める物はないかと、またきょろりと探すと、今度はすっと花が差し出される。
素早いし、どこからとったのって位いつ動いたのかわからないのは、素直にすごいと思う。
ちなみにお花は、本棚にかけられていたドライフラワーだ。
「びっくりするほど早いね。ありがとう。」
籠の中に詰め終わり、光の貴公子を振り仰ぐと、その顔がかなり近くて私はびくりとのけぞった。
「うわっ、びっくりした。」
私が真剣に籠に配置しているのをどうやら覗き込んでいたらしい。
私の声に顔を上げた光の貴公子は、感心したように眼を瞬かせた。
「民は皆、この様に贈り物に色を添えていたのだな。」
「あー神様ですもんね。完成された贈り物がお手元に届く事しかないですね。」
言われてみれば当然だ。
こんな、ちょっと煮物作りすぎたからこの器に入れて持っていきなさい的なやーつおかしいよね。神様ごめんね。
しかも、どのお酒も一口ずつ私貰っちゃってるわ。
ほんとごめん。
ちゃんと横着しないでコップについで飲んだから許して。
「いつもこんな感じですみません。」
「そなたにはいつも教えられるばかりで感謝している。」
小さくほころぶ口許が、心の底から喜んでいると私に教えてくれる。
「気に入ったお酒があったらまたご用意しますね。」
嬉しくて、ついそんな事を口にしたら、今度は軽く目を見開かれた。
「あれ、今まで良いと思った物をご所望になった事……なさそうですね。」
今度は質問しようとして、やめた。
うん。顔を見てればわかる。ないですよね。そうですよね。
仕事に私情持ち込まなそうですし。すごいわかります。むしろ共感します。
それなのに、私みたいななんかいつもと違う事しでかすのが来ちゃったからなんかもうほんと御免なさい。
「私で良ければ、そういう話しを今度聞かせてください。」
せっかくこの距離感で朗らかに交流しているのだし。
異物というか、変異種というか、色物というか、そういうものでも、日々の彩りとなるのも大事だと思うよ。
新しい事ってやっぱり楽しいし。
「そうだな。」
と、少し戸惑いながらも頷く光の貴公子だって、ちょっと楽しそうだから、多分、これも間違いではないのだと思う。
女神様だってあんなに明るくフラットで超急展開なお方だし、私もそれに染まっていくのは、女神様の聖女としては正しい事だろう。
私と神様はゆるりと笑いあうのだった。




