月と星の空の下
空に星がまたたく時間。
月の明かりが部屋を照らす。
私は、寝静まった屋敷の中をそっと出てみる。
何か目的がある訳じゃないけど、何処かに行きたいわけでもないんだけど、でも、じっとしていたい気分じゃなかった。
足首まである寝巻きと、名前がわからないけど寝巻きの時に羽織る用の、なんかすごい裾の長い上掛けを着た上で、ストールも頭から巻き付けてこそこそと外に出る。
目的地はないので、馴染み深い林の歩道を辿りなぞってさくさくと歩く。ぼけーっと木々の間から見える空を見上げてふと気づいた。
これあれだ。夜中に公園のブランコこぎに行くやつ。
もしくは、夜中に突然肉まん買いに行くやつ。
「この感じ、懐かしいかも…」
こっちに来て4ヶ月。
最近は勉強があったとはいえ、逆に言えばそれ以外にやらなきゃいけない事はないし、時間に追われる仕事も、煩わしい人間関係もなかった。
これぞ人生の午睡と言える時間だった。
それがこんなことになるとは…。
つい、ため息が出る。
プレッシャーと呼ぶべきか、自分でもわからないこのもやもや。
お腹の奥でごろごろとする黒いものを、どうしたらいいのかわからない。
だって仕方ないじゃない。
異世界召喚というのか、転生というべきか分からないけど、聖女様として呼ばれたんだよ。漠然と、何かそういう聖なる力を授けられてて、私がうまくそれに気づけてないだけでそれが働いてたから神様に祈りが届けられてたんだと思ってたんだよ。
そしたら違うんだもん。
私は…この体をもらって、この体にほんとは意味があって、体から繋がる女神様との縁とかの影響で聖なる力を引き出してるとかそういうなんか、そういうのだと思ってたんだよ。
だって、思うじゃん!?思うよね??
マンガや小説の読み過ぎか?
こちとらヲタクなんだって。年期の入ったヲタク。
陰陽道から各種有名神話は当たり前のように履修してるし、某国のために戦い魔女として処刑された聖女様なんて、存在そのものがバイブルだったんだよ。
剣と魔法のファンタジーとか最高じゃん。
だと言うのに、この世界へ呼ばれた私に、そういうものは存在しないらしい。
今大変動揺している。
「はぁ…女神様に会いたい…」
シャラリと、先日作っていただいたネックレスを手に持って、表面に固定した石をなぞる。
女神様に貰った石。願いがある時にこの石を割って呼ぶようにと貰った石。
つい、1つ使ってしまいたくなる気持ちに反して、こんなどうしようもない事で使うなんてバカか。という気持ちがせめぎあう。
私の呼ばれた意味。役割。
そんなものが実はあるのかもという期待と、私なんかにできる大層なことは無いという不安。
女神様が私をこの世界に呼んだ時、何と言っていただろうか。
もう相当記憶があやふやだ…って、いや、待て?
女神様、何も具体的なこと
言ってなくね?
「…………っかー」
思い出した記憶の端々に、やられたわーって気持ちが溢れ、眉間を押さえながら空に顔を向け、喉から声を絞り出した。
「女神様…なんでや」
この世界の女神様、急展開にもほどがあった。
ついでに言うなら、カーライルさんも急展開だった。
『聖女になって欲しい』
と、言われたけど、何をしたらいいかとか、何をして欲しいとか、聖なる力を授けるようなことも言われなかったな。
『あたくし向きの聖女』
あの言葉にどんな意味があるのかさっぱりとわからない。わからないけど、2度目にお会いした時の様子から、どうやら日々の私の所業は、女神様のご希望に沿うものだったのだろうという事だけはわかっている。
予想だけど、だから、この石をくれたんだろうし。
歩きながら少しだけ気持ちの整理ができてくる。
林の中の道が二股に分かれ、屋敷へ戻る方と、林の奥へ続く方できれいに左右に道を敷いている。
私は、まだもう少し歩きたいかなと、林の奥へと道を選んだ。
お腹の中の黒くて重いものはまだあるけれど、少しだけ軽くなっていた。
軽くなることで、ちょっとだけ視界が開ける。
林はきちんと手入れがされていて、木々の間から星空が見え、月明かりで道も明るい。
まっすぐにのびる木々が、視界の左右のどちらにも立ち並び、どっしりとしている。そして、道の先でぷっつりと木々の途切れる場所に出る。
私は、この林の終わりが好きだ。
道はその先にも繋がっているのに、ずっと続くかのようにも見える林がぱったりとそこで途切れるのだ。
林を出た瞬間は、まるで世界が切り替わるかのよう。
その感覚がたまらなく好きだった。
開けた原っぱは、林の中よりずっと明るい。
月が煌々と輝いて降り注ぐ。
見たことがないくらい星が強く主張している。
なんだったかな。月が無い方が、星の光がよく見えるとかって何かで読んだ気がする。けど、これだけ星が瞬いていれば十分すごいと思う。
「はーすごーい」
この世界にも、星座やそれにまつわる神話だとか物語があったりするんだろうか。
ただ見上げても分からない。月の形が違う世界。
パキンッ
そこに、自分以外の立てた異音が飛び込んできた。
びくっと肩を震わせたが、何とか振り返らずに留まった。
まずいまずいまずいまずい。
誰と出会っても不味いけど、このパターンは、デジャブでは?
部屋を抜け出した林の中って、なんでこんな夜中にどういうことだってばよ。
いや、落ち着け。落ち着こう。
さぁ、息を落ち着けて、そして、全力で走る。
よし。
さん…に…いちっ
ダッシュ。
アオは逃げ出した。
ガシッ
は?
逃げ出せなかった…だと?
駆け出そうと前方に踏み出して数歩で、ガッチリと腕を捕まれ、私はとっさに振り返ってしまった。
見上げた先には端正で精悍な顔。月明かりの下で見るその人は、髪も瞳も金色の輝きを内包した落ち着いた茶色に見え、いつもと違った静けさを醸し出している。
なぜかお互いに大変驚いていて、互いの顔を見つめあったまま目を見開いて立ちすくむこと数秒。
気づかぬ内にストールを押さえていた手が離れてしまった様で、頭からすっぽりと被っていたストールがはらりと落ちた。
「せ、聖女候補様…」
聞こえた声は、若い青年のものだった。




