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聖女の価値とは


少しシリアスパート入りますが、またいつもの調子に戻るので暫しお付き合いください。




 口実だったはずの私の身の回りの準備だが、まんまとそちらが本命と言わんばかりの金額に膨れ上がっている事に、とりあえず突っ込むのを私はやめた。精神衛生上、よくないなって思いまして。

 えぇ、考えたら負けだ。決して心がいたくて現実逃避してる訳じゃないからね!違うからね!

 

 さて、数々の品が揃い、そろそろ出発できるという話がとうとうカーライルさんより伝えられた。


「中央教会に持っていく予定の物はほぼ揃いましたので、そろそろ日程を組むつもりでおります。」

「そうなんですね。本当に色々準備いただいたみたいで…ありがとうございます。」


 申し訳なさが先に立つが、自虐禁止令の淑女教育の元、私は楚々とお礼を述べた。

 先生、私は今日も頑張ってます。


「そこで、明日辺りにまた、彼の隊長殿と話し合いの場を設けるつもりでいるのです。」

「あれから、騎士様方はいかがでしょう?」

「こちらの動きを見張りながらも、周囲と道程の整備を買って出くださっていますよ。」

「見張り…ですか?」


 はて、何を?と小首を傾げているとカーライルさんはそれはもちろんと、意味深に間を開けながらついっと私を指し


「聖女様と」


 自分を指した。


「わたくしでございます。」


 何となく、そんな気はしていたが、いかんせん理由に思い至らず、私はますます頭を傾げてしまう。

 私を監視して何になるんだ?

 いやまぁ、行くのをごねましたが。


「彼らも中央教会の所属。本当に聖女様でいらっしゃるのか確認をするのも務めですから。」

「それはわかりますが…でも、カーライルさんの監視というのは?」


 疑問を投げかける私に対し、すっとカーライルさんが居住まいを正し、真剣な視線をまっすぐに私に向けた。

 その雰囲気に、私もぴっと背筋が伸びる。


「聖女様は、『神も聖女も物語の存在だった世界からやって来た』と、おっしゃっておりましたね。」

「はい。」


 ここに来て初めの頃、カーライルさんに語った事だ。


「わたくしなりに、聖女様にこの世界の事をお伝えしてきましたが、聖女様は…その、アオ様自身の価値をあまり理解されていらっしゃらないのではないでしょうか?」


 私はぽかんとして、二の句が告げられなかった。

 カーライルさんに初めて名前を呼ばれたという衝撃と、『私の価値』と大層な言い方。

 いや、聖女様ってそりゃ人々の希望だったり羨望を集めたりその時代を生きるのに必要な存在だったりするものだとはわかっているのだけど、私の価値とは?っていう気持ちがぬぐえない。

 皆さんに崇め奉られるようなものでは決してないと、自分でわかっている。

 ヲタク喪女社畜マシュマロボディの引きこもりって何重苦重ねれば気が済むのかって人間だもの。清廉潔白な精神も、持ち合わせた事はない。

 今でこそ聖女様ボディで儚い美少女に転身しましたが、私に価値と言われても…。美少女という点だろうか?


「この世界におられる天上の方々の存在を、誰よりも、貴女様は間近で目にされ、言葉も交わされていらっしゃいます。それが、どれ程稀有なことか…」


 それはそうだけど。と、困惑する。

 そもそもなんで、皆さんの目には女神様が人の形で見えなかったのか。光の貴公子の言葉が聞こえないのか。その理由がわからないし、想像もつかない為に、そんなこと言われてもと思うのだ。努力の上で成り立ったものでもないから、ドヤる気持ちにもなれないと言うか。

 そんな私の困惑が見てとれたのか、カーライルさんは仕方の無い方だと笑う。


「この世の理に触れる話は、むやみやたらと口にしてはならない決まりがございます故、私の口からお伝えできないのが歯がゆいですね…」

「理…ですか。」

「普通に生きる人々なら、それを知らずとも感覚として共有している事柄が我々の根幹にはあります。これをどう言葉にしていいのか、ずっと考えておりました。」


 言葉にせずとも共有している当たり前の事…というのが、社会を形成する上で当然存在するのは私も重々承知している。その無形の当たり前があるから、同じコミュニティの一群であるとも言える。

 そして、それを言語化するのは容易ではない事も、よくわかってるつもりだ。

 この世界にとって当たり前の事を、私は共有していない。だからこそ、色んな決まり事や、社会の考え方を習っているが、無意識の当たり前が3ヶ月や4ヶ月で身に付くはずもない。


「アオ様が現れるまで、この大教会の領域に住まう人々は漠然とした恐怖と諦めの中で生活しておりました。明日、この地が無くなるかもしれない。明後日、無に帰すかもしれない。そういう毎日の中を生きていたのです。」


 私は、あまりにも大きな話に、目を見開く事しかできず、身を固くしてその話に耳を傾ける。


「何十年もの間、天のお方が降らず、こたえず、この地は『神無き地』とまで言われて来た土地です。先々代の教会管理者の頃からずっと、祈りが届いた記録はございません。」


 大きすぎる、重大にすぎる話しになってきていて、私は、喉がカラカラに干上がっていくのを感じた。


「子供に聞かせる絵本の中に、こんな一節がございます。『世界の大地を支えるのは、天より降りる祝福と、天へと伸びる祈りの力。2つの奇跡が紡がれて、天と大地を結ぶ糸となる。』しかし、大地を支える祈りを我らは神へ届けられなかった。」

「でも、まって。あの、ずっとこの土地は平穏を保っていたのでしょう?」


 焦る私。何に焦っているのか、私にもよくわからない。

 けど、何か、逃れなければと思ってしまう。

 私に力など無い。清らかさもないし、特別な力もない。


「このような話は重荷に思われる事でしょう。しかし、どうか分かっていただきたい。この世界…いいえ、この土地にとって、貴女様は…言葉では言い尽くせない程の奇跡を下さった方なのです。貴女様がいらしてから、多くの人々に祝福が降りました。この地に、未だ、神はおられた…」


 熱い想いが告げられる。熱を帯びていく言葉が、私の胸まで焦がさんばかりだ。

 カーライルさんの畏敬の念は、今までずっとずっと押さえられてきた気持ちの一部でしかなかったと、まざまざと見せられ、あまりの事に体は凍りつく。

 光の貴公子は、願いは無いと言う私に、色々な祝福を口にした。

 オレンジジャムを作る人々、厨房の料理長、お屋敷で働くたくさんの人…他にもたくさんあったけど、どれもこれも人へとそれはもたらされた。


 ずっと不思議に思ってた。

 なぜ人なんだろうと。

 土地や物では無いのだなと。

 しかし、祝福が降りた所で、彼ら自身が奉られる訳でもないのはどういうことなのだろうと。


 私は未だ、私の常識の範囲から抜け出せない思考でここにいて、その範囲で物事を見ている。

 聖女様って、清らか故に神に愛された人とかそういうものだと思ってた。けど、なにかが違う。彼らの言う聖女様は、私が書物でしか知らない聖女様とは大きく違う。


「貴女様は天へと祈りを届けられる方。神と人を結び、天と地を支える祈り持つ方。明日が来る事を、私に…下さった。だからこそ、中央教会はわたくしを見張るのです。あなた様をこのまま渡さないのではないかと、疑っているのですよ。」


 言葉に落ち着きを取り戻しながら、カーライルさんは説明を結んだ。

 それでも私は、凍りついた体を動かせずにいる。

 特別であるということ。

 そこに付随する期待。

 でも、私の祈りなんて、いつなくなるともわからないのに…という怖れ。

 今は奇跡に浮かされていても、失われれば途端敵意を剥き出しにする。

 歴史の中繰り返された事だ。


 血の気を失っている自覚のある私の顔をまっすぐに見つめて、カーライルさんは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「どうか、重荷に思わないで頂きたい。勝手な言い種だとわかっていますが…貴女様が下さったこれまでの奇跡だけで、十分なのです。」


 私をおもってくれるのはありがたい。ありがたいけど。

 重い。

 すごい重い。

 私の知ってる聖女と違うし、そのあり方も、価値も何もかも違いすぎる。

 こんなん、上辺だけ知識つけても、わかるはず無い…。



 情報処理も感情も追い付かない私は、重い頭と体をどう引きずっていったのかわからないが、気がつけば部屋のソファーに座り込んでいた。




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