お散歩のハードルが高すぎる件
明くる朝、私は未だにあのダメージから回復できていないというのにだ、また早速色々なことに後悔した。
なぜ、即座に快諾してしまったのだ。
なぜ、もっときちんと質問しなかったのだ。
なぜ、なぜ…
あれやこれやと自問自答するべき項目はあれど、それに答える声はない。自問自答なので当たり前である。
さて、本日朝一の私の姿を是非ご紹介したい。
今日もなぜか早朝からコルセットをしめ、ボリュームおさえ目のパニエをはかされ、足元はブーツで固めた状態で、紺を基礎におき爽やかな水色を重ねたフレッシュなドレスという装いで厩舎の前に来ています。
真っ白な襟が高めに作られており、かっちりと首の高い位置から隠している。肘近くまである手袋は可愛らしいレースがあしらわれており、手首回りに真珠と思われる飾りがちょこんとついてて本当にそれはそれは可愛らしい。
完璧な日焼け対策も込みの素敵な装いですね。
施された薄化粧には、乗馬なのに?とガチトーンになりそうなんだけど押さえました。私偉い!自画自讃で生きる姿勢。
でも…この格好で馬に乗るの?正気か??
ぐったりする私の気持ちはさておき、アレクシスさんが馬の手綱を引いて来る。
キッチリと着込まれた乗馬服は、いつも私が着ているものとは違ってレース等の飾りも、柔らかさや華やかさの演出もないが、光沢のある生地や、ちょっとしたところにさりげなく刺されている刺繍なんかが質の良さを示している。
何より、変に飾りを増やされるよりもその硬質さこそがアレクシスさんの無機質さを際立たせてより美しさを引き出している。
乗馬練習が始まってから毎日のように見ているけど、今日もそのかっちりとした姿に感動を覚える。本当にきれいな人で、正直直視できないぜ。
昨日のあれのせいもあるけど、相対するのつらいぜ。
「おはようございます。アオ様」
「おはようございます。アレクシスさん」
ゆったりと教わった通りの淑女の礼をとると、それで良いというような首肯。焦らなければ合格をいただけるとわかってきた淑女の動作は、驚くほど筋力を必要とする。
美しい角度を保持するのって、普通に直立するだけではいけなくて。モデルさんって技術職だったんだと異世界から尊敬の念を飛ばすばかりである。
女神様製の軽やかなこの体のお陰か、毎日の走り込みの成果か、筋肉痛は回避できているけれど、女性にこんな苦行を強いらないで欲しいものだよね。
「まさか、ドレスで馬に乗ることになるとは思いませんでした。」
苦笑しながらスカートを少しつまみ上げると、あぁ。という顔が向けられた。
「乗馬練習ではなく散歩という名目ですので。」
さあ乗ってくださいと、伸べられた手を取って、次の瞬間叫んだ。
「ひゃあぁっ」
なんと、私は、アレクシスさんに抱き上げられて馬上に移動させられたのだ。
え、いま、何が起きた?
目を白黒させているうちに私の叫び等意に介さない美丈夫が遅れて鞍へと収まった。
「ああああれあれあれくしすさささささ」
動揺のあまり、名前すら呼べない。
「アオ様動揺しすぎですよ。」
「あわわわわわ」
「落ち着いてください。」
い、言われても、無理では。
なぜ、私は、了承の意を即答したんだろうか。なぜ、私は、聞かなかったんだろうか。なぜ、一緒に乗るって事がどういうことかを…
うわぁぁぁぁ
ちか、近い!
広い胸にすっぽり埋まる!
顔を見上げられない!
手綱を握る腕が、私の背に当たるし、目の前にもある。
むりむりむりむりむりむりむりむり!
「アオ様、鞍につかまってください。行きますよ。」
その言葉を合図に、馬がゆっくりと走り出す。
慌てて鞍の突起に捕まるが、それ以外に支えにできるものが無くて、これはどうしたらいいんだと今度は別の意味で混乱する。
いつもなら、自分の足が自分の位置を支えてくれたが、ドレスで横座りしているのだ。
お分かりいただけるだろうか?
足は、宙ぶらりんなのだよ。
私を支えるものは私のこの手にある鞍だけということでは無かろうか?
「こ、こわ…」
涙目になりつつ鞍にかじりつく私。そこにすっと支えるように腰に腕がまわされる。
「っ!!」
驚き過ぎて声が出なかった。
「気がつかず申し訳ありません。私が支えますので、力を抜いて大丈夫ですよ。」
あわわわわわわわ
そうだけど、そうじゃない!
支えはありがたいけど、そうじゃない!
近いを通り越したこの距離をなんと言えばいいですか神様!!
腰に回った手を何と形容したらいいですか!?
コルセットしてて良かった!コルセット万歳!
まさかそのためのコルセットなのではないでしょうか??
うっほわぁぁぁっ
結果、馬に慣れるとか慣れないとかそんな話ではなく、アレクシスさんが近すぎてなにも理解することができないということしかわからなかった。
これって、練習になってるのだろうか。馬に慣れることができるんだろうか。
疑問でしかありません。神様。
明日、死ぬかもしれない。
早朝の練習を終え、よろよろと一度部屋に戻ると、侍女さんたちがにこにことニュードレスを手に、待ち構えていた。
悶え転げることすらもさせてもらえないのかー!私は、この気持ちを、どうしたらいいんだ!
朝食のために柔らかいドレスに着替え直され、髪も整えられて、すかさず昨日選んだ香油も揉みこまれた。もしかして、今後この洗礼を受け続けることになるんだろうか?
菫の香りは心を落ち着けてくれますが、私はアレクシスさんという美丈夫成分過多で落ち着けません。助けてください。
色んな意味で不安しかない。乾いた笑みを張り付けながら私は今後について考えることを放棄した。
「早朝に馬で散歩に行き、朝食後は座学、午後は淑女教育、テーブルマナー。」
とある午後のお茶のあと。
夕飯までの少ない自由時間帯の事だった。廊下を歩いているところへ爽やかな声が私を呼び止めた。
私は嫌々ながら、しかたなく、ほんとーに、しかたなく、足を止めた。
出きれば二人きりでは話したくないんだけど、なぜかその時は廊下に他の人はおらず、淑女の仮面をつけているため、走り出すわけにも行かない私。
先生の顔に泥を塗るわけにも行くまい。
「聖女候補様は深窓のご令嬢らしいお嬢様でいらっしゃる。」
初めて顔を会わせてから1週間程。騎士様方は屋敷内に滞在している。
最初に言葉を交わした時のこちらの言い分は通り、出発まであと1、2週間の猶予がある。その時間を中央教会からもぎ取ってくれたのは、この隊長様だった。
「隊長様、お久しぶりでございます。」
「お久しぶりです。やはり、お名前をお呼びする事はお許しいただけませんか。」
寂しげな笑みに、痛まなくていいはずの良心が痛む。
あちらの下心を知っているからこそ、年下くんに優しくしてあげる訳にもなぁと思うのだが、その下心を告げられていない内から遠ざける行為に専念するというのもなんだか…と、思ってしまう自分は甘いのだろうか。
色恋の話ではない。これは陰謀の話だ。良心を痛めてる場合ではないぞ。自分。と、活を入れ直さねばぐらっとしそうだ。
この世界…とりわけ、この国では、身分ある者の当たり前の文化として、相手に名前を呼ぶ事を許していない場合、自ら名前を名乗らない。というものがある。…と、アレクシスさんから習った。
そのため、自己紹介されなかった相手の名を呼ぶことは失礼に当たるんだとか。めんどくさいね。というか、私侍女さん達のお名前勝手に呼んでしまってた事に地味にへこんだ。
私の感覚では、近くで働かれているのだから、きちんとお名前把握しておくべきという気持ちが強かったのだが、名乗られてない名前を呼んではならない文化とは…やはり郷に入ってはなんとやら。学びは大事だね。
名前を勝手に呼んでしまった侍女さんたちよ、怒らないでくれてありがとう。その心の広さに感謝しかない。
そんなこんなもありつつ、この世界の文化のおかげで、私は彼との間に明確な線引きを見せられる訳だけど。
「それを許す事が出きる距離感というのは難しいものですね。」
「中央教会まで、我々第4大隊が安全に聖女候補様をお連れいたしますので、道中、互いをより知ることができたらと…心より願います。」
「そういえば、出発までのお時間について、教会の方々へ説明くださったと聞き及んでおります。ありがとうございました。」
「とんでもない!あなたの安全と同じ位、安心できる環境も大切だと思えばこそです。」
なんだこの狸合戦…。
爽やかなのに爽やかじゃない。
しかし、ありがたかったのは確かである。
まぁとりあえずはまだ様子見するしかない。
「お心遣いに感謝致します。では、わたくしはこれで」
言うが早いか、くるりと体を反転させて、私は足早に廊下を歩き去った。そう、歩きで出せる最速のスピードで。
明日からは部屋に戻るルートや時間を変えることにしよう。と、心に決めた。




